<4年後―④>ヤルヤル詐欺?

 

夫の言動に一貫性がない。

掃除機で掃除をしていたら、ルンバがやるから掃除はしなくて良いと言った。

だがその後、掃除をしてないと責める。

 

土日は朝食作らなくて良いと言った。

しかしその後、土日だからって作らなくて良いのではないと責める。

子どもは高校生と中学生、パンやシリアルもある。

乳幼児ではない。土日の朝食、あるもので食べれば良い。

 

子どもの学校関係も「俺がやる」と言うので、私は手を引いた。

しかし、娘のサポートルームについては娘の希望もあり私が対応していた。

以下はサポートルームについての会話である。

 

<録音した会話を文字起こし>

 

(私)(娘の学校関係について)やってますよ。

 

(夫)もういいです。やらなくていい。俺がやるから。

実際問題あなたができると思えないもん。任せられない。

 

(私)そうやって一方的に俺がやりますって言っておいて、

結局お前は何もやらないって言うわけでしょ?

 

(夫)逆だよ。あんたが何もできないから俺がやってる。原因と結果を逆にするな。

 

(私)もう散々、何にもやらなくていいと言うけど

 

(夫)できないが正しい。

 

(私)俺がやるって言っておいて、何にもやらないって変じゃない?

 

(夫)何にもできないが正しい

 

(私)俺がやるって言ったんだから、じゃあやればで終わりじゃん。

 

(夫)それは随分認識に歪みがある。息子との関係もうまくいかなかったでしょ?

中学生活がズブズブでした。

 

(私)私と息子の関係は、Junichiさんが判断することではないよね?

Junichiさんの目線がただ厳しいって事だよね?

 

(夫)うんいや、あの俺の目線とかじゃなくて、事実として大変困った事態になりました。

 

(私)散々うるせぇ黙れって言って黙らせてきといて、結局何もやらないっておかしい。

 

(夫)黙らせたのは原因ではない結果だ。何故ならばあなたに任せられなかったから。

ここのところをちゃんと何度も反芻して頭に染み込ませてもらいますか。

任せられないなと思いましたので、全権離任していただきました。

 

(私)それでJunichiさんがやっているのなら、それでいいじゃないの? 

なのに、そこで何もやらないとか、そう言ってくるから。

自分がやるって言ったのだから、やればいいじゃん、それでいいじゃん?

 

 

「うるせえ」「黙れ」「俺がやる」何度聞いた事か。じゃあ、やれば。

なのに、「お前は何もやらない」「お前に任せられなかったから」

本当に、これ、何なんですか?

<4年後―③>生活費⑵遡求?

 

夫は「話し合いが必要だ」と言い、

私がどんなに疲れていて無理だと言っても止めない。拷問だ。

 

4月から常勤で働き始め、能力体力知力、仕事を続けていけるか不安であり、

収入が続くかわからないと訴えても、夫は鉄の壁。何を言っても絶対に伝わらない。

夫は生活費がフェアではないと言いうので、私はその妥協を図ろうとした。

しかし、こうして文章にして良く分かるのだが、夫のこだわりの強さ、私は理解不能。

全くもって会話になっていない。

 

背景として、夫の年収は1000万円以上で貯金もあり、私の3倍。

お金がない中での会話ではなく、私は常勤で働いて1か月、4月29日の会話。

 

<録音した会話を文字起こし>

 

(夫)そこであなたはただ乗りですか?

 

(私)ただ乗りですかって、何それ?

 

(夫)生活費を7万円出すだけで、それでのうのうと生きていけると思っちゃう。

 

(私)給料がいくらになるかわからないけど、7万円は半分くらい出すことだよ。

 

(夫)俺は分からない。トータルがわからない。あのね、あなたは、私のお金にしたいのかもしれない…。

 

 

話し合いを止めてくれと言っても止めない。

常勤職の試用期間は3か月。苦し紛れに、話すなら3か月後にしてくれと言った。

その時夫から10万円の食費など生活費を銀行口座から引き出しており、

その費用についての言及となった。

 

(私)今決着つけたいと思ってるようなことに関しては、3ヶ月後にしてください。

 

(夫)遡求していいね。

 

(私)遡求?

 

(夫)当然だよね。

 

(私)じゃあ、逆に私の方が多く払いすぎてたら返金があるわけ?

