【静岡県知事選】圧勝した川勝知事の心はトリウム原発?県民投票どころか原発推進知事との見方も
16日に投開票された静岡県知事選挙は、現職の川勝平太氏が108万を超える得票で広瀬一郎氏の34万票に大差をつけて圧勝。再選を果たした。大手メディアはこぞって「浜岡原発再稼働の是非をめぐる住民投票へ」「遠のいた再稼働」「自民党候補の敗北」と書き立てたが、果たして本当にそうなのか。昨年、18万近い署名を集めながら県議会で県民投票の実施を否決された「原発 県民投票・静岡」の関係者に、知事選と今後の浜岡原発について語ってもらった。一見、県民投票や浜岡原発廃炉に前向きな川勝知事こそ、自民党本流の原発推進派という別の顔が見えてきた。
【どちらが当選しても否定される18万超の署名】
「共産では死に票になってしまう。だが、川勝氏も広瀬氏も甲乙つけ難かった」
県民投票の実現に向けて中心的に取り組んできた静岡市葵区の男性(65)は結局、投票を棄権した。多くのメディアが川勝知事を「県民投票に前向き」と表現するが、「『民意を問う必要がある』とは言っているが、『県民投票を実施する』とは言っていない」と否定的だ。一方の広瀬氏も、浜岡原発の活断層調査を公約に掲げているものの、再稼働の是非について県民の意思を問うことはきっぱりと否定している。「どちらが我々に近いとは言えない選挙だった。仮に川勝知事が自ら県民投票条例案の提出を公約に掲げていたとしても、それは自民党が反対することを見越してのことだろうから信用できない」と苦渋の表情で振り返った。
同市清水区の女性(50)は「県民の思いを踏みにじられたというショックが強い」と、昨年10月の県議会で県民投票条例案が否決されるまでの川勝知事の振る舞いを批判する。署名運動中には、福島から孫を静岡に避難させている女性から「ありがとう」と頭を下げられたという。知事は昨年、県民投票には賛意を示しながら、条文の不備や共同代表への個人攻撃に終始した。それでも川勝氏に票を投じた。
「広瀬氏は『再稼働の是非を12月にも判断する』と言っていたが、その前に大地震が起きたらどうするのか。知事に就任してから浜岡原発の勉強をされても困る。公開討論会での発言もまとまっておらず、この人に県政を任せるのは心配と思った」。
吉田町の女性(47)は、隣接する島田市が震災がれき処理を受け入れた際、大井川河川敷に設けられた最終処分場は下流にある吉田町の問題でもあると受け入れに反対した。「当時の細野豪志氏(民主党)との手の組み方に大きな不信感を抱いた。川勝知事には当選して欲しくなかった」と共産・島津氏に投じた。判断材料は浜岡原発とTPPだった。「どちらも国策。それらに否定的な候補が票を伸ばせば、来月の参院選に立候補する政治家も身が引き締まるだろうと考えたんです」。
18万を超える署名が集まったが、県議会は浜岡
原発再稼働の是非をめぐる県民投票の実施には
ノーを突きつけた。川勝知事は実施に賛意は示す
ものの具体的な講堂には至っていない
=2012.10.11撮影
【浜岡原発を廃炉にしてトリウム原発?】
開票結果を受けて、大手メディアは「民主党系」の現職・川勝氏が、「自民党系」広瀬氏を大差で破ったという構図で報じた。川勝知事が再選されたことで浜岡原発の再稼働が遠のくとも。しかし、実際は違うとの見方もある。
川勝知事は、「静岡県防災・原子力学術会議」を設置しているが、その顧問に迎えているのが、原発推進派と言われる有馬朗人元文部相だ。自身も第一次安倍内閣が2006年に設置した「教育再生会議」の委員を務めるなど自民党に近いとされ、今回の選挙戦も実際には自民党は川勝知事を支援したとの見方もある。知事選に何度もかかわってきた男性は「本当に自民党が広瀬氏を支援していたら、ここまで大差はつかない。結局は自民が勝ち馬に乗った相乗り選挙だった」と分析する。川勝知事を民主党系の知事だという見方は誤りだというわけだ。
また、知事は「トリウム原発」の研究推進に積極的。昨年1月の定例会見では、記者たちに解説用の冊子を配るほどの入れ込みようだ。
トリウム原発は、ウランの代わりにトリウムを核反応させて核燃料にする。川勝知事のような推進派は「トリウムはウランより安全性が高く、より効率的に発電できる」としているが、一方でトリウム232は、国際がん研究機関(IARC) が「ヒトに対して発ガン性がある」と位置付ける危険な放射性物質。外部被曝よりも内部被曝の危険性が高いとも言われており、県民投票の関係者らも「結局は、原発という意味では何も危険性は変わらない」と警戒感を強めている。「中電に、浜岡原発を廃炉にする代わりに県がトリウム実験炉の建設に金を出す、と勧めているのではないか」
安倍総理の書が張り出された広瀬一郎候補の選
挙事務所。しかし、実際には自民党は川勝知事
を支援したとの見方もある
【浜岡原発について県民が考える機会を】
「県民投票は終われない。中身の議論をしてもらえず、入り口論で片付けられてしまった。このまま風化してしまうなんてあり得ない。しかし、川勝知事は超党派の県議の勉強会に丸投げするばかり。決して県民投票に賛成しているわけではない」と、現在はワークショップルームの代表を務める僧侶・成澤聰さんは語気を強める。「トリウムでごまかして、結局は浜岡原発を続けたいのだろう」。
一方で、住民投票という形式にはこだわらないという。
「知事ははぐらかすばかり。本当は自民党会派から条例案を提出してもらうのが一番良いと思う。それに向けたロビー活動は継続するが、最大の目的は多くの県民が浜岡原発について考える機会をつくること。どうしても県議会の多数が県民投票を否定するのなら、投票にはこだわらない。第一、何度署名活動をし、どれだけの署名が集まったとしても、同じ構成の県議会、同じ知事では何も変わらない。川勝知事には、これまで何度も裏切られてきた」
静岡市駿河区の女性は、県の学術会議の議事録を隈なく読み、一つの結論に達した。
「現行の浜岡原発もトリウム原発も、結局は同じ。まずは活断層調査をするべきだ」
再稼働のめどが立たない浜岡原発。その是非に
県民の意思は反映されるのか=御前崎市佐倉
(了)
「子どもを第一に」と品川市長が所信表明。早急に被曝回避策を打ち出せ~郡山市
品川市政が船出した。郡山市の品川万里市長は13日、市議会本会議で所信表明演説をし、「郡山市はいまだ異常事態」として「子どもたちの健康を第一に考える」と今後の施政方針を語った。全体的に新鮮味に欠けた内容だったが「議会対策」とも。除染だけでなく保養や放射線量の〝見える化〟など、早急に取り組むべき施策を今後、打ち出していくという。ぜひ打ち上げ花火に終わらず、子どもたちの被曝回避に取り組んでほしい
