悟りへの道

悟りへの道

今にある 
-笑う門には福来る、有難いことに気づく人は幸せである、後悔より未来へ1歩、いいんだよ-
仕事、本、感じたこと、学び、今は、悟り的考え、等いろいろ書いています。

人の態度は
相手が育ってきた環境・境遇のあらわれ



人の態度は
その時点でどんな縁に囲まれてきたかによって
起こるべくして起こった現象
 

 

 

天候が

地形、季節、風、太陽、水蒸気などによって

そう起こったように

 

 

 

 「自分」も一つの「縁」であったとしても

 己一人で起こした現象ではない

 

 

 

己もまたあらわれとみつつ
穏やかにその起こりと対峙する

「X」で詐欺にかかりかけたので、書いておきます。

 

「WW IQテスト」 というものにはご注意ください。

 

 

 

■ X を見ていたら、”12キャラクターテスト”があり、

無料とのこと。

 

結果が、一文だけの簡素なもので、

詳細は、「199円」で受け取れるとのことだった。

 

199円なら詳細を見たいと購入しました。

 

 

 

 

それがなんと、
199円 + 1990円 も請求されている。

 

Paypal支払をすぐ停止し、

その会社におかしいという連絡をいれた。

 

1990円は返金されたが、1週間たっていたら

さらに 4990円/4W 請求され続けたようだ。

 

 

 

 

 

199円支払い後に、

性格レポートを見ようとした画面が下記です。

 

一応IQテストについて紹介の記載はあったようですが、

 

この書き方で分かりますか??

 

 

 

 

 

 

 

無料に惑わされない、
支払画面をよく確認する、

 

常に内側にいる落ち着いた”自分”でいようと思います。


ご参考まで。

 

 

 

 

 

 

●被害 X (引用紹介させていただきました)

 

 

●被害 ブログ (引用紹介させていただきました)

 

 

 

 

 

 

「自分という存在は価値があるのか?」
 

という疑問はよく語られたりすると思う。

 

 

 

■あるネットにて

「生きていることで周りに影響している=だから価値がある」

 

と語られていた。

コメント欄を見ても賛同が多かった。

 


その意見に、んっ?少し違うのかな、という違和感が出た。






■少し考えを巡らせ、いくつか見えてきた視点があった。



●影響がある=それだけで価値があるだと、
 影響が多くあったほうがいいとか、

 影響の種類とか、
 本当に救いがあるのか?
 

●勇気付けられる人が多いと思うが、

 対処療法的なのかなと感じた。
 

 これは、真理でないかもしれない。

●しかし、

「人の心にエネルギーを与えられる」
 という力がある。


 音楽やスポーツのように、その分野だと思うと
 素晴らしいものという視点がおきた。







■では、”自分”はどう考えるのか?
こんな風に思った。

「影響を何かしら与えているから」、

「役に立つから」、

「認められるから」、

「誰かを励ますから」、

価値があるというのではなく、
 

・・・

そもそもその存在は、

宇宙の因果の流れでおこるべくしておこった存在。


「価値があるから存在していい」のではなく、


「存在したことは、 宇宙の因果での必然」

 

であるように思った。




つまり、

『必然として起こっている存在』

その必然性に

 

「価値」という認識を飛び越えた

 

 

意味、

 

がある気がした。

 

 

 

この認識を土台にすることで、

 

よりシンプルに生きられるのではないかと思った。





 

■まとめると、

●「存在していることが、宇宙の正解である(決定事項・必須事項)」という価値判断を超えた認識

●ただ、「表面上は社会のルールというゲームに参加する」という二段構えが必要


以上のように思う。








■それでも人は、意味や価値をつけずにはいられない。


そのことについては、また別の機会に書きたいと思う。







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全てに感謝。

万人万物のさらなる幸を祈ります。
 

「愛情は、相手の望む形でないと届かないことがある」

そんなことを、ある出来事から強く実感した。




■昔、困っているというAに
許容範囲で支援したことがあった。

金額にして50万円ほど。
結果的には100万円ほどの損失になった。

お金は1円も返ってこなかった。





■人に渡したお金は返ってこない。

物も、手から離れた時点で

戻らないものと思っている。


よく聞く話で、

 

貸した側が返済要求しようものなら

「ヒドイ人間だ」と言われてしまうという。

 

同じように言われた。





■予定通り返ってこなかったが、それ自体は受け入れていた。

ただ、後日こんなことを言っていると耳にした。


「自分より余裕があるのだから、


 もっと出してくれてもいいのにあれっぽちでケチだ。
 

 自分だったらもっとこうしてあげるのに。」


もっと提供されるべき、ぐらいに思っていたようだった。





大変驚き、しばらく理解不能だった。

何だかおかしいと思いながらも

うまく反論できなかった。

 

 

その時は、そういう人なのだ、

と思うようにしていたが、
 

最近あらためて考えてみて、気づいた。

 

 

 

 

■相手の望む形でないと、

 

愛情として認識されないこともある、と思った。

 

 

愛情はかけたつもりだったが、

相手の望む形でなかったのだと思う。

 

 

相手の認識次第で

どんな評価にも変わる。

 

