スタートしてから3kmほどはただひたすら下り坂である。

最近思うのだが、登りより下りの方が足にはキツい。

そんな中、バンブーは一気に前に出て行った。

続いてルーキーが徐々に出始める。

取り合えず少しの間、ルーキーをペースメーカーに走ろうと私もルーキーに食いついていった。

このペースは、早いのか、遅いのか。私にはわからない。ただ、落ち着くまでついて行こうと思った。

数メートル前にルーキーの背中を確認しながら、必死について行った。

私の後にノリがついてくる。

ノリのプレッシャーを感じながら走るのも悪くはない。


5kmの表示があったので時計を見ると、20分だった。

早すぎる。1km4分のペースである。

これでは21kmなんて、体が持たない。

でも、ルーキーはペースを落とさず走っている。

そんなとき、ふと足元を見ると靴ひもが解けていた。

やばいっ!そう思い立ち止まって靴ひもを結び直そうとしたが、手がかじかんでなかなか思うようにいかない。

何とか結び直したものの、ふと見るとルーキーの姿はなかった。

「くっそぉ。。。こんなのありかよ。」そう思う間もなく、走り始めた。

早く見つけなきゃ、このペースなら引き離されたら終わりだ。


さらに少しペースをあげ、ルーキーを追った。

しかし、なかなか姿をとらえられない。

また、これ以上ペースをあげると必ず足がパンクする。

悔しいが、じっくり追い上げることを心がけた。


宇治川沿いを走り抜け、今度は登りになる。

本当に下ったり上ったり、忙しいコースだ。

前半最後の登りにさしかかった。

ここを登り切ると折り返し地点だ。そんな中、すでにバンブーが折り返して帰ってきた。

「ファイト!」そう、声をかけてやるとニタッと笑った。

もう少しで折り返しだ。そう思ったとき前からルーキーが走ってきた。

結構、縮めている。これなら後半追い上げられる。そう、思った。

ルーキーに向かって、「おい!後半いくぞ!まっとけよ!」そう大声で叫んだ。

ルーキーは笑っていた。

折り返し、今度は一気に下る。その途中、ノリの姿が見えた。

ノリに向かって手を握り「がんばろうぜ!」とのメッセージを送った。

ノリも笑って応えた。

さ、後半戦だ。ぼちぼち追い上げて、ルーキーにプレッシャーをかけるとしよう。

いよいよこの日が来た。

昨夜は今日に備えて早めに寝た。その甲斐あって非常に目覚めがよい。

とりあえず天候を確かめようとカーテンを開けた。

げげっ!な、なんと外は真っ白だった。

さらに白いだけではなく、まだ吹雪いている。

とりあえず着替えて、全員の受付を済ませるために、エントリー票を持って外に出た。

寒い、、、寒すぎる・・・。

この中で2時間走るのか。。。。と何とも言えない気持ちになった。

受付を終了し、家に帰ったあと、入念にストレッチを行った。これを怠ると取り返しがつかないことになる。

その後、走る服装に着替え、その上にウィンドブレーカーを着込み、みんなを迎えに行くことにした。

全員と待ち合わせ、私の車に乗って、いざレース会場に向かった。

そんな中、ルーキーが浮かない顔をして黙っている。

「どうした。元気ないやんか。」そう、声をかけると。

「昨日、先輩(私)に負ける夢を見て、目が覚めました。。。。」と、言った。

車の中は大爆笑だった。さらにこう言い続けた。

「朝、外を見たら雪景色だったでしょ。それを見て、「中止になったらいいのに。」ってマジで思いました

。」またまた大爆笑だった。

「大丈夫やって。お前には貯金がある。」そう、みんなが言った。


ルーキーは大学時代、スキー部に所属していた。それもアルペンではなく、クロスカントリーだ。

大学時代に鍛えた体力はまだまだ健在である。この体力こそがここでいう貯金である。

「でもね、昨日練習しとこうと思って走ったら、今日、筋肉痛になっちゃいました。」と、いうので、「どれくらい走ったん?」と聞くと、「30分です。。。。」とのことであった。

さらに爆笑だ。これ以上笑わせないでくれ。レース前に腹筋が痛んでしまう。

そんなこんなでレース会場に到着した。

相変わらず雪は降っている。


アップを終え、10時15分。選手はスタート地点に集合する。

ノリ、バンブー、ルーキー、そして私の4人が並んだ。

くみやまマラソンの時に比べ体調は断然に良い。


「位置について、よぉ~い」 パァ~ン!


