Retro Friends ~This is ther's happy life!~

11月3日 小話を二つupしました。

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小話(優と母とこれからのこと)

どさどさどさどさっ。
目前に高らかに築かれた山に、優は呆然とした。
山を築いた本人は艶やかで優雅な微笑みを優に向ける。
生まれて15年。この笑みに優が歯向かえたことは、一度たりともない。

「分かってるね、優。逃げるんじゃないよ」

逃げたら一体どうなるのか。恐ろしくてそれ以上は考えられなかった。


***


「大変だねーっ優くんも。これから毎日見合いだってーっ。理事長も凄い事やるよねぇ」

全然大変じゃなさそうにのたまう響子に、優は更に脱力した。
黙っていたのにどこから聞きつけたのか、昼休みには響子の口から方々に知れ渡っていた。

「一人目は大手製薬会社の社長令嬢かぁ。響ちゃんに似て、おしとやかそうな美少女らしいよ」

しかも相手の情報まで知ってるし。最早突っ込む気力すらなく、がくりと項垂れた。

「だけど・・・・・・結婚たって俺、まだ15だし。実際するにしてもまだ先の話じゃん。
今から見合いとかそんなの考えらんねぇよ」

彼女が欲しいなーとは思うことがあっても、これとは別問題だ。
そんなに急に言われても、いまいちぴんとこない。

「・・・・・・・・・そうかな?」

ぽつりと呟かれた言葉に、優は湊の方を向いた。

「理事長もさ、無意味にこんなことさせるわけじゃないと思うけどな」

珍しく真剣な眼差しを向けられて。優は何故かどきっとした。


***


聖稜学園は付属幼稚舎から初等部、中等部、高等部、大学部から院までを備えている。
名家の子息令嬢も多く通い、名門と誉れ高い。
渡住家は学園の創立者一族であり、現在は優の母・麗が学園理事を務めている。
「理事長子息として恥ずかしくない振る舞いを!」と常々言われているが、
優の成績が比較的上位(学年30番以内)ということもあり、普段は割と好き勝手にやらせて貰っている。
そんな母が、初めて優に見合いを強要した。
湊に言われその意図を探ろうとするが、どうにも思いつかず袋小路である。
というか昔から母に逆らうと恐ろしい目を見てきたので、今では否応なく従ってしまう習性が身に付いている。
母の行動の理屈なんて、思いつく筈も無い。

「じゃーん見てみて、綺麗でしょぉ?」

突然、目の前に一枚の写真が突きつけられた。姉の美咲だ。

「なに、その写真?」
「式の衣装合わせでね、試し撮りして貰ったの。綺麗に撮れてると思わない?」

写真には、華やかな色内掛けを纏い、にこやかに微笑む美咲が写っていた。
普段からとびきり美人な姉だが、こういう格好をしていると殊更美しさが際立つ。
美咲は湊の兄・穂坂亮と婚約中で、大学を卒業する来春、結婚を控えている。
優にはよく分からないが、式の準備で最近は何かと慌しいようである。

「うん、綺麗だ。そっかぁ。姉さん、来年には渡住じゃなく、穂坂になるんだよなぁ」
「そぉよぉ。あたしが出てったらあんたしか残らないんだから。しっかりしなさいよ」

そう言って美咲は優の額を軽く小突いた。軽い衝撃と共に、急に脳裏に閃く。
「無意味にこんなことさせるわけじゃない」湊の言葉が反芻される。
あぁ、そうか・・・・・・。だから母さんはこんなこと。視界が開けた気がした。


***


「母さん、俺、やっぱり見合いやだ」

その夜、仕事から帰宅した母に、優は開口一番そう告げた。

「・・・・・・・・・優、お前私の言うことに逆らう気?」

迫力ある美貌で見据えられ、優は一瞬怯む。折れそうになる根性を叱咤し、言葉を続ける。

「だ、だって俺まだ15だしっ。今から見合いとかしても、実際結婚ってなるのは当分先だろ?
そんなの無意味じゃんっ!見合いとかしてる暇あったら、俺今はもっと勉強したいし」

家のこととかも、もっとちゃんと考えたりしたいし。小さい声でもぞもぞと付け足す。
麗の目の色が変わった。驚いたように、息子を見詰める。

「優、お前・・・・・・」

美咲が嫁に行き、残るのは優ひとり。必然、渡住を継ぐのは優ということになる。
長男なのだし、よくよく考えれば当然のことで、優自身も勿論分かっていた。
分かっていたけれど、分かったいなかったのだ。
ぼんやりと頭では理解していたが、後継者という自覚など全然なくて。
いつかその時がきたら対処すればいいと、ずるずる先延ばしにしてきた。
だけどもうじき美咲が出て行き、優ひとりが残され――“その時”は刻一刻と迫っているのだ。
今すぐというわけではないけれど、確実にやって来る“その時”に、今のままの優で果たしてよいのだろうか。
渡住の名を背負い、守っていくことが出来るのか。優自身が一番よく分かる。答えは否。

