悟りへの道 -35ページ目

悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

2023.11.24 に結局

グーグルドライブの容量増量もしてみた。

 

15GB→100GBへ。

 

 

 

 

Microsoft365 One Drive が

遅くなり始めたので

バックアップ用にこちらも契約。

 

2ヶ月間   60円/月。

3ヵ月目より 250円/月。

 

 

 

 

 

そのあと

グーグルドライブにデータバックアップしたが

無事できた。

 

 

 

一方

Microsoft365 One Driveは、

 

は、うんともすんともで

バックアップできないではないかぁ~

 

久々にぷんぷん!

 

といっても、一瞬の怒りが見えているので

怒っていないが、なんだかなぁとは思う。

何事も経験だから、OK(*^-^*)

 

 

最初無料の時はできたのに。

またこちらは対策を考えたい。

 

 

 

 

気付きがあったので

忘れないよう仕事を後回しに(^-^;)

 

またブログを書いてしまっている。

 

※長くなり、

タイトルの「自分を責める必要はあるのか」

は最後の方にその内容を書いています。

 

 

 

 

 

 

整理をしていて以前買った

『夫のトリセツ』

を久々にパラパラと読んだ。

 

付箋が貼ってあったので

そこを中心に目をやると、

 

夫へのとるべき態度もろもろ

 

その通り!

 

の連続だった。

 

 

 

 

 

当時は頭で理解していたが

今は経験上、全身で頷きたい納得感があった。

 

おおむね妻が勘違いしている。

 

・妻が「夫」たるものを知らなかっただけ。

・妻が「男性」を勘違いしていただけ。

・妻が「自分」の立場を勘違いしていただけ。

・その勘違い、角度がついた見方をどこかで獲得していただけ。

 

 

 

 

 

つまり、

どこかの時点で獲得した”価値観、常識、モノサシ”が

 

●絶対だと思い

●見直す機会がなく

●知識の補充もせず

●悪く機能したままになっている

 

と思った。

 

 

 

 

 

 

そう、

人は自分で取り入れた「モノサシ等」を

見直す機会を人生で持つことはほぼない。

 

大ショックな出来事、

自分を変えよう!と決意する出来事、

 

等がないかぎり

小さいとき~若いときに

獲得した価値観を守り続ける。

 

 

 

 

 

 

いつも人は

・モノサシ

・比較

・過大な自己価値感

・思い通りにしたい

 

で生きていると思うと書いている。

これらが苦しい原因だと思っている。

 

 

 

 

 

 

・モノサシ:価値観、常識、知識、経験、年齢、国等

・比較  :今よりもっと、他人よりもっと

・自己価値:認められたい、褒められたい、嫌われたくない

・思い通り:欲しい欲しい、こうありたいと期待、欲

 

 

 

 

 

 

モノサシの部分は、いろいろな要素を入れてしまっていたが、分ける必要があるかなと思った。

 

モノサシといっても

 

・価値観

・常識

・知識

・経験

・年齢

・生育国、地域、地形

・生育家族

・学歴

・職業

・体調 等々

 

あるが、

 

●常識、価値観

●知識、経験、年齢等による勘違い、狭い視野

 

は分ける方がいいような気がした。

 

 

 

 

 

 

今持っている

・こうあるべき

・これが正しい

・自分はこうしていくのがよいと思う

という認識は

 

常識、価値観に基づいている。

 

もちろん、それをつくった裏には

知識、経験、年齢、親、環境等がかかわっているだろう。

 

それでモノサシという常識が作られた。

 

 

 

 

 

しかし、

そのモノサシ自体も見直していないので

あやしい。

 

どの時点で作られた(5歳のころだと子供の見方になる)

モノサシかによって正しさも

あやしい。

 

それは本当に

今でももつべきモノサシなのか?

 

自分だけの経験からのモノサシで

同じ人間だから

社会で一緒に暮らしているからと

全く違う経験をしてきた他人にもそのモノサシを

要求していないか?

