Retro Friends ~This is ther's happy life!~ -5ページ目

3話(前編)

聖陵学園高等部「学食」。

本日は健康診断のみで終わりだというのにも関わらず、学食は多くの生徒で賑わっている。
その中につばさ達の姿もあった。

「あはははっ桂矢ってば身長伸びるどころか縮んだんだー。」
「うるさいなー!渚だって縮んだじゃん!」
「うっ…。」

他人の墓穴を掘ったつもりが、自分の墓穴を掘られる。
言い争って(?)いるのは、身体測定で身長が昨年より縮んでいた哀れなコンビ(笑)渚と桂矢である。
もう気にしないと決めたのに、身長のことを引っ張り返されてご立腹な様子の桂矢。

「確かにそうだけど…私も縮んだけど…しかも、桂矢は1ミリだけど、私は2ミリ…。」

渚は両手の人差し指をくっつけながらうつむき加減になにやらぶつぶつ言っている。
そんな二人の様子が面白かったのか、火に油をそそいできた底意地の悪い方が2名。

「なぎもけーや君も哀れだねぇ。」
「ほんと。なぎは勝負に負けて、桂矢君は大嫌いな牛乳毎日一生懸命飲んだのに、結果が縮んでたなんて♪」
「う…なんで、牛乳のこと知ってんだ…」
「人の気持ちも知らないで…よくそーいうことが言えるわねっ。最低っ。」

「そんなの興味ないもーん」とけらけら笑うのは聖と豊だ。自分さえ楽しければそれでいい、相手の気持ちなんてお構いなしのスーパー自己中人間の彼等に
とって今の渚と桂矢は恰好の遊び相手だった。

「それにしてもまだ縮んじゃったこと気にしてるなんて根暗だねぇ。ちなみに牛乳のことはまろんさん(葵と桂矢の姉)からきいたんだよ♪」
「根暗は桂矢よ!一緒にしないで!」
「なっ」
「あはははっ。言えてるー桂矢くんってすっごい根暗だもんね~。」
「~~~っ!!(怒)」

4人のよくわからないやりとりの傍ら、他のメンバーも健康診断の話題で盛り上がっていた。

「見てみてー!すごいでしょー!」
「……なにが?」
「えーだから、きょーちゃんの視力ー。」

まだ馬鹿なこと言っているのは先ほど兄から「究極のバカ」の称号を頂いた響子。
周りの冷たい視線もなんのその。
健康診断表を振り回しながら一人できゃーきゃー騒いでいる。

「はいはい、こんなバカはほっておいて、みんななんか食べない?」
「誰がバカよー!バカっていう奴がバカなのよー!みーくんのバカー!」
「耳の調子がおかしいのかなぁ、なーんもきこえないなぁ。」

右手で耳をとんとんと叩き、左手をひらひらとさせて響子を無視するのは湊。
さらにバカの相手ほど疲れるものはないと言わんばかりにため息をついてみせると、響子はきゃーきゃーからぎゃーぎゃーと騒ぎ始める。
しかし、それも同じように無視。今度は響子を小馬鹿にするようにふふん、と鼻で笑ってみせる。

「むきーっ!」
「さて、バカの相手はほんとにここまでにして、なんかたべよーよ。俺、お腹空いた。」
「あ!俺も俺も!はらぺこだよ!もう昼飯の時間だし。」
「でもさ、ふつーに買いに行ったんじゃつまんないよねぇ。」

いたずらっぽい笑みを浮かべながらみんなを見る湊の顔は何か企んでいるようにしか見えない。
それをいち早く察した面白いことや勝負事が大好きな優がすかさず言葉を返す。

「なんだなんだ?!勝負か?!」
「まぁ、そんなところだね。勝負内容は、じゃんけん。トーナメント戦で一番になった人と二番になった人が負け。負けた人は全員にお昼をおごること。あえて勝った人が負けた人になるっていうのが面白いでしょ♪」
「なんだよーじゃんけんなんてつまんねぇよー。どーせなら腕相撲とかさー。」
「優、勝負は公平に行わなくちゃ駄目なんだよ。優は自分がつばさや杏みたいな筋肉だるまに勝てると思う?」
「…思わない。あいつらの力って桁外れだもんなー。腕がおれちまうよ。」
「でしょ。だから、今回の勝負はシンプルイズベストでじゃんけんにしたわけ。」