「だからさ、今の俺には結婚とかまだ早いと思うんだってば。
もっと家のこととか俺自身のこととかちゃんと考えてからでないと駄目な気がする。
ちゃんと自分で考えて、それから、見合いしても遅くはないと思う・・・・・・・・・・・・んですけど」

きっぱりと断言しきれない自分が情けないが、こればかりはしょうがない。
母が見合いを強要した理由。否が応でも、優が「渡住」のことに目を向けるようにした。
“その時”に備えて、優がきちんと向き合えるように。だからこれが、今の優の答えだった。
ふっと麗が笑った。

「そう。お前、私の言うことに逆らって、あとでどうなるか分かってるね」

美しい微笑だが、ひっと優は小さく息を呑んだ。あぁ、やはりこの笑みにはいつまでも勝てない。

「まぁ、馬鹿息子がそこまで言うなら、見合いの件は無かったことにしとくけど。この埋め合わせはきっちりして貰うからね」

この言葉に、毎日見合いをした方がマシだったかもという考えが過ぎってしまう。思わず項垂れた。
そんな息子の様子に、麗は再び笑みを浮かべた。先ほどよりも、どこか嬉しげな様子で。


wrote by Matsuri

小話(六実の家出・後編)

翌日。千夜は姉のことで悩んでいた。

「こんなお姉ちゃんでごめんね…。」

その言葉と共に、あの寂しげでどこか焦っている笑顔が脳裏に蘇る。
この言葉のもっと深い所にある意味を千夜は理解していた。
きっと、六実は弟に頼ってばかりの自分に焦りや苛立ちを感じているのだろう。
弟に頼ってばかりいてはいけない、早く自立しなくては、もうこれ以上迷惑をかけたくない。
それは、妻として、母として、しっかりしなくちゃいけないんだという自覚が六実の中で芽生え始めている証拠でもあった。
しかし、千夜は迷惑なんてこれっぽっちも思っていなく、また、姉が自分の元からどんどん離れていくようで
少し寂しいようなやるせない気持ちになる。

「千、どうしたんだ?そんな怖い顔して。」

はっと我に返り、声のした方を向くとそこにいたのは氷夕だった。
無意識の内に眉間に皺を寄せた険しい顔になっていたようで、顔がゆるんでいくのがわかる。
いつもとは様子の違う千夜に、氷夕は心配そうな顔で隣にやって来た。

「何か悩み事か?」
「え…と、うん。姉貴がまだ家出してきて…」
「へぇ、六実さん相変わらずだな。」

そう言いながら氷夕は苦笑する。
幼い頃からの付き合いなだけに、お互いに家の事情はそれなりに知っている。
また、千夜は氷夕によく姉の事を話していた事もあって、六実がしょっちゅう夫と喧嘩をして実家に家出してきていることも知っていた。

「今度は何が原因だよ?」
「焼きそばの味付けだって…。」
「今回もまた凄い理由だな。千も大変だな。」
「大変は大変だけど…別に迷惑とかそんな風に思ってないし…。」

そう喋る千夜はとても寂しそうな顔をしていた。
こんな千夜を見るのは、長い付き合いだが滅多にない。
氷夕は千夜が姉のことで真面目に悩んでいるのだと納得し、真剣な顔で尋ねる。

「迷惑って…お前に頼ってばかりだからか?」
「多分…。直接、口では言わなかったけど、なんか…そんな気がして…。」

千夜は昨日の六実の言った言葉や、自分が感じたことを全て話した。
口にすると、なんだか寂しさが増長したような、変な気持ちになる。

「もっと頼ってくれていいんだよ。姉弟なんだし。結婚したからって、他人になったわけじゃないだし…」
「うーん…まぁ、そりゃ…確かに寂しいわな…。……それ、六実さんに言ったか?」
「え…?」

千夜は驚いた顔で氷夕を見る。氷夕の言った事の意味が理解できないようで、
目をぱちくりとさせている。しっかりしているが、こういうところはまだ子供だなと思う。氷夕はため息をつくと、
頭を掻きながら口を開く。

