黒豹みたいなゾウ -43ページ目

ひとりの“大切”が





みんなの大切とは限らないよね。




価値観ってむずかしい。




たとえば、高校野球をしてる人が
みんな甲子園を目指すわけじゃない


あひるの空でも言ってたよ。
インターハイが誰にとっても
同じだと思うなって。
そういう意識の違いが
チームを乱すんだって。



それでも、
わかっていたって
自分の目指すものを
軽くみられたらムカつくし
応援だってしてほしくなる


利己的な人間だから。
人は誰だって自分が一番だもん


もちろん、自分以上に
大事なものがある瞬間もあると思う


でも結局、人生の中では
どうしたって自分が一番なときのが
圧倒的に多いんだ



それなのに世界の仕組みは
変わらずにうまく進むんだから
世界ってすごい。
誰もが利己的なはずなのに、
うまく組み合わさってんなあって思う





そういえば、話は変わるけど
クリスチャンの友達が言ってたこと。


ビッグバンがたまたまおこって、
たまたま地球ができて、
たまたま太陽との距離が適切で、
たまたま大気もあって、
水も液体のまま存在していて、
たまたま、ほんとうに偶然
生物が住める環境にあって、
そうして進化を遂げる内に
人間が生まれた。
こんなすごいことを偶然の一言で
済ませるよりも、
神様って存在がすべてやってくれたって
思ったほうがよっぽどロマンチックで
おもしろいじゃん。



この言葉をきいた小学生の私は
何故かばかみたいに納得して、
結局クリスチャンになりました。

いまではもう信仰も薄いから
終末の日には
助からないでしょうけど。



でも、そんなふうに
偶然できた地球のちっちゃな国の
またまたちっちゃな地域に
偶然あつまっただけなのに、
仲良くなったり
好きになったり
嫌いになったり
傷ついたり、、
神様がみていたら笑っていることでしょう


結局うちらはまだまだガキで
いろんなものを気にしすぎてるのかね

もっと広い目でみれば
些細なことだと笑えるのかな





最低限をつくる





きょう考えたこと。



人間というのは、少なからず群れて生活する生き物です。そしてその中で、人間は知らず知らずの内に順番を決めていくんだそうで。

命の危機を感じたとき、一番に助ける人

悩みを一番に相談する人

気兼ねなく、買い物に誘える人

どのような順番だったかは定かでありませんが、人は順番を決めてその中でコミュニケーションを取りながら生活しています。



そしてその中に、必ず負の順番を請け負う人がいるのだそうです。
他の誰よりなぜか嫌い、苦手、
そんな人への不満や愚痴は他のたくさんのストレスを変換する力があるのです。


誰かへの愚痴は他の何かへの苛立ち。


あの子に対するもやもやも、きっと他のストレスが混ざっているでしょう。



もっともっと、大人になりたいものですね。




これからの、、




正義の話をします。
久しぶりの更新の上、3回目の話題ですが。

ていうか今回はアウトプット的な役割を持たせようかと。一応読み終わったしねー(´_`)
ふつうのハードカバーなら長くても2時間あれば読み終える私が休み休みとは言え約1ヶ月かかるなんて、、甘く見ていた、正義の話。

少しずつアウトプットしていこうと思うけど、今日はアリストテレスの話でも。


アリストテレスの正義論の始まりは、万物にはそのモノとモノを分配されるヒトがあり、その分配方法はモノのテロス(目的)により変化するということが書かれている。
ここでの例は笛があげられていて、笛をみんなに配るとき、最も良い笛は最も笛を吹くのがうまい人に与えられるべきだというもの。集まった人の中で最も金持ちの人でも、徳の高い人でも、家柄が良い人でもなく、最も笛を吹くのがうまい人だ。その理由は、笛が存在する目的はより良い音楽を生み出すためであり、それを遂行する確率が最も高いのは笛を吹くのがうまい人だからだ、というものだ。
これは、回りくどく言っているが、私たちにもわかりやすくのみこみやすい意見だ。

そして、アリストテレスの政治論へと続く。彼は、人間は政治に関与しなければ決して善い人格を形成することはできないとしている。都市国家の目的は善い人格形成のためであり、人々は政治に参加しなければならないとあるのだ。
ここからが私の気に入った部分なのだが、その理由としてアリストテレスはこうあげている。
人間は、正しいことと間違ったこと、良いことと悪いことを議論する中でしか人間である価値を見いだすことは出来ず、その議論無くして善い人格はうまれない、と。

私や誰かさんがだいすきな、議論だ!

人間は議論しなければ人格が形成されないし、善悪の判断もつかず、言語能力も上がらない。アリストテレスはそう言っているのだ!まさに私の求める考え方と言っていいだろう!

そう!人間というのはやはり人との対話によって人格がつくられるし、言語能力が上がっていくものなのだ。



なんか熱くなりそうだから、中途半端だけんここでおーわろ。