先日、
あらたに気付いたことがあった。
いつも下記が、苦しみをつくると、書いてきた。
下記への執着と言った方がいいかもしれない。
・モノサシ: 常識、価値観、これが正しい
・欲: 思い通りにしたい、期待、自己承認欲求
比較(嫉妬、怒り)、現状維持
・無知: 知らない、未経験、視点がない、
完全な勘違い思い込み
これらは大事だとは思うが、
こんなことに気が付いた。
出来事に、
「ある視点」を結び付けることで、
苦しみや喜びの妄想が
展開してしまうのではないかと。
以前少し書いたが、
”私” は、ある講座を受け、
「技」と呼ばれるものを習ったことがある。
相手にその「技」の名称を言って、
ある動作をすることで、
体調をよくしたり、
思い込みを外したり、
そのようなことが出来るといったものだ。
そのうちの1つの「技」の名前について。
微妙な名称がつけられていた。
その名も
「苦しめばいいのに」*
(*仮称: 本当の名前は伏せます。
本当は別の名前です。)
「苦しめばいいのに」
という言葉。
この技、言葉、作用をよく知らない人、
はじめて聞く人は、
そんなことを言われ驚くと思う。
先日、
はじめて聞く人に、
十分な説明がなく
技をかけられている場面を見た際、
「苦しめばいいのに」といきなり言われ、
その人は、
ハッとした顔をして、
そして、悲しそうな顔をしていた。
その時に、
あっ!っと思った。
私はそういう「技」だと思っていたので、
「苦しめばいいのに」と聞いても何とも思わない。
しかし、その初めての人は、
「苦しめばいいのに」という言葉を
別の視点と結びつけたのだ、と思った。
例えば、
苦しい → 避けたい、良くない状態
苦しめ → 敵意を持った人に言う言葉
それを言われてしまった → 自分はヒドイ状況にある
など、というように。
出来事に
ある「視点」
を結び付ける、
そのことが苦しみとなったり、
喜びとなったりするのだ、
と気が付いた。
ここから、
実は、結構すごい視点の転換がおきた。
今年に入り、
車に傷をつけてしまったのだが、
それへの捉え方が変わった。
あっ!
この出来事を何かの視点と結びつけているのかも、
という視点がでてきて・・・。
またそのうち書けたらと思う。
まとめ:
●出来事に視点を結び付けている
それが、苦しみや喜びをつくる
すべてに感謝。
万人万物のさらなる幸を祈ります。🍀