相手次第なのだ。

 

 

 

 

 

■そして、Aは、

こんな受け取り方もしていたと思う。


・貸りたのに、返していない

 → 困っているのだからと、当然化、無効化

 

・他人の余裕

 → 分けられるべきと、権利化

 

・ありえない仮定話

 → 自己正当化しこれを武器に相手を逆に、攻撃化

 

 

これが、人が苦しいとき起こしがちな

傾向なのだと思った。

 

 

またその背景には、

「自立心」・「境界線」・「他人の立場への想像」が欠けた

視点があった気がする。

 

 

 

 

 

 

■また返済はなくとも

 

それなりの感謝の念が相手の心にはあったはずだ、

と私は勝手に思っていた。

 

そう、「結果」に執着し、

自分のモノサシで、「期待」していた”自分”がいた。

 

 

 

そして、

相手の精神的未熟さ

(依存心=自立心がない=人のせいにしたがる)を

”私”が過小評価しすぎていたのだと思う。

 

 

 

 

 

■今後は

お金を貸す(あげる)自体控える予定だが、

 

相手の論理の土俵に乗っていないかに

よく注意し、
 

いろいろな分野においても、

 

 

受け取り方は相手次第。相手の受け取り方を手放す。

 

 

そして

行動するようなら、感謝も評価も結果ももすべて手放す、

 

ようにしていきたい。

 

 

 

 

 

 

一つ区切りがついた気がした。

 

 

 

 

 

 


すべてに感謝。

最近、無意識の思考や感情に気づくのが早くなってきた。

 

先日、運転中にそのパターンにハッと気づいた。





■信号は青。

「このタイミングなら、

 なんとか渡り切れるだろう」

そう思って青信号の交差点を進んだ。

時間的に、少し焦っていたのもある。






■ところが、

前の車が、さらに前の車と
予想以上に車間を大きく取り止まった。



それにより、
私の車の車体が、半分

横断歩道にかぶって停車することになった。







「えっ!、早く行ってよー」

という頭の中の声
イラっとした感情がでたことにすぐ気付いた。


ハッと気づいた。


「あぁ、こうやって、


 ”思い通り(予想通り)にならない”ことを
 いつも不満の因子にしているんだ!







■自分が勝手に、

「流れ的にギリギリ信号を渡り切れると判断した」

「青なのに、信号を渡れないなんて嫌」

「早く行きたい」と、

 

 

思っていた。

 


結局、原因は、自分にあった。






■イライラするのは、

 

現実のせいというよりも、

 

自分が“こんな風に思い通りになるはず”と思っており、

 

それが上手くいかなかったから

起こる感情なのだと気付いた。

 

 

 

 

 

 

■先日気づいた

「現実は、日々3-7割想定外が起こる」

 

との想定も忘れていたことも思い出した。

 

 

思いどおりにしたい、

想定内なはずだ、

 

 

これだけ書くと

 

ある意味、

子供のように望みに自由で、

楽観主義に見えてきた(笑)。

 

大人の顔して生きているが、

心の中は

子供がベースだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

■一度気付いても

また何度も忘れることは起こると思う。

 

 

●思い通りにしたいが、イライラをつくる

●現実は日々3-7割想定外の世界

 

 

忘れて、また、反復していこう。

 

 

 

 

 

 

すべてに感謝。

万人万物のさらなる幸を祈ります。

「北の達人」という会社の木下社長。

 

Youtubeを時々見ていた。

 

木下社長のビジネスの教えの中に

「ピッパの法則」

 

というものがある。

 

 

 

 

 

何かやるべきことが発生したら、

 

①今すぐする

 

②今できないなら、

 いつするかすぐきめ

 スケジュール表に記入する

 

といったもの。

 

 

 

 

 

教えた周りの人から、

「ピッパの法則でパフォーマンスがめちゃくちゃあがった」

 

とよく言われるそうで、

 

ご本人自身も

「5倍~10倍パフォーマンスがあがった。

 だれしも実践すれば、

 3倍ぐらいはパフォーマンス上がるはず。」

 

とのこと。

 

 

 

 

 

 

以前、

この動画を見て、

 

「ピッパの法則」の実践を

「ピッパ」とやらなかった”私” (笑)。

こういう当たり前のことがなかなかできない。

 

 

また気になって、

動画を見直して

 

①を実践しはじめた。

 

 

 

 

 

 

すると、

パフォーマンスが2倍ぐらい、になった気がする。

 

仕事が倍片付く感じ。

 

 

あれやらなきゃこれやらなきゃ、が

少なくなり、

 

ストレスも少し減ってきた。

 

 

 

 

 

 

最近、

色々と真理的なことに気づくのが楽しくて、

 

また、

本質が分かると

生きるのがぐっと「楽」になるので、

 

 

悟り的視点や

物事の本質を考える方に

 

すぐ頭を使いがちだった。

 

でも、

仕事が進みづらいなぁ、

すこし改善したいなぁ、と思っていた。

 

 

 

 

 

今後も

考える時間も一定時間もつとは思うが、

 

やはり、

 

実生活の中でも過ごしているので

 

こういうビジネス的コツ情報も適宜とりいれ、

 