 

(夫)もちろん、還付だよ。もちろんその辺はきっちりと、当然だよ。

話し合いの結果を反映させるために4・5・6月の分は

ちゃんと清算をして頂くことを約束してくださるならば

7月以降に話し合いを持つということで了解いたします。

 

(私)じゃあもうやめよう。

 

(夫)約束していただけますね。

 

(私)考える余地はある。でも、そういう風に約束していただけますねってそんな言い方…。

 

(夫)そういうのはおかしい。

 

 

とにかく会話を終わらせたい。

でも、止めない。拷問。

生活費について「遡求」と言われ、何が何だかわからない。

「返金」と言ったら「還付」と言われ、わからない。

夫には独自の基準があって、私にはわからない。

わかろうとして聞いたら、もっとややこしくなる。聞くだけ無駄。

 

息子や娘に「助けて」と夫から離れて止むこともあるが、その後また続く。

夫が何らかの納得するまで続く拷問。

でも、夫は正しい事をしていると思っているだけ…。

<4年後―②>生活費⑴フェア?

 

長男が高校1年生、長女が中学1年生の4月、私は常勤で働くことになった。

これまで主婦期間が長く、数年パートで働いたが、「ただ乗り」と嫌味を言われ、

私自身、自分の人生を考えての事だったが…。

 

20年前に社会福祉士で数年働いた経験で、何とか雇ってもらえた常勤。

体力続かず、休みの午前中は寝るしかない。

知識も経験も能力も全く自信がなく、でもやるしかない。

仕事が始まってからは、20年前に学んだ福祉の知識を何とか上書きし、

学ばねばならない事を家に帰ってから検索し、

家事も洗濯や食事作りに必死だった。

とにかく日々を送るだけで精一杯だった。

しかし、働き始めて1か月。

夫は容赦なく、生活費の分担についてまた“話し合い”が始まった…。

 

<録音した会話を文字起こし>

 

4月29日、

(私)今月から常勤で働いて、能力的にも続けていけるかわからないし、

それなのにお給料を頂いて申し訳ないと思うくらいに働けてない。

そういう人に対して毎月いくらのお金が入るだろうから、

それに対してどうのこうのなんて考えられません。

そんな状況でお金のことを話すっていうのは、本当に絵に描いた餅。

 

(夫)受け入れられません。

6年前に俺が入社したときに全く同じ状況でしたけど、

家賃は払い続けましたし、食費も出し続けましたし、

あなたはびた一文も出してませんし、同じ状況をお考えください。

そうすれば、あなたがいかに不当なことを言ってるかが、

ちょっとは想像もつくでしょう。単なる甘えです。フェアじゃない

 

(私)フェア?

 

(夫)あなたはフェアじゃない。そうやってただ乗りし続けるの、

それは俺が許せばそれでいいのかもしれない。でも俺は許さない。

 

(私)フェアじゃない…。許さないって、本当に上から目線だね。許せないって何様なの?

 

(夫)何様じゃないよ。実際、フェアで言ってますよ。それがフェアじゃない。

 

(私)こっちからしたら、言葉の暴力に耐え続けてきて、全くフェアじゃないけどね。

 

(夫)それは原因ではない結果だ。

 

(私)どんな状況があったとしても言葉の暴力をするっていうのは、

それはDVだし、いじめだし、やってはいけないことだよ。

 

(夫)そういうふうな劣等感を持ってこじらせたのは、

他ならぬあなたが自発的にしていることです。

 

(私)自分の言い方が悪かった、自分のやり方が悪かった、とは思わないの?

<4年後―①>出ていけ

 

これまで夫に、「出ていけ」と何度言われたことか。

夫の言葉の暴力に耐えかね、夜に外へ出ることは度々あった。

コンビニでビールを買い、泣きながら歩き続けた。

母や兄に電話やラインし、泣きながら訴えた。

 

一時の感情で行動してはいけない、

せめて子どもたちが大人になるまでは耐えよう、

我が身の経済力の無さを痛感し、耐えてきた。

 

実際、私が家を出たのは3回。

1回目は転職・引っ越し後の1週間。

2回目は1晩。

そして、今回の3回目。夫が恐怖。

 

家を出て、こうしてブログを書きながら振り返る。

子どもが高校3年生と中学3年生、もう、大丈夫かなというのと、

家を出た時、転職して2か月だったが、

常勤で働いて2年、今後も常勤で働いていけるかなという思いもあった。

 

 

<録音した会話を文字起こし>

 