拒否権はないのか…。
一部の面子の頭の中にはきっとこんな言葉が浮かんでいたに違いない。
筋肉だるま呼ばわりされたつばさと杏は、先ほどから響子と一緒にぎゃーぎゃー反論しているが全く相手にしてもらえていない。
何はともあれ、こうして湊の一方的なお昼ご飯を巡っての壮絶なじゃんけんバトルが行われることになったのだった。(つばさと真珠と渚にとっては本日2ラウンド目)


wrote by Kyoko

2話(つばさ編)

うららかな春の陽射しが学園中に降り注ぐ。入学式から3日目の本日。聖稜(せいりょう)学園高等部の校舎では新学期ならではのイベントが行われていた。
「よしっ、166.8! 勝った!」
「くっそ~…1cm負けた……165.6」
  体育館中に響き渡るような大声で会話をしているのは二人の女子――1年A組、浅瀬つばさと水無月真珠(みなづきまじゅ)だ。
 ただいま、世にもくだらない勝負事の真っ最中。
「ふふんっ、でも体重はあたしの方が2.5kg軽いもんね。勝ち☆」
「ぐ……っ」
 付け焼刃のダイエット作戦、あえなく失敗。
 ちなみに今回の健康診断は5番勝負である。まずは体育館での身体計測で身長と座高(これらは高い方の勝ち)、体重(軽い方が勝ち)の3本勝負。あと視力検査と歯科検診(虫歯の本数が少なければ勝ち)の2本が控えている。5戦でもっとも勝利数の多い人物が優勝となり、豪華商品(今回は一流ホテルでのケーキバイキング)にありつける。エントリー者は1年A組の仲良し(?)トリオ。
「で、なぎはどうだったの?」
 二人の馬鹿騒ぎを少し離れてみていた宇堂渚(うどうなぎさ)に、真珠が声をかけた。
「う……っそれは…その…」
 渚は診断表を隠すように背に回した。
「見せなきゃ勝負になんないじゃんっ」
「ぅきゅっ」
 間抜けな声をあげる渚から、つばさが強引に診断表を奪い取る。抵抗(?)空しく、数列が悪魔の手により白日の下に晒される。
「身長164.3……って去年より2mm縮んでんじゃん」
「座高はやっぱつばさが1番か。体重は……うわっ1番重っ!」
 しかも無駄に声がでかい。個人情報を大声で暴露された渚は、頭を抱えてだからこんな勝負嫌だったのに~~とか呻いている。つばさと真珠はここぞとばかりに意地の悪い笑み浮かべた。3番勝負でいずれも渚が最下位になったことと、格好のネタを得た為に。
「なぎちゃんってば、1番ちびのくせに1番おでぶだなんてねー」
「ほーんと。春休み中にこんなにぷにぷにになっちゃって」
 下卑た笑みを浮かべつつ渚の頬を摘まんだりしてる姿は、さながらセクハラおやぢの図であった。
 されるがままになる渚だが、やがて救世主が舞い降りた。つばさと真珠の頭上に、げんこつが振り下ろされる。
「「ぁ痛―――っ!」」
「ふぇ? あ、海~~」
「……いい加減にしろよ、お前ら」
 トリオとは幼等部からの腐れ縁にして、浅瀬邸のお向かいさんである堀内海(ほりうちかい)だ。鋭い目つきでセクハラおやぢ’sを睨みつける。
「いつまでもアホやってんな! さっさと移動しろっ!」
 見渡せば体育館に残っている生徒は彼女ら4人だけだった。他のクラスメイトはとっくに次の教室に移動済みだ。しかも既に後続の1年B組が体育館前に集合し、中を覗き込んでいる(何やらくすくすと笑い声も聞こえてくる)。
「―――ったく、なんで毎度毎度俺がお前らみたいな珍獣の面倒みなきゃいけねぇんだよ」
 怒りと呆れと苦悩の入り混じった声で、麗しの学級委員長殿が盛大に溜息をついた。
珍獣トリオはさすがに気まずく感じたのか、こそこそと(しかし超特急で)体育館を去っていった。
                    ∞
「――なーんてことがA組の時間にあったみたい。高等部に入っても、珍獣トリオは相変わらずだよなぁ。海もかわいそ」
 とかなんとか言いつつ、実際は少しの哀れみも含んでいない(むしろ他人事のような)声で渡住優(わたずみすぐる)がうんうんと頷いた。
「ほんとにねぇ……あの3匹が同じクラスなんて、ゴリラの飼育員のほうがよっぽど可愛いよ」
 相槌をうつのは堀内聖(ほりうちひじり)。茶髪の海に対し(染めている)、違うのは黒髪だけという一卵性双生児の兄である。
 ちなみにA組の時間から一時間程経過して、現在は彼ら1年D組が体育館で身体計測を行っている。珍獣トリオの噂は瞬く間に学年中に伝わったのだ。
「ねー、湊くん? その珍獣の中に自分の血縁者がいるってどんな気分?」
「…………無駄なこと聞くなってーの、聖。最悪」
 どこか楽しげな聖に、苦い口調で返事をしたのは穂坂湊(ほさかみなと)だ。ちなみに珍獣の一匹、宇堂渚とは従兄弟同士だったりする。
「まぁもっとも、珍獣を実の妹にもつ奴よりはマシかなぁ」
「言えてる。しかも双子の妹って、まじありえねーよな」
 該当者を思い描きながら優がくつくつと笑った。
 身長を測り終え、診断表を受けとった聖が声をかける。
「優くん、身長どうだった?」
「あ、聖それが聞いてよー。俺さ、去年より15cmも伸びたんだ!」
「うわ~、良かったじゃん。僕は去年より8cm伸びたかな」
「優も聖もばりばり成長期だねぇ。俺は5cmだけ。そろそろ止まるかなー、成長」
 そういえば、珍獣トリオの話題とともにもう一つ噂が流れていた。D組より前に行われた身体計測で、成長期を迎えるどころかむしろ縮んだ生徒がいるとかいないとか。
 あらかたの計測を終え、次の内科検診へと向かう。ここでもまた、珍獣トリオに引けをとらぬ噂話を耳にするだろう。
「まったく、毎年毎年話題が豊富だねぇ。健康診断って」
「ほんとほんと」
「あとでみんなに聞きに行こうぜ、今日の結果♪」
 珍獣トリオも、その飼育係も、珍獣の兄弟も、背の縮んだ生徒も、結局は彼らにとって恰好のネタなのである。所詮はすべて他人事なのだ。
 こうして波乱万丈の健康診断は、例年通り進行された。