【「郡山市はいまだ、異常事態」と明言】
新鮮味はなかった。
原発事故以来、郡山市政を担ってきた原正夫前市長と同様、「除染の拡充」「観光客の誘致」「子育て世代が安心して定住できる環境づくり」を次々と表明した。
「子どもを第一に、中心に考えて姿勢を進めて行く」「子どもたちの健康を第一に考える」と強調するが、子どもたちの避難や保養に関する言及は無し。「効果的な除染を進める」「小中学校の外周部の除染を行う」「通学路を優先に道路除染を進めていく」と語るにとどまった。日赤から立位式の測定器を寄贈されたとして「4歳未満の内部被曝検査も近く始める」とも話した。「子どもたちの体力や運動能力が低下している」としたうえで「市内の民間プールを子どもたちに提供する」と語った。被曝対策を進めるため「原子力災害対策直轄室」を外部被曝担当、内部被曝担当に再編したことも強調した。
唯一、光った言葉が次の言葉だ。
「郡山市はいまだ、異常事態だ」
福島第一原発事故から2年3カ月が経過した今なお、郡山市内には深刻な汚染が存在し、子どもたちの被曝の危険性があることを行政の長として認めた形だ。前任の原正夫市政では「もはや危険ではない」と安全・安心啓発に尽力していただけに、公の場で現在の郡山市が「異常事態」と明言したことは評価できる。子どもたちの被曝回避は、汚染や被曝の存在を認めなければ始まらない。
当選後、最初の市議会に臨んだ品川まさと郡山
市長。所信表明演説は新鮮味を欠いたが唯一、
光ったのが「郡山市はいまだ異常事態」。汚染の
存在を認めて子どもたちの被曝回避に取り組ん
でほしい
【「保養休暇を認める方針を」と女性市議】
「子どもを一番に、と言ってくれたのは良かった。女性職員を積極的に登用するなど『女性と子どもが輝く街づくり』を示したのはいいと思う」。閉会後、女性市議の一人はそう振り返った。「現状を『異常事態』と言い切ったのも評価したい。でも、あくまで施策の大枠の大枠しか語っていない。あまり今までと変わらないようにも思える。せめて一つだけでも、品川さんらしさを示すような、目玉となるような施策を具体的に語って欲しかった」。
品川市長は、除染を進めて「子育て世代が安心して定住できる環境を整える」と強調した。しかし、この女性市議は「年間被曝線量が1mSVを超えるような空間線量になったら保養休暇を認めるような方針を打ち出さないと、本当に安心しては暮らせない」と反論する。「今の郡山で、年1mSV以内の被曝線量は現実的には無理だ。だからこそ、避難や保養に関する具体的な施策が必要なのです」。
この女性市議は現在、「郡山市民の初期被曝が無きものにされている」として、当時の実際の放射線量を改めて調べている。「その後の低減した放射線量でばかり影響が語られるが、あの時、本当はどれほど被曝したのか。『ただちに影響ない』などと喧伝される中で、本当に子どもたちの身体に影響がない程度の被曝だったのか。はっきりさせたいのです」。来週の一般質問では、その点も含めて品川市長の考えを質すという。
郡山市役所前のバス通りは依然として0.6μSV超。
市内に点在する危険の〝見える化〟と除染を早急
に行う必要がある=郡山市朝日
【まずは高線量の〝見える化〟から】
品川市長は、最後まで子どもたちの避難や保養には触れなかった。なぜか。閉会後、傍聴に訪れた支持者らを見送る品川市長に直接、真意を質した。
「今日は補正予算の提案理由がメインの本会議。それに、議会にはいろいろな考え方の議員がいる。『まったく危険でない。大丈夫』という人もいるのだから、いきなりその話を切り出すと対立してしまってやりたいことができなくなってしまう。ちゃんと考えています。これから少しずつ出して行きますよ」
先日、品川市長は市民に同行し、開成山公園の放射線量を測定して歩いた。大規模な除染が行われたにもかかわらず、依然として1.0μSVを超すホットスポットが点在する実態を目の当たりにした。今すぐ立ち入り禁止にするべきという私の言葉には賛同しなかったが、「開成山は確かに高かった。まずは線量の高さを明示して、危険の存在を子どもたちにも分かるようにしたい」と〝見える化〟は約束した。「子どもたちが近づかないようにすることは、すぐにできる」。
また、市内でも放射線量の低い湖南地区に関しても「移動教室どころではない規模の取り組みを考えている。市教委など関連部署には検討を始めさせている」とも。避難の動きが頭打ちになっている中で、子どもたちが等しく参加できる行政の保養プログラムこど必要だ。
所信表明のなかで、「市民の声が速やかに市政に反映されるよう取り組む」とスピードアップも明言した品川市長。ぜひ、子どもたちの被曝回避も早急に取り組んでほしい。
郡山市内でも放射線量の低い湖南地区。湖南行
政センターのモニタリングポストは約0.06μSV。
子どもたちの保養や移動教室に活用するべきだ
(2013.05.07撮影)
(了)
【27カ月目の福島はいま】盛大な六魂祭の陰で被曝が続く福島市
「六魂祭には25万を超す人が訪れた」。瀬戸孝則福島市長は市議会で胸を張った。だが、その陰で、福島市内には依然として高濃度に汚染された地点が数多く存在する。汚染の度合いが計り知れない阿武隈川を軸に、放射線量の高い岡部地区を歩いた。復興はもちろん大切だ。だが、復興と被曝回避は両輪でなければならない。子どもたちの被曝の危険は確実に存在する。
【放射線量が激減した町内会の測定に疑問】
福島原発から西北西に約62km。阿武隈川からほど近い福島市大旦地区は、依然として手元の線量計が0.4-0.5μSV。ごみ袋に詰め込まれた落ち葉は1.3μSVを超す汚染が続いている。
「国会議員にはここに住んで欲しいね。分刻みのスケジュールで〝視察〟したって、実体が分かるわけがない」。近くに住む70代の男性は、怒りを込めて話した。「ちょこっと来て、話を聴いて、野菜を食べて帰る。こそうでなくて、こに住めば線量の高さを実感できるべ」。
町内会で月一回、放射線量を測定。結果が回覧板でまわってくる。まだ除染も行われていないのに、ある時期を境に突然、数値が激減したという。
「低い個所を選んで測っているんじゃないかね?だいたい、出えくる数値も場所が明記されていない。なり手が無いなかで町内会の役員をやってもらているから、あまり強くは言えないけれど、役所に押さえつけられているのかと思いたくなるよね…。私の家は、きちんと測ってもらったら0.7μSVあったよ。それなのに周知される数値が0.2-0.3μSVじゃ測る意味が無いよね。高い数値を出したくないんかな」
