悟りへの道 -36ページ目

悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

タイトルの本を図書館で借りきた。

 

超訳ブッダの言葉

 

 

小池さんの本は、

7-8年前に一度

読んだことがあったと思う。

 

当時はまだ

自分が今より

悟りへの学びがなく、

 

自己啓発本の1冊

ぐらいの印象だった。

 

 

 

図書館に行った際、

スマナサーラ長老の本を

借りるつもりで

 

「仏教」コーナーで、

たまたま見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

とても良かったです。

 

まだ読み進めている最中ですが。

 

 

 

 

 

 

何よりこれは

おおもとの経典の抜粋で

 

ブッダが直下弟子に説いた内容であるとのこと。

 

 

 

まず

出だしからよかった。(↓ 引用)

 

 

 

 

 

 

137-139、

また140では、

下記のようなことが書いてあった。

 

貪瞋痴(欲・怒り・まよい)という名の悪を作らず、心を善く(すっきり)整えておき、心を清め性格改善してゆくこと。

 

逆境、非難(略)も穏やかさを育てる最良の試練となる。心の安らぎこそが最高に価値があること。

 

●お香、お祓い、護摩の火(略)で心が浄化されるなんて思いこまないように。その変わりに心の中に消えることなき火を焚いて、いつも精神集中をしながら、迷いなく煩悩を焼き尽くそうと努め。

 

 

 

 

 

超訳ブッダの言葉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スマナサーラ長老の

ある動画の話で

 

「ブッダは自分を

医者だと言っていた」

 

という。

 

 

 

 

原始仏教は

宗教ではなく、

 

・人の真理(悟り)

・最高の心理学

・よりよく生きる知恵

 

それらを説いて

 

人々を

救いに導いたものだと

 

あらためて

感じた。

 

 

 

 

 

 

自分を見つめ続け、

善き心に

さらに性格改善し

 

それが周囲へも

よき縁の光になり

 

また

おごらず

ただ在り

成長していけたらと思う。

 

 

 

 

 

 

小池さん

よいご本ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

生きとし生けるものが

さらに幸せでありますように。

今日もよりよく精進していく自分でありますように。

 

 

 

 

 

~ありがとうありがとうありがとう~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アニメはあまり縁がなかったが、

 

手塚治虫が

「ブッダ」関連の本や映画

を出していたことを知った。

 

 

 

 

 

 

漫画と本を読んでみた。

 

最後の2巻だけ読んだが

マンガとしても

ブッダの教えとしても

面白かった。

 

 

 

 

 

 

本もとてもよかった。

 

手塚さんは

学者ではないので

 

分かりやすい言い回しで

難しく感じていたこと優しく書いてくれているように感じ、理解がすすんだ。

 

 

 

 

本 ↓↓↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Youtubeです。

映画の紹介動画です。↓

 

 

 

 

 

 

 

下記は、出だしが衝撃的で

考えさせられました(涙)↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手塚治虫さん

ありがとうございます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早速、修行の結果がきた。

 

 

 

先日、下記のブログを書いた。

ただ、自分用の内容なので非公開になっている。

 

 

 

 

 

概略は、下記のように身内に指摘された。

 

●身内に対し、断定的な厳しい言い方をする

●身内に対し、出来ることを自慢げに手柄のように話す

 

その傾向はあると自覚しているので

すぐに反省し、

学びにし改善点を考えておいた。

 

 

 

 

 

 

昨日、また、別の身内から相談事があった。

 

いつもならば、

スパっと指摘したり、

 

自分が手伝ってあげてもいいけれど、

でもそれ大変なんだから、

 

ともったいぶったりしたかもしれない。

 

 

 

 

 

 

でも、学びとしたことを

すぐに思い出し

落ち着いて対応できた。

 

 

 

 

 

●相手の話をよく聞き、

これでしょ!と決めつけずに

相手に問いかけるように指摘する。

 

「こういうことが生じると思うけれど、それについてはどうしようと思っているの?」

 

→ 決めつけない

 

 

 

 

 

●無理して手柄にせず、

 

自分はここまではできるけれど

ここからは予定があるから難しい

 

とこちらの都合を相手に主張した。

 

→ こちらの都合第一優先

(やってあげたと手柄や自慢にならないようにする

 

 

 

 

 

 

下記のように私は人生を考えている。

 

♪人生は良いことか、もっと良いことしか起こらない。

♪何が起こっても、回り回って良い方向に必ずいく。

♪私の人生良いことしか起こらない。

 

修行は一瞬痛みを感じたけれど、次に生かせて結局よくなり、良かったなぁ。

 

