フランス貴族たちの世迷言で綿々と語られる官能と頽廃の物語下巻。当代の色事師である子爵が難攻不落の賢夫人を口説き落す場面の荒唐無稽さは、猿芝居そのもので笑っちゃいます。子爵に愛される賢夫人に嫉妬し阿修羅と化した子爵の元愛人である伯爵夫人の復讐劇が圧巻。結局子爵は元愛人のもとへ戻り、棄てられた賢夫人は精神錯乱から命も落とす。その子爵も悪鬼伯爵夫人に仕組まれた決闘の果て‥。どんなに高貴な女性でも恋に血迷い品位を下げると「みっともない」の一言。「人としてもっと品格を上げたい」そう純粋に願える恋をしなくちゃ!
18世紀フランス上流階級貴族たちの逸楽と欺瞞に満ちた恋愛ゲーム。この時代の有閑貴族は仕事という仕事など無かったらしく、恋の標的を陥落させるべく奸知にたけた手練手管と美辞麗句を弄し、情欲と快楽の世界に命懸けて生きてます。不埒な遊蕩恋愛の果てあっさり棄てて相手の悲嘆を見て悦ぶ冷酷な男女たち。くだくだしい睦言でつづられた偽善的な往復書簡にはルソーやウ゛ォルテールらの著書の引用も見られ恋に憂き身をやつすためには知性も欠かせないとばかり彼等はせっせと読書もしてるようです。下巻は悪辣さを更に増しハードなカタストロフィへ。
ラクロ, 新庄 嘉章, 窪田 般彌
ひたすら優雅系にのめり込みたい私が今回、作家と題名で選んだ作品。シェークスピアなりゲーテなりこれまで食わす嫌いで避けてきた戯曲に初挑戦。タイトルからして貴婦人たちが優美と気位を競い合う華やかな夜会絵巻を期待していた割には渋めの人情話。むしろ表題作以外の3小編の方がピリッとアイロニーが効いてます。全作品とも上流階級が舞台のためセリフが上品で知的、醜悪な嫉妬劇であるにも関わらずどこか優雅な読後感が残ります。ただ三島作品はやはり戯曲でなく小説!あの独特の濃厚で執念深い文章の方が人間の情念の深淵をより堪能できる気がします。
- ラディゲ, 生島 遼一
- ドルジェル伯の舞踏会
ハセガワをして「バイブルにしたい
」と言わしめた一冊。
著者は知性と美貌を兼ね備えた代議士の妻。出版はサプリメーカーのDHC。どおりで途中サプリをやけに推奨する箇所あり。ま、そのあたりを差し引いても女性として一読の価値があるバリューワン。1ページ毎に彼女が崇拝するエウ゛ァ・ガードナーをはじめ世界の往年の映画女優たちのポートレートが贅沢に挿入されており、中身の「キレイなものを見ているとキレイがうつる」のセオリーどおり凝視してみたり‥「独断と偏見にこそ理あり」
とか、迫力ある持論の数々も美女が言うと説得力があります。
- 浜田 マキ子
- 63 キレイはマネから おしゃれは勇気
- シュテファン ツワイク, Stefan Zweig, 高橋 禎二, 秋山 英夫
- マリー・アントワネット 下 岩波文庫 赤 437-2
このところ読書傾向が優雅路線の私。
優雅=ゴージャスの究極といえばこの人でしょう!
まず上巻は…フランス王室へ輿入れしてウ゛エルサイユデビュー、めでたく王妃となってから、国家財政すら破綻させるほどの天文学的浪費や、夜な夜な繰り出すパリでの豪遊。王妃として考えることといえば、くる日もくる日もその日の衣裳・髪型・アクセサリーの事と、退屈しないですむお遊びの事ばかり。本なんて一生のうちに一冊も読みゃしない…というインポッシブルに放埒な人生が描かれたスペクタクルドラマ。彼女の数奇な人生の後半、かのフランス革命から悲劇の断頭台までの物語は下巻へ。
- シュテファン ツワイク, Stefan Zweig, 高橋 禎二, 秋山 英夫
- マリー・アントワネット〈上〉
- 松岡 正剛
- 同色対談 色っぽい人々
19世紀フランス・パリの高級娼婦と美青年の悲劇の恋。貴婦人並の気位の高さと美貌で複数のパトロンを持ち、贅沢三昧・豪遊三昧の生活を送るヒロインは、今の日本だとさしずめ叶恭子のイメージ。だってあれはまさに現代の高級娼婦でしょう。世紀の悪女と称される「椿姫」になぞらえられたら本望なはず。だけど物語の椿姫は純真なイケメン青年に簡単にコロッと行っちゃって、破滅の道を突き進み、お金も社交界での名声も恋人までも、すべてを失ってしまう。世紀の悪女より決して情に溺れない叶恭子の方がよっぼど計算高く賢い!美に金は必要!
生まれも家柄もよく優雅な生活をおくっている美しい若奥様のよろめき(不倫)のお話。悪いことしている筈なんだけどヒロインがあまりに無垢でエレガントなため、それは美しく始まります。途中相手に裏切られているシーンなんかは感情移入しきって涙ぐんでしまった。ただ育ちのいい環境の描写なんかは、実際にハイソな生まれの三島だからこそ出来る技だなぁと。で、結局別れて元の静かな生活に戻るんだけど、ヒロインに残されたものは心の空洞だけ。結論…ヒエラルキーに関係無く不倫は醜い。不倫に幸せは無い。それは「恋」ではないのだ。