不満は尽きない。いずれ宅地除染が行われると言っても敷地内に仮置きしなければならない。少なくなったとはいえ子どもがいるのに通学路は除染されない…。最後に男性は、苦笑しながら言った。
「桜の木も汚染されているから切ってくれと町内会の役員に頼んだんだ。そうしたら何て言ったと思う?『花見ができなくなるから、それはできねえ』ってよ。花見のために汚染を放置するのかね…」
放射線量が低減していない福島市岡部地区。阿
武隈川のサイクリングロードは0.7μSV、売りに
出されている更地も0.5μSV。数値の明示と子ど
もたちの被曝回避が急がれる
【1.0μSV超す下釜運動公園】
大旦地区から阿武隈川をはさんだ西側。交通量の多い国道4号と川の間に古い市営団地が立つ下釜地区がある。運動公園では初老の男女がパークゴルフを楽しんでいた。近づくと、手元の線量計の数値がグングン上がる。あっという間に0.9-1.0μSVに達した。
「ここは線量高いよ。分かってて(パークゴルフを)やってるんだ」と男性は言った。「どのくらいだ?0.9?まあ、れいてんなら(1.0μSV以下なら)問題ねえっぺ」
その横で、一緒にプレーしていた女性が「0.9?たっかいね!」と大きな声をあげた。「私の家なんか0.3μSVくらいしかないよ」とも。もはやこの街では、0.3μSVは危険値でなくなっている。
運動公園から再び国道4号に出る。松川橋のたもとに、福島市が昨年10月に測定した放射線量が掲示されていた。1.30μSV。8カ月経っても放射線量は激減していない。一刻も早く公園を封鎖するべきだ。
の測定から8カ月経っても1.1-1.2μSVと高線量。
子どもを近づけてはならない
【「中通りは危険ではない」「事故直後から外遊び」】
「警戒区域はともかく、中通りはチェルノブイリと比べても危険ではありませんよ。以前、原発関連の仕事をしていたから分かるんです」
福島市役所東部支所の近くでコシヒカリの田植えをしていた30代の男性はきっぱりと言った。
1歳と4歳の子どもの父親でもある男性は、原発事故直後から子どもたちを事故前と同じように屋外で遊ばせていたという。「周囲の人は、私が原発関連の仕事をしていたことを知っていますからね。その私が子どもたちを屋外に出さないとなれば、本当に危険だということになってしまいます。室内に閉じ込めておくストレスの方が、よほど身体には悪影響を及ぼすと思いますよ」。
国見町、桑折町にも水田を持ち、田植えが終われば福島市内で桃の手入れも始まる。何かと〝風評被害〟が叫ばれるが「一年目は確かに厳しかったけど、だいぶ落ち着いてきたんじゃないかな。それに、僕もそうだけど賠償金もらって喜んでいる人もいるしね。ろんな人がいますよ。いろんな意見を聴いてください」と話す。
コシヒカリは、10月にも収穫して出荷される。「県が全袋検査を行っていますからね。何ら問題ないです」と男性。最近は、かつての同僚や先輩たちが気がかりだという。
「原発に対する逆風が激しいですからね、心配です。僕も簡単には反原発だとは言えないですよ」
福島市役所東部支所近くの水田では0.5μSVを
超す。だが、田植えをしていた男性は「中通りは
危険ではない」と言い切った=福島市岡部
(了)
【0.2μSVは安心か否か】放射線量の高い福島市中心部と比較低線量の「四季の里」
福島市・福島駅から西に約4km。土湯温泉の手前に位置する「四季の里」。年間50万人が訪れる自然豊かな公園は、空間線量が0.2-0.3μSV。単純換算で年間1.6-2.4mSVに達する値で、決して手放しで安全とは言えない数値だ。一方で、依然として放射線量の高い福島市にあって、子どもたちを遊ばせるには比較低線量の場所を選ばざるを得ない現実もある。福島の理想と現実を考える。比較低線量で妥協するか、子どもを守るために絶対低線量地を探すか─。
【自宅周辺で遊ばせるより安全、と父親】
夏を思わせる強い陽射しで気温がグングン上がるなか、小さな子どもが「じゃぶじゃぶ池」で水浴びを楽しんでいる。歓声をあげるわが子に目を細める両親。福島市内に住む30代の父親は「ここなら線量が低いですからね。みんなよく知っているから土日は混みますよ。新幹線の向こう側(東側)は線量高いですから」と笑顔で話した。幼い娘を連れた母親も「初めて来ました。市内の西部地区は線量が低いから、安心して子どもを遊ばせられます」と笑った。
実際、手元の線量計は、公園入り口付近で0.2μSV、じゃぶじゃぶ池周辺で0.21μSV、わんぱく広場でも0.24μSVだった。これは、「信夫山子供の森公園」や「舘ノ山公園」の1/4から1/5。福島県庁に近い「紅葉山公園」の1/3程度の低さだ。
福島駅近くに住むという父親は、幼稚園児の娘の手を握りながら「こういう場所の方が除染が進んでいますから。自宅周辺なんて、自分で測ってもびっくりするような放射線量ですよ」と話す。自宅周辺でわが子を遊ばせるよりよほど安全、というわけだ。
園内は軒並み0.2~0.25μSVの「四季の里」。
この数値で安心するか否かは、見方が分かれる
ところ=福島市荒井
【0.2μSV=年1.6mSV】
一方で、0.2μSVでも高い放射線量だという見方もある。都内で子どもたちの被曝問題に取り組んでいる女性は、「チェルノブイリの立ち入り禁止区域は、0.23μSVですよね?それとあまり変わらなく、子どもへの影響を考えると厳しいと思います。私は、0.12μSV以上の場所へは子どもを連れて行きたくありません」と話した。
0.2μSVは、単純換算で年間被曝線量が1.6mSVに達する。この女性が言う0.12μSVで初めて、年0.96mSV。数字の上では圧倒的に低く感じられる0.2μSVでも、国際的な基準とされる「年1mSV」を超えてしまう。
「だからこそ、親の責任で年1mSVを追求するべきなんです」と、郡山の母親グループ「3a郡山」のメンバーの一人は強調する。
「屋内で遊ばせることもできるし、場合によっては山形県など、県外に足を伸ばすこともあるでしょう。やりようは、いくらでもあります。メディアもそうだが、大人が現実の前に理想を捨ててしまったらいけないんです」と話す。この母親は、子どもを自宅周辺で遊ばせることはしていないという。
原発事故から2年では放射線量がまだまだ高い福島。その現実の前で理想を貫くことは容易ではない。だが、高千穂大学経営学部の五野井郁夫准教授は今月23日に都内で開かれた憲法改悪に反対するイベントで、次のように語っている。
「今すぐにできないからといって価値の無いものではない。理想を捨てる必要は無い」
