『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子
第9章 発達障害の予防はできる
——環境要因による増加部分は、原理的に予防可能
281〜283ページ
【第9章(7)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『栄養素のチカラ』(William J. Walsh)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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(1) 水俣病の歴史からの教訓——なぜ防げなかったのか
水俣病で残念だったことは、水俣病の最初の報告の前後から実際にチッソが水銀の出を止めるまでさまざまな時期に何回も予防可能であったことだ。まず危険因子が汚染された魚で、原因が工場廃液に含まれるメチル水銀による中毒であることを示す事件、事実があり、それぞれの段階で、それ以後の新たな発症を防ぎ、患者数があれほど増加することを予防できたはずである。
一九五三年頃、水俣湾周辺の漁師とその家族になにか奇病が発生していると地元で騒ぎはじめた頃、ネコが狂って海に飛び込む、魚やタコが浮き上がるなど動物に異変が起こり始めた。
ここで、たとえ医学的知識がなくても、「この付近の海になにか異常があり、魚やタコなど海産物を食べると健康に悪いのでは」と気づいた人はいたかもしれないが、記録には残っていない。このような体重が軽い症状がでやすい生物の異変は、その環境でのヒトへの大規模な健康影響の予兆であるという貴重な教訓で、じつは古くから「鉱山の坑道に持ち込むカナリア」があり、五〇年前には、春になっても鳥が鳴かなくなった異変から農薬の人間の健康被害を予知・警告した『沈黙の春』がある。
一九五七年、水俣病患者の数が増えて全国的に問題になった時、正式の疫学調査などなくても、どのような人が患者に多いかは明白だったと、今からしても思う。水俣湾沿岸で魚を食べる人が圧倒的だったはずである。別に疫学の専門家でなくても「魚が危ないらしい」(学問的には疫学上の危険因子)と気づいたはずである。「危険因子=危なそうなものは避けるのが良い」という知恵は、二〇〇〇年前の孔子の人生訓『君子危うきに近寄らず』として、儒教文化が伝わった日本でも知識階級だけでなく、江戸時代には寺子屋でさえ教えていた。
「水俣湾の魚は危険だから食べるな」という予防法が、たとえ行政の施策になっていなくても、地元で周知され実行されれば水俣病の患者数は実行した人たちの分だけ減ったはずである。
その後も、折角熊本大学医学部の水俣病研究班が「有機水銀が原因」と正しい原因を報告しても会社側に立った医学を知らない化学系の有名大学教授が、証拠もない「アミン説」などをとなえ、マスコミはどちらが正しいかきちんと調べずに報道し、「有機水銀説」の確定が遅れた(柴田鉄治「科学報道」朝日新聞出版、一九九四、参照)。
水俣病の原因は、多数の患者の発生をみたはるか後に、結局最高裁判所が判決を下し原因は社会的にも一応決着した。メチル水銀で汚染された魚介類を多食した漁民を中心に発症しているという疫学データと、ハンター・ラッセル症候群の論文、廃液中の有機水銀の存在、有機水銀の神経毒性や実験的に投与されたネコに水俣病と同様な症状が出たなどという医学・生物学的知見で、因果関係の立証は十分とされた。
このような環境汚染タイプの疾患の原因論で、学問的にも社会的にも「因果関係がある」と認められるためには、医学・生物学的には実験動物に毒性化学物質を投与した研究による因果関係の立証で十分で、会社側が初め主張した、脳内での厳密な細かい発症過程の毒性メカニズムの実証研究は必要とされなかった。7章2項2Bで述べたが、有機水銀の神経毒性メカニズムの解明は困難で現在でもよく分かっていない。