wrote by Matsuri

2話(葵編)

今日1日は聖稜学園高等部は健康診断である。
内容は身体測定の他に眼科検診や内科検診やら。
毎年、色んな出来事が起こる健康診断。さて、今年はどんなことがおこるやら。

「156センチね。」

なんのためらいもなくずばっと言い捨てられた先生の言葉が佐竹 葵(1-C)の胸にはぐさりと刺さった。
それをすぐに察した先生は慌ててフォローをいれるが、もう遅い。
ちなみに此処は体育館。体重や座高、身長の測定が行われている場所だ。

「あ…。よ、良かったじゃない、葵くんっ。身長1センチ伸びてるわよっ。」
「…先生、それフォローになってないから。」
「あ、あら…?」

暗い顔に暗い声。誰が見ても気持ちが沈んでいるのがわかる。
健康診断表を受け取り、とぼとぼとその場をあとにする生徒の後姿にいささか罪悪感を感じずにはいられない先生であった。

結局、伸びたのは1センチだった葵の身長。牛乳作戦は失敗である。
ため息をつくと、気持ちがどん底まで沈みこのあとの内科検診や眼科検診やらが面倒くさくなってくる。

「なんかもうどうでもいいや。内科検診とか…。」
「あーうぉーいぃぃーー!!」
「うわっ!」

どんっ、といきなり後ろから背中を押されて体勢を崩す。
すかさず倒れまいと床に手をつくが、置き所が悪かったのか不運にもついた手は床を滑り、葵の顔面は鈍い音と共に床に激突した。
しかし、葵を突き飛ばして転ばせた張本人である
西川 杏(にしかわ あんず・1-C)はそのことに全く気づいていないようだ。