「だからさ、六実さんに「まず、相手の気持ちを理解することが大事」って自分で言ったんだろ。
でも、言わなくちゃわかんないことだってあるだろ。相手に自分の気持ちを理解してもらうためには、まず、千が
自分の気持ちを六実さんに伝えないと…。そうすりゃ、少なからずお前の気持ちは六実さんに伝わるだろ。」
「そっ…か…。」
「他人には言えるくせに、自分ではなかなか実行出来ない。千はそういうところがまだまだ子供だな。」
「うるさいな。」

「子供」と言われて千はむっとする。
でも、その顔は千夜らしい顔だった。いつもの千に戻ったなと氷夕は笑う。
そこで、千夜はふと気づいた。そういえば、自分も氷夕に頼ってばかりだ。あんまり頼ってしまっては、
迷惑だと思いつつもやっぱり頼ってしまう。氷夕は迷惑ではないのか。前に一度きいたことがあった。
だが、氷夕は「そんなこと一度だって思ったことない」と笑ってみせた。
姉が自分を頼る気持ちがわかった気がした。好きだから、嫌われたくないから…だから、迷惑かけたくないのだ。

「俺、帰ったら姉貴にちゃんと自分の思ってること言うよ。で、姉貴にもちゃんと自分の言いたいこと、義兄さんに
言うようにもう一度言うよ。」
「おう。頑張れよ。」

そう言いながら氷夕はにたっと笑い、千夜も珍しく微笑んだ。


***


「じゃあ、千…またね。お世話になりました。」

その日、学校から帰ると家に帰る準備を終えた六実と一樹の姿があった。
一晩考えて、帰ることにしたらしい。それは、義兄に謝る気持ちになったということでもある。

「謝る決心ついた…。ちょっと悔しいけど…謝りたいっていう私の気持ちだけは伝わると思うから…。
そうすれば、きっと、あの人も少しずつでもわかってくれると思うんだ。だって、私たちは「夫婦」なんだから。」
「…うん。そうだね。あのさ、姉貴…。」

昨日の打って変わって、晴れ晴れとした表情の姉は今日氷夕が言っていた事と同じ事を言っていた。
喧嘩をして、千夜に泣きつきながらも、自分で乗り越えて、自分なりの答えを出して…また六実は1つ成長したのだ。
妻として、母としての自分を少しずつ築き上げているのだ。
それは、とても嬉しいこと。でも、千夜にとっては寂しい事でもあった…。
胸につっかかっていた気持ちを千夜を少しためらったあと、押し出した。

「あのさ…迷惑とかそういう風に思う必要ないからな…。結婚したって、子供ができたって…俺が姉貴の
弟であることは幾つになったって変わらないんだからさ…。
姉貴が困ってるなら助けたいし、力なりたい…。だから、辛かったらいつでも頼ってきて良いから。
しっかりしなくちゃって思い始めてるのは良いことだと思うけど…その、無理…すんなよ。」
「千夜…ありがと。」

涙ぐんだ目を拭いながら、気がつくと六実は千夜に抱きついていた。
千夜は突然の事に驚きながらも、家の中とはいえ流石に恥ずかしくて六実の体を腕で突き放す。
顔を真っ赤にしながら千夜が六実を睨むと、六実はそんな千夜をまだ涙を浮かべた笑みで見た。

「ありがとう。千夜。千夜みたいな弟持てて、お姉ちゃんすっごく幸せ。」
「あっ……そ。っつか、やめろよな。この歳になって抱きつくのとか…。」
「え~いいじゃん。いくつになっても可愛い弟には抱きつきたくなっちゃうもんなんだよ♪」

ちょっと焦りすぎていたのかもしれない。
二人目の命がお腹に宿り、息子も大きくなってきた。
なのに、結婚前とあまり変わっていない自分に…。
弟に頼ってばかりで、しっかりしてない自分は母親としても妻としても失格だ。
そう…焦りすぎていたのだ。千夜はそんな気持ちを一掃してくれて、六実は涙があふれて止まらなかった。

「泣き虫だな。いつまでないてんだよ。」
「うるさいなぁ。いいでしょ。嬉しいんだから。…あ、でも、千が自分の気持ち言ってくれるなんて
珍しいね。氷夕くんのおかげかな?」
「は?な、なんでわかったんだよ…」

厳しいけど、その裏にあるのは優しさ。それが千夜だった。
でも、こんな風に自分の気持ちをぶつけてくることは珍しかった。その背景には、いつも
自分が千夜を頼りにするように、千夜が頼りにしている氷夕がいる。
千夜がそんな風に頼れる相手がいることは六実にとって嬉しいことだった。