いよいよ、始まった・・・・。初めて経験する21kmの長い旅が、今始まったのだ。

宇治川マラソンの話に戻るが、早くもレースが2日後に迫っていた。

そして今日は、部署の飲み会があった。

そんな中、みんなに「私とルーキーどっちが勝つと思う?」との質問をしてみた。

全員が「ルーキー。」と言い切っていた。

くやしい。。。。。が、だれでもそう思う。

何たって年齢差14歳。私はハーフマラソン初体験。方やルーキーは数ヶ月前にフルマラソンを3時間40分台で走っているのだ。

気持ちだけではどうにもならないことがある。

さらに私が、「もし俺が勝ったら、どうする?」と女性の嘱託さんに話してみた。

嘱託さんは、「そうですね。あまり得意ではないけど、お菓子作りに挑戦して皆さんに手作りお菓子を振る舞います。」と応えた。

また、課長が「ルーキーが負けたら、全員に近江牛をおごってやる!」と追い打ちをかけられた。

これはおもしろい話になってきた。

近江牛を振る舞う。ここにいるのは8名。単純に考えても5~6万。いや10万くらいかかるのではないか?

盛り上がってきた!

このレースは注目されている。気合いを入れなければ。


そしてルーキーは頭を抱えていた。

「楽しく走ろうと思っていたのに、とんでもないことになってしまいました。どうしましょう!?」

私は勝てばよいだけであるが、その逆にルーキーは負けてはならないのである。課長はじめ部署内のみんなの期待を背負っていた。

冷静に考えると、プレッシャーはルーキーの方が断然大きい。

ただ、私としても感じの良いものではない。

みんな負けるものと思いこんでいるからだ。

そうなれば簡単に負けるわけにはいかない。いや、負けるどころか、勝ってやる。

おっさんでもやればできると言うところを見せてやりたい。

ま、どちらにしろプレッシャーはあった方がいいし、何もないところで走るより、断然気合いが入る。

さて、勝利の女神はどちらに微笑みかけるか!?

いざっ!

バンブーのお父さんが亡くなられ、1週間ほどたった後、わざわざバンブーが挨拶のために私の部署まで来てくれた。

思いのほか元気だったので少し安心した。

その際、お父さんが亡くなられたのが日曜日だったので、宇治川マラソンのある日(日曜日)に法事などがあるのではないかと思い、出走できるか否かを聞いてみた。

「もちろん出ますよ。ありがとうございます。」

と、元気な返事が返ってきた。

さらにホッとした。


悲しいことではあるが、いつまでも悲しんではいられない。

前に、前に、そう生きていかねばならない。

お父さんの思いをバンブーはしっかりと受け止めていると、そう感じた。

そんな中、バンブーからこんなメールが届いた。


「なんと、タイムリーなことにウチの父親が京都シティハーフにエントリーしていました。このまま走らないとエントリー代がもったいないので、出場を狙われていたキャップにどうかなと思い、メールさせていただきました。ご検討いただければと思います。以上よろしくお願いします。」


非常にうれしいことではあるが、正直とまどった。

お父さんの代わりに走るなんぞ、良いのだろうか?

返事には、正直に私なんぞで良いのか。もっと適任と思う人があるのではないかと、返した。

その後、バンブーから、下記のメールがあった。


「ご丁寧にありがとうございます。私が適任と判断するのは非常におこがましいのですが、出場をされたい方にバトンタッチするのが、一番、望んでいることかと思います。ぜひぜひ出走してください。」