「……っ(怒)」
「きいてくれーっ!!内科検診の結果、あたしの内臓はなんだかかなりやばいそうだーっ!!病院で検査を受けた方がいいって!!…うおーーーっ!!美人薄命とはまさにこのことかーっ?!あたしの為にあるような言葉だーっ!!嫌だーっ!!まだ死にたくないーーっ!!」

わけのわからないことを口にしながら一方的に騒ぎまくる杏に葵の怒りのホルテージはどんどんあがっていく。ずきずきと痛む顔を右手でさすりながら、その怒りをあらわにした。

「うるせぇぇぇーーーー!!」
「おぉうっ・・・。」
「お前の内蔵がどうなろうと俺には関係ないし、お前みたいな図太い奴は不治の病にかかっても絶対にしなねぇよ!!」
「そ…そうか。それなら…安心だな…。」

ぜぇーぜぇーと荒い息づかいでマジギレ寸前の葵は鋭い目つきで杏を睨み付ける。
一方、その杏は普段はあまりきれることのない葵のきれた姿にあっけにとられる。
身長のことで気分落ち込んでいた上に突き飛ばされ、変なうんちくを聞かされれば誰だって怒る。
しかし、これのおかげでさっきまでの沈んだ気持ちもどこへやら。
葵の気持ちは大分すっきりようであった。

「……あー…すっきりした。」
「そ…そうか。それは…よかった…。はは…ははは…。」


***


所変わって、ここは保健室。視力検査が行われている場所だ。

「らんらんらら~ん♪」

保健室から一人の女生徒が出てきた。
陽気に鼻歌を歌っている。
高原 響子(たかはらきょうこ・1-C)である。

「不気味。」
「なによーう。いたの?ゆっくん。」
「凄いもの見せたいから廊下で待ってろって言ったのは響子でしょ。全く…B組の健康診断はとっくに終わってるのにさー。さっさと教室戻ってゆっくりしたかったのに。」
「まぁまぁそう言わないでよ。可愛い妹のお願いでしょ。」
「誰が可愛い妹だって。」

響子と話しているのは高原 豊(たからはゆたか・1-B)。
響子の双子の兄である。一卵性双生児の佐竹兄弟と違って二卵性双生児の響子達はあまり似ていない。

「誰って、あたしよ!あ・た・し!らぶりーきゅーとがーるきょーこちゃん♪」
「……で、なに。見せたい凄いものって。」
「あぁ!うん、これよ!!」
「健康診断表…?あぁ、また体重増えたんだね。響子。確かにこれはすごい。なんたってさんき…」
「違う違う違うー!!見てほしいのは視力よ視力!!」

豊の言葉を大声をだして遮る。どうやら体重が3キロほど増えたようだ。
大声をだしながら響子が指しているのは健康診断表の視力が書かれている欄。
「右A・左A」と書かれている。

「これのどこがすごいの?」
「Aだよ!A!!あたし、小学校から視力だけはずっといいんだよー!!すごいでしょー!!」
「…響子。」
「なぁに?」
「そんなんだからみんなに「馬鹿」って言われるだよ。」
「な、なによー!!なんでよー!!」
「わからないならその方が幸せだと思うよ。」

はぁ…と豊はため息をつく。
馬鹿だとは思っていたがここまで馬鹿だったとは…。
視力が小学校から両目共「A」の人などわんさかいる。
これのどこか凄くて、自慢してくる妹の気持ちがわからない。いや、わかりたくない。

「なーんか…ここまで馬鹿だと、我が妹ながらだんだん情けなくなってくるよ。」
「ゆっくんのいじわるー!!」

ぎゃーぎゃー騒ぐ響子の傍ら、豊はさらに大きなため息をついた。


***


「縮んだのか。」
「縮んだんだ…。」
「二人して口揃えて言わないでくれない…」

またまた所変わって、此処は1年B組の教室。
健康診断を終えた佐竹 桂矢(1-B)が不機嫌そうな顔で睨みつけているのは小里 千夜(こざとゆきや・1-B)と日川 氷夕(かがわひゆう・1-C)。