 

 

 

 

生きとし生けるものすべてが

幸せでありますように。

 

~ありがとうありがとうありがとう~

何度か書いてきたが

「人間」は

下記のような特徴で

生きていると思っている。

 

・モノサシ

・比較

・思い通りにしたい

・大きな自己価値感

 

ひと言でいうと、

”自分は正しい、

自分は価値がある”

だと思う。

 

*** ※補足 ***

モノサシはだいぶ広範囲のことを指している:

価値観、常識、自分も含めた何かへの思い込み。

そして、それを作る元になるものも様々な要因が絡んでいる。(年齢、国、地域、性別、両親の在・不在、知識、経験、学校にどこまで行ったか、仕事の業界などなど)

*********

 

 

 

 

”自分は正しい、

自分は価値がある”

それらが全く悪い訳ではないが、

 

どちらも人間は

極端に肥大しがちであり

 

それが問題の種になりうると

思った。

 

 

 

 

 

 

これらについて

今日

気づいたことがある。

 

これらが

特徴だとしたら

逆にその延長の考えは

 

下記のように

なってくると思った。

 

 

 

 

 

モノサシ、

比較、

思い通り、

肥大した自己価値感

 

があるから

 

自分の価値観で他人や世を測り

正しさの主張や

期待して叶わず苦しみ

 

人よりもっと

まえの自分よりもっとと

嫉妬、欲に過度にとらわれ

 

それが満たされない

思い通りにならないと

怒り、苛立ち、悲しみ

 

自分を認めて欲しい

自分を褒められるべきと思い

自分を軽視する人は許せない

・・・etc.。

 

 

 

 

 

 

他人に対して思う

 

否定

怒り

イラ立ち

優越

劣等

悲しみ

満足

許せない 等

 

 

おおむね

このモノサシら4つの傾向が

あるから

生じているのではないか?

 

と思った。

 

 

 

 

 

初期仏教でいうと執着、

今風にいうとビリーフシステム、だろうか。

 

 

 

 

 

私は

思考や感情が非常に減ったが、

 

モノサシ

比較

思い通り

自己価値感

 

に基づいた

思考や感情が

一瞬でてくることは沢山ある。

 

 

 

 

 

しかし

いつも自分を見張っているので

それに気づく

もう一人の自分がおり

 

あっ!

今、

自分の正しさのモノサシで

人を批判する思考がでた

 

あっ!今、

 

人と比較し劣等を感じ

自分を否定する思考がでた

 

 

 

あっ!今、

 

不満を感じた思考がでて

思い通りにいかないイラ立ちが

でかかった

 

 

 

こう気づくので

 

妄想の雑念を広げずに

すんでいる。

 

 

 

 

 

 

 

以前、ブログに

「苦しみの原因は思考」

と書いた。

 

苦しみは

「思考」

が原因であるとは思う。

 

 

 

 

 

 

しかし、

その前に

モノサシら4つの特徴が

あるからだと思った。

 

4つの特徴があるから

「思考」が出てくるからだ。

 

 

 

 

 

 

さらには、

「思考」でとまれば

問題がさしてない。

 

それが感情もでて

「妄想」

になって

 

事実か確認できないことを

 

過去の

自分の

限られた

経験等から予測して

 

頭の中で

妄想のリピートの

嵐を自らつくる

 

これが苦しい状態なのだ。

 

 

 

 

 

例えば、

 

 

ひどい

不安だ

失礼だ

自分はダメだ

・・・

なぜなら

こうで

ああで

・・・

あの時も

あの時もそうだった

・・・

それにしても

ヒドイじゃないか

・・・

でも自分が悪いのか

不安だな

・・・

いや

相手はこうじゃないか

・・・

でもやはり

こういうことが起きているなら自分が原因?

・・・

いや

こうに決まっている

・・・

それにしても

前もそうだった

どうして自分の人生は

・・・

いや

親の教育が悪かったし

・・・

友人も過去

あぁいう態度だったし

あいつもひどかった

・・・

それにしても

天気が悪くて

ついてない

・・・

こういう日こそ

晴れてくれればいいのにな

・・・

そうそう

今日の上司のあの言い方

なんなんだ

・・・

あのビールでも

飲んで帰ろうか!

・・・

でもあそこに寄る必要があったか

なんだぁ

・・・

あの向かいのサラリーマン

いい時計持っているな

いいなぁ

・・・

自分も欲しいけれど

給与からしたら無理だよ

・・・

もっとお金があったら!

