人格障害の診断で当院精神科に通院中の患者さんが過量服薬で搬送されてきました。

マイスリー(5)約60Tを内服。飲んでから2時間が経過しています。

私は胃洗浄否定派で嫌いなのですが(恐らく好きな人はいない)、

精神科の先生からの依頼もあったので久し振りに胃洗浄を行いました。


この、胃洗浄について、最近の見解はどうなのだろう?

と思って、『日本中毒学会』のホームページを見てみました。



http://web.jiho.co.jp/toxicol/index.html


ここの、急性中毒の標準治療という項に詳しく解説があります。


書いてある事をまとめるとですね…。


①1997年のAACT/EAPCCTのPosition Statement以来、胃洗浄の流れは大きく変わった。

②ルーチンに行うべきではなく、生命にかかわる致死量を内服してかつ毒物摂取から1時間以内

でない限り考慮すべきではない。

適応を限定しても,臨床対象研究では臨床上の効果は確認されていない。

④活性炭投与と胃洗浄の組み合わせは、活性炭単独と比べて有効性に差はないという報告も

あり、更に活性炭単独の方が良いという報告すらある。しかし、学会では致命的と考えられるケースでは

両者の併用を勧める。

⑤意識が低下している場合には、挿管しないでの胃洗浄は禁忌。

⑥自殺企図の場合は心神喪失状態にあると考えられ、患者の承諾がなくても施行して

差し支えない(緊急事態であるため)


うーん、ますます胃洗浄したくなくなってきたぞ…。


まず、明らかなのは胃洗浄の有効性には全くエビデンスはないということ。

エビデンスが確立しにくい分野なのでイコール効果がない、とは言い切れないものの、

誤嚥による肺炎、肺炎だけならまだしも、吐物による窒息のリスクすらあり、

マロリーワイスや低体温、活性炭投与が遅くなるデメリット、

活性炭で吸着出来たであろう薬剤を腸の奥に流してしまう可能性もある。

今回のように、BZ系のみで来院時意識あり、等ではあまり胃洗浄の必要性はないかもしれません。

時々、灸を据える意味で、もう過量服薬等という馬鹿な事はしないように、無効な時間でもわざと

胃洗浄をする先生がいます。それもどうなのでしょうか…。

患者さんが辛いのは確かで、仮に過量服薬は止めたとしても、

根本が解決されていない以上、別の形で自殺ないし自傷を行うのではないかと

思いますが…。

一気飲みのアルコール中毒とは訳が違うのですから。


68歳女性。高脂血症でメバロチン内服中。血圧は普段から160くらいだが内服はしていない。

2/21午前10時より突然の背部痛。左の肩甲骨の辺りの痛みであったが、やがて右腰部に

移動。吐き気を伴い、近医を受診した。近医では超音波検査を行い、胆石の疑いがあるとして

ナウゼリン、ロキソニン、セルベックス、ブスコパンが処方された。

しかし、薬を飲むたびに嘔吐し、痛みも持続したため来院。


意識清明。BT 36.9℃、P 78、BP 102/90、SpO2 100。

腹部平坦、軟。圧痛なし。Murphy sign(-)、CVA tenderness(-)。

胸部聴診上異常なし。

ECG:ST chenge(-)

USTでは水腎症(-)、胆嚢の壁の肥厚なし、結石なし。


採血ではWBC 14100、CRP 3.8、AST 199、ALT 107、LDH 1680、BUN 12.7、Crea 0.8、

CK 138。尿潜血(+)。胸部単純Xpでは縦郭の拡大なし。腹部単純で石灰化病変なし。


ブスコパンの点滴で痛みは10⇒5くらいに。

この状況で当直医から私にバトンタッチ。

なんか嫌な感じの採血結果です。とりあえず診察に。


痛みは右腰は背部。どちらかと言うと腎臓の位置のようです。

Dissectionで痛くなる場所とも違うかな?

内頚動脈、トウ骨動脈、大腿動脈に左右差はありません。

そうですねぇ…。でもやはり肝機能は高いし、WBC、CRPも高いし、何かありそうな

気もします。循環器に振るか、内科か悩みました。

とりあえず循環器の当番が優しい先生だったので連絡を。


ウーン、Dissectionで痛む場所とは違うと思うよ…。

CT撮らないと違います、とも言えないけど…。

結構痛がってるけどね…。


で、循環器の先生から内科の当番の先生に連絡をとってくれました。

内科疾患の可能性もあるので結局造影CTをお撮りする事になったんですが…。











何だったと思いますか?