 

そんなことを

このモノサシでは考えるべきだと思っている。

 

 

 

 

 

 

一方、

勘違いについて。

 

先ほどの『夫のトリセツ』を読んでいない妻。

夫に不満があっても解消していない場合、

 

知識が不足し

夫を男性を勘違いし、

自分の今までのモノサシだけがよしとし、

 

勘違いして生きることになる。

問題が解決されることはなく、

 

不満・愚痴、さらには不倫や離婚にまで

発展するレールに行きがちであるように思う。

 

 

 

 

 

 

そう

モノサシは2つに分けるべきだと思った。

 

●モノサシ(常識、価値観=すでに作られたもの)

●勘違い (勘違い、狭い視野、思い込み)

 

勘違いは具体的にいくと

 

・知識不足による勘違い

・経験不足による勘違い

・性別が違うのに、一方的に自分の性別で判断する勘違い

・年齢が違うのに、一方的に自分の年齢で判断する勘違い

・国が違うのに、自国の常識のみで見る勘違い

など

 

 

 

 

 

 

相手は自分と同じ立場なのか?

相手は自分と同じ性別なのか?

相手は自分と同じ経験をしたのか?しているのか?

相手は自分と同じ知識をもっているのか?

相手は自分と同じ年齢なのか?

相手がそれをした理由で自分が気づいていない点はないか?

 

逆に

自分は今判断しているそのモノサシは

どこかで獲得した「勘違い」でないのか?

 

そんな風に

物事を見る必要があると思った。

 

 

 

 

 

 

 

タイトルに戻るが、

相手も自分にも勘違いしていたなら

相手へも自分へも責める必要などあるのか?

 

相手を責めるというよりも、理解や発見になる。

 

自分についても

何かあっても

 

自分の経験知識が不足していただけ。

自分が知識経験が浅いときに作ったモノサシで

何かを悪いとしていただけ。

 

悪気は互いにないではないか。

 

その知識経験不足、勘違い、狭い視野に気づいたなら

次回に活かせばいいだけではないか。

 

責めるとは

3歳児の子供が

何かできなくて自分を責めているようなものではないか。

 

それより

洋服を着替える練習をさらにしたり

お片付けを学んで次は1つでも片付けるなど

それが大事なのではないか。

 

このように思った。

 

 

 

 

 

 

 

長くなったので

さすがに仕事に戻らないと、

今日はここまで。

 

気付けたことに感謝します。

 

 

 

 

 

 

 

ありがとうございました。

 

 

 

ここ2日ほど

自分に設定の技をかけている。

 

そのせいか、

昨日、今日いいことがあったので記録。

 

 

 

●2人の方が

予定なく家に来訪。

楽しく雑談できた。

 

 

 

●壊れていた防犯カメラが

ちょうど技をかけたころ直った!!

 

本当にコレは驚き!!

 

 

 

●前から歩いてきた人が

2人とも早々道を譲ってくれた

 

 

 

●めったに行かない離れた仕事場。

 

昨日片づけに行き、

今日も行く気が起きた。

 

通常2日連続はいかない。

 

すると・・・

なんと! エアコンがつけっぱなしだった。

 

今日いこう!

という思いが出てよかったぁ。

 

 

 

ついているなぁ

 

 

 

 

 

 

~ありがとうありがとうありがとう~

追伸:

 

下記を書いたが、

Microsoft365 One Driveへの

ファイルやフォルダのアップロードが

 

なんと100GBに増量した後、

大変遅くなった。

 

アップロードがなかなかできない。

 

原因は今度調べる予定。

 

これならグーグルクロームのドライブの方が早いぐらいだ。

 

 

よって、下記はあまり参考にしないでください<(_ _)>

 

 

*****************************

 

 

仕事上

PCで多くのデータを保存している。

 

※ただ、ほぼ素人なので

素人の工夫話程度でお読みくださいね。

 

 

 

 

そのデータがなくなったら

絶望と後悔ののにち

もういいや~

 

と開き直り

しそうな自分がいるが(笑)

 

その前に対策をと

NASによるサーバー

業者さんに設定してもらっていた。

 

 

 

 

 

 

相談したら

「NASにバックアップを作るましょう!」

と言われるがままだったが、

 

クラウド上でのバックアップだったら、

逆に、

業者さんの売り上げがたたないから

NASにしたのかも?

