こんにちは😃
今日から春のお彼岸ですね✨
わたしは20日は娘のダンス発表会があるのでお墓参りができないので、四国の古代ミステリーを書いていきます✨
さて、四国には金刀比羅宮と石鎚山という二大霊山があり、どちらも大和朝廷の祭祀管理から長く独立しております。
四国遍路の八十八ケ所巡礼を空海さんが開いたのは9世紀なのですが、金刀比羅宮はもっと前からすでにご鎮座されており、なんと四国のすべての道は金刀比羅宮に通じているのです😅
高松城から続く高松街道、
丸亀港から続く丸亀街道、
多度津港から続く多度津街道、
愛媛と高知に続く伊予・土佐街道、
徳島に続く阿波街道、
なんとすべての道が金刀比羅宮から放射状に伸びているのです😅
これをこんぴら五街道というのですが、東に行けば徳島に行きつき、西に行けば愛媛に行けるというめっちゃわかりやすい道なのですよー😆✨✨
この金刀比羅宮の最大のミステリーは😅
山にあるのに、海の神さまを祀っているところと、
出雲の神々を祀っているところですね😅
祭神は出雲系とされる大物主(オオモノヌシ)なのですが、中国地方や四国の本拠地として、この地を選んだのです。
よって、摂社にはスサノオや稲田姫、大国主さまや事代主、そしてアジスキタカヒコネといった、出雲系の神々がずらりと祀られております。
出雲系の神さまは、四国にやってきていた、のですね😆✨
こんぴら船々
追手に帆かけて
シュラシュシュシュ♪
四国と和歌山は南海道なのですが、
四国には大断層の中央構造線が走っているので、
断層なあいだに雨水がたまり、渓流が多くありまして、
大和(奈良県)に出る時に、四国を通ったほうが便利なんです😅←言い方
現代でもそうなのです😅💦
つまり、四国〜淡路島〜畿内に抜けるルートがあったのです。
鳴門の渦潮🌀というのが、天然ポンプの役割を果たしてくれるのですよ。
だから、大和を侵掠するための最初の上陸地点が、淡路島なのです。
阿波への道、だから淡路島なのですね。
※伊奘諾神宮⛩️
すなわち、こんぴらさんというのは、古代海人族の瀬戸内海の海上信仰がもとになるのです😅
その、船乗りが目印にしたのが、金刀比羅宮のご神体である象頭山(ぞうずさん)なのです。
こんぴらさんというのは、その象頭山一帯に建てられているので、それを巡礼する、というのが、
「一生に一度はこんぴら参り」の起源なのですね。
こんぴらさんは何がすごいのかというと、ここから神仏習合を経て金比羅大権現になり、そこからまた明治時代からオオモノヌシに回帰をしているところですね😅
なぜに南海道の海人族が象頭山を信仰していたのかというと、山の形がとてもユニークだったからです😅
讃岐平野はおにぎり山がたくさんあるのですが🍙
あのなだらかな山が楽器の琴にも見えたので、金刀比羅宮は、琴平神社と呼ばれていたのです。
ちなみに今も地域名になっております😅
そして、古代の船は大きな巨木を用いて作ります。
だから、神の宿ったまっすぐ伸びる大きな木を信仰していたのですね。
※大山祇神社⛩️
大三島にある大山祇神社がなぜ木の神であり、海の神であるから、崇拝していたのが海人族だったから、なのです。
その古代海人族こそ、
水軍のルーツとなります。
つまり、海上自衛隊と保安庁のルーツこそ、南海道の古代海人族なのですね。
瀬戸内海には強い水軍がいて、それこそが南海道の王者となったのですね。
瀬戸内海を制するものは、日本を制する。
その水軍の中から、瀬戸内海の島々への通行料を取っていたのが、瀬戸内海の海賊だったのですね😅
そんな海人族が全国にわたっていき、各地の寄港地でこんぴら信仰は広まっていったのです。
つまり、海人族の聖地も、山と森だったのです✨✨
なお、象頭山を開いたのは、なんと修験道の祖である役小角(えんのおづぬ)ですが、
最大のミステリーは、
この象頭山の山脈のふもとで、
空海さんが生まれているということですね😅
ということで、四国最大のミステリーは、やはり「縄文時代からの信仰されていた特別な山脈のふもとが、四国のスーパーヒーロー弘法大師空海の出生地である」
ことでしょうか😅
ということで、金刀比羅宮と善通寺がなぜか近いので、コラボ御朱印もたまにやっているよ❗️
というお話でした😅