「相変わらず仲が良いねぇ。今度、遊ぼうって言っておいてよ。」
「遊ぼうって…あんたいくつ?」
「いいでしょー。いくつになっても遊びたいんだからー。」

こういうところは相変わらず子供っぽい。
千夜はあきれ顔になったが、いつもの六実を見ることができて内心では小さく微笑んでいた。
早く義兄と仲直りしてほしいなと思う。

自分の気持ちを相手に伝えることは難しいけど、その一歩が踏み出されば二歩、三歩は案外簡単に
進めたりする。相手の気持ちを理解するにはまず、自分の気持ちを伝えることが大切だ。
そこから小さくても道は開けるのだから…。千夜は思い切って言ってよかったとうっすらと微笑んだ。


wrote by Kyoko

小話(六実の家出・前編)

「…あれ?」

玄関に入ってすぐ千夜は異変に気づいた。
見慣れない靴が4足並んでいる。女性物のパンプスと、もう1つは子供用のスニーカーだ。嫌な予感がする。
玄関から家の中にあがり、居間の戸を開けるとそれは予感から確信へと変わった。

「千夜~~!!」

戸を開けた途端、1人の女性が泣きながら飛び付いて来た。
よく見ると千夜に似ている。綺麗なウェーブのかかった茶髪のセミロングを揺らしながら女性は
千夜に抱きついたまま泣き続ける。千夜は慣れているのか、少しも驚かず、困った顔をしている。
はぁとため息をつくと、やれやれという風に口を開いた。

「…今度は何があったんだよ、姉貴。」


***


「あの人が悪いのよ…。私の言うことなんてちっとも聞いてくれないんだから…」

理由も言わず泣き続ける女性こと、姉の六実(むつみ)をなんとか宥めて、千夜は居間のソファに座らせた。
それから何があったのかと理由を尋ねた所、夫と喧嘩をして家出してきたそうだ。
千夜の義理の兄にもあたるその人物と姉の喧嘩は日常茶飯事で、六実は喧嘩をする度に2歳になる息子を連れて実家に帰ってきていた。
両親は仕事の為、日中は家にいることが少なく、必然的に千夜がいつもこの姉の世話をする羽目になっているのだが…
喧嘩の内容はいつもくだらないことばかりで、千夜は呆れる一方であった。

「焼きそばはやっぱりしょうゆでしょ?!塩をいれるなんて有り得ないわ!千夜もそう思うでしょ?!」
「別にどっちもうまいと思うけど…。」
「駄目!私はしょうゆじゃなくちゃ絶対駄目なの!なのに…あの人ったら、私の気持ちなんか全然わかってくれないんだもの…。」

今回の喧嘩の原因は、焼きそばの味付けにあるようだ。しょうゆか塩、どちらの味付けをするかで喧嘩になったらしい。
しょうゆ派の姉と、塩派の義兄…どちらも頑固でお互いに一歩も譲らず、挙げ句の果て、今回の家出となったわけだ。
予想はしていたが、今回も他人からすれば実にくだらない内容であった。

「まぁ…姉貴達からすれば、重大な問題なんだろうけど…。義兄さんにも困ったもんだなぁ…。」
「ほんとよ!私の気持ちなんて全く無視なんだから!」
「…それは姉貴も同じなんじゃない?」

「え…」と六実は少し怪訝そうな顔になる。
千夜は厳しい事を言っているとわかってはいたが、言わなくては姉の為にならないだろうと思い言葉を続ける。

「義兄さんの気持ちを理解してあげようとしてる?自分の意見ばっか押しつけて、姉貴だって
義兄さんの気持ち理解あげようとしていないんじゃない。
お互いにそんなんじゃ、いつまでたっても何も変わらないよ。」
「…それは、そうだけど……でも……家まで出てきちゃって、今更謝るなんて、ちょっと悔しいじゃない……。」

六実には謝りたいという気持ちはあるようだ。でも、きっと素直になれないのだろう。
自分の非を認めるのは簡単そうで難しい。自分が悪いとわかっていても、なんだかそれを認めるのが悔しいのだ。
だから、なかなか素直になれない。姉は頑固な性格だから、余計に。

「…ま、謝りたいっていう気持ちがあるならいいんじゃない。そんなに焦らなくても。
少し頭冷やして、気持ちに整理がついたなら帰りなよ。義兄さんには俺から電話しとくから。」
「うん…そうする…。」
「…少しは落ち着いた?」
「うん…。」