・・・

あーでこうで

あーでこうで

そうそうあーでこうで

 

 

 

 

 

 

こんな風に

妄想

妄想

妄想・・・

 

妄想に

頭の中を占領され

この妄想に苦しむ。

 

 

 

 

 

 

まとめると

 

●人にはモノサシ等の4つの特徴をもっている。

 

具体的に言うと、

自分は正しい

自分は価値がある

こうあるべきだ

こうしたいなりたい

から生じた

人への期待

自分や人生への期待

 

●それがあるから「思考」が出てくる。

 

●「思考」から感情まででてしまい、巻き込まれると、「妄想」しだしてしまう。

 

●これら3つの流れにより、人は苦しみをつくっている

 

 

 

 

 

 

今日も

いろいろ気づきがあったなぁ。

ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

生きとし生けるものすべてが

さらに幸せでありますように。

 

 

 

 

 

 

~ありがとうありがとうありがとう~

 

 

スマナサーラ長老の動画を

コツコツみている。

 

 

自我もなく

素直に

謙虚に

その都度そこの形に合わせる、

それが社会(家庭、電車内等)で生きていくこと。

 

「あわせる大切さ」

を述べていた。

 

 

 

 

私は、人の基本は、下記だと思っているのだが

●自分のモノサシ(価値観、常識)でだけ物事をみる

●比較し今より人よりもっとと思っている

●自分を1000%ぐらい大事にしてほしいと思っている

●思い通りにしたい

 

これが人の基本欲求だとしたら、

 

何にでもあわせる柔軟さの要素は、

逆に

限りなくゼロに近いと思った。

 

 

 

 

 

 

あわせるどおろか、

「自分」

「自分」

「自分」!と

 

「自分」を

無理やり押し込むような

周りを押しのけるような

自分の形に合わせて周りをおくような

 

そんな感じで生きているように思った。

 

 

 

 

 

長老もおっしゃっていたが、

今は

自分探しとか

自分を大事にとか

自分の感覚・感情が正解とか、

 

逆に

自分を強める社会になっている気がした。

 

ほんとうは

自分の内に入ること

真理の自分をみつけていくことを

最終的には求めているのだろうが、

 

ずれて広まっている気がした。

 

 

 

 

 

そして現代社会の多くの人の苦しみは

「自分」を出すことしか学ばず

「あわせる」大切さ自体知らないからではないか

 

と思った。

 

 

 

 

 

そういう私も

あわせる大切さはまだまだ実感できていなかった。

 

しっかりと「水のように合わせる」自分を

つくっていきたいと思う。

 

 

 

 

 

最後に、

 

お釈迦様は

「誰にも合わせる必要がなくなりました

合わせる自分もいなくなりました」

とおっしゃったという。

 

 

自分はいないものにして(実際いないのだし)

その都度の社会に合わせる

 

大事な、

2023年末に向けての課題にしていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<内容抜粋 メモ>

 

スマナサーラ長老は

・それは自分の問題

・自分がわがままはっているから

・自分が素直で謙虚で自我をすてていればなんのことはこと無い

・自分の自我もある

「あいつは怒っているんだ」と言った時点で自分の自我

・自我がないならギャーギャー言われても受け入れられる

・自分の間違いを指摘されたら、

 そういえば間違っているんだと思えば

 間違いを教えてくれてありがたく思う

 自我がなく謙虚な人間なら

・そうすれば向こうの怒りも消え

 「素直な人だ」と思われる

 

さらに

 

「お釈迦様は

言われやすい人間になりなさい」と言っている

 

そのためには自我を捨てなさい

ただ動いたり考えたりしている組織なだけ

言われなきゃ分からない

 

 

生きるとは

世間に合わせること

 

 

会社で仕事をするとは

会社に自分を合わせること

 

 

家庭もそう

満員電車もそう

 

自我があったら困るでしょ

 

 

 

直すのは自分で、世界ではない

 

周りが怒っているといったら

問題は自分にある

 

自分が頑固でかたい

成長しない

 

 

 

 

どんな形にも入りやすく

自分が形をもたないとぶつからない

 

悪の型には合わせなくてよい。

それ以外は合わせる。

 

 

 

 

 

 

生きとし生けるものすべてが

さらに幸せでありますように。

 

~ありがとう~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今週の学び: 11/6

(仕事、生活等)

 

●仕事は15分で区切り切替る

→15分で別の体を動かすような仕事をと交互にするとよかった

集中力がますし、もし、集中できていれば15分以上もよし

 

 

●午前は細かい雑務

 午後は他を極力シャットアウトして集中タイムにする

 

→仕事が気になり、午前中気ばかり焦りがちだったが、

 1つ1つやるしかない、午後にやろう!と割り切れた

→バックミュージックを消す、または、選択にも気を付ける

 

