春は始まりの季節 というのが世の中の共通認識だけれど

その始まりはいつでも
楽しいモノだったり
期待感に満ち溢れたモノとは限らないって事を
僕等は意外と見落としてしまいがちだし
始まりを美化しすぎているきらいもある

暗く長いトンネルの入り口や
深く立ち込める靄の始まりが
春である場合だってあるのだ。


目新しくも 親しみ深くもない街で

新しい暮らしが始まって

街にも人にも
何だか馴染めなくて

それでも春は
始まってしまっているから

僕はどうにかこうにか
歩き始めてはいるんだけれど。
UEFAチャンピオンズリーグ準決勝、チェルシーvsバルセロナの1stレグを地上波で観戦。以下雑感。


アシュリー・コールが累積警告により欠場。注目されていた左サイドバックの位置には、右利きのボジングワが入りました。対峙するバルサの右ウイングにはメッシがいるため、ヒディンクがここをどうケアしてくるかが気になってましたが、リーグ戦でも試した通りのボジングワ起用。右にはイバノビッチが入り、センターはテリーとアレックス。
中盤はやや変則的でしたが、左サイドにマルダ、トップ下の位置にランパードが入り、右はエッシェン。中央やや低い位置にバラックとミケルを並べる布陣。
さすがヒディンクと感じたのは、メッシの位置だけでなく、その他バルサの攻撃の要の位置もしっかりケアする布陣をとってきた事。イニエスタ・シャビの所をそれぞれエッシェンとバラックで潰し、ミケルをある程度浮かせた状態で、最終ラインとの間を空けず、バイタルエリアを使わせない様にしてきた訳です。
バルサの凄さはその得点力もさることながら、そこに至るまでの選択肢を数多く用意できる点にあるんだと思います。ハーフラインくらいまで最終ラインを押し上げ、ピッチの横を目一杯使って、オフェンスに関わる選手全員が『仕掛け』に加われる点がバルサの凄い所。足元の技術、ポストワーク、ドリブル、トラップ、シュートの全てが優秀な選手を揃えた布陣は、欧州ベストチームの名に相応しいのかもしれません。ってなんか知らない内にめっちゃバルサ褒めてるよ。違う違う、次だ次っ。

さて、内容に関して。
この試合でチェルシーは、超が付くくらいの守備的な試合運びをとってきました。それはポゼッションやシュートの数字を見ても明らか。バルサが攻めてる時、チェルシーのゴール前は真っ黄っ黄でしたからね。
グアルディオラさんは試合後の会見でチェルシーの守備的スタイルを批判してたけど、果たしてどうなんでしょう。

何度も言うのは癪なんであんまり言いたくないですが、バルサは今、世界で最も美しく、攻撃的なサッカーができるチームです。これ程のクオリティで結果を残しているのは世界広しといえどもバルサくらいでしょうし、相手にとっては嫌なチームでしょう。

では果たして、バルサを倒す事は不可能なのか?
もちろん、答えはNO。バルサだって、神様じゃないんだ、最強かもしれないけど 、不死身じゃない。
方法としては、2種類あります。
1つは、試合を壊す事。例えば、ピッチの状態を劣悪にするとか、審判にプレッシャーかけちゃうとか、キープレイヤーを潰しにかかるとか。昔、そんな事をやったチームがあったなぁ。ひどく顰蹙を買ったけど、あれは何てチームだっけ。まぁ、それはいいとして。

もう1つは、バルサの自信の裏をかく事。バルサ程の破壊力があれば、この大一番でもいつも通りのサッカーを仕掛けてくるでしょう。ならばそれに対し、できる限りの対策をとり、それを忠実に実行する事。研究と分析、それと実行力。相当レベルの高いミッションですから、それができるチームは世界でもほんの一握りでしょう。

チェルシーは『いつものバルサを徹底的に研究』し、『バルサがいつも通り挑んでくる事を期待』した上で、『対策を忠実に90分継続』した訳です。いやぁ、文字にするだけでもハードだ。なんせ相手はあのバルサですよ、バルサ。ってもういいか。