やはり私たち大人は、子どもたちのために0.01μSVでも低い土地を探し求めるべきなのだろうか。
除染作業中の「四季の里」。森林の中は0.3μSV
を超えた。子どもは近づけてはならない数値だ
【「放射線とうまく付き合っていかないと…」】
「四季の里」にほど近い「あづま総合運動公園」では、伊達市のカップルがフリークライミングの一種であるボルダリングを楽しんでいた。
「放射線量は意識はしているが、考えてもどうしようもない部分がある。あんまり考え過ぎてストレスになるのだとしたら、かえって身体には悪いのではないか」と26歳の男性は話した。「職場や自宅周辺など、日常生活の空間は、自分たちで除染をして少しでも放射線量を下げる努力はしています。でも、それ以外は…」。その横で女性は「彼とも友人とも、事故直後ほど放射線の話はしなくなりました。うまく付き合っていくしかないですよね」と大きくうなずいた。
「四季の里」から再び市の中心部に戻る。東北新幹線の高架下(葉ノ木立付近)で、手元の線量計はあっという間に0.8μSVを超した。「四季の里」の4倍近い値だ。さらに水防訓練の準備が進められていた荒川の河川敷では、1.0μSVを超す場所もある。
汚染を知りながら、様々な事情を抱えて福島での生活を続けている人たちにとって、0.2μSVは魅力だ。それでも付きまとう被曝の危険性から子どもたちを守るには、保養や避難を支援するしかない。少しでも汚染から子どもたちを遠ざける努力を、福島県外に暮らす私たちは惜しまず続けていくしかないのだろう。
(上)東北新幹線の高架下は依然として放射線量
が高い=福島市方木田葉ノ木立
(下)荒川河川敷も高線量。六魂祭では駐車場と
して使われる荒川運動公園では、1.0μSVを超す
地点もある=同市柳町
(写真はすべて5月21日撮影)
(了)
【26カ月目の福島はいま】警戒区域だけが汚染地ではない~桑折町
福島第一原発から60km超。伊達市と国見町に挟まれた桑折町も、原発事故による汚染が続いている。かつて養蚕が盛んだった県北の町を歩いた。原発事故から2年以上経っても続く汚染と、そこで生活する人々の怒りに直面した。大手メディアが報じない福島の現実。人口1万2000人余の町も被害を受けた。警戒区域だけが汚染地でないことを知って欲しい
【「逃がせられるだけまだマシ」】
「警戒区域だけじゃありません。桑折町も含めた、福島全体が被害者なんです。桑折の人たちだって、別に被曝や汚染に無関心なわけじゃない。腹の中にはいろいろありますよ」
老舗醸造会社の関係者は力を込めた。桑折駅近くには浪江町から避難してきた人たちの仮設住宅があるが、補償の差を思うに複雑な気持ちになる。原発事故を機に、妻と3歳になる娘は宮城県仙台市内に母子避難している。寂しいが、子どもを守るためだ仕方ない、と自らに言い聞かせる日々。「だって、避難させられるだけマシですから。町内には子どもたちがまだ、多く生活している。幼い子どもがいるのに避難できないのは本当に気の毒だと思います。だからといって何もしてあげられないから、あまり避難のことも口にしないようにしています。原発事故さえなければ不要な気遣いですよ」。
味噌や醤油の醸造に使う大豆や米はすべて、独自に検査機関に依頼して放射性物質の有無を調べている。自信を持って販売しているが、県外からの注文は4割減と大幅に落ち込んだ。自社製品を口にしても問題ないか、問い合わせの電話もなくならない。自ら栽培した大豆を持ち込んで味噌にする「仕込み味噌」は、ほとんどゼロになってしまった。桑折町内の大豆が基準値(100ベクレル)を超したこともある。「お宅の味噌からセシウムが出たよ、と言われたらそれで商売は終わり」と緊張が絶えない。検査費用は東電に請求しているものの、いつまで支払ってもらえるのか、先が見えない。
事務所で流している地元ラジオ局が日々、空間線量を伝える。こんなことがもう、2年以上も続く。「毎日毎日これを聞いていると、人間って慣れてしまう。慣れが怖いね。20年後、30年後のことは誰にも分からない。だからこそ、子どもたちのためにできることはしてあげないとね」
(上)桑折駅前の植え込みは0.6μSVを超える。
モニタリングポストの表示は0.49μSVだった
(下)醸芳小学校近くの公園では0.4μSVを上回
った=桑折町北町
【仮置き場は0.3μSV超】
ちょうど体育の授業中だった醸芳中学校。学校敷地内は町による除染が完了しているが、通学路は依然として0.4μSVを超した。校庭に隣接してNTTドコモやKDDIの基地局が設置されており、そこでは0.5μSVを上回った。単純換算で年間4mSVを超す被曝線量になるほどだ。
子どもたちの生活空間は学校敷地内にとどまらない。仙台高裁が指摘するように現状の除染作業は不十分だ。子どもたちの被曝回避には汚染された土地を離れるしかない。しかし、実際には学び舎は汚染地に囲まれていると言える。
同校近くには、プールを利用した汚染物の仮置き場がある。フレコンバッグに入れられた汚染物は黒いシートで覆われ、フェンスで近づけないようになっている。しかし、掲示された放射線量は0.3μSV超。本来であれば、周辺の通行も制限するべき値だ。
(上)町民体育館周辺は、依然として高線量
=上郡弁慶
(中)(下)旧プールを利用した仮置き場。きちんと
覆われているが、それでも0.3μSVを超す。子ども
は近づいてはならない
【「影響あるか分からない以上、リスク軽減を」】
愛犬を散歩させていた50代の女性。「桑折駅前はまだまだ放射線量が高いですね。知人のなかには、小さい子どもを連れて県外に避難した人もいます。でも、動けず仕方なく住んでいる人もいる。私もそうだけど、放射線量を気にしていたらここでは生きていかれない。地元産の食べ物を子どもに与えないくらいのことはできるけれど…」と話した。
現状が危険だと考える人はとっくに避難している、残っている人は問題ないと考えているか動くに動けない人。愛犬が促すのも気にせず、女性の言葉は止まらなかった。「現在の放射線量が将来、子どもたちの身体に悪影響を及ぼすのかどうかは分かりません。でも、分からないのであれば、リスクを低くする手段をとるべきですよね。安全だなんて言いきれないと思います」
桑折駅から国道4号を越え、町民体育館に向かった。手元の線量計が激しく反応する。1.0μSVを超す〝ホットスポット〟が点在する。千葉県柏市や松戸市は、1.0μSVを超す個所は立ち入り禁止にしている。だが福島では、そのような措置はとられない。今日も、子どもたちは被曝を強いられている。
高線量の桑折町民体育館周辺。高さ1㍍で1.4