 

●夜の過ごし方を工夫する

 

・早寝

・散歩

・本読み

・料理

等でリラックスする

 

ネット等は時間を区切り楽しいむ

 

 

●仕事の前に、

 手順・準備についてメモA4ノートに書く

 走り書きでいいので、細かく書き出す

 

→「あーめんどくさい」

 「やりたくないなぁ」

 「どうすればいいんだろ・・・」

 が消える

 できそうな気持になり、

 驚くほどすっきり取り掛かれる

 

 

●手柄を言わない、不幸を言わない

 

→うれしい事でも良かったことは自ら言わない、やむなく言うことになっても自慢に聞こえないようにする

→自分の一番辛かった話はしない。同じ立場でないと理解されることはない。理解されないので、誤解されたように感じる状態に逆にあらたな苦しみの思考が出やすくなる。全く同じ立場の人に対して以外、一生話さないと心に決めること。

 

 

 

*****************

 

●一番リラックス

 

 

●頭の自分についてパラレルワールドのページをパラパラとし

最適なものを選択する

 

 

●すべてのことは良きことにつながっている

 

 

最近のブログで、

 

何か出来ることが大事、

人に役に立つことが大事、

 

” 思い込んできた ”

 

ことについて何度か書いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

原始仏教的な言葉でいうと

そういう 

「執着」 

が自分にはあった。

 

それは違うのだ、

ということは気づいた。

 

 

 

 

 

 

今朝、

どうすればよいのか

ひらめいたのでメモしておきたい。

 

 

 

 

 

先の2つの考えは

両方とも 「人」 との関係において

あるべきだと思い込んでいる

”自分の姿”である。

 

その”自分の姿”であることに努め、

それで万事良い状態なら

悩むことはないのだが、

 

実際は

矛盾を感じる場面が多くあった。

 

 

 

先の2つの考えは

どこかの時点で(たいがい子供時代が多い)

思い込んだ

考え・価値観・概念だ。

 

その当時は

それで成功した、もしくは、ほめられたのだと思う。

 

人間が元来持ちがちな

・ 人より優れたい  (比較)

・ 人に認められたい (自分は重要だと思う)

という「欲」が満たされた。

 

 

 

 

しかし、

万物は都度移り変わっている。

一定のものなど一切ない。

 

そこに

人はたいてい気づいていない。

 

そして振り返りをすることもなく、

以前の視点(子供のころに持った視点)

を大事だと思っている。

 

考えようによっては、

「子供」という

視野も視点も認識も発展途上まっさかりの

時代にもった「考え」を大事だと思っている。

 

はたして本当だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

今朝ハッと気が付いて思ったのは、

 

 

●出来ることが人並程度 もしくは 人並以下でもいい

●最低限できる程度でいい

 

 

だった。

 

 

それより「人」との関係だ大事なのは、

相手に特別な嫌だという感情を持たれない程度でいること。

その方が実はうまくいっている人が多い。

 

 

●他人になんとも思われない程度

●他人を刺激しない程度

●挨拶、お礼、そうですね(同意)、の言葉がいえる程度

 

 

こちらの方が

大人になってからは100倍大事だと思った。

 

 

 

 

 

職場では違うのでは?

という考えもあるのかもしれない。

 

これについては

長くなるのでいつか考察を書きたいと思う。

 

 

 

 

<余談>

そして

そもそもこうあるべきはモノサシになる。

 

かつ

●出来るべき → 認められたい、優越したい、褒められたい

●人に役立つべき → 認められたい、褒められたい

という欲がある。

 

欲がないならば、

世間から評価されなくても不満は生まれないだろう。

 

多くできるべき、人に役立つべき、は

私が人間の特徴であり苦の原因だと思っている

1・モノサシ

2・比較

3・思い通りにしたい

4・過大な自己価値観

 

の1、2、4にしっかりあてはまっていた。

 

 

出来ること

役立つこと

が悪いわけではなく、

 

ただ出来るようになること、

ただ出来ることをする。

ただ役にたつこと。

 

それでおわり、

思考がそれ以上動かないならよいと思う。

 

それが、

褒められるか?

人より出来たか?

人より優れたか?

相手が喜んだか?(コントロール外に期待している)

認められたか?

それだけの見返りがえられたか?

・・・

 

のように

そこから逸することで

つまり欲をもつことで

 

苦しくなる。

 

 

<余談 おわり>

 

 

 

 

 

 

 

生きとし生けるものすべてが

さらに幸せでありますように。

 

 

~ありがとう~