東京文化会館で
《リンツ州立劇場との共同制作公演》
東京二期会オペラ劇場
台本:エマヌエル・シカネーダー
作曲:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
『魔笛』
オペラ全2幕
日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演
に 行ってきました。
リンツでの先行上演で話題になった演出。今回はかなりの期待度で向かいました。
スタッフ
指揮:デニス・ラッセル・デイヴィス
演出:宮本亜門
装置:ボリス・クドルチカ
衣裳:太田雅公
照明:マルク・ハインツ
映像:バルテック・マシス
合唱指揮:大島義彰
音楽アシスタント:森内 剛
演出助手:澤田康子、木川田直聡
舞台監督:大仁田雅彦
公演監督:曽我榮子
合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団
配役
ザラストロ:妻屋 秀和
タミーノ:鈴木 准
弁者:加賀 清孝
僧侶I:高橋 祐樹
僧侶II:栗原 剛
夜の女王:森谷 真理
パミーナ:幸田 浩子
侍女I:日比野 幸
侍女II:磯地 美樹
侍女III:石井 藍
パパゲーナ:九嶋 香奈枝
パパゲーノ:黒田 博
モノスタトス:高橋 淳
武士I:成田 勝美
武士II:加藤 宏隆
3人の童子:TOKYO FM少年合唱団
D.R.デイヴィスさんは、震災直後の二期会のそれは丁寧な音楽づくりのフィガロで観た(聴いた)指揮者。私的には ハイドンの交響曲全集を知らぬ間にライブでCD化したハイドン指揮者。しかし私の嗜好とは90°くらい離れていたので、新しい発見と驚きがある音楽づくりをしてくれる指揮者なんです。
今日は音楽だけではない驚きの演出の数々。本当に楽しめました。
最初の驚きは ホールに入ると 舞台中央にバーコードが!なにやらゲームに直結するもので、そのゲームが今回のストーリーの核になっているらしい。
そして続いての驚きは、序曲が始まると、居間のセットが現れる。祖父の加賀さんと3人の子どもが入ってきて、プロジェクターをセットしてゲームを始めるのか、と思いきや、お父さんの鈴木さんとお母さんの幸田さんが入ってくる。お父さんは仕事をクビになったのか、就職活動が上手くいかないようで、家の中で当たり散らしている。それに嫌気がさした幸田さんが家出をし、それを窓を壊して追いかけて出ていくところで 序曲が終わり、本編に!
そのまま本編も現代の家庭のまわりの風景が続くのかと思いきや、そこからは、現代の町中から魔笛の世界にだんだんと入っていく! ちょうどゲームの世界に入っていくように…
この序曲の動きはあまりに完璧でビックリしました。デイヴィスさんのテンポと合うのを予測したかのようでしたから!
そしてこの舞台のすごいのは、プロジェクションマッピングの細かい演出!
プロジェクションマッピングはラ フォル ジュルネ新潟で3年間見たことがあるだけ。とても新鮮な映像の連続。
幾何学模様が渦を巻きながら動くと まるで舞台や自分の座席が上下に動いているかの様。この時に「今日は前から3列目で正解!」って。後ろに下がって 前に座席があればあるほど 舞台を客観的に観ることになり、動きを冷静に見てしまうことになるのですから! スリリングな目が回るような体験は前の座席ならではでした。
プロジェクションマッピングの背景は、動き以外でも効果的かつ、細部までしっかりしたものでした。
第1幕の町の中の場面ではネオンが明滅。
第2幕では効果が最大限発揮!