 

と今になってそんな思考が出たりする。

 

作業料と本体で5万弱ぐらいだった。

 

そして

そのNASの確認方法等を

ほぼ教えてもらわず・・・

バックアップされているのかどうかも

不明の状態・・・。

 

 

 

よって、

安全かどうかは抜きにして

今までは

 

グーグルクロームの「ドライブ」

バックアップ保存していた。

 

しかし、動きがおそく

使い勝手が悪いと思っていた。

 

 

 

 

 

 

そして

何とかしないとと思い

 

Microsoftのワンドライブ

積極的に使い始めたら

 

早い!

 

使いやすさは同じぐらいだが、

早いし管理しやすい気がした。

 

 

 

 

 

標準は5G。

 

バックアップ用には少ないため

100GBにアップグレード。

 

年間2,440円だった。

 

決して高くないと思い購入した。

 

私の考える、

メリット:

・基本、データがなくならない、壊れない

・どの場所、どのPCからもWEB上でアクセスできる

 

デメリット:

・有料

・英語圏対象を日本語訳しているので、言い回しが直訳でわかりずらく、サポートも英語のようだったので期待できない

 

 

 

 

 

どうして

ドライブ上でしっかりバックアップしよう!

と思ったのかというと

 

こういう話を聞いたからだ。

 

宅建のあるセミナーで

活躍している司法書士先生が

色々なデータの保管について

こんな話をしていたのだ。

 

・NASでしっかりバックアップしていた

・NAS2つで2重でバックアップしていた

・安心だと思っていたら、なんと2つとも壊れた

・バックアップデータが全て亡くなった

・どうしようかと思っている

・今後は、ドライブで保存すべきだと思った

 

 

 

 

 

ドライブも壊れる可能性も

あるとは思うが、

 

NASよりはよいと思った。

 

原始仏教では

すべての人も物も

無常でこの一瞬も変わり続けていると教えている。

 

仏教的にも

NASも刻一刻と変わっているならば、

 

個人買取なので個人の責任だし

いつでも壊れる可能性は

あると思った。

 

 

 

 

 

 

 

他の仕事を

後回しにして

 

このバックアップ作業をしたが、

安心が買えてよかった(*^-^*)v

 

 

●アップロード方法●

 

 

 

 

●解約方法も念のため● 引用↓ありがとうございます。

 

 

 

~ありがとうありがとうありがとう~

今日も最高の日だなぁ。

 

 

マーフィーの法則の本。

 

一時期こっていたせいもあり

何冊も目を通してきた。

 

そのうちのある1冊について、

昨日から8巡目に入った。

 

毎日5分でいいので読むようにしている。

たまにサボりありますが(^-^)ゞ

 

 

 

 

 

 

 

 

なぜ8巡目かというと、

 

その本に

「20回読めば人生がかわっている」

と書かれていたからだ。

 

20回も!?

と思ったが

その通りだと、やってみようとも思った。

 

読まないと

セミナー受講時のように

1-2日ですぐ忘れてしまうから。

 

 

 

 

 

 

本の中に

どの本にも毎回書かれているような

エピソードが”また”書かれていた。

 

75歳の淋しい未亡人が、再婚できた話。

 

ここ数回は、

「またこの話か。

毎回読んでも結末一緒だし。」

とその部分を軽く流して読んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それが、

今朝その部分を読む順番になり

 

少し面倒だと思いつつ・・・

目を通すと、

 

全く違う部分が

目が留まり、驚いた。

 

 

 

 

 

 

 

同じものを7回読んできた昨日と

違う感想をもったのだ。

 

本の内容は変わっていないが、

自分の状態が変わっていたのだ。

 

7回分は吸収したので、

別の部分に目がいったのだ。

 

 

 

 

 

 

よく勘違いや思い込み、

自分のモノサシの話を書いている。

 

それになぞらえて考えると

自分の状態(ここでは経験回数)により

着眼点が全く異なるということだ。

 

つまり、状態が違い=着眼点が違うなら

同じ物事に対して

違う正しさをそれぞれに人が感じ

違う正しさを主張しあうしかない。

 

 

 

 

 

 

ゆえに

 

この世に

本当の正しさなどないのではないか?

