発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子

第10章 治療・療育の可能性と早期発見
       ——子どもの脳の著しい可塑性

296〜299ページ

【第10章(1)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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第10章 治療・療育の可能性と早期発見

         ——子どもの脳の著しい可塑性

 脳の高次機能を支える内部構造は、コンピュータのように完全に機械として構造が固定され不変なものでなく、化学物質のかたまりとしての構造体自体細部で、ことに微小ではあるが脳機能の要であるシナプス部位で、ダイナミックに随時変化し続けている
 このようなシナプスの可塑性、ひいては脳全体の構造と機能の可塑性は、明らかに幼児・小児期に高く、その子の脳の状態に適切な入力刺激と共に、さまざまなタイプの褒賞をくりかえすような療育により、症状や行動・能力が改善するのは、脳神経科学の立場からは当然と言える。
 現実にも自閉症の症状が「治った」(日常的にさしつかえない程度に回復した例をふくんでいると思われる)例が三〜二五%という、最近までの療育効果の多数の論文をメタ解析した報告は、その実証と思われる
 さらに臨床の経験はないので評価はしにくいが、「特別何もせず、“普通の” 生活を送っているうちに、大人になって “自然に” 治った」という例が、フェインらにより「最善の経過(Optimal out come)」例として自閉症でも報告されている。このような例は昔からADHD、ことに多動性タイプでは稀でないという記載が多いのは心強い。
 ヒトの脳の発達は、この章の「脳の可塑性」の水頭症の青年の例のように、非常に柔軟であるばかりでなく、第2章の図2-5などで述べたように、症状も時間変化が著しい場合も多い
 第6章3項などで述べたように、脳の発達にかかわるヒトのもつ遺伝子群の発現は、「共発達」により、なるべく定型発達に機能的には落ち着くように、頑健(robust)に進化している。小児期を過ぎても発達を続け、最終的には初期の障害にもめげず、まわりの環境さえ良ければ発達の遅れをとりもどすことも珍しくないのだ。脳神経科学的にも、シナプスの可塑性は小児期ほどではないが思春期でも高く、成長にともなうホルモン系の変化の影響などが考えられ、“自然治癒” も当然ありうるさらに医師や親、周囲の適切な対応や療育があれば、症状の改善の可能性は高く、昔はよく言われていた「発達障害は治らない」という見解は完全に誤りだったと言える。
 発達障害の子どもの脳も、絶えず発達し続けるのである。
 療育の困難さは、一人一人違った子どもの脳にどのような訓練、刺激を与えるのが良いかが、簡単に一概には言えないことで、ことに成功例・改善例のデータの今後の蓄積と解析が必要であろう。


  1. 治療・療育の可能性と「発達のリハビリテーション」

 まず、治療・療育の可能性を示す「脳の可塑性」について解説する。
 脳とコンピュータはよく比較される。「素子の数が非常に多く、素子が構成する回路で情報を処理する」など同じような面があるが、脳がはるかに優れている面が二つある。
 第一は、脳の情報処理には、外部からのプログラムがまったく必要なく、記憶していた経験などの情報を参照して、入力に対し自動的に脳が「正しいと判断した」情報を出力する。
 第二には、脳は遺伝子の設計図により大まかな構造が発達するが、神経回路網の神経細胞の多くは外界からの情報を処理するとき、自動的にシナプスの繋ぎ替えをおこし、まったく新しい神経回路も次々にできあがり、不要とされた回路の結合は遅かれ早かれ除かれてゆく。実際の可塑性変化のほとんどは、シナプス・レベルでおこっているので、肉眼ではもちろん脳画像でも直接見ることはできない微小な構造変化である。
 このシナプス・レベルの変化ばかりでなく、次の階層である神経細胞レベルでも、どのような情報にかかわる機能神経回路の一員になるか、プログラムされた細胞死(アポトーシス)をおこし自ら死んでゆくか、さまざまに変化しうる。
 この性質を「脳の可塑性」といい、たとえれば紙粘土のように、どんな形でも一度つくったものも新たに力を加えれば、簡間単に別のものになれる性質をいう。
 この「シナプスの可塑性」に基づく新しい神経回路の形成は、最近発展してきた脳機能障害後の機能リハビリテーションを可能にする「脳の可塑性」の基本メカニズムでもある
 この章でのべる発達障害児の治療・療育は、やはり同じメカニズムに基づく「発達のリハビリテーション」ともいえ、「脳の可塑性」が重要なので基礎的な研究をやや詳しく述べる。