「あぁ悪い悪い。」
「ごめん。」
「なんかむかつく…。」

桂矢が不機嫌な理由は健康診断の身長測定の結果にある。
葵は1センチ伸びたが彼は伸びるどころか1ミリ縮んでいたのだ。
今はそれを氷夕達に話していたところなのだが、口を揃えて「縮んだ」と言われてさらに不機嫌に。

「もー!なんでさー。ちゃんと毎日牛乳飲んだのにー。」
「牛乳飲んだからって身長が必ず伸びるってわけじゃないだろ。」
「っていうか、桂矢…成長期終わったからもうそんなに伸びないんじゃない。」
「…やっぱり、そう思う?」

今度は揃ってうなずく。

葵と桂矢には中学の頃に一時期、凄く身長が伸びる時期があった。
だが、それを成長期だとは認めたくなかった二人は、成長期が来るのを待っていのだが…ここまで来るとあの時期が成長期だったようだ。
もうこれ以上伸びることはないだろう。
それを考えるとなんだか悔しくてたまらなかった。

「うーーー…姉さんは無駄にでかいのにぃぃーーー…。」
「おばさんににたんじゃねぇの。おばさんも小さいからな。」
「…身長は父さんに似たかった…。」
「まっ。いいじゃねぇか。大きいおまえなんておまえらしくねぇよ。」
「フォローにもなんにもなってないんだけど。」

きっと氷夕を睨みつける桂矢だが全く迫力がなかった。

「…あ、桜。」
「おぉ。綺麗だな。」
「…ほんとだ。」

窓の向こうを見ると校庭の桜が綺麗に咲いている。
今は春なのだ。暗い気持ちでいては勿体ない。

「……もういいや。身長のこと…。あの桜を見てたらどうでもよくなってきた。」
「そうそう。春なんだから明るくいこうぜ。
おまえそんなんだから、根暗って言われるんだよ。」
「うるせー!馬鹿ひゆー!!」
「なっ!おまえにだけは言われたくねぇよ!」

桂矢と氷夕の口喧嘩をよそに、千夜はぼーっと桜を眺めていた。


wrote by Kyoko

1話(つばさ編)

他人に全てを享受された生活――そのなんと甘美で堕落的なことだろう。
食卓に着けばいつでも、三ツ星シェフが自分の為だけに創った料理が、自分専属のメイドさんの手により整えられる。今日も今日とて日本最大のコングロマリッド浅瀬グループ会長の孫娘であらせられるつばさお嬢様(16)は、お付きの美しきメイド澄香(すみか)さん(2?)に新鮮なミルクを注いで貰い、優雅な朝を迎えていらっしゃるのでした。
「つばさお嬢様、本日のご朝食は玄米のカンパーニュに低脂肪乳バターを添えて。付け合わせに人参とほうれん草のソテーを。春野菜のサラダにはノンオイルのフレンチドレッシングをかけてお召し上がりください。スープはミネストローネでございます」
「ありがとう、澄香さん」
 軽く礼を述べて、つばさがカンパーニュに手を伸ばしたまさにその時――
20人は座れるロングテーブルの真向いから爆弾は降下された。
「――っていうかたかだか1週間、カロリーを抑えたダイエットメニューを続けたからってそう簡単に効果は出ないと思うけど?」
 伸ばした手が空中停止。爆弾犯はそ知らぬ顔で冷えきったヴィシソワーズを口に運んでいる。
「あそこまで怠惰な春休みを過ごしてれば、そりゃあ太るわよ」
「わ――――っ!!」
 精神衛生上、これ以上のダメージを与えられまいと、つばさは前の台詞を掻き消すように声を張り上げた。大食堂中にこだまする。

食事中に騒ぎ立てる妹に対し、爆弾犯――浅瀬家の長女にして、グループ総帥の後目である珊瑚(さ
んご・18)――は睨み付けるような視線を向ける。
「……大声出さないでくれる?」
 敬愛なるお姉さまの静かな圧力に、つばさは軽く息を詰まらせた。そのまま素直に食事に戻る。そもそもの発端が自分の心ない一言にあることなど、すっかり棚の上だ。


sa2


 もともと女子にしては高身長、そして何より空手部に所属し日々トレーニングを行っていたつばさはスタイルには自信があった。だが中等部の卒業式を終え、3週間程の春休みのほとんどを、このお嬢様はオーストラリアの別邸でお過ごしになられたのだ。