チェルシーのプランとしては、バルサに90分、いつも通り攻め続けてもらいながら、効果的にカウンターを仕掛けるのが狙いだったんでしょう。0に抑えられるとは恐らく、思ってなかったんじゃないでしょうか。むしろ、1点とられたとしても、カウンターで1点とる自信の方があったんじゃないかな。
事実、何度か惜しいシーンもあったし、逆に危ないシーンもあった。この試合のツェフとバルデスはどっちもいいプレーをしたと思います。
特にこの試合、ツェフはチェルシーの『戦略』そのものだったと言えるかもしれません。
効果的なカウンターの起点であるロングボールの配給役を務めると同時に、バルサのハーフカウンター対策であるバックパスの処理役としても、この試合では大きな仕事をしていた様に思います。バルサの選手は小柄で早く、足元の技術がしっかりしてる。中途半端な位置でインターセプトされるくらいなら、縦に長くボールを動かす方がいい。この『縦に長い』ボールの配給役がツェフであり、この選択こそがヒディンクが採用した『バルサ対策』だと思ったりしたんですが、それはちょっと考え過ぎ?いずれにせよ、ツェフはよかった。いいセーブもあったしね。


結果的にはスコアレスドロー。チェルシー的には1-1か2-2を狙ってたんでしょうが、スコアレスに抑えられてしまった事で、逆に少しだけ2ndレグが難しくなったのかもしれません。ホームで、あれだけ攻め抜いたバルサを止められた事は自信になりますが、ホームでも同じ割合で守備に力を入れる事はできない訳で。チェルシーが有利になるには、次のホームで早い内に1点目をとる事が重要ですから、守備から入る形はとりづらい。この辺が難しいところ。恐らく、若干の布陣変更があるでしょう。

チェルシーにとって追い風になるかはわからないですが、バルサのディフェンスラインがピンチなのは朗報です。マルケスがケガで離脱、途中交代で出てきたプジョルが累積で出場停止です。誰が代わりに入るんだ?カセレスとか?プレーまともに見たことないなぁ…アビダルはバルサでセンターバックやるのかな?まぁいずれにせよ、バルサが次戦、ディフェンスラインに不安を抱えて臨む事は間違いないでしょう。しかも週末にはクラシコじゃん!これは追い風間違いなしか…?!


しっかし、この試合で僕はダニエル・アウベスが嫌いになりました。いや、プレイヤーとしてはいいのかもしれないけど、なんかガキっぽい。バルサ一年目の割に、ちょっと生意気だよね。プジョルが出てきてから少し大人しくなったのには、ちょっと笑った。

あと、マルケス可哀想。ケガ多いなぁマルケスは。いくらシーズン絶望でやる事なくても、まだ国に帰っちゃだめだよ。なんてったって、今あなたの母国は豚さんのインフルエンザで大変な事になってるからね。ホント、どんまいマルケス。

最近になって、親しい友人が喫煙者だという事を知った。

この頃はそうでもないんだけれど、少し前はほぼ毎日、顔を合わせていた人だ。僕を含めた周りの人達は、誰も彼女が喫煙者だという事を知らなかったし、気付いてもいなかった。二年前から吸い始めた様で、実はかなりのヘビースモーカーなんだそうだ。

彼女が喫煙者だと知らされるまでの二年間、彼女は周りの人達に自分が喫煙者だという事を黙っていた。僕と彼女の共通の友人達は皆、一様に煙草を吸わない。だから、何処かへ遊びに行く時も、煙草を吸うための時間やスペースに関して、気にかけた事は一度もなかった。彼女は吸いたくて仕方ない時もあっただろうが、ずっと我慢していたという事になる。

たまに、どうしても我慢できなくて、一人で遠く離れて吸う事があったらしい。話や流れをぶったぎって個人行動する事がたまにあったけど、それを僕等は彼女の習性というか、ただの気まぐれだと思っていたのだ。その個人行動を巡って度々揉め事になる事もあったのだけれど、彼女は事態が悪い方向に進んだとしても、決して煙草の話はしなかった。


僕は煙草を吸わない。煙草を忌み嫌っている訳ではないが、喫煙者の気持ちが分かる訳でもない。煙草の煙で迷惑を被っている訳ではないが、煙の匂いに喜びを見出す事もない、そんな人間だ。

僕は彼女が喫煙者だと聞かされた時、正直、拍子抜けしてしまった。二年間黙っていた事に腹など立たなかったが、なんだか馬鹿らしくなってしまった。

長い間我慢してまで、隠す様な事?そもそも、隠れてまで吸いたいモノ?わっかんないなぁ、僕には。

煙草の煙が身体に悪い事くらいは知っているし、そもそも煙草は箱自体がそう警告している。これはこれで結構僕には可笑しかったりするのだけれど。

JRの駅が全面禁煙になったりとか、タスポなんぞで喫煙者が管理されたりだとか、なんだか喫煙者の肩身は狭まる一方だけど、そんな風潮すら僕には過激にしか見えないし、そんなに目くじらたてなくたっていいじゃない、他にやる事あるだろとか思ってしまうくらいなんだけども。