μSV超の個所も
(了)
【26カ月目の福島はいま】高線量続く本宮市~ビール工場、サービスエリア、蛇の鼻遊楽園
連休明けの福島。東北本線・五百川駅から本宮駅までを歩いた。水田ではコシヒカリの田植えが始まり、ビール工場は緑色の芝生が広がる。蛇の鼻遊楽園で花を楽しむ人々…。福島第一原発の水素爆発から26カ月。一見、震災前と変わらぬ光景だが、手元の線量計は、原発事故による汚染が決して軽くは無いことを示していた。
【1.0μSV前後のビール工場周辺】
2両編成の東北本線で郡山駅から2駅。本宮市の南端、無人の五百川で降りる。暇を持て余したタクシー運転手と田植えの始まった水田。そして、ビール工場。
線路沿いを歩いてみる。市が設置した駐輪場に駐車場。駐輪場の一角では0.7μSV超、駐車場では0.99μSVに達した。線路沿いには土の部分が多く、雑草も多いので溜まっているのだろう。
水田を横目に見ながら広い通りに出る。アサヒビール福島工場。震災で操業を止めていたが、7カ月後の2011年10月3日に仕込み作業を再開。11月25日には福島県を中心に商品の出荷が始まった。出荷再開にあたってゲルマニウム半導体検出器を導入、製造に使う水や原材料、製品の検査を行っており、1kgあたり10ベクレルを超す放射性物質は検出されていないという。毎月、結果が同社ホームページで公開されているが、詳細な数値は公表されていない。
アサヒグループホールディングス株式会社の広報部門によると、同工場の生産ラインは震災前とほぼ同程度に回復しており、ビール、発泡酒、第三のビールを生産。ビールにして年間2500万ケースの生産が可能だという。「原発事故後、特に側溝や排水口の放射線量が高かったため、高圧洗浄などの除染作業を実施した。現在も、工場内の25カ所について月一回、測定しており、問題ない数値だと認識している」と広報担当者。しかし、一般の人が通れる敷地外の遊歩道などに関しては、除染はされていないという。実際、手元の線量計は0.7-1.0μSV。きれいに整備された遊歩道だが、幼い子どもを連れて歩いたりベンチで休んだりするには危険だ。
(上)五百川駅前の市営駐車場。0.99μSV
(中)(下)アサヒビール福島工場の遊歩道では、
0.7-1.0μSVに達した
【0.7μSVの蛇の鼻遊楽園】
安達太良サービスエリアに隣接する「蛇の鼻遊楽園」は、本宮市の観光スポットの一つ。総面積は30万㎡を超すといわれ、小さな花見山といった風情。この季節は、ツツジやボタンが咲き始め、チューリップもきれいな花を咲かせている。
汗ばむほどの陽光の下、お年寄りを中心に観光客が訪れている。幼い子どもを連れた母親の姿もあった。600円を払い、一通り歩いてみた。原発事故さえなければ、学校の遠足でも利用できそうな森。1.0μSVを超す個所は無かったが、入り口付近で0.4μSV前後、頂上の展望台付近では0.7μSVに達した。除染はまだ行われていないという。
茶屋で働く郡山市の女性が「ここはお年寄りのお客さんが多いから。先日、相馬市の人が線量計で測ってくれた時には0.2μSVくらいで低いって言ってたんだけど…」と話し始めた。「こんなに美しい福島をどうしてくれるんだって思うよね。海のものも山のものも汚されてしまった」
郡山市の自宅は、雨どいを中心に除染が済んだ。「でも結局、再び線量は上がってしまう」。だが、原発事故から2年異常が経過し、自宅でも勤め先の遊楽園でも、放射線量を意識することはほとんどなくなったという。
「線量計は持っているのよ。でもね、電源を入れようと思ったら充電されてなくて『また今度にしようかな』なんてこともしばしば(笑)。最近は全然使ってないわ」
美しい花々が咲き誇る「蛇の鼻遊楽園」。入り口
の0.4μSVから展望台の0.7μSVまで場所によっ
て放射線量は幅があるが、決して安全な数値で
はない=本宮市本宮
【安達太良SAの芝生で寝ころぶな】
東北自動車道・安達太良サービスエリアは依然としてホットスポットが見つかる汚染度の高い場所だ。
水田を抜け、裏手からSA内に入る。売店の横に木製ベンチがあり、芝生が小高い丘のように広がっている。丘の頂上には高村光太郎の「智恵子抄」にならって「ほんとの空の里」と書かれたモニュメントがあり、安達太良山をバックに記念撮影ができる。
初夏を思わせるような陽射しに、昼食を終えたドライバーたちが何人か芝生で寝ころんでいた。手元の線量計は0.6μSVを超している。モニュメントの前でも0.5μSV超。こんな場所で寝ころんだら被曝の恐れがある。幼い子どもを遊ばせるなんて論外だ。
米所でもある本宮市。市立まゆみ小学校周辺にも多くの水田が広がり、田植えが始まっていた。「農機具が高価だから儲けにならないよ。」長靴をはいた足を深くめりこませながら夫と田植えをしていた女性が苦笑した。
「コシヒカリだよ。放射能の話は迷惑といえば迷惑だねえ。今まで人にあげていたのをやめたしね。問題ないのに…。どうしても欲しいっていう人には検査の証明書を付けて送ってるよ」
本宮駅に着いたが、東北本線の到着までにはまだ時間があるので近くのセブンイレブンに立ち寄った。店舗の横に、木製のテーブルとベンチが設置されている。しばし休憩、と座ったら、テーブルに置いた線量計が1.2μSVを超した。眼前は阿武隈川。長閑な田園風景に浸ったのもつかの間だった。
(上)(中)東北道・安達太良サービスエリア(下り)
の芝生は0.6μSVを超す。モニュメント前でも0.5
μSV超。寝ころぶのは危険だ
(下)本宮市立まゆみ小学校付近の水田でも田
植えが始まっている(写真はすべて5月9日撮影)
(了)
【小鳥の森】汚れたままの小鳥のオアシス~汚染の実態と森林除染の難しさ
福島市の「小鳥の森」を1年ぶりに歩いた。原発事故から26カ月になろうとしている今も、森の中は放射線量が高く、作業に従事している人も「子どもを連れては来られない」と言い切る。汚された野鳥のオアシス。大規模除染をすれば生態系が破壊されるとの指摘も。汚染の実態と除染の難しさを体現しているのがこの森だ
【「子どもを連れてくるような場所ではない」】
県道309号線から森へ続く道を上る。坂道を上がるにつれて、手元の線量計の数値が上がっていく。高さ1㍍で0.6、0.8、1.0(μSV)…。上がりきった駐車場に設置されたモニタリングポストは1.2μSVを超す値を表示している。ちょうど1年前にも通ったこの道は、残念ながら全く当時と変わっていなかった。
木製ベンチで持参した弁当を食べた後、案内板に従って森に入る。手元の線量計は1.2μSV超。ベンチでもビニールを敷いた上に線量計を置いていたが、1.2μSVを下回ることはなかった。
