今回のテーマである “自己保健義務” というのは、なんとも奇妙なかんじがする言葉です。
自分の健康状態を良好に保つように会社からわざわざ言われるいうのも妙な話ですし、そもそも自分の健康に注意するのは当たり前じゃないか、と思われるかもしれません。
しかし、自分の健康に注意しているように見えない人は実は大勢いて、
慢性的にお酒を飲みすぎる(アルコールが残った状態で出勤してくる)
働きすぎて健康状態が悪そうなのに無理して働き続ける
メンタルヘルスに問題があって休養を勧められているのに、聞かずに仕事をする
というようなことはそれほど珍しくないのではないかと思います。
会社に勤める ということと、健康 ということの関係については、普段健康でいるうちはあまり意識することがないかもしれません。
しかし、(私傷病により)健康を損なって長期にわたって仕事ができない状態になれば、
健康を損ない労務の提供ができない
↓
(休職制度があれば)休職をする
↓
(休職期間が満了しても)やはり労務の提供ができない
↓
労働契約を履行できない
↓
労働契約を解除される(解雇または退職)
ということになってしまいます。
そのため、従業員の立場からすると、自分が健康で仕事ができる状態であるということは重要なことになります。
また、会社の立場から見ても、業務に支障が出たり、支障は出なくても業務の調整をしたり、別の従業員を雇ったり、休職中でも従業員の管理コストがかかったりなどしますので、従業員が健康に仕事をするということは重要な意味を持ちます。
そう考えると、 “自己保健義務” というものをわざわざ就業規則に定めるということが、馬鹿馬鹿しく、余計なおせっかいだとは言い切れないのではないかと思います。
しかし、会社が、従業員に対して健康でいることを義務付ける、というのはやはり腑に落ちない思いがします。
そもそも、日本に住む人は何らかの医療保険制度に加入しているはずですので、病気やケガをした時には、通常それほど多額の負担をしなくても医療を受けられます。
もちろん、むやみに医者にかかることが良いことだとは言えませんが、健康は義務であり、義務を果たさず病気や怪我をした場合には自己責任のもと治療しなければいけない、というわけではありません。
医療保険その他の制度によって、健康というものは権利として保障されています。
ところが、会社と従業員との関係では同じようにはいきません。
会社に就職し働くにあたっては、会社と従業員となる人は
従業員は会社の言うとおりに労働を提供し(働き)
会社は労働の対価として賃金を支払う
という労働契約を締結することになります。(文書で契約を締結するか口頭だけかは別として)
そして、従業員が会社に労働を提供する、つまり働くには、従業員は少なくとも仕事に堪えられるだけの健康状態を維持していく必要があります。
このような意味で、従業員が自分の健康を維持することは義務である、という側面があるといえるでしょう。
その一方、会社にも、従業員が仕事によって健康を害することがないよう、従業員に対する安全配慮義務があります。
これを従業員の方から見ると、安全で健康的に仕事をする権利が保障されているということになります。
したがって、健康に関して従業員には、
安全で健康的に仕事をする権利
仕事中、またプライベートでも、無理や無茶をして健康を害さないようにする義務
の両方があるといえます。
このような権利と義務は、普段意識することはあまりないと思います。
しかし、従業員が
心筋梗塞など、脳・心臓疾患にかかった
うつ病など、メンタルヘルスの問題が発生した
などといった場合(特に死亡したリ障害が残った場合)、責任の所在(損害賠償や慰謝料など)について裁判等で争われることがあります。
このような場合には、会社の責任とは別に
従業員も自分の健康に十分注意していなかった
ということで、損害賠償の額に影響を及ぼす(過失相殺される)こともあります。
そのため、会社としては、
安全配慮義務を果たすべくさまざまな対策をとりつつ
従業員自身が自分の健康に注意するよう喚起する
ことで、このような損害賠償等のリスクにも一定の対応ができるということになります。
以下、一般的な条文を例示します。
(自己保健義務)
第○○条
従業員は、日頃から自らの健康の維持・増進及び傷病の予防に努め、健康に支障を感じた時は速やかに医師の診察を受けるとともに、会社に申し出てその回復のため療養に努めなければならない。
従業員の自己保健義務というのは、あくまで努力義務であり、病気や怪我をしたら懲罰を受けるというようなものではありません。
しかし、万一の時のリスクを回避するための対策というだけでなく、特に現在のような厳しい状況では、健康でいることが従業員自身にとっても会社にとっても大変重要なことだと思います。