ありがたかった。

ここまで言ってもらえるのなら、微力ではあるが、お父さんの代わりにぜひ走らせて頂こうと思い、快諾させて頂いた。

大切なお父さんのエントリー枠。そして息子と一緒に走ることを心から楽しみにされていたに違いない。

そう思うと、みっともない走りだけはできない。

何とも言えない大きな大きなプレッシャーがのしかかってきた。

宇治川マラソンまで日が少なくなってきた。

で、この宇治川マラソンは、私とノリ、バンブー、そして職員野球部にもヤンチャーズにも参加していないが、私と同じ部署の奉職1年目の後輩の4人で走ることにしていた。

スタート・ゴールが、私の家の近くの公園なので、レースの後は我が家で鍋を囲んで楽しもうとみんなに声をかけたところ、この3人が賛同してくれた。


ところでこの3人であるが、ノリは昨年、京都シティーに出走し、1時間50分ほどのタイムで見事完走している。

バンブーは言うまでもない、100kmマラソンを驚くくらいの早いタイムでゴールする男だ。

そして同部署の後輩(ルーキー)は、つい先日フルマラソンに出走し、3時間40分代でゴールしたらしい。

みんなハーフマラソンなぞ、余裕のよっちゃんだ。

そう考えると、やはり私が一番やばい。

何たってハーフマラソンへ初めての出走は私だけである。

ペースやレース感などは全くわからないし、それだけでなく、すべてが初体験である。

みんな、レースの後の温泉と鍋を楽しみにしているが、私はまったく余裕がない。

気を抜くことなく、練習の毎日である。


そんな中、悲しい話が飛び込んできた。

バンブーのお父さんが亡くなられた。

聞くところによると、突然逝かれたらしい。

また、お父さんもランナーであり、過去にはレースに出ておられたと聞いた。

何とも突然であり、私自身、バンブーにかける言葉がなかった。

ただ、言えることはバンブーのお父さんが身をもって「明日はないぞ。」と教えてくださったような気がする。

「この一瞬、『いま』を精一杯生きなさい。」と身をもって私たちに教えて下さったように感じる。

そう感じた私の気持ちを素直にバンブーに伝えた。

今の私には、それくらいしか伝えることしかできない。

バンブーにとっては予想もできない悲しい出来事であったと思うが、それに負けることなく自分をしっかりと持ち、お父さんの死を無駄にすることなく、これからも一瞬一瞬を精一杯生きていってほしいと思う。