炭焼き小屋で、福島市シルバー人材センターに登録している男性らが作業していた。原発事故を境に、森の中の木を焼くことはなくなった。焼きあがった炭は、園内の「ネイチャーセンター」の暖炉や炭焼き体験などで活用されている。
近くにはせせらぎが流れ、開園20周年記念碑が立っている。手元の線量計は1.3μSV。
「1.5(μSV)くらいあるか?1.3か…。低い方だね。除染をしたと言っても枯葉を集めたりする程度だから、何度やったって放射線量は下がらないね。アスファルトについた放射能は雨が流すんだろうけれど、土の部分はまだまだ高いからね。子どもを連れてくるような場所じゃないわな」
腰をかけ、持参した弁当を広げながら、初老の男性は苦笑した。
春の陽光に、野鳥が美しいさえずりが交差する森。男性の哀しげな表情が印象的だった。
森の中は、1.0μSV超が日常。とても子どもを連
れて行かれる空間ではない=福島市山口
【「除染をしたら生態系が壊れてしまう」】
森の中腹にある「ネイチャーセンター」では、レンジャーと呼ばれる「日本野鳥の会ふくしま」スタッフが、森の野鳥や植物の案内をしている。
「森の放射線量は、依然として高い所で1.8μSVくらいあります。高いです。定期的に線量を測定し、ホームページ(http://f-kotorinomori.org/radiation/ )で全て公開しています。それで来ていただくかどうかは、各人それぞれに判断して欲しいです」。
森は幼稚園や学校の遠足、課外活動で利用されることも多かった。だが、原発事故で状況は一変。子どもの姿はほとんど見なくなった。レンジャーたちも、学校に出向いて野鳥や森のことを教える機会が多くなったという。
レンジャーの男性は、森林除染の難しさを口にした。
「除染は必要です。でも、例えば木々を伐採してしまったらどうなりますか?生態系は壊れてしまいます。だから、本格的な除染はできないと思います」
センターの一角では、森の巣箱に設置された小型カメラが映すヤマガラのヒナの様子が流されていた。窓の外では、野鳥が盛んに鳴いている。暖かくなり、スタッフが森を巡回するとムササビの姿を見ることもあるという。
「森の放射線量が高いのは事実です。でも、放射線によって野鳥が奇形になるなどの誤った認識は持ってほしくないです。正しい情報を発信していきたいです」
(上)散策道からさらに林に入ると、放射線量は
2.0μSVを超す
(中)炭焼き小屋の近く、記念碑付近では1.3μSV超
(下)「シジュウカラの小径」でも1.2μSVを上回った
【低い地点でも0.9μSV超】
今年11月に開園30周年を迎える野鳥のオアシス。
52ヘクタールの広大な森は、福島第一原発の水素爆発によって激しく汚染された。ネイチャーセンターに訪れた2人の女性はカタクリの花がお目当て。園内に群生地があるのだ。女性レンジャーに「ここって放射線量は高いの?」と尋ねると、「はい、高いです」ときっぱりと答えていた。
園内は「ホオジロの小径」「カワセミの小径」「シジュウカラの小径」と散策路が整備され、小鳥のさえずりを聴きながら野草の観察もできるが、歩いても歩いても手元の線量計の数値は1.2-1.3μSVのまま。唯一、見晴らし台では1.0μSVを下回ったが、それでも0.9μSV以下には下がらなかった。
シジュウカラの小径を通り、再び県道に下りた。県道の向こう側は阿武隈川。河川敷には、花見山までのシャトルバスを待つ観光客の行列が出来ていた。
(了)
郡山で子どもを産み、育てる覚悟と消えぬ不安~滝田春奈郡山市議
東日本大震災後の市議選で、初出馬ながらトップ当選を果たした郡山市議の滝田春奈さん(35)。出産を7月に控え、少しふっくらした滝田さんに、依然として放射線量が高い中での子育てについてインタビューした。消えぬ被曝の不安と子育ての覚悟。そして県外避難…。「子どもの日」に考えたい。福島で子どもを産み、育てるということ
【原発事故前の生活はできなくなった】
市内議員1年生の滝田さんが妊娠に気づいたのは昨年11月。その年の4月に滝田さんの母親が59歳の若さで他界し、夫婦で「新しい家族が欲しいね」と話していただけに、待望の赤ちゃんだった。
だが、被曝の不安がなくなったわけではない。滝田さんは2011年10月、本紙のインタビューに「これから生まれてくる子どもに、親が被曝を押し付けて良いのか悩みます」と、妊娠・出産への不安を口にしている。
「当時の不安は変わりません。夫とも何度も話し合いました。屋外で子どもを遊ばせられないなど、原発事故前の生活はできなくなってしまいましたからね」
生まれてくる子どもは既に男の子だと分かっている。女の子よりも走り回るだろうから、外遊びは工夫しなければならないと考えている。そもそも、子どもは公園などに連れて行けば土に触るもの。「土いじりは、子どもの成長において非常に重要だと聞いています。それを何で補おうか、思案中です」と話す。
5歳年下の夫は、郡山市の中でも放射線量の低く、市が移動教室で利用している湖南地区の出身。「1歳くらいかな、首がすわるようになったら、湖南地区への移動保育も考えています。周囲にお世話になりながら子育てをしていきたい」。
福島原発の事故から2年以上が経過したものの、郡山市内には依然として放射線量の高い地域が存在する。原正夫前市長の下では除染を進める一方で、安全安心が叫ばれた。「放射線量をきちんと測って知らせて欲しい」と滝田さん。「数値を全て出して、それでもそこに行くかどうかは市民の判断ですから。でも、現実には数値を知らずに子どもを遊ばせている人もいます。細かい数値の公表が必要です」。
7月に第一子を出産予定の郡山市議の滝田さん。
夫の実家のある湖南地区の放射線量が低いこと
から、そこを利用して子育てをしていく予定だ
【議会を手放して県外避難はできない】
郡山市情報政策課によると、郡山市の出生数は2010年が3079人、東日本大震災が起きた2011年は2978人。昨年は2575人と減少傾向に歯止めがかかっていない。今年1-3月の出生数は575人で、昨年同時期を45人、震災前の2010年同時期と比較すると160人少ない。震災前から続いていた少子化と人口減少の流れは、震災と原発事故でさらに拍車がかかった格好。佐藤雄平福島県知事も、今年の課題に「人口流出の阻止」を第一に掲げている。
滝田さんも、福島県外への避難・移住を考えないわけではない。むしろ夫は内部被曝を避けるため食べ物に気を付けており、夫婦の会話の中で避難の話題が出ることも少なくない。「年齢が若いことや、まだ家も土地も買っていないことで動きやすいのかもしれませんね」。