(私)Junichiさんに出てけって言われた時に(貯金が)20万じゃ、出てけないからね。

 

(夫)出てけって言われたら出てくるわけだ。最終的に決めるのはあなたであって、俺じゃないよね。

 

(私)出てけって散々言われたよ。

 

(夫)出ててってほしいと思ったもん

 

(私)で、弁護士にも相談したよ。そうしたら(財産の)半分はもらえるんだって。

 

(夫)そう知ってる。

 

(私)あの時は100万やるから出てけって言われた。

(貯金が)20万しかなくて、出てけって言われたのは本当にひどかった。

 

(夫)あのね、あなたの貯金がいくらか知った上で喋ったわけじゃないです。知ってるよね。

 

(私)少なくとも、パートや無職の時にも言ったよ。

 

(夫)無職になったのは誰が悪い?

 

(私)誰が悪いって、誰かが悪いの? 

無職の人に対して出てけって、それはさ、人間じゃないよ。人じゃないよ。

 

(夫)ほぼ無職

<4年後―はじめに②>これまでー⑵

 

夫の転職に伴い、私の実家近くへ引っ越し落ち着いた数週間後、

夫の言葉の暴力に耐えかね家を飛び出した。

双方の母親と夫と私が話し合い、私は家へ戻った。

でも私は泣き暮らし、カウンセリングへ通い、本を読んだりブログを書き、

不安定さから精神科へ通い、何とか心を落ち着かせようとしてきた。

 

夫もアドラー心理学の研修へ通うなど、何とか小康状態を保ってきた。

定期借家だったこともあり、中古マンションを購入した。

しかし夫がまた変になってきたのは長男の高校受験がきっかけだった。

 

長男が中学1年の冬からコロナが始まり、

中学2年の時、私は長男が通う中学校の本部役員書記をしていた。

長男の成績は芳しくなく、塾へ通わせるなどしていた。

そんな中、中学校でのテストの採点方法がおかしいなど、

中学校へ抗議の電話をし、夫がモンスターペアレント化していった。

夫は正義心で言っていて、相手がどう受け取るかは全く無視。

本部役員で担任に会う機会がどうしてもあり、

嫌な思いをさせただろうと、謝り続けた。

 

子どもが長時間過ごす学校へ攻撃してはいけない。

良い関係を築く事が大事であると言い続けたが、

夫の正義の鉄槌は止まらず、教育委員会へも抗議のメール。

塾も止め、夫が息子に受験勉強を教え始めた。

私にできることは何もない。

そこから、耐えることになった。

 

結果として、息子は志望校に受かり良かった。

夫は私を「邪魔しただけだ」と言う。

息子は「お母さんは何もしてくれなかった」

と言い、そう言われてしまうと、何も言えない。

息子に謝るしかなかった。

 

また、私は心を閉ざした。

何を言っても無駄。何を言われても反応しない。

そうした中、限られた生活費を補う為にパートで働いていたが、

「ただ乗りしている」と暴言があり、

常勤職の就職活動を始めた。

<4年後―はじめに②>これまでー⑴

 

(2024年時点で)夫と学生時代に知り合ってから、32年。

夫と結婚してから、23年。

その後、夫の転職問題からモラハラが始まり11年。

 

夫と知り合いモラハラ状態になるまでの21年は、

男性だから

理系だから

AB型だから

私の理解を超える言動は一般的な相違の範疇で何とか収まっていた。

 

しかし、モラハラが始まったこの11年は、

モラハラ=言葉の暴力

アスペルガー、発達障害ベース

一般的な相違を超えるものだった。

 

しかし、この11年間ずっとモラハラだった訳ではない。転機は2回。

まず初めに、一番大きく、きっかけとなったのが夫の転職問題。

 

当時、重い食物アレルギーやアトピー、喘息がある幼稚園児の長男と2歳児の長女、

そして、夫は理論物理のポスドク

(大学院卒業後、任期のある職で繋ぎながら、

研究所や大学の常勤職の学者を目指す)だった。

経済面は夫が管理し、私が口座から引き落とす生活費は10万円で、

インフルエンザの予防接種代や帰省時の交通費、電化製品が壊れた時の修理代など、

臨時出費は生活費と別に出ていた。

 