言葉は厳しくても、千夜は自分の事を心配してくれている。
小さい頃から一緒にいるからわかった。千夜は元々言いたい事ははっきりいう性格だが、
その奥には不器用な優しさが見え隠れしている。
弟には昔から迷惑ばかりかけてきていた。
何かあれば自分よりしっかりしている弟に頼ってしまう。
困った顔をしながらもなんだかんだ言って、弟はいつも自分を助けてくれる。
甘えているのだ。自分は弟に。弟がいるから自分は大丈夫。心の何処かでそう思っている。
でも…

「……千夜、ありがと。こんなお姉ちゃんでごめんね…。」
「は?なに、急に…」
「ううん。なんでもなーい。あ、一樹(いつき)の様子見てこようかなー。」

ごまかすように六実は笑うと、2歳の息子の寝ている部屋へとかけていく。
その顔は少し寂しげで、焦ってもいるようにも見えた。
その寂しげな顔から、千夜は六実の言った事の意味が、なんとくなくだが察しがついた。
走っていく後ろ姿を見ながら「そんなこと思う必要ねーのに…」と千夜もまた少し寂しげな表情で小さく呟いた。

(でも…いつまでも、頼るわけにはいかないよね。)


wrote by Kyoko

小話(湊の過去)

「わたしは湊の花好きだなぁ」

様式は立花。イキシア、オクロレウカ、イトバショウ等といった花々が構成する。
優美な姿に目を惹かれ、風格を感じさせる作品である。
だがそれ以上に、見る者にどこか張り詰めた雰囲気を伝える。
凛とした佇まいは、作品と外界を切り離し、そこだけが切り取られた別世界のよう。
世界を拒絶し、他者を寄せ付けない――そんな怜悧さが感じられた。

「花は本当に人間性を表すよね。湊にそっくりだ」

人目を引くが、常にどこかで一線を引き、決して踏み越えさせない。
全てを完璧にこなしてきた。それ故の不器用さ。本性を曝け出すことが苦手。
渚や、幼馴染の面々にはある程度の「素」を見せるけれど。
その奥底の本当の本音はいつも隠したまま。「天邪鬼だ」と彼女は笑った。
だからこそ感じさせる他者を拒絶するような冷たさ。
未熟な己は、そのまま作品に繁栄されてしまう。

「それでも、わたしは湊の花が好きだよ」

隣に並ぶ作品、様式は生花。木瓜と白玉椿が、静かな際立ちを見せる。
華美ではないが、どこか素朴で優しげな雰囲気に包まれる。
これもまた、作り手の人間性を物語っているようで。
それでも彼女は、その優しさよりも、湊の冷たさの方が好きだと言う。

「ひどい人。優しくて優しくて、どこまでも残酷な人」

ぽつりと呟かれた彼女の言葉。泣き笑いのように聞こえた。


***


室町時代より続く華道大流派の家元を、穂坂家は代々継いできた。
現在は湊の祖父が家元を務め、湊も渚も幼い頃から生け花を習ってきた。
最初の出会いは、湊がまだ初等部の頃、彼女が門下生として入ってきたときだった。

「荻久保桜(おぎくぼさくら)です。よろしくね」

湊や渚より幾らか年上のその少女は、にこりと微笑んだ。
父の友人の大手航空会社の社長令嬢だという。
今後、湊達と一緒に稽古することがあるだろうと紹介された。
姉のような稽古仲間が出来たことに、渚は単純に喜んだ。
しかし、湊はそうすることが出来なかった。

「弟達をよろしく頼むよ」

兄・亮(あきら)は彼女にそう微笑んだ。彼女も「はい」と笑顔で応える。
気付いてしまった。彼女のその笑顔に。彼女が兄に向ける視線に。
その瞬間、湊は彼女を「敵」として認識した。


***


「湊ってさ、実はわたしのこと嫌いだよね?」
「当たり」

さして取り繕うでもなく、湊はあっさりと告げた。桜は思わず顔を顰める。

「きっつー。何もそこまではっきり言うかなー。
っていうかさ、わたし湊に何か嫌われるようなことした?」
「・・・・・・・・・・・・桜さ、兄さんのこと好きでしょ?」

一瞬驚いた顔をしたあと、今度は少しうろたえる。「え?何で分かったの?」という風に。
ふんっと湊は鼻を鳴らした。そんなこと、最初から分かりきっている。
初めて会った時から数年、今でも彼女は兄の方ばかりを見ていた。