周囲には、県外避難をした家族もいる。「子どもを連れて県外に避難しても良いよ」と言ってくれる夫。しかし、2011年の市議選でトップ当選を果たしてから、まだ2年足らず。次の選挙に向けてようやく折り返し地点に立ったところ。中途半端に手放したくないという思いがある。「避難だけでなく、産休や育休をきちんととって見本になりたい部分もあります。でも、市長が替わったばかりで議会を離れるわけにはいきません。郡山市政はまだまだ、変えなければならないことがありますから」。
そこで、新たな目標となったのは市役所内託児所の設置だ。若い市議が増えれば、子育てとの両立は必須の課題となる。議員だけではない。市職員も同様。市役所に子どもを連れて出勤するのが当たり前の光景になるよう、働きかけていく。
依然として放射線量が高い郡山市内。「ここで暮
らす以上、線量を気にしてはいられない」という声
もよく耳にする(2013.04.17撮影)
【〝覚悟〟が要る郡山での子育て】
インタビューの間、滝田さんは何度も「覚悟という言葉を口にした。
「正常な状況ではない中で子育てをしなければならない覚悟、ですね」
議会ではこれまでも、子どもたちの被曝回避に関して取り組んできたが、今後は母親として、さらに力を入れて行く。
「これまでの活動を自己採点?50点もいかないのではないでしょうか。議会は多数決。いくら熱く語っても、通らなければゼロです。教室へのエアコン設置がいい例です」
「真夏に窓を開けることによる被曝を回避するため、教室にエアコンの設置を」と市民から議会に提出された請願は、ことごとく否決された。「ストレートに放射能のことを口にしても、味方は増えません。反対派の人も賛成するように、時には自分の想いと逆のことも言わなければならない。ストレスはたまりますが、目的を果たすためには仕方ないですよね。議会は0か100ですから」
現在の郡山市が安全だとは思っていない。ある日、20代と思われる若い女性が除染作業に従事しているのを目にし、驚いた。
県外避難と議員としての仕事。葛藤は続くが、まずは健康な赤ちゃんを産むことを第一に考える日々。そして、少しでも被曝のリスクを減らす子育てを。
(了)
【除染】仮置き場への「理解」と「不安」~伊達市月舘町上手渡
伊達市月舘町の仮置き場を訪れた。国の中間貯蔵施設が不透明ないま、除染には仮置き場の確保が欠かせない。市は仮置き場の安全性を強調するが、住民は賛成しながらも汚染物質の漏出や永久保管への不安が尽きない。野鳥さえずる森を歩いた。
【山水の使用を中止した農家】
JR福島駅東口から路線バスで一時間ほど。「下手渡バス停」で降りて徒歩で小志貴神社を目指す。前日に降った季節外れの雪が、農地を白く覆っている。空間線量は0.4-0.6μSV。地表真上では9μSVを上回る個所もある。
沢の流れる森。静かな道をしばらく歩くと、車道脇の中腹に「仮置き場③」と名付けられた仮置き場が見えた。ショベルカーの横に、既に多数のフレコンバッグが3段に積み上げられている。すぐ横の農道では、一面雪で覆われていたが0.6μSVを超えた。
近くに住む農家の男性(72)に話を聴いた。
「仮置き場のすぐ横に黄色いタンクがあったろ?あれに山水を溜めて農業用水にしていたんだけど、仮置き場が出来てからは使わなくなったよ。パイプも撤去した。市の言うように、汚染水が漏れ出すことはないかも知れないけど、やっぱり良い感じはしないからね。今後、どうやって水を確保するか、考えているところだよ」
仮置き場は3月上旬から搬入が始まった。市職員による住民説明会が開かれたが、反対する住民はいなかったという。「正直言えば嫌だけど、反対してもしょうがないから」と男性は苦笑する。周辺の放射線量が決して低くないことは分かっている。除染が必要なことも。でも、自分の作るピーマンに本当に影響は出ないのか、葛藤は尽きない。
辺りでは、ウグイスなどの野鳥の鳴き声が響き渡っていた。
川俣町にほど近い伊達市月舘町上手渡地区。空間
線量は0.5μSV超、地表真上では9μSVを超えた
【「市が責任を持って安全に管理する」】
2012年8月に策定された「伊達市除染計画 第2版」によると、市は2011年8月から2016年3月までの5年間で除染を終える計画。「当面は5mSV以下に、将来的には0.23μSV以下にしたい」。住宅は2年で完了させる予定だが、農地は5年、森林の除染には30年を要するとしている。
市は265㎢ある土地を、特定避難勧奨地点に指定された霊山町下小国地区などの「Aエリア」、年間積算放射線量が5mSVを超す「Bエリア」、年間積算放射線量が1mSVを超す「Cエリア」に分類。線量の高い地区から優先的に除染を実施。月舘町上手渡地区は「Bエリア」。
除染によって生じた汚染物は、本来であれば住居空間から遠ざけるべき。伊達市は「国の最終処分場や中間貯蔵施設の完成を待っていては、地域の除染を迅速に進めることはできない」として仮置き場を設置。2月1日現在、Aエリアで48個所、Bエリアでは20個所が確保された。「市が責任を持って安全かつ適正に管理する」「過去に浸出水から汚染物質が検出されたことはない」と安全性を強調している。
上手渡地区の仮置き場も今後、フレコンバッグの搬入が終了した段階で全体が灰色のシートで覆われる。
「仮置き場③」。仮置き場が確保できなければ除
染は進まない、と設置に反対する住民は無かった
という。だが、農家の男性は山水の使用を中止し
た。「あまり良い感じはしないからね」
【本音は「本当に仮置きなのか」】
小志貴神社の先に、さらに別の仮置き場があり、ちょうどフレコンバッグを搬入作業をしていた。遮水シートの上に、トラックで運ばれたフレコンバッグが置かれていく。
別の男性は「市から何度か説明に来たが、反対する人なんていなかった。みんな理解したからこうして、作業が進んでいるんだ。受け入れなければ除染は進まないから」と淡々と話した。別の住民は「本当に仮置きなのか、結局、ここに半永久的に保管されることになるのではないか」と本音を漏らした。
「住民の理解」と「市の言う安全性」と「将来への不安」が交錯する仮置き場。国の中間貯蔵施設は依然、不透明。仮置き場からの搬出は、場所も時期も全く決まっていない。汚染物との〝同居〟は今後も、続く。
(上)小志貴神社は0.4μSV
(中)(下)フレコンバッグは、遮水シートが敷かれ
た上に積み上げられていく。伊達市によると「浸
出水から汚染物質が検出されたことはない」
(写真はいずれも、4月22日撮影)
(了)