長男のアレルギーは重く、公立幼稚園や私立の幼稚園へ入園の相談をしたが断られ、

受け入れると言ってくれたのはプロテスタントのキリスト教系

とお寺系の幼稚園だけだった。

保育時間やおやつ、いろいろ考え、

プロテスタントキリスト系の幼稚園へ長男は3年保育で通った。

 

しかし、長女の幼稚園をどうするか、

それぐらいから夫は変わっていったと私は思っている。

 

アレルギーっ子長男の育児と長女の育児で私は疲れ果てていた。

後に落ち着いてから、お腹の底から「サバイバー」、

という思いが湧き上がった実感が今でも蘇る。

 

これまでの状況がわかっている夫に、

長女も3年保育で私立幼稚園へ通わせたいと言った。

しかし、私は専業主婦で長女にはアレルギーなど問題なく、

公立の2年保育の幼稚園だと言って譲らなかった。

長男を断った公立幼稚園は論外で、私は心身共に疲れ果て限界だった。

 

何の迷いもなく私立の3年幼稚園を選ぶママ友が多い中、

夫は何故2年の公立幼稚園に拘るのか。

その時の夫の年収は私が新卒時の年収の2倍。

貯金もありお金には困っていない。

私は心身共に限界で、

長女を3年保育の幼稚園へ通わせたいと夫に言っても、絶対に駄目。論破。

 

そんな心身共に限界な時に、

以前長男を受け入れると言ってくれたお寺系の幼稚園に長女を一時保育で時々預けていた。

その幼稚園はすごく人気があり、通常の入園申込時は電話が殺到。

必死だったから記憶がないのだが、4月前後の一時保育の時に、

空きができたら入園可能か職員さんに話したのだと思う。

4月の入園日直前だったが、子どもは途中入園より最初からの入園の方が良いと、

無理を承知で受け入れると言ってくれた。

 

夫へは、私が働くから3年保育のお寺系の幼稚園へ通わせてくれと言い、

何とか幼稚園代を払ってくれることになった。

 

この頃からだと思う。それまで生活費以外で出ていた臨時出費の話の度に、

「生活費の中でやり繰りできないお前が悪い」

「必要だとわかっていたのに節約できないお前が悪い」

 

夏や冬休み、先に私と子ども達だけで私の実家へ滞在し、

その後夫の実家で夫と合流することが多かった。

それまでは新幹線や特急で行っていたが、旅費を生活費から出せと言われた。

幼稚園児の長男とべビーカーの子どもと何時間もかけて在来線で行ったことがある。

出張先から合流した夫は寝転がって本を読んでいて、

横腹を蹴ろうと瞬間湧いた思いを忘れない。

 

インフルエンザの予防接種代を出さないと言い、

子どもは摂取させたが私は摂取するお金の余裕がなかった。

私はその時に、インフルエンザになってやると心底誓い、

実際その年の1月に家族みんながインフルエンザイに罹患した。

 

長男にいろいろアレルギーがあり、添加物のない、農薬をあまり使っていない、

子どもの体に良いものを食べさせたいと言っても、無駄だった。

国産である必要はない、高い、無駄遣い。

 

長女が幼稚園2年目、夫には公立の幼稚園にするか、

「お前が働いて幼稚園代を出すと言った」と責められたが、

心身共に働ける状態ではなかった。

こんな状況では働けないと泣いて訴えたが無駄だった。

幼稚園3年目はドミノピザや郵便局のパート、

日雇いの仕事で何とか稼ぎ幼稚園代を出した。

 

夫はお金がないから言っているのではない。

夫のこだわり。

私が何を訴えても鉄の壁。絶対に伝わらない。わからない。言っても無駄。

<(2020年から)4年後―はじめに①>

 

4年ぶりにブログを復活せざるを得ない。

夫の言葉の暴力に反応しないことで何とか過ごしたが、

もう駄目だと思い突発的に家を出た。

 

家を出たのは、3月24日(日)。

数日前から夫に本棚の整理をしろと言われていたが、

転職して2か月、仕事で疲れ果て、しかも数日前に兄が脳梗塞で救急搬送され、それ所ではなかった。

余裕がないと言っても許されず、無理やり話し合いの約束をさせられた。

 

夫の¨話し合い¨では、いつも私が根負けをする。

疲れ果ててどうでも良くなり、「わかった」と言わざるを得ない。

その日もそうして終わらせたのだが、夕食を作っていた時にある事を言われ、プチっと切れた。

 