「兄さんに近付く女はみーんな敵だ」

勉強も、スポーツも、家のことも、全てを完璧にこなしてきた。誰にも負けるつもりはない。
それでも、唯一、あの兄だけは例外だった。朗らかで、優しくて、いつも笑顔の兄。
それでいていつも全てを湊以上にこなしてみせる。あの兄にだけは全く勝てる気がしない。
否、始めから勝つ気などなかった。兄の弟であることを、湊自身が誇りに思っている。
大好きな自慢の兄。渚に「ブラコン」とからかわれることもあるが、自分でも認めている。
そして、そんな兄に思いを寄せる少女が少なからずいることも。
湊にしてみれば、自分から兄を奪う可能性のある女は皆敵だった。

「湊は、本当に亮さんが大好きなんだー」

くすくすと笑い始める桜。先程からくるくると表情が変わる彼女。
いつも不機嫌そう、とかたまに笑っても腹黒そう、とか言われる湊にはそれも不思議だった。
渚もそうだが、どうしてこうも短時間で表情が変化するのか。何だか理解しがたい。
それに、何となく笑われたことが気に食わなくて。

「ふんっ。どうせ無駄だろうけどね。だって兄さんには――・・・・・・」

そこまで言いかけて、湊ははっと桜の方を見た。
先程までとはうって変わり、寂しげな笑顔を浮かべている。
後悔した。不用意なことを口走ってしまったと。それと同時に。
少しだけ、ほんの少しだけ、僅かな怒りも込上げる。
さっき笑われたこと以上に、今桜がこの寂しげな笑顔を浮かべていることの方が、気に食わない。

「・・・・・・うん、知ってる。亮さんが誰を好きなのか」

亮は桜に優しい。大切にしてくれている。そんな亮が桜は好きだった。
だけどそれは渚に向けるのと同じ、「妹」のような感覚。
何より不器用な弟が、珍しくこうして本音をぶつけている数少ない存在と知っているから。
桜も湊の性格を承知し、何だかんだ言いつつも受け止めている。
だから亮は殊更桜に優しい。湊が亮を思うように、亮もまた、湊を愛しているから。
そしてそんな亮は――昔から、ただ一人の人を思い続けていた。

「だけど良いんだ。思い続けるのは、自由だしね」

例え振り向いて貰えなくても。亮が微笑みかけてくれるだけでいい。
湊や渚と共に稽古をし、花を生け、亮はその様子を微笑ましく見守ってくれる。
桜の作品を見て、「綺麗に出来たね」と言ってくれる。
それだけで桜は満足だった。だから今もこうして湊の傍にいる。
湊の傍にはいつも亮がいるから。

亮のことを思い、微笑む桜ははっとするほど美しい。それは一人の女としての顔だった。
その横顔を眺めながら、湊はますます面白くない気分になった。


***


「・・・・・・亮さんに伝えておいてくれるかな?時期家元就任、おめでとうございますって」

私は直接言えないから、と彼女は変わらず、泣き笑いのような声で言った。

先日、内々に祖父から発表された。亮を祖父の跡目――時期家元に据えると。
若すぎるという声もあったが、異論を唱える者は誰もいなかった。
それだけの才が亮にはあった。公には、間もなく開かれる作品展で記者発表が行われる。
同時に、祖父から伝えられたことがもう一つあった。それは亮の婚約。
亮自身まだ学生なので、結婚自体は先の話だが。相手は、長年の思い人。

湊、渚、桜は祖父から聞かされる前に、亮から直接報告を受けていた。
桜はただ一言、「良かったですね」とだけ微笑んだ。「おめでとう」とは直接言えなかった。
今でさえ、「時期家元就任おめでとう」と言付けるだけ。
この手の話に鈍感なのか、亮は決して桜の気持ちに気付くことは無かった。
そして自ら婚約のことを伝え、桜の気持ちに終止符を打たせた。
最後まで変わらず、優しい微笑みを浮かべたまま。彼は桜の気持ちを遮った。

「ひどい人」

もう一度、桜は呟いた。振り向いて欲しいとは思わなかった。
いつかは諦めなくてはいけないことも、分かっていた。
だけど気持ちを伝えることもないまま、こうして終わりを迎えてしまうなんて。
それも、亮自身の手で。亮は優しかった。祖父の口からではなく、自分の口から伝えたいと言ってくれた。
けれどその優しさが、桜にとっては何よりも残酷だった。
あんな幸せそうな笑顔を見せられては文句を言うことも出来ない。

紅白の花で生けられた亮の作品は、亮の人柄をそのまま表しているよう。
どこまでも真っ直ぐで優しい。だけど桜は湊の花の方が好きだと言った。
残酷な優しさよりも、分かりやすい冷たさと不器用さ。そっちの方が桜には優しかった。
桜を嫌いだとはっきりと言った湊。だけど湊の冷たさは、桜を傷つけることは無かったから。
逃げようと、思った。亮から、自らのこの気持ちから。
逃げて、離れて、そしてまた今度は笑顔で「おめでとう」と言えるその日まで。
そうなったら帰ってこよう。湊や渚と一緒に、花を生けよう。