Dissection!


Stanford B。早期血栓閉塞型。

Archから腎動脈の高さまで裂けており、右腎動脈を閉塞していました。

痛みは腎梗塞によるものでした。

再解離がなければ保存的に治療出来そうだったので、循環器内科席で

救命センターに入院になりました。

帰さなくて良かった…。


循環器の先生と話したのですが、このように移動する痛みでは特に、

原因がはっきりしない痛みで改善せず、明らかにLabo dataが動いているものは

積極的にCTを撮った方がいいね…と。

CKが正常だったので腎梗塞は考えていなかった、と言っていました。

婦人科をローテートした事のない私には苦手な疾患です。

PIDとは、pelvic inflammatory diseaseで、子宮、付属器、骨盤腹膜の感染症の総称です。

普通は急性の、症状を伴ったものをPIDと呼ぶようですが、軽い、はっきりしない症状をもった

ものも少なからずあり、silent PID、atypical PIDと呼ばれるそうです。

慢性(chronic)PIDという言葉もありますが、これは急性後の癒着や卵管障害を指す場合と

既往のある患者さんに再発が起きた場合に使われるようです。


PIDは若い性的活動の高い女性に多い感染症で、起因菌は膣、頸管に常在する菌と、

STDとして外部から進入した菌、特に問題となっている淋菌、クラミジア・トラコマティス

によるものがあり、後者が増えています。

さて、急性の(症状の強い)PIDは虫垂炎を含め他の急性腹症との鑑別が問題となります。

PIDは突然に強い痛みが出ますが、診断がつけば一部の例外を除いて開腹手術の必要は

ありません。


PIDの特徴は、


①痛みは短時間で下腹部全体に拡がることが多い

②直腸診で子宮頚部可動痛

③生理中~生理の直後に多い

④反兆痛にくらべ筋性防御が軽い

⑤高熱を出す事が多い

⑥痛みの部位はMcBuerneyよりも下方、恥骨側に多い。


とされています。更に痛みはあるのに食欲があったりする事も。


更に知っておいた方が良い知識として、右下腹部痛でも婦人科疾患の

ことがあります(Fitz-Hugh-Curtis Syndrome)

これはPIDの感染が横隔膜下に波及して肝周囲炎となったもの。

下腹部の所見が軽く、右上腹部圧痛、Murphy sign陽性で胆嚢炎と誤診される

ことが多いといいます。超音波で肝皮膜の肥厚が明らかなこともあります。

若い女性に「無石胆嚢炎」という診断がついている場合にはこの疾患が多い

そうです。


実は昨日、それっぽい患者さんが来ていたんです。

1月にクラミジアの治療を受けたばかりの30歳くらいの女性。

4日前から強い右上腹部の痛みがあり、圧痛もあるが超音波では異常なし。

WBCも正常だけどCRP 11.0。

食欲はあり。食事と痛みは無関係。下痢、便秘なし。


「クラミジアは治ったと言われた」

クラミジア感染症と診断された時は複数のパートナーがいたそうですが

「今は特定のパートナーのみ」

だから自分は違う、と言い張り、婦人科の

診察を拒否して帰っていかれました。

…でも、パートナー治療してないみたいだからキャッチボールする可能性もあるのでは。

説明したのですがどうしても否定したかったようで、怒って帰ってしまいました。


1月19日の記事に、


1)かぜ様症状(鼻汁、くしゃみ、鼻づまり、お熱、涙がでる、のどの痛み、かすれ声、せき)

のあとに続くせき(主に痰の出ないせき)
2)このせきが3週間以上持続する。
3)せきの原因となる肺の病気に過去にかかった事がない。
4)アレルギー性鼻炎、気管支喘息、蓄膿症、慢性閉塞性肺疾患、肺炎は除外する。
5)胸のレントゲン写真に異常がない。
の5つがあり、さらに、
6)末梢血白血球数、末梢血好酸球数、CRP、肺炎マイコプラズマ抗体価、寒冷凝集素価、

