『発達障害の原因と発症メカニズム——脳神経科学からみた予防、治療・療育の可能性』(河出書房新社,2014)
著者:黒田洋一郎,木村-黒田純子
第4章 原因は遺伝要因より環境要因が強い
——自閉症原因研究の流れとDOHaD
119〜120頁
【第4章(11)】
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※この本には発達障害の発症のメカニズムと予防方法が書かれています。実践的な治療法を知りたい方は『発達障害を克服するデトックス栄養療法』(大森隆史)、『栄養素のチカラ』(William J. Walsh)、『心身養生のコツ』(神田橋條治)p.243-246 、療育の方法を知りたい方は『もっと笑顔が見たいから』(岩永竜一郎)も併せてお読みください。
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【コラム4-2】
一卵性双生児法の原理的欠陥
優生学などさまざまな議論を呼んだ行動遺伝学の手法のうち、一卵性双生児法では、「一卵性双生児ならば遺伝子は一〇〇%同じ」(現在では誤りである等遺伝子仮説)という前提なので、「二人の間の病気(障害)の一致率を見れば一致しない分は環境由来であろう」と考えられた。
二人が同じ環境で育っていることが多いので「一卵性も二卵性も兄弟姉妹をたがいに類似させる環境から受ける影響の大きさは等しい」(等環境仮説)という前提も正しいと仮定すれば、「二卵性双生児の一致率で “補正” すれば良い」とし、簡単な式で “遺伝率” が計算できるとした。
この方法は、前提とされた重要な仮定である、等遺伝子仮説と等環境仮説が本当に成り立つか、厳密な検証がないまま広く受け入れられた。
その当時は、分子遺伝学、分子生物学の発展以前で、遺伝子のもつ遺伝子型 (genotype) と行動・能力をふくめた表現型 (phenotype) との複雑な関係については、ほとんど知識がなく、遺伝要因と環境要因の寄与の割合を探る簡便な研究方法として歓迎された。
また当時の遺伝学では、一卵性双生児二人の遺伝子はまったく同じと信じられていたし、確かに一卵性双生児二人の容貌が本当にそっくりであるケースも多かったので、この方法論は単純で素人にすら分かりやすく、受け入れやすかったこともある。
この方法を使えば、人体の形態や能力、すなわち顔つき、身長、知能(IQ)からあらゆる病気との関係まで、その “遺伝率” は一卵性・二卵性双生児のペアをある程度そろえた疫学調査さえすれば、すぐ簡単に計算できるので、古くから論文が大量に出ている。
一卵性双生児研究法は、ことに脳の高次機能・行動発達がかかわる自閉症など発達障害で行う時には、他の対象とは異なる特有の問題点がある。
遺伝子型と表現型の間にある複雑な分子・細胞メカニズムの知識がほとんどなかった時代に、遺伝と環境を便宜的に分離モデル化できるとしたので、環境要因の影響が強い脳高次機能がかかわる行動異常をともなう障害に適用するには、前提としていた等遺伝子仮説、等環境仮説の仮定などに大きな問題があった。
しかし、脳の高次機能がどの程度遺伝で規定されているか、どのような環境の影響があるかについては、当時は脳そのものの研究の遅れもあり知識が少なく具体的に実験により解析するのは不可能で、一卵性双生児法に頼らざるを得ない面があった。
しかし現在では、一卵性双生児法で算出された “遺伝率” には、じつはまだ環境要因も含まれており、遺伝要因が過大評価されていることが明らかになっている。