「さて、と。そろそろ行かなきゃ。飛行機の時間に間に合わない。我侭聞いてくれてありがとね」

発つ前に最後に、亮と湊の作品を見たいと。我侭を言って、作品展会場に入れてもらった。
本人には言えないから、せめて亮の花に、「おめでとう」と伝えたくて。

「ロンドンだっけ?どれくらいいるつもり?」
「んー・・・2年位は向こうかも。元々、パパから薦められてた留学だし。
いい機会だし、向こうでパパの手伝いがてらビジネスの勉強してこよーかなーって」
「渚が見送り行けなくてごめん、ってよ」
「大丈夫。向こう着いたらなぎちゃんにもメールしとくね」
「・・・・・・・・・・・・桜」

ふいに足を止めた湊に呼ばれ、桜は振り向いた。
改めて、湊の姿をまじまじと見た。初めて出会った頃は、ただ生意気なガキだったのに。
中等部に上がってからどんどん背が伸びて、カッコ良くなってきた。
渚から女の子に人気があると聞いて「嘘だーっ」と笑い飛ばしたが、確かに、と思ってしまう。
作品には表れてしまうが、不器用な性格も何やらうまく猫を被っているらしいし。
そんなことを考えていると、もう一度「桜」と名を呼ばれる。
年下のくせに生意気だが、桜は湊に「桜」と呼ばれることが嫌いではなかった。
冷たくて嫌味だが、湊と一緒にいることは何だかんだで楽しかった。

「・・・・・・・・・・・・あのさ、俺・・・・・・」
「なに?」
「いや・・・・・・いいや、何でもない。また次会ったらそのとき話す」
「そう?」

「?」と首を傾げた桜だが、まぁいいかと再び歩き始めた。
亮が桜の気持ちに気付かなかったのと同じく、桜もまた気付くことは無かった。
面白くなかった。初めて会った時から。彼女が兄に向ける思いが。
大好きな兄に近付く女は敵。だけど敵な筈の彼女は、いつも湊の傍にいた。
湊の傍にいて、湊の不器用さを見抜き、その冷たさを理解して、それでも「好き」だといった彼女。
知らず知らず彼女から大きな影響を受けていた。だけどその事実を伝えるのはまだ先。
亮にとって桜が「妹」だったように、桜にとっての湊も「弟」のような存在。
だから今は、彼女が逃げ出すのを黙って見送る。けれど、今度帰ってきたときには。

「じゃあね、湊。元気でね」
「本当に空港まで送らなくていいの?」
「うんっ。車待たせてあるし。これから作品展の準備もあるでしょ」
「――桜。俺も、桜の花は好きだったから」

鮮やかで明るく、生命感に満ち溢れた作品。それが桜の花だった。
今はまだ言うつもりはない言葉。だけど、最低限これだけは。
桜は笑顔で「ありがとう」と告げた。先程までの泣き笑いのような顔はもうない。

遠ざかる車を見送りながら、ぼんやりと考えた。
次に彼女と会った時、どんな花を生けようか。「桜」を使った作品が良い。
兄と比べてではなく、今度こそ、「湊のが好き」と言わせるために。
湊は踵を返し、作品展の準備へと向かった。


wrote by Matsuri


11話(後編)

「あれ、葵?」

名前を呼ばれて葵は驚き、振り返る。
振り返った先にいたのは、幼なじみの面々でこちらも驚いた顔をしている(数名除く)。
それもそのはず。彼らの中で今日、葵は欠席ということになっている。
それが、まさかこんな街中で遭遇するとは誰も思っていなかっただろう。

何故、今日欠席の筈の葵がこんなところに?
会えば必ず聞かれると思っていた通りの質問がぶつけられた。

「それは…だな…」

葵は学校を出た後、古本屋に立ち寄っていた。そこで見つけた本が面白く、
2時間以上店先で読みふけっていた所を、運悪く隣のゲーセンから出てきたつばさ達に発見されたというわけだ。
会わないようにと注意していたつもりだったが、甘かった。
駅前にいれば会う確率は高い。さっさと帰っていれば会うこともなかったのだが…。

(なんて言い訳すればいい…)

まさか学校に行ったが、授業が終わってたなんて言えない。言えば、馬鹿にされるのは目に見えているからだ。
何か言い訳を考えるがなかなか妙案が浮かばない。
焦っている葵を見て、勘の良い湊が何か察したのか思案顔になる。