身の回りのことを全てお世話された贅沢三昧。山のようなお土産とともに、体重2㎏増で帰国することになったのである。
「う~…向こうにいる間だってちゃんとスポーツやってたのになぁ。ダイビングとか……」
「それはスポーツじゃなくてレジャーでしょ」
「綾名(あやな)だって同じようにしてたけど、全然だよ?」
「あの子は元々太りにくい体質だもの」
 末の妹を引き合いに出してみるが、失敗。
「帰国してからやばいと思ってダイエット始めたって、手遅れよ」
 真理の刃をぐさりと突きつけられた。
 そんなことはつばさも重々承知している。だがどうしても、無駄なことと分かっていても、つばさにはしなければならない理由があったのだ。
 姉の言葉を聞こえないふりをして食事を続けるつばさの目を盗み、澄香がそっと珊瑚に耳打ちした。
「実は……つばさお嬢様は本日、健康診断がございまして」
「……納得」
 健康診断ということは当然、身体計測も行われる。今のつばさにとっての鬼門、体重測定があるということだ。
「なんでも、御友人方と勝負をなさっているのだとか」
 苦笑を含んだ澄香の物言いだが、珊瑚は完全に呆れ果てていた。
 なるほど、それで今更ダイエットなのね。
 幼等部からの友人達とつばさは、何かにつけて競い合うことが多い。体育祭然り、定期テスト然り……。そして今回も、身長やら体重やらで無駄な争いを行っているのだろう。
 そのうえ毎度のように、勝負には何かしらの景品が賭けられる。前回(中等部最後の通知表)は確か豪華客船でのティータイムクルージングだったと聞いた(ちなみにつばさは負けている)。金持ち校に通う子供たちの金銭感覚は半端ではなく、勝負に負ければそれなりの損失になってしまう。プライドの為というのもあるのだろうが、つばさが殊更力を入れているのはその所為だろう。
「ばっかみたい」
 珊瑚の呟きとほぼ同時に、大食堂の扉が開けられた。
「おはようごさいます、奥様」
 扉を潜ってきた女性に向けて、使用人達が一斉に御挨拶をする。つばさと珊瑚の母にして、浅瀬財閥の夫人・千鶴(ちづる)(42)であった。四十過ぎとは思えぬ美貌と若々しさに溢れたご婦人である。
「おはよう、皆様。珊瑚も起きていたのね、おはよう。――あら?」
 千鶴夫人の視線が珊瑚の真向いでとまった。
「つばさ、貴女まだいたの? 急がないと遅刻するわよ」
「え? だって姉さんだってまだ……」
「大学部はまだ春休みだもの。あたしは今日も休みよ」
 スープを運んでいたつばさの手が止まった。壁の時計に視線を移すと、時刻は8時18分。8時半には朝礼が始まってしまう。
「きゃーーーっ、もっと早く言ってよ!!」
 残っていたパンをミルクで流し込む。澄香が手早くブレザーを羽織らせ、鞄を手渡した。
「お嬢様、お車のご用意が出来てございます」
「りょーかいっ。それじゃあ、行ってきます」
 いってらっしゃいませ、と使用人達が言う間もなく、つばさは走り去っていった。
 まったくあの子ったら、と呆れる母の側には、もはやそれさえ萎える長女の姿。
「っていうか、ダイエットする気なら車じゃなく歩いていけばいいじゃない」
 その思考に至らないのは温室栽培のお嬢様の故なのか、はたまた本質的なものなのか――…。
 何はともあれつばさお嬢様のあまり優雅で華麗ではない1日は、本日も幕開けたのでございます。


wrote by Matsuri

1話(葵編)

「ふぁぁぁ~…」
「あらあら、大きなあくびね。」

まだ眠たそうな顔のままあくびをする葵(あおい)に母親の萌(もえ)は少し苦笑する。
朝は葵と彼の双子の兄の桂矢(けいや)が一日の中で最も嫌いな時間帯。
まだ寝ていたい…そんな願望が常に頭の中に浮かんでいる。