【ふくしま集団疎開裁判】「由々しき事態」と低線量被曝を認定、だが結論は「自主避難せよ」の暴論
福島県郡山市の中学生ら14人が2011年6月、0.193μSV/h以下の安全な学習環境を求めて郡山市を相手取り提訴した「ふくしま集団疎開裁判」の控訴審で、仙台高裁は24日、申し立てを却下する決定を下した。高裁は、「児童生徒の生命・身体・健康について由々しい事態の進行が懸念される」と低線量被曝の存在と子どもたちに与える悪影響を認定。「被曝を避けるには空間線量の低い土地へ避難するほかない」とまで言及しながら、「自主避難すれば良い」との暴論を展開。「自主避難に大きな支障はない」「自主避難を困難とすべき事情は認められない」などと一蹴した。〝逃げたくても逃げられない〟子どもたちの事情は無視した仙台高裁。弁護団は「チンプンカンプンなロジック」と呆れた。
【「年間1mSVにこだわるなら自主避難しろ」の暴論】
決定は、予想通り「却下」だった。
仙台高裁の主張は大別して2点。①ただちに人体に影響ない②自主避難に何ら支障はない─だ。
高裁は「相手方(郡山市)の管轄行政区域においては、特に強線量の放射線被曝のおそれがあるわけでも、また、避難区域等として指定されているわけでもなく、今なお多くの児童生徒を含む市民が居住し生活しているところであって…空間線量率をみる限り、そこで居住生活することにより…中長期的な懸念が残るものの、現在直ちに不可逆的な悪影響を及ぼすおそれがあるとまでは認め難い」「相手方(郡山市)は、現にその設置する中学校で多数の生徒に教育活動を行っているものであるところ、現にその学校施設での教育を受けている生徒がおり、その教育活動を継続することが直ちにその生徒の生命身体の安全を侵害するほどの危険があるとまで認め得る証拠もない」と述べ、郡山の子どもたちの被曝回避が喫緊の課題ではないと断じた。
自主避難に関しては「抗告人が主張するような年間1mSV以下という積算空間線量率の環境が確保されるような学校生活を含めた生活を送るとなると、抗告人が自宅を離れた地に転居して教育活動を受けることは避けることができない」としたうえで「転居先での公的教育機関による教育を受けることでその目的は十分に達することができるはず」「転居先での公的教育機関が設置した学校施設で学校教育を受けることに何らの妨げもない」と一蹴。「集団疎開」に関しても「あくまで抗告人個人の放射線被ばくを回避するための…個人の請求なのであるから、他の生徒の動向については当然にこれを斟酌すべきものではない」とした。友人と離れることを理由に子どもたちが避難に難色を示すことについても「大きな支障があるとはいえず、困難とすべき事情は認めることができない」と退けた。
分かりやすく言えば、仙台高裁の主張は「逃げたのは一部で今なお多くの子どもたちが郡山市内で生活しており、深刻な健康被害は出ていない」「郡山市内で年間1mSV以下の環境を確保するのは難しく、福島県外へ避難するほか方法はない。逃げたければ逃げれば良いわけで、誰も何も妨げない」となる。そんなことは百も承知で起こした訴訟であることを裁判官はご存じないのか。まったく、血も涙も無いとはこのようなことを指すと言わざるを得ない。
仙台高裁の「却下」決定を受け、郡山市内でも開
かれた記者会見。関係者は一様に落胆の表情を
隠さなかった
【低線量被曝と除染の不十分さは認定】
一方で仙台高裁は、一審の福島地裁が避けた「被曝の存在」に言及。
「郡山市の設置する学校施設については、校庭の表土除去、校庭整地などの除染作業が続けられていて一定の成果を上げているものの、未だ十分な成果が得られているとはいえない」「ガンマ線の飛来を考えると地域ぐるみの除染が必要であり、しかも除染は一回では不十分で何回もする必要があることとされている一方で…汚染土の仮置き場が容易に見つからないことが、除染作業が進まない理由とされている」と分析。そのうえで「郡山市に居住し、学校に通っている抗告人は、強線量ではないが低線量の放射線に間断なく晒されているものと認められるから、そうした低線量の放射線に長期間にわたり継続的に晒されることによって、その生命・身体・健康に対する被害の発生が危惧される」として、「児童生徒の生命・身体・健康について由々しい事態の進行が懸念される」と明言した。
除染に関しても「一定の除洗(ママ)の成果を上げるに至ったとはいえ、なお、広範囲にわたって拡散した放射性物質を直ちに人体に無害とし、あるいはこれを完全に封じ込めるというような科学技術が未だ開発されるに至っていないことは公知の事実」「今なお相手方(郡山市)の管轄行政区域内にある各地域においては、放射性物質から放出される放射線による被曝の危険から容易に解放されない状態にあることは明らか」などと不十分さを指摘。郡山市が主張する「除染による放射線量の低減」には汚染土の仮置き場用地の確保など、まだまだ解消すべき課題があると言及した。
被曝の存在と除染の不十分さは認定した仙台高
裁。高濃度に汚染された開成山公園も、除染をし
ても0.4-0.7μSVに達する
(2013年04月17日撮影)
【「高裁のロジックはチンプンカンプン」】
決定を受けて都内で記者会見を開いた弁護団。井戸謙一弁護士は「結果としては目的を果たせなかったが、低線量被曝について『由々しき事態』と強く書いている。これを引き出したこのは成果だと考えている」と話した。
柳原敏夫弁護士は、被曝の危険性を認定しながら公的な集団疎開の必要性を退けた高裁に対し「キツネにつままれたような決定だ。決定文をただちに理解できる人は常人ではないと思う。チンプンカンプンのロジックだ」「由々しき事態としながら自主避難すれば良いなんて、決定文の前半と後半では別々の裁判官が書いたのではないか」と批判した。
「自主避難が難しい理由を述べてきたのに、転校することで被曝回避は達成できると、自主避難を前提とした話にされてしまった。自主避難の難しさを正面から取り上げなかった」と悔しさをにじませた。
郡山市内でも支援者らが「自主避難ができる人はとっくに避難している」と怒りを口にした。郡山市議の駒崎ゆき子さんは「これからも、郡山市の危険性を多くの人に自覚してもらえるように活動をしていきたい。子どもたちを積極的に保養に出すように、子どもたちが郡山から出られるように、夏休みに向けて取り組んでいきたい」と話した。
郡山市の14人の中学生が起こした訴訟は、地裁、高裁と退けられた。司法の判断を待ちきれずに自主避難をした家族もいる。国も地方自治体も司法も、現在進行形の被曝から子どもたちを守らないことが確定した。
(了)

