動画: 『怒りは病気』 ~あわせる自分へ~ | 悟りへの道

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-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
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スマナサーラ長老の動画を

コツコツみている。

 

 

自我もなく

素直に

謙虚に

その都度そこの形に合わせる、

それが社会(家庭、電車内等)で生きていくこと。

 

「あわせる大切さ」

を述べていた。

 

 

 

 

私は、人の基本は、下記だと思っているのだが

●自分のモノサシ(価値観、常識)でだけ物事をみる

●比較し今より人よりもっとと思っている

●自分を1000%ぐらい大事にしてほしいと思っている

●思い通りにしたい

 

これが人の基本欲求だとしたら、

 

何にでもあわせる柔軟さの要素は、

逆に

限りなくゼロに近いと思った。

 

 

 

 

 

 

あわせるどおろか、

「自分」

「自分」

「自分」!と

 

「自分」を

無理やり押し込むような

周りを押しのけるような

自分の形に合わせて周りをおくような

 

そんな感じで生きているように思った。

 

 

 

 

 

長老もおっしゃっていたが、

今は

自分探しとか

自分を大事にとか

自分の感覚・感情が正解とか、

 

逆に

自分を強める社会になっている気がした。

 

ほんとうは

自分の内に入ること

真理の自分をみつけていくことを

最終的には求めているのだろうが、

 

ずれて広まっている気がした。

 

 

 

 

 

そして現代社会の多くの人の苦しみは

「自分」を出すことしか学ばず

「あわせる」大切さ自体知らないからではないか

 

と思った。

 

 

 

 

 

そういう私も

あわせる大切さはまだまだ実感できていなかった。

 

しっかりと「水のように合わせる」自分を

つくっていきたいと思う。

 

 

 

 

 

最後に、

 

お釈迦様は

「誰にも合わせる必要がなくなりました

合わせる自分もいなくなりました」

とおっしゃったという。

 

 

自分はいないものにして(実際いないのだし)

その都度の社会に合わせる

 

大事な、

2023年末に向けての課題にしていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<内容抜粋 メモ>

 

スマナサーラ長老は

・それは自分の問題

・自分がわがままはっているから

・自分が素直で謙虚で自我をすてていればなんのことはこと無い

・自分の自我もある

「あいつは怒っているんだ」と言った時点で自分の自我

・自我がないならギャーギャー言われても受け入れられる

・自分の間違いを指摘されたら、

 そういえば間違っているんだと思えば

 間違いを教えてくれてありがたく思う

 自我がなく謙虚な人間なら

・そうすれば向こうの怒りも消え

 「素直な人だ」と思われる

 

さらに

 

「お釈迦様は

言われやすい人間になりなさい」と言っている

 

そのためには自我を捨てなさい

ただ動いたり考えたりしている組織なだけ

言われなきゃ分からない

 

 

生きるとは

世間に合わせること

 

 

会社で仕事をするとは

会社に自分を合わせること

 

 

家庭もそう

満員電車もそう

 

自我があったら困るでしょ

 

 

 

直すのは自分で、世界ではない

 

周りが怒っているといったら

問題は自分にある

 

自分が頑固でかたい

成長しない

 

 

 

 

どんな形にも入りやすく

自分が形をもたないとぶつからない

 

悪の型には合わせなくてよい。

それ以外は合わせる。

 

 

 

 

 

 

生きとし生けるものすべてが

さらに幸せでありますように。

 

~ありがとう~