もう、駄目だ。これ以上、夫のワールドにいられない。

私が訴えたことは、何一つ夫に届いていない。

ただ夫は自分のワールドに、私を当てはめたいだけだ。

私は夫のパーツでしかない。

 

職場近くのホテルを予約し、荷物をまとめて家を出た。

夫は在宅勤務で子どもは高校生と中学生、もう大丈夫だろうという思いがあった。

 

家を出た時は1週間と思いホテルで過ごした。

しかし、もう、夫のワールドに耐えられない。

また責められる、恐怖。もう、家へは戻れない。

 

実家で滞在させてもらうことになった。

実家の詳細は省くが、父は怒鳴る人で、反発して育った。

大人になってから、怒鳴るとは他人を支配する言葉の暴力だと理解した。

結局私は、父と同じように言葉の暴力を振るう人を選んでしまったのか…。

滞在して1か月は良かったが、父に怒鳴られ実家を出た。

 

また、ホテル暮らし。でも、長くは居られない。

マンスリーマンションを1か月半借り、その間に賃貸探し。

実家やマンスリーマンションは¨仮¨でいられる。

賃貸となったら、布団や机、家財道具の引っ越しが必要となる。

執行猶予は終わった。

 

荷物をまとめて運び出すときに夫に会わざるを得ず、

それを避けるために¨仮¨でいた。

だが、カウンセラーに「夫が恐怖だ」と言ったら恐怖心が少し和らいだ。

口に出すことの大切さを実感。

3月24日から3か月後、ワンルームを借り、やっと落ち着いた。

 

一人暮らしをしていると、突然不安に襲われることがある。

耐えながらも家族と生活した方が良かったのかと思う瞬間もある。

しかし…。正直、夫から責められることがなくなりホッとしている。

洗脳から解かれたかのよう。これまでが、何だったのだろう…。

 

次へ進むためには、向き合わざるを得ない。

現状を変えるには、パターンを変えるには、客観的になる事、意識的になる事、言語化するしかない。

 

会話は流れる。

言葉の暴力を言語化するには、録音して文字起こしするしかない。

録音した会話を聞くのはフラッシュバックを起こし苦しかったが、

文字にしたものを読んで、パターンが見えてきた。

自分の人生と行動には、自分が責任をとらねばならない

 

これを自分に言い聞かせるために、こうして書いている。

 

                      P280「伯母が何をしたか、何を言ったか、どう思ったかとは関係なく、

                                 自分の人生と行動には、自分が責任をとらねばならないという事を、

                                 彼はちゃんと理解できるようになった。」

 

著者はトラウマを負った人々の治療を専門にする心理療法士。

上記の伯母は解離性同一性障害で、甥を愛したかと思えば、

別の人格に変化して甥を虐待し、そのことを覚えていない。

 

                P286「被害者としてのアイデンティティを持ち続けることは、

                         そのトラウマから回復する障害となる。

                         自分の悲しみは永遠に外からやってくると思ってしまうからだ。」

 

「回復しようとする人は、自身が被害者であることの自覚に耐えねばならず、

                         そして、そこから自力で抜け出さねばならないのだ」

 

ああ、重い。

自己憐憫に陥り、X JAPANを聴いて泣き続けた。

あの3年間(転職期)がトラウマだ。

私は逃げ続けている。

 

           P303「トラウマから抜け出すには、断片的な記憶を再加工し、

                      意識的な記憶に統合することが大切だ。

自分の人生で本当は何が起こったかを、できるだけはっきりと客観的に知る」

 

          P307「真の解決策は、安全な場所を見つけて発見し、思い出すことだ。

                     記憶から逃げることでは決して解決しないし、誰かを責めても解決しない」

 

夫を責めても解決しない。

客観的に知る。そのために、書いている。

 

P22「私たちは死を選ぶのでも、生きることを選ぶのでもなく、ただ生き延びている。

                     トラウマを負った人々から、ただ生き延びようとするだけでは価値がないと、

                     一度ならず聞かされてきた。

                     ふつうの人よりも自由な人生を独力で作り上げることによって

                     治療を成功させることが多いという皮肉な事実。

                     そうした人々は確固たる信念を持つ人間となり、情熱的に生きるようになる」

 

           P166「目標は、簡単に言えば、今をしっかり生きられるようになることだ」

 

            P308「私たちはトラウマの記憶に打ち勝ち、真に生きることを学べるのだろうか?」

 

子どものころから、自分は何故生きているのか、考え続けてきた。

今年で48才。振り返れば、何だかいろいろなものから逃げ続けている。

夫のモラハラを理由に、この先も逃げ続ける事を自分に許すのか、

逃げ道を残しておきたいが、ここから先は、自分の問題か。

 

P289「多重人格者の人生をコントロールしようとしてはいけない。

                                               自分の事は自分で決めなければならないのだから」

 

夫が多重人格かはわからない。

多かれ少なかれ、私も色んな顔を持つ。

 

          「身近な人が突然、怒りっぽく乱暴になったら、とりあえずそばを離れよう」

「私がいつも話してる人はどこかに行っちゃったみたいだわ。戻ってきたら話したいな」

 

夫がブルドーザー淳ちゃんの時はできるかぎり離れる。

子どもにも「触らぬ神に祟りなし」と言って、離れさせる。

私がイライラしている時は、「今イライラしてるから」と言って、自分から離れる。

   「基本定義 サディスト=他人に対して優越することを求める非常に競争心の強い人々」

 

       P15「彼らは他人とのやり取りの間でも、ずっと「どちらが勝つか」を考え続け、

           「勝とう」として相手を理屈でやりこめようとしたり、

            皮肉を言ったり、様々な手段を行使する」

 

       P16「単に「自分の意見を押し通す」などの域を超え、

           「相手を傷つける」こと自体を目的にした、非常に攻撃的なものとなる。

            当てこすりや皮肉のような、明白な攻撃と判別できない遠回しのものから、

露骨な避難のようなあからさまな攻撃まで、色々なレベルの攻撃が行われる」

 

夫は他罰的、私は自罰的。

夫の他罰傾向が、あの転職期に「傷つける」ことを目的とした

非常に攻撃的な経済制裁になった。

 

夫は猛進してきた研究者になれず、深く傷つき、

自分を破壊するか、他人を破壊するか、

自分に向ける内面はぽっかり空洞だから、

その痛みは外へ向けるしかない。

 

アスペルガー2次障害、と私が推論するのは、

「マンガでわかるアスペルガー症候群&カサンドラ愛情剥奪症候群」

カサンドラ妻の体験記 心の傷からの回復」(西城 サラヨ著)

で、著者の元夫がおこした2次障害の状態と似ていたからだ。

 

家庭の中で、目の前で、身近な人が起こす行動が異常でも、

それを異常と認識できるまでには時間がかかる。

日常生活の中で言葉は流れ、感情も流れ、うやむやに過ごしてしまう。

よっぽど痛い思いをしないと、問題として認識しずらい。

家庭にはブラックボックスのような暗闇がある。

何となく夫はおかしいと思っていたが、この本で夫の異常さに気がついた。

日常を綴る体験談には、無意識の現象を客観視させてくれる力がある。

 

           P17「相手が受ける苦痛に対して喜びこそすれ、

                後悔するような感情がほとんど見られない。

                せいぜい「ざまあみろ」「思い知ったか」などと考えている。

                彼らは「意地悪な人」なのだ。

                この「意地悪な人」という現象こそ、

日常生活で周囲の人間を苦しめるもっともありふれたかたちであろう。」

 

「ざまあみろ」

何度、聞いたことか。

私にはその感覚があまりない。

意地悪されて、こちらがどんなに嫌だったか、

話せばわかってくれると思い、訴え続けたが、無意味だった。

 

   P64「投影=自分がそうでなく、相手がその傾向を持つと考えて

             葛藤を回避する心理的操作。

自らの攻撃的行動をやむをえない正当防衛と位置づけ、罪悪感を感じずにすます。

        自らの攻撃性を正当化し、「攻撃された」と被害者化する」

 

夫「Hirokoは働くと言ったのに働かず嘘をついた。嘘をついて謝らなかった」

(息子のアレルギーで心身ともに働ける状態でないと何度も言ったのだが…)

 

夫「Hirokoが謝らなかったからサディスティックに責めた時はある。

   Hirokoが謝っていたらああはならなかった。」

 

休日、買い物から重たい荷物を運んで帰ってきても、

夫と子どもはテレビを見続けているので、手伝ってほしいと言った。

  「お母さんは機嫌が悪くて、みんなが手伝わないともっと機嫌が悪くなって

    夕飯作ってくれないんだって。」

と、悪意を込めて、意地悪に子ども達に言うので、

  「お母さんが大変だから、疲れているからみんなで手伝おうで良いのでは?

