小話(優と母とこれからのこと) | Retro Friends ~This is ther's happy life!~

小話(優と母とこれからのこと)

どさどさどさどさっ。
目前に高らかに築かれた山に、優は呆然とした。
山を築いた本人は艶やかで優雅な微笑みを優に向ける。
生まれて15年。この笑みに優が歯向かえたことは、一度たりともない。

「分かってるね、優。逃げるんじゃないよ」

逃げたら一体どうなるのか。恐ろしくてそれ以上は考えられなかった。


***


「大変だねーっ優くんも。これから毎日見合いだってーっ。理事長も凄い事やるよねぇ」

全然大変じゃなさそうにのたまう響子に、優は更に脱力した。
黙っていたのにどこから聞きつけたのか、昼休みには響子の口から方々に知れ渡っていた。

「一人目は大手製薬会社の社長令嬢かぁ。響ちゃんに似て、おしとやかそうな美少女らしいよ」

しかも相手の情報まで知ってるし。最早突っ込む気力すらなく、がくりと項垂れた。

「だけど・・・・・・結婚たって俺、まだ15だし。実際するにしてもまだ先の話じゃん。
今から見合いとかそんなの考えらんねぇよ」

彼女が欲しいなーとは思うことがあっても、これとは別問題だ。
そんなに急に言われても、いまいちぴんとこない。

「・・・・・・・・・そうかな?」

ぽつりと呟かれた言葉に、優は湊の方を向いた。

「理事長もさ、無意味にこんなことさせるわけじゃないと思うけどな」

珍しく真剣な眼差しを向けられて。優は何故かどきっとした。


***


聖稜学園は付属幼稚舎から初等部、中等部、高等部、大学部から院までを備えている。
名家の子息令嬢も多く通い、名門と誉れ高い。
渡住家は学園の創立者一族であり、現在は優の母・麗が学園理事を務めている。
「理事長子息として恥ずかしくない振る舞いを!」と常々言われているが、
優の成績が比較的上位(学年30番以内)ということもあり、普段は割と好き勝手にやらせて貰っている。
そんな母が、初めて優に見合いを強要した。
湊に言われその意図を探ろうとするが、どうにも思いつかず袋小路である。
というか昔から母に逆らうと恐ろしい目を見てきたので、今では否応なく従ってしまう習性が身に付いている。
母の行動の理屈なんて、思いつく筈も無い。

「じゃーん見てみて、綺麗でしょぉ?」

突然、目の前に一枚の写真が突きつけられた。姉の美咲だ。

「なに、その写真?」
「式の衣装合わせでね、試し撮りして貰ったの。綺麗に撮れてると思わない?」

写真には、華やかな色内掛けを纏い、にこやかに微笑む美咲が写っていた。
普段からとびきり美人な姉だが、こういう格好をしていると殊更美しさが際立つ。
美咲は湊の兄・穂坂亮と婚約中で、大学を卒業する来春、結婚を控えている。
優にはよく分からないが、式の準備で最近は何かと慌しいようである。

「うん、綺麗だ。そっかぁ。姉さん、来年には渡住じゃなく、穂坂になるんだよなぁ」
「そぉよぉ。あたしが出てったらあんたしか残らないんだから。しっかりしなさいよ」

そう言って美咲は優の額を軽く小突いた。軽い衝撃と共に、急に脳裏に閃く。
「無意味にこんなことさせるわけじゃない」湊の言葉が反芻される。
あぁ、そうか・・・・・・。だから母さんはこんなこと。視界が開けた気がした。


***


「母さん、俺、やっぱり見合いやだ」

その夜、仕事から帰宅した母に、優は開口一番そう告げた。

「・・・・・・・・・優、お前私の言うことに逆らう気?」

迫力ある美貌で見据えられ、優は一瞬怯む。折れそうになる根性を叱咤し、言葉を続ける。

「だ、だって俺まだ15だしっ。今から見合いとかしても、実際結婚ってなるのは当分先だろ?
そんなの無意味じゃんっ!見合いとかしてる暇あったら、俺今はもっと勉強したいし」

家のこととかも、もっとちゃんと考えたりしたいし。小さい声でもぞもぞと付け足す。
麗の目の色が変わった。驚いたように、息子を見詰める。

「優、お前・・・・・・」

美咲が嫁に行き、残るのは優ひとり。必然、渡住を継ぐのは優ということになる。
長男なのだし、よくよく考えれば当然のことで、優自身も勿論分かっていた。
分かっていたけれど、分かったいなかったのだ。
ぼんやりと頭では理解していたが、後継者という自覚など全然なくて。
いつかその時がきたら対処すればいいと、ずるずる先延ばしにしてきた。
だけどもうじき美咲が出て行き、優ひとりが残され――“その時”は刻一刻と迫っているのだ。
今すぐというわけではないけれど、確実にやって来る“その時”に、今のままの優で果たしてよいのだろうか。
渡住の名を背負い、守っていくことが出来るのか。優自身が一番よく分かる。答えは否。

「だからさ、今の俺には結婚とかまだ早いと思うんだってば。
もっと家のこととか俺自身のこととかちゃんと考えてからでないと駄目な気がする。
ちゃんと自分で考えて、それから、見合いしても遅くはないと思う・・・・・・・・・・・・んですけど」

きっぱりと断言しきれない自分が情けないが、こればかりはしょうがない。
母が見合いを強要した理由。否が応でも、優が「渡住」のことに目を向けるようにした。
“その時”に備えて、優がきちんと向き合えるように。だからこれが、今の優の答えだった。
ふっと麗が笑った。

「そう。お前、私の言うことに逆らって、あとでどうなるか分かってるね」

美しい微笑だが、ひっと優は小さく息を呑んだ。あぁ、やはりこの笑みにはいつまでも勝てない。

「まぁ、馬鹿息子がそこまで言うなら、見合いの件は無かったことにしとくけど。この埋め合わせはきっちりして貰うからね」

この言葉に、毎日見合いをした方がマシだったかもという考えが過ぎってしまう。思わず項垂れた。
そんな息子の様子に、麗は再び笑みを浮かべた。先ほどよりも、どこか嬉しげな様子で。


wrote by Matsuri