血清IgEなどの検査値が正常範囲にある場合


①漢方薬の麦門冬湯9g/日、

②H1受容体拮抗薬オキサトミド(セルテクト)60mg/日、

③臭化水素デキストロメトルファン(メジコン)60mg/日の3剤併用療法が有効

(18人中9人が1週間後に完全にせきが消失した。)また、非喫煙者では麦門冬湯が

メジコンに比べて同等もしくはそれ以上に有効であった。


…という記事を書きましたが、文献の出所がわかったので書いておきます。


かぜ症候群後咳そうに対する麦門冬湯、オキサミド、デキストロメトルファンの併用療法

-予備的検討- 藤本勝也ほか 日呼吸会誌36(4)338-;1998


H1-blockerの鎮咳作用は単なる抗アレルギー作用でだけはないようです。

簡単にお話すると、ヒスタミンは気道におけるc-fibersやirritant receptorsなどの咳受容体を

刺激して咳を起こすようです。デキストロメトルファンは中枢性鎮咳薬ですが、こちらは末梢で

作用する鎮咳薬。併用による相乗効果がありそうです。


更に麦門冬湯も、c-fibersに関与しているらしく、末梢性の鎮咳薬と考えられています。

興味ある方は是非ご一読を。


他にも、同じ先生の論文、

かぜ症候群後慢性咳そうに対するヒスタミン(H1)受容体拮抗薬,オキサミドの効果

アレルギー47(1)48-53;1998

も挙げておきますね。


あと、麦門冬湯の有効性についてツムラのホームページの説明があります。

咳に対する漢方の使い分けも学んでみましょう。


http://www.tsumura.co.jp/password/m_square/today/kfs/007.htm


少し前の話になりますが、タミフル内服後に異常行動、易興奮性が出現し、精神科に入院

となった成人の男性患者さんがいました。インフルエンザA型の診断となり、タミフルを3日

飲んだところ、飲み終わった翌日から精神症状が出現しました。具体的には絶えずイライラ、

ソワソワしており、食べたい、飲みたいといった衝動を我慢するのが難しく、眠れず、夜通し

外を歩き回る等の行動がみられました。すぐに怒り出し、尊大な態度をとり、また本人も

自分の気分の異常さに気付いており、タミフルのせいだと話していました。

来院時既に3日が経過しており、改善の気配がなく、何をし始めるかわからない、という様子

だったため、同日医療保護入院となりました。


タミフルによる精神異常症状はかなり有名です。実際はどれくらいの頻度でどんな症状が

出るのでしょう?以下は中外製薬に問い合わせてお聞きしたものです。


タミフルの有害事象の報告は2001年2月~2005年6月までで2775例3779件。

うち、精神・神経症状は328例。

めまい(75)、幻覚(69)、意識消失(64)、易興奮性(35)、異常行動(30)、

けいれん(19)、傾眠(18)、せん妄(18)。


易興奮性について:

発症:服用開始初日~2日以内

消退:服用中止後3日以内(5日まで遷延が2例、8日後までが1例)

症例:20歳未満が31例、20歳以上が4名。


異常行動について

発症:服用開始初日~4日以内

消退:服用中止後3日以内。1例のみ15日以上遷延。

意味不明な事を言う、親の名前がわからない、字が書けなくなる、

トラックに飛び込む、飛び降りる


精神科の医師は、この患者さんについて、タミフルの影響は否定出来ないが

病像は双極性障害のそれであり、家族歴、そしてタミフル服用前のいくつかの

エピソードから、もともと双極性障害があり、今回のインフルエンザもしくは

タミフルが引き金となって病気が顕性化したのではないか、という考えの

ようでした。少なくともタミフルによる“躁”の報告はなく、その後も症状が遷延し、

リーマスやリスパダールの内服によって症状は落ち着いて来ました。


感想です。まずなかなか薬が原因とする根拠をはっきりさせる事は難しいのですが

タミフルほど精神症状の副作用報告の多い薬は少ないのではないかと思います。

タミフルを弁護する言い方をすれば、インフルエンザ自体がこのような症状を起こす

可能性もあるのかもしれません。しかし、多くの場合タミフルは処方されなくても

インフルエンザは治ります。平均93時間の高熱の期間が70時間に、約1日短縮

されるだけです。確かに、日本は同薬を安易に処方し過ぎであると思います。

しかし、私は今年、インフルエンザの患者さんになるべくタミフルを出さないですむ

ようにお話をしてきましたが…患者さんはほぼ全員タミフルを希望するんですよね。

1日早く熱が下がる…、って結構大きいですからね。


薬を有害だ、有害だ、と盲目的に批判する人がいますが、これは薬を絶対的に信用する

のと同じくらい愚かな事です。不完全な薬ですが、他に信頼に足る薬がないのであれば、

ある物を有効に利用していくしかありません。その為にはリスクとベネフィットの正しい

評価、偏らない科学的な判断が必要です。

これこそ、医師に求められている事だと思います。