と思った。

 

そして

それぞれの人の立場の数だけ

正しさがあると思った。

 

 

 

 

 

 

初期仏教では、

怒りは三毒で、本当に気を付けるべきものだが、

 

それぞれの立場の数だけ正しさがある、

と思ったら

 

人の行動を気に入らないと

怒ることは

 

視野の狭さであり、

この法則を知らないというまだ無智の状態

であるような気がした。

 

 

 

 

 

 

すべてのみなまさ万物が

さらに幸せでありますように。

 

 

~ありがとうありがとうありがとう~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先日、取引先が遅刻をした。

まず、約束時間がすぎ電話がきた。

 

そういう自由さがある人だし、

ある程度親しい関係性があるし、

 

悟りの道を歩く者として

 

良い悪いとか

怒りの感情も

湧いてこなかった。

 

 

 

 

 

 

ただ、

・後の予定がつまっていなかったからよかったけれど

・連絡は早めにくださいね

・自由だなぁ

とは思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

遅刻してきた際、

どういう態度をとるか

 

それを観察して

気づいたことがある。

 

 

 

 

 

 

笑顔で一言謝って、

それで本題にすぐ入っていた。

 

 

 

 

 

 

それに対しても

誤りが足りないとか

笑っているのはダメだとか

 

も思わなかったが、

 

自分に対してだったら

・何度も謝るべき

・恐縮するべき

・笑ってらいけない

 

と思っていただろうということを

気づいたのだ。

 

 

 

 

 

取引先は、

電話と

対面で

確かに2回謝った。

 

 

相手が、どう思うか

相手が、許すか許さないか

 

相手にゆだねるしかない。

 

 

 

 

 

それを

逆に今までの自分は、

 

・何度も謝る → 許してもらいたい

・恐縮する  → 反省しているアピールしたい

・笑わない  → 真剣な気持ちアピールしたい

 

と手を変え品を変え

 

”相手を変えようとしていた”のではないかと思ったのだ。

 

 

 

 

 

 

考えてみれば、

2回謝れば十分だ。

 

今回のことだけでなく

こういう沢山謝るべき、のような

 

思い込みで

 

いろいろな行動選択をしていると思った。

 

 

 

 

 

そして

悟り的にも

 

自分ができるのは

自分の行動だけ。

 

 

相手がどう思うか

相手がどう行動するか

 

は手中には一切ない。

 

 

手中にあると思ったら

欲や執着になる。

 

 

 

 

 

 

最後に、

自分のモノサシ(常識、価値観、経験、視野、等)は、

苦の原因の1つだと何度も書いてきたが、

 

それ以前に、

そのモノサシ自体が誤っている可能性があることを

今日発見した気がした。

 

 

 

 

 

 

この学びを自らの血肉にしていきたい。

 

 

 

 

 

 

生きとし生けるすべてのものが

さらに幸せでありますように。

 

 

 

 

 

 

~ありがとうありがとうありがとう~

 

 

 

 

 

 

奇跡記録(とても運が良かったことの記録):

 

●今日はいろいろとラッキーが重なった

 

・用事の帰り、A出口で出ようとしたがB出口で出たくなり、遠回りしてBに向かったら、郵便を出したいと思っていたがポストが目の前にあった。

 

・就寝時間が遅かったので、起きれないかと思ったが、逆に早く目が覚め、目的地に車でいくことができた。

 

・病気を心配したが、病気でなかった。

 

・店員さんがみな感じよかった。

 (朝一のせいか?)

 

 

 

ありがとうございます!