バンブーだけではない、この悲しい出来事に巡り会った私たちも、精一杯生きていかなければならない。

この「いま」を悔いのないよう、マラソンはもちろん、すべてにおいて精一杯生きていきたい。

いや、生きていかなければならない。

そう改めて気づかされた。

くみやまマラソンを無事に終え、数日、ほっと一息つく暇もなく、次のレースに向けて調整が始まる。

足の方も徐々にではあるが、痛みも消え、張りもなくなりかけている。

なかなか良い感じである。

この調子を維持し、宇治川マラソンでは万全の体調で走れるようにしたい。


それに朝のトレーニングについても、最近は歩くのではなく走り込んでいる。

気がつくと、1ヶ月続いた。私にしてはよく続いている方である。

それに1年で一番寒い季節に1ヶ月もだ。

毎朝、暗闇の中、布団からなかなか出られない。

布団のあったかさと睡魔の誘惑に負けそうになるが、その都度「逃げるのは簡単だ!」と叫びながらおきている。

布団から出てしまえば、こっちのものだ。

後はウィンドブレーカーに着替え、i-pod を付け、暗くひんやりした街中へ出て行く。

最近でこそ、少しずつ明るくなってきたが、数日前までは、この世に私一人だけではないかと思うほどひっそりとした朝もあった。

その積み重ねの成果もあり、最近は足の筋肉も締まってきたし、ふくらはぎなど力を入れると筋肉をはっきりと見て取れるようにまでなったのだ。

継続は力なりである。


しかし、宇治川マラソンや朝の走り込みで頭がいっぱいであったのか、京都シティハーフマラソンのことをすっかり忘れていた。

気がつくと、なんと申込期間が終わっていたのだ。

やっちまった・・・・。


この冬の目標に挙げていた3つのマラソンのうち、最後のレースに走れなくなってしまった。

ちっくしょう・・・・。悔しいと言うより、さびしい。

せっかく体も締まってきたし、走ることが楽しくなってきたというのに。

こうなりゃ、別のレースに出てやろうかと考え、Webで今からエントリーできるレースを探してみたものの、今からではもう遅かった。

この悔しさは来年までお預けだ。

気持ちを切り替え、取り組もうと感じていたとき、悲しい知らせが入った。

レースを終え、何とも言えない充実感に包まれた。

確かに疲れたが、それ以上にこの達成感は得難いものがある。


「これなんだな。。。。」


ふっとあの盲目のランナーを思い出した。

景色や相手とのデッドヒートの問題じゃない。

「自分」対「自分」の戦いにおいて、どうして勝つかが問題なんだ。

そう、感じることができた。

真っ暗闇を走っておられるかもしれない。しかし、その暗闇の中で自分の前を走っているもう一人のランナーがいるはずだ。

そしてそのランナーは自分なのだろう。そしてその姿は誰よりも鮮明に見えているのだと思う。

自分というランナーとデッドヒートを繰り広げ、勝とうと努力しておられるのだ。

そう気づいたとき、自分が思い、感じていたことが、いかに失礼で、未熟であったかを痛感し、情けない気持ちになってしまった。

辛くしんどい過程を乗り越えて、たどり着けるところにマラソンの本当の価値がある。

また、ひとつ大きくなれたような気がした。


着替えを終え、帰り支度をした。

その際、「豚汁券」をもらっていたことに気がつき、せっかくだからいただいて帰ることにした。

久御山町の方々が一生懸命炊き出しをしてくださっていた。

寒い中、これほど温まり、何とも言いようがないくらい美味しい食べ物はなかった。

ほんとうに美味しかった。


あの東京以来、ボロボロになりながら取り組んできた結果、こんな達成感や普通では考えることすらしない、多くのすばらしいこと得られた。

さてさて次は宇治川マラソンである。

距離は倍以上である。果たして無事に完走できるのだろうか?

そして倍以上の達成感・満足感を得られるのだろうか?

まだまだ自己鍛錬は続く。

気を抜くことなくがんばっていきたい。

脇腹が痛いまま、何とか第1折り返し地点までたどり着いた。

ここが4.5kmくらいである。

脇腹が痛くなってからは、焦らずじっくりとペースを守って走っている。

そのお陰か、徐々に痛みが消えていった。

よぉ~し、今からいきましょか。

そう思うと同時に脇腹の痛みもみるみるなくなっていった。

徐々にペースをあげる。ただし、またオーバーペースにならないよう、セーブしながら前のランナーとの縮めていった。

さらに足も快調に動くようになっていった。痛めていた右膝もファイテンのテーピングがしっかりと固めてくれている感じがする。

「いける!」そう思ったところに8kmのサインが見えた。

あと2km。よしっ!スパートをかけてやる!

そう思い、一気にたたみかけた。足はしっかり地面をとらえ、ぐんぐんと前にでる感覚があった。

みるみる前のランナーとの差が縮み、9kmのサインまでに4人を抜いた。

まだまだいける!

そんなとき、7kmくらいで私を抜き去ったランナーをとらえた。

一時は姿が見えなくなっていたが、ここまで追いついて来たのだ。

「こうなりゃあのランナーを抜いてやる。」そう思い、必死で追いかけた。

そのランナーも私の存在に気づいたのであろう、負けじと逃げる。

こちらも意地だ。絶対抜いてやると死ぬ気で追いかけた。

残り200m位だったであろうか、やっとの事で追いつき、そのまま抜き去り、一気にゴールへ突き進んだ。

あと10m!・・・・9m・・・・8m・・・・もう、ゴールは目の前だった。

その時、あのランナーが突然、真横に現れたかと思うと、ゴール寸前で私を抜き去っていった。

結果、ほんの30cmくらいの差で負けてしまった。

くやしい、、、、、、最後のつめが甘すぎた。。。。


そんなデッドヒートを終え、何とかゴールできた。

記録は43分43秒、総合で663人中117位。30歳代では161人中26位であった。

初レースでは十分な結果ではなかろうか。

これは、予想以上の好記録だった。

さて、スタートまで30分となり、10kmランナーに集合がかかった。

順番は自己申告タイム別(「30分台」「40分台」「50分以上」)に並ぶ。

最初は、足のこともあったので50分以上に並ぼうと思っていたが、今は違った。

こうなりゃ記録を狙ってやる。そう思い、40分台に並んだ。

ただ、練習でも40分台では走ったことがない。

不安があったが、Skill より Will