それにしたって、だ。
周囲の人間に言えなくて、周囲の人間との関係を悪くしてまで、黙っておく必要があったのかな、そんな疑問が残ってしまう。今になって、実はあの時は、煙草を吸っていたの、なんて言われたって、拍子抜けだ。なんだかなぁ。

僕は煙草を吸わない。僕みたいな煙草を吸わない人間には、その程度の事で失われた信頼関係が、すごく勿体なく思えてしまう。

僕等と彼女の関係もそうだし、彼女と煙草の関係も同じだ。
確かに、煙草に対して偏見を持つ人って、多いのかもしれない。けど、煙草は合法だ。吸う事自体に、何の問題もない。マナーさえ守れば。それって、事故を起こさない様に、騒音をたてない様にバイクを走らせる事や、人の迷惑にならない様な音量で音楽を聴いたりする事と、一体どんな違いがあるっていうんだろう?

それって隠れてやらなきゃならない事なのか?ていうか、隠れてまで吸いたいモノ?

黙っていた事は、別にどうだっていいんだけど

彼女が僕等との関係より、煙草との関係を取った事。そして、彼女がその煙草とうまく付き合えてない事に、なんだかがっかりしてしまったのでした。


喫煙者の方、特に女性で、何か意見をお持ちでしたら、教えていただけると嬉しいです。
僕にはそんな繊細な女心が、ちょっとよくわからないので。。。

背伸びしても、屈んでみても、きっと結局は持て余したり、物足りなかったりしてどうしようかと思ったりして頭の中でふと考え込んでしまう。それは考えてもどうしようもないことなのは重々承知であるのでそこのところはとりあえず横に置いておこう。








そもそも、なぜここ最近こういうことに自分がなってしまったのか?








それはどうも人に接するときに奥手になりがちな傾向を持っているようで、考えても矢印が下を向いているような結論しか出てこなくなっているみたいだが、それをとりあえず頭の片隅に置いといて、深く息を吸い込み「ふぁ~」と息を吐きながらこっそりと外に送り出しているみたいだ。








そんな事をしているうちに春という幕が閉じかけて、梅雨という幕開けの準備に取りかかろうとしているそんな時期に自分は上で挙げられたような路傍の石に甘んじている自分と葛藤(というよりは格闘に近い)しながら行き先があるかどうかもわからん階段に右足を出したり引っ込めたりしているのでした。








そんな中、偶然にも見つけてしまったのだ。いやこれは必然といっても過言ではない。ここで行かなきゃ人生に二度目はないぞ何をしてるんだ早くしろ!と心を掻き立てるような出会いや体験を求め、よくふらふらと何気なく歩いてみたり、どっかの喫茶店で傍観してみたりしたが・・・人生そう簡単にはいかないこともわかっていながらやっぱりないのかと肩を落としたのだ。








しかしこの間の田中美保を生で観た時は正直そう思ってはいいんではないかと思ったが、まぁそれは夢の中でとくと噛みしめてればいいものであり、表の舞台(リアル)にまでその話を引っ張り出して自慢げにかく語らなくても「あ~どうでもいいよ」と十人十色違った言い方で言われても結局そういうことなんですと言わざるを得ない。








そんな感じで世間の色々な御都合主義の波に飲み込まれても、もがきながら自分の御都合主義の波に甘んじて乗っかって路傍の小石に成り下がって生きております。












というわけで、皆さんに会える機会があれば、またいつか。。。


以前より、少し遠くまで行ける様になった。ひと回り大きく広がった地図を片手に、夜を抜ける。

人も車もない道路の真ん中を、ただひたすらに真っ直ぐに、走る。
過ぎていく景色は、真新しさこそあれど、奇抜でも珍しくもない、ありふれた風景。


変わったものがあるとするなら、それは街を抜ける僕のスピードと、風景を捉える僕の目だ。

世界の変化は、僕が思うより、ずっと緩やかで、静かだ。



だからきっと、過ぎた思い出や、その時の風景や、交わし合った言葉は何一つ、今はもう、分け合う事はできないんだろう。分け合うべきではないんだろう。

僕等はもう、あの頃と違うスピードで、違う景色を眺め、違う感情は抱いている。それぞれが進むべき道を、それぞれの歩幅で、駆け抜けていく。


いつかまた、すれ違う時がきたとしても、僕等はお互いを、何気ない風景の中に見逃してしまうんだろうか。それはそれで、正しい事なのかもしれないし、何よりそうならない自信が、今の僕にはなかったりするんだ。



だから、どうか、元気で。
今は走り抜けるべき時だと思うんだ。
それぞれが思う、そのスピードで。