「基本定義 サディスト=他人に対して優越することを求める非常に競争心の強い人々」
P15「彼らは他人とのやり取りの間でも、ずっと「どちらが勝つか」を考え続け、
「勝とう」として相手を理屈でやりこめようとしたり、
皮肉を言ったり、様々な手段を行使する」
P16「単に「自分の意見を押し通す」などの域を超え、
「相手を傷つける」こと自体を目的にした、非常に攻撃的なものとなる。
当てこすりや皮肉のような、明白な攻撃と判別できない遠回しのものから、
露骨な避難のようなあからさまな攻撃まで、色々なレベルの攻撃が行われる」
夫は他罰的、私は自罰的。
夫の他罰傾向が、あの転職期に「傷つける」ことを目的とした
非常に攻撃的な経済制裁になった。
夫は猛進してきた研究者になれず、深く傷つき、
自分を破壊するか、他人を破壊するか、
自分に向ける内面はぽっかり空洞だから、
その痛みは外へ向けるしかない。
アスペルガー2次障害、と私が推論するのは、
「マンガでわかるアスペルガー症候群&カサンドラ愛情剥奪症候群」
「カサンドラ妻の体験記 ‐心の傷からの回復」(西城 サラヨ著)
で、著者の元夫がおこした2次障害の状態と似ていたからだ。
家庭の中で、目の前で、身近な人が起こす行動が異常でも、
それを異常と認識できるまでには時間がかかる。
日常生活の中で言葉は流れ、感情も流れ、うやむやに過ごしてしまう。
よっぽど痛い思いをしないと、問題として認識しずらい。
家庭にはブラックボックスのような暗闇がある。
何となく夫はおかしいと思っていたが、この本で夫の異常さに気がついた。
日常を綴る体験談には、無意識の現象を客観視させてくれる力がある。
P17「相手が受ける苦痛に対して喜びこそすれ、
後悔するような感情がほとんど見られない。
せいぜい「ざまあみろ」「思い知ったか」などと考えている。
彼らは「意地悪な人」なのだ。
この「意地悪な人」という現象こそ、
日常生活で周囲の人間を苦しめるもっともありふれたかたちであろう。」
「ざまあみろ」
何度、聞いたことか。
私にはその感覚があまりない。
意地悪されて、こちらがどんなに嫌だったか、
話せばわかってくれると思い、訴え続けたが、無意味だった。
P64「投影=自分がそうでなく、相手がその傾向を持つと考えて
葛藤を回避する心理的操作。
自らの攻撃的行動をやむをえない正当防衛と位置づけ、罪悪感を感じずにすます。
自らの攻撃性を正当化し、「攻撃された」と被害者化する」
夫「Hirokoは働くと言ったのに働かず嘘をついた。嘘をついて謝らなかった」
(息子のアレルギーで心身ともに働ける状態でないと何度も言ったのだが…)
夫「Hirokoが謝らなかったからサディスティックに責めた時はある。
Hirokoが謝っていたらああはならなかった。」
休日、買い物から重たい荷物を運んで帰ってきても、
夫と子どもはテレビを見続けているので、手伝ってほしいと言った。
夫 「お母さんは機嫌が悪くて、みんなが手伝わないともっと機嫌が悪くなって
夕飯作ってくれないんだって。」
と、悪意を込めて、意地悪に子ども達に言うので、
私 「お母さんが大変だから、疲れているからみんなで手伝おうで良いのでは?
言い方がとても意地悪だ」
夫 「そうだよね。オレもからかいたくなっちゃうんだよね。」
私 「(アスペルガーを)自覚してほしいのだ。」
夫 「あんなエセ科学(私がカウンセリングに通う心理学)は信じない。
Hirokoは変な宗教にはまってオレから飽きられようとしている。」
私 「あの3年間(転職期)をお互いさまにはできない。モラルハラスメントがあった。」
夫 「Hirokoもオレにモラルハラスメントをした。じゃあ自分がしたことは何なのだ。」
私 「モラルハラスメント、精神的いじめがあった。サディスティックに追い詰めた。」
夫 「Hirokoもオレに対して悪かったと思ってないんだろ?
確かにモラルハラスメントはあったよ。それは事実だよ。」
私 「それで悪かったとは思わないでしょ?それが苦しい…。」
スマホでX JAPANを聞きながら夕食を作り、夫がうるさいと言う。
私 「いつも子ども達が勉強している時は消すけど、みんな好きな事をやってるじゃん」
夫 「オレはその音楽を聴きたくない。こういうのを環境ハラスメントというのだ。
そのスマホは電話をするものであって音楽を聴く為ではない。
オレがスマホを買ってやったんだから、そのスマホで音楽を聞くな。」
私 「私はテレビをあまり見たくないから、みんなが見る時は2階へ行く。
でも、テレビを見たい気持ちはわかるよ。淳ちゃんも聞きたくないなら2階へ行けば?」
夫 「オレは音楽を聴く気持ちがわからない。」
私 「本当に、淳ちゃんはアスペルガー傾向があるよね。気持ちが分からない。」
夫 「Hirokoに共感する価値がないから共感しないのだ。愛や尊敬や共感するに値しない。」
私 「共感というのは、したいと思って共感するのではなく、してしまうもの、
普通は逃れられないんだよ」
P72「他人を傷つけるような言動をおこなっても、
後悔したり罪悪感を感じたりという抑鬱的な感情を体験することはまずない。」
P81「どうすれば相手をより効果的に深く傷つけられるか、
どの様な皮肉が相手にグサッとくるか、
他人を傷つけるテクニックに関しては非常に巧妙だ」
「言葉を用いた暴力が一旦始まると、限度なく、
相手を再起不能なまでにぶちのめしたり、
二度と反抗する気持ちが起こらないほどの恐怖感を与える方法をとる」
ブルドーザー淳ちゃん(モラハラ・原理原則系)は、まさしくそうだ。
P72「彼らは他者を困らせたり傷つけたりできたこと自体を、自らの優越性の証と考える」
転職期の3年間、プライドを保つため、優越性を感じるため、
逆に言えば、常勤になれない劣等感から逃れるため、
論破という、言葉の暴力で私をぶちのめし、狂っていた。
でも、夫にとっては正しい事をしただけ、というこのギャップ。
このギャップが苦しいのだ。
夫が私のこの苦しみを理解することは、一生ない。
諦めるしか、ないのか…。