「だって、ねむい…。」
「もう…葵は高校生になっても全然変わらないわね。
桂矢は自分から顔を洗いにいったわよ。」

萌の言葉にその桂矢が洗面所の床に座り込んで爆睡している姿が頭に浮かぶ。

「でも、ちょっと遅いわね…。桂矢ーいつまで顔洗ってるのー。」

萌が洗面所に行くと案の定、そこにあったのは床に座り込んで寝ている桂矢だった。
萌の怒りに溢れた声が桂矢の名前を呼ぶ。

「……ねむい。」

扉の向こうの母が兄を説教する声を聞きながら葵は心底眠そうな顔をした。


***


「はい。牛乳。」
「えぇぇー今日も牛乳飲むのー…。僕、牛乳嫌いなんだけど…。」

暫くして…朝食の準備が整ったようだ。
おかずや味噌汁が美味しそうに湯気をたたせている中、
葵と桂矢の前に置かれたのは、本人達から見ればまずそうな200mlの牛乳の瓶。
桂矢が不満そうに口を尖らせるとそれに対して萌はにっこりと笑う。

「あら、そんなこと言ってたら大きくなれないわよ?
今日の健康診断は「身体測定」もやるんでしょう?」
「うっ…」

「身体測定」。
その言葉にひっかかるものがあるらしく、桂矢は黙り込み、
大人しく牛乳を飲み始める。


sa1


「あら、いい飲みっぷりね。最初から素直に飲んでいればいいのよ。
さぁ、葵も早く飲んじゃいなさい。」
「…はーい。」
「うふふ、葵は利口ねぇ。」

最強お母さん伝説萌さん。
この家で一番偉いのは実はこの母親だったりして、
逆らったりしたらどんな目にあらされるかわからない。
葵も牛乳は嫌いだがそんな怖い目にあうくらいなら、牛乳を飲んだほうが数倍マシだと考えたようだ。

「それにしても、冗談は抜きにして…あなた達の身長どのくらい伸びたかしら?」
「……。」

黙り込む葵と桂矢。
それもそのはず。この双子の兄弟は昔から揃って身長が低い。
昨年、中学校3年生のときに行われた身体測定の時の身長は葵は155センチ、桂矢は158センチであった。
成長期を迎えている同い年の友達はどんどん大きくなっているのに自分達は小さいまま。
高校1年生にもなって流石に160センチ以内というのは嫌だと考えた二人は、
萌の提案で年明けごろから毎日牛乳を飲み続けてきた。
せめて、160センチはほしいところだ。じゃないと、今日まで嫌いな牛乳を飲み続けてきた努力が全て水の泡となってしまう。

「まぁ…カルシウムをとるなら牛乳じゃなくてニボシとかでも良かったんだけどね…」
「…早く言ってよ。母さん。」
「あら、最初から考えてたわよ。でもね、高校生にもなって牛乳が飲めないってちょっと恥ずかしいでしょう?」
「…そうだけど。」
「だから、母さんはあえて牛乳したのよ。全てはあなた達の為なんだから。」

あぁ私ってばなんて息子想いなのかしら。
一人で良い母親を演じられて喜ぶ萌。一方、葵と桂矢は牛乳のおかげで塞がっていた気持ちが
更に塞がってしまったようだ。

「さっ!おしゃべりはここまでよ。早く食べないと遅刻するわよ。」
「え?っていうか…今、何時?」
「あと10分で8時よ。」
「……早く着替えなきゃー!!」
「俺は先に行くぞ。もう、制服着てるし。」
「駄目!!」

結局、この後もどたばたしていて葵と桂矢が家を出たのは8時を過ぎてからだった。
「いってきまーす」と二人が騒々しく出ていくと急に家の中はしん…と静まり返る。
そんな二人を見送った萌は母親らしい笑顔を浮かべて軽くため息をついた。

「全く…高校生になってもまだまだ子供なんだから…。」

季節は春。新学期を迎えたばかりの4月である。


wrote by Kyoko