「この葵の焦りよう…何かあるねぇ…。まさか、学校行ったはいいけど、授業が終わってたとか?
桂矢が欠席の理由は寝坊だって言ってたしね。ま、いくらなんでもそれはないか……」
「なんでわかったんだ…;?」
「えっ当たりなの;?適当に言ってみただけなんだけど…。」

ずばり言い当てられて、葵は鳶に顔をつつかれたような顔をしている。
湊的には思いついた事を適当に言ってみただけなのだが、見事正解だったようだ。
湊や他の面子は拍子抜けしたような顔をしているが、それはすぐ意地の悪い笑みへと変わる。

「葵ってば、マヌケね~。聖陵史上初じゃないかしら?授業が終わってから登校なんて。」
「うんうん!葵ちゃん、超マヌケ!響ちゃんでもそんなことしたことないよ!」

マヌケだなぁと、上から目線で真珠と響子にげらげら笑われる。
真珠もだが、何より響子に笑われる事ほど屈辱な事はなかった。
だが、今回ばかりは事実なので返せる言葉がない。悔しそうに歯をくいしばると、響子は調子に乗って更に笑う。
そこへ救いの手を差し伸べてきたのは意外にも響子の兄である豊だった。

「調子にのんなっ」
「あいてー!」

グーで思い切り殴られて、響子は声をあげて蹲る。
先ほどのゲーセンで迷惑かけられた事もあって、豊は響子にかなり頭にきていた。
これ以上何かしようものなら、殴るぞと言うと小さく「もう殴ってる」と頭を抑えながら呟く。

「ごめんねー葵君。」
「あ、あぁ…。」
「まぁ、今回のことは僕もマヌケだと思うけど…それより、葵君が僕らに隠し事しようとしたことにはちょっと傷ついたなー。」

にたっと笑う豊の顔は何か企んでいるようだった。
そうはわかっているが、やはり今回は葵は逆らうことが出来ない。
少し警戒するように葵は、豊を見る。

「何が望みだよ…」
「そんな警戒しないでよ。これからみんなでご飯食べに行くことになってるんだけどさ、
それより久しぶりに葵君の手料理が食べたいなーと思ってさ♪」
「それは、つまり…夕飯を作れと?」

そうっと豊は頷く。
葵の料理はこの面子の中でも、彼のエプロン姿と共になかなか評判が良い。
他にも掃除や洗濯、幼い頃からよく手伝ってきたおかげで家事全般は得意な方だ。
予想外の事を要求されて、葵は少し拍子抜けしたが、そんなもので良ければいくらでもやると今日はじめての笑顔を見せた。

何はともあれ、これで一件落着したようだ。
嘘なんかつこうとせずに、最初から素直に喋っていれば良かった…と思いつつ、やはり来週からは寝坊をしないように
心掛けようとあらためて葵は心の中で誓ったのであった。

「わーい!葵の手料理が食べれるぅぅー!私、グラタンがいいな!」
「いやいや~ここは、肉じゃがでしょ。男が奥さんに作ってほしい定番料理♪」
「聖…てめぇ…あれ、ところで…つばさ達はどーしたんだ?姿が見えないけど…」

今頃だが、つばさと杏の姿がないことに気づいた。辺りを見回すがやはり2人はいない。
疑問符を浮かべる葵に、渚が陽気な声で答えを告げる。

「あぁ、つばさ達なら帰ったよ。湊を怒らせちゃって、こってりしぼられたみたい。
「般若が見える」とか言ってなんかすっごーく疲れた感じで帰ってたよ。」
「へ、へぇ…;」

その様子が頭に浮かぶようで葵は苦笑した。
湊が本気できれたのは久方ぶりだったことだろう。
それをくらったつばさ達は相当ショックを受けたに違いない。
少し葵はつばさ達に同情した。

「さぁさ、そんなことより早く行こうよ、葵の家。あ、葵、期待してるからね、葵の愛情たっぷり詰まった手料理♪」
「気色悪い事言うな!」
「えー、俺、葵の愛情たっぷりの手料理がたべてぇなー。」

悪意たっぷりの湊に反して、優はあくまで素直な意見を述べてくる。
どちらにもつっこみどころはあるが、少しつっこみすぎてだんだん疲れてきて、言葉のかわりにため息がでる。

色々あった、1日が過ぎていく。
久しぶりにみんなで遊んだ時間は凄く楽しくてあっという間だ。
きっと今日はこのあと、もっと楽しい時間が待っているであろう。
そう誰もが心の中に思いながら、歩を進めていった。


wrote by Kyoko

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