    言い方がとても意地悪だ」

  「そうだよね。オレもからかいたくなっちゃうんだよね。」

 

私 「(アスペルガーを)自覚してほしいのだ。」

夫 「あんなエセ科学(私がカウンセリングに通う心理学)は信じない。

   Hirokoは変な宗教にはまってオレから飽きられようとしている。」

私 「あの3年間(転職期)をお互いさまにはできない。モラルハラスメントがあった。」

夫 「Hirokoもオレにモラルハラスメントをした。じゃあ自分がしたことは何なのだ。」 

私 「モラルハラスメント、精神的いじめがあった。サディスティックに追い詰めた。」

夫 「Hirokoもオレに対して悪かったと思ってないんだろ?

確かにモラルハラスメントはあったよ。それは事実だよ。」

私 「それで悪かったとは思わないでしょ?それが苦しい…。」

 

スマホでX JAPANを聞きながら夕食を作り、夫がうるさいと言う。

私 「いつも子ども達が勉強している時は消すけど、みんな好きな事をやってるじゃん」

夫 「オレはその音楽を聴きたくない。こういうのを環境ハラスメントというのだ。

    そのスマホは電話をするものであって音楽を聴く為ではない。

    オレがスマホを買ってやったんだから、そのスマホで音楽を聞くな。」

私 「私はテレビをあまり見たくないから、みんなが見る時は2階へ行く。

    でも、テレビを見たい気持ちはわかるよ。淳ちゃんも聞きたくないなら2階へ行けば?」

夫 「オレは音楽を聴く気持ちがわからない。」

私 「本当に、淳ちゃんはアスペルガー傾向があるよね。気持ちが分からない。」

夫 「Hirokoに共感する価値がないから共感しないのだ。愛や尊敬や共感するに値しない。」

私 「共感というのは、したいと思って共感するのではなく、してしまうもの、

    普通は逃れられないんだよ」

 

      P72「他人を傷つけるような言動をおこなっても、

           後悔したり罪悪感を感じたりという抑鬱的な感情を体験することはまずない。」

 

       P81「どうすれば相手をより効果的に深く傷つけられるか、

            どの様な皮肉が相手にグサッとくるか、

            他人を傷つけるテクニックに関しては非常に巧妙だ」

 

           「言葉を用いた暴力が一旦始まると、限度なく、

            相手を再起不能なまでにぶちのめしたり、

            二度と反抗する気持ちが起こらないほどの恐怖感を与える方法をとる」

 

ブルドーザー淳ちゃん(モラハラ・原理原則系)は、まさしくそうだ。

 

  P72「彼らは他者を困らせたり傷つけたりできたこと自体を、自らの優越性の証と考える」

 

転職期の3年間、プライドを保つため、優越性を感じるため、

逆に言えば、常勤になれない劣等感から逃れるため、

論破という、言葉の暴力で私をぶちのめし、狂っていた。

でも、夫にとっては正しい事をしただけ、というこのギャップ。

このギャップが苦しいのだ。

夫が私のこの苦しみを理解することは、一生ない。

諦めるしか、ないのか…。

 

      P61「攻撃的な人が好きな言葉は「ノー」です」

 

私「これ食べる?」

夫「いらない」

 

私「ピアノのコンサートに行くけど、淳ちゃんも行く?」

夫「行かない」

私「職場で飲みに行かないか誘ってもらって、「行かない」と言うの?」

夫「行かないと言われても別に何とも思わない。結果は同じだからそう言う」

私 「ちょっと…」とか、「用事があって…」とか、ぼやかして言わないの?

    せめて、「行かない」とバッサリ切るのでなく、

    「どうしようかな」ぐらいに言ってもらいたい。もう誘いたくなくなる」

夫「一般的にではなく、Hirokoが嫌だという事だけだね」

私「えっ?」

統計を取らなければならないのか…!

 

娘がみんなでウノをしようと言うと、

夫「やらない」

私「せっかく誘ってくれているんだから、1回ぐらいやろうよ」

夫「オレはやりたくない」

 

心を挫かれる。もう、話したくない。

条件反射のように「いらない」「行かない」「やらない」を言う。

 

                P65「攻撃や罵倒にさらされる状況に身を置いた場合、

通常人は防御に努めるか、同じように攻撃的な言葉で応酬する」

 

泣いて、怒って、本当に疲れた…。