パ・パ・パのアリアでは冬枯れのような枯木の風景が あっという間に花咲く緑の田園に変わっていくあたりは、生きる素晴らしさが伝わる 説得力のある映像が作られていました。
唯一、試練の場面で、勿論 効果的に使われたのですが、原爆のきのこ雲を最初に持ってきて、その後に 火の中を苦しそうに歩む影を入れたのには違和感が強かったです。リンツの上演のために被爆国を打ち出すために加えたのでしょうか? どちらにしろ そのあとの人の影は私には許せない範囲の描写でした。
なお、鈴木さんと幸田さんの夫婦はどうなるのか?と心配して観ていたら、最後の最後、試練を終えたお父さんが家に戻って大団円!って、ちょっぴり慌ただしいじゃん。と突っ込む間もなく幕となるのは、魔笛だから許すとするか…
演技の細かさは、先日観た ジューリオ チェーザレも目が離せない舞台でしたが、それは見事な舞台になりました。
歌手は皆、溌剌とした動きで素晴らしい舞台を楽しむことができました。
特にチンパンジーの着ぐるみのダンサーを ザラストロの宮殿の中の使用人のように配置。縦横無尽に動き回りストーリーに動きを与えていました。圧巻だったのは、パ・パ・パのアリアの後半、パパゲーノとパパゲーナに合わせてチンパンジー夫婦?が動くところ。パパゲーナがパパゲーノに抱っこして歌うのも凄かったですが、チンパンジーも抱っこしちゃうのには驚きました。
音楽づくりは2011年のフィガロと同じく とても丁寧。歌詞がしっかりと歌い(語り)きれるテンポ設定。
先に書いた序曲での舞台の動きには、ピッタリと合うような ゆったりとしたテンポ。ワクワクの序曲ではなく、目で舞台の動きと進行を追っているのをサポートするような 効果音楽的な役割をしっかり果たしていたのには、驚きかつ、感動しました。
アリアやアンサンブル、合唱でも 現代感覚では遅めのテンポで、一気呵成に盛り上げていくのと対照的な、歌詞がしっかり聞きれるような丁寧な音楽づくり。第2幕の冒頭の『神官の行進』はゆっくりとレガートをしっかりとかけた滑らかな音楽づくり。私はこの部分は堂々とリズミックにやって欲しいのですが、これこそデイヴィスさんの音楽づくりの方向性がしっかりと出たような気がしました。
また、これは演出のところかもしれませんが、最後の合唱を舞台下の平土間の左右に配置して歌わせたのは 3列目に座った私には嬉しかったです。左右からの圧倒的な合唱の波の中に 完全に入ったのですから!もう、至福の瞬間になりました。
それぞれの歌では3人の童子が、少年合唱でしたが、しっかりした歌唱と見事な演技にブラビーでした。ただ 第2幕の合唱で、舞台後方の壁の窓で 3人が離れて歌うのは 演出上では大成功でした~客席が大いにわきました~が、音程の不安定さでちょっぴりハラハラしてしまったのも 事実。
夜の女王は圧巻の歌唱。第1幕の、私の好きな、アリアでは まだ喉が細い感じもしたのですが、第2幕の有名なアリアでは 最初の1音を歌った瞬間に「これは見事な歌が聴けるぞ!」と予感。その通りの安定感と余裕のある歌でホールを興奮の坩堝に! 高音を聴かせる前半を舞台手前で歌わせて、後半を舞台後方の階段を上がった高い位置で歌わせたのは正解でした。
タミーノは美しい歌唱ではありましたが、声の細さがどうしても気になりました。私は前方の席だったので聞こえましたが、ホールに響いている感じはなく、面ではなく点的で、後方席では どうだったのか気になりました。第1幕での童子とのアンサンブルでは 童子に負けてしまっていましたから…
パミーナはどうも私の耳には台詞が棒読みに聞こえてしまうのは、なぜ? ところが歌になるとそれは温かく優しさあふれる歌唱で魅了されてしまう。このギャップ 大きすぎ… 演技は文句なしのチャーミングな舞台を見せてくれました。
第1幕でのタミーノとの二重唱は見事でした。
唯一、苦言を呈したかったのは、武士Ⅰ。第2幕の武士の二重唱と最後のアンサンブルで、バランスを無視したような大きすぎる歌唱はまったくいただけませんでした。
最後に私的に一番印象に残ったのは、モノスタトス。このオペラで一番好きな曲が彼のアリア。差別への苦悩や反発を聴かせる演出や歌唱ではなかったものの、歌そのものをしっかりと聴かせる落ち着いたテンポは音楽そのものをしっかりと聴くことができました。そしてこの演出では第2幕、パパゲーノの首つりの場面での黒子的な役回りが それは見事にハマっていました。ホール全体をひきつけた演技がそれは素晴らしかったです。
今日は満員。拍手の大きさはまずまずでしたが、ブラボーが少なく、カーテンコールは私だけが叫んでいるようで… 童子やモノスタトスに もっと欲しかったし、私は掛けなかった、タミーノにブラボーが無かったのも 残念。
パパゲーノに『死なないで~』と声を掛けちゃいけませんが(今回ではありません!)ブラボーは適正なところでしっかり欲しいですね。
今回の『魔笛』は私の(10~15回くらい)観た魔笛の最高の舞台になりました