バランスをとっていきたい。

 

また、焦らず、おちついてピッパとしていけたらと思う。

 

 

 

 

 

 

でも、考えてばかりが起こったら

それをとことんするのもいいとは思う。

 

ただ、今は

 

少しバランスとる、

が”私”に起こったから、そうしてみたい。

 

 

 

 

 

また、

「ピッパの法則」で、

 

頭の中を

 

「覚えること・気にすること」に使わず、

「判断すること・すっきりする」状態にしつつ、

 

  • そもそもその仕事自体する必要があるか、
  • 他で代用できないか、
  • 他の人にふれないか、
  • 今手をかければあとが自動で楽になっているか、

 

など、「常識」を疑うことは、忘れずにいたい。

 

 

 

 

 

 

 

まとめ:

●ピッパの法則で、パフォーマンスがあがる

●見方と実務的コツも取り入れ「楽」を複合的に得る

●パッと行動しつつも、焦らず、常識を疑う目はもつ

 

 

 

 

 

すべてに感謝。

万人万物のさらなる幸を祈ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

●動画:ピッパの法則↓

 

●動画:この動画も↓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■先日、また気付いたことがあった。


人は、
ある大きな思い込みをしながら生活している
と思った。

それはなにか・・・?

「順調にすごせるはずだ」
というものだ。


 

 

 

例えば、朝起きて、

 

あれしてこれして、こんな感じと

ある程度のよい状態でその日を生活できる、と
勝手に思っている。

 

 

また少し長期的には、

例えば、

 

彼女、彼氏ができた学生さんは、

互いを思いやり幸せな日々がすごせる、
ぐらいに思っている。





■この「順調にすごせるはず」という
 

勝手な楽観的な思い込みが人にはある

 

と思った。


そして、

その思い込みが、
人の心を揺れさせると思った。






■こう思ったのは、
先日、小さいが思わぬトラブルが急に入り、

その日の仕事が順調にすすまなくなった。

 

そうはいってもたった30分~1時間、

対処に必要なだけだったのだが、

「こんな時に、勘弁して・・・」

という思考と感情がでた。

 

それを観察しつつ、
ざわつく心が見ながら処理していた。





■その時に、

あっ!、と気が付いた。


予定外のことを許せない(欲)
順調に進むべきだった(正しさ、期待)
順調に普通は進むはず(モノサシ、無知)



そんな想定が”自分”に

最初にあったことに気が付いた。






勝手に、あまりトラブルはないだろう、

普通はある程度順調にすごせるだろう、

 

”自分”に都合よく
楽観的に考えていただけじゃないか、

 

と思った。

 

 

 

 

 

■先の例の若いカップルだって、

 

勝手に彼女彼氏ができたら幸せなはず、

とよい想定だけを勝手に思っただけであり、


ヒドイこと言われたり、

浮気をされたり、
裏切られ、そして逆にこっぴどくフラれるかもしれない。


※ヒドイことを言われたり、とは

 実際ヒドイかどうかは

 自分の正しさからの判断、経験値、視野らにもよるが

 あえてそうかかせてもらいました。


現に、ほとんどのカップルは別れ、

結婚に至る確率は20%と言われている。

つまり5人とつきあって、

4人とはほぼ別れることになっている。






■人は、順調だったり普通に進むはずだと、
勝手な期待をしている。


しかし、

予定外のことが一定数必ず起こる。
(注意:悪いことが起こる予想をすべき、ではない。

    あくまで想定外、というだけ。)
 

その想定こそ、
スタンダードにする必要があると思った。






 

■こう書くと、自身の経験上、


想定外が2割ぐらいかな
と思いかけがちだと思うが、


それでは全く甘い見通しだと思う。


2割ではなく、
3割は最低起こる。
場合によっては、全体の7割起こる。



つまり、

3-7 割は必ず起こる。


そのくらいの想定が
本当は人生に必要なのではないかと思った。







■自分でもその想定にしたら

不測の事態が起こっても、

あぁ3割内だからと思えるようになった。

 


ちょうど人に相談され、

その話をしたら、

だいぶ納得してくれた。


「せっかくこうしたのに、
 こうこう、こんな状態になって不満を感じている。
 どうしたらいいと思う?」とのこと。


自分が正しい、と思っている視点の話もしつつも、

「こうしたら、
 こうなるはずだとよい結果だけ起こるぐらいに
 想像(想定)していなかった?

 

 もちろんリスク想定も人はせず、
 よいように進むと、

 勝手に人はそう思い(期待し)がちだけれど、


 3割~7割、想定外のことが起こるものだと
 そういう視点が人にないように思うんだ」


「・・・あぁ、そうだった。
 期待し良くなることしか考えていなかった。

 
 リスクも一切加味していなかった。
 その通りだった。」 とのこと。






■まとめ:

 

・人は勝手に、順調に過ごせる標準想定をしがち

・3-7割ぐらい不測はいつでもおこるを標準にする
・そうすると「心」が順調に過ごせる
・これも、モノサシ・欲・無知、の調整にみえる







すべてに感謝。
万人万物のさらなる幸を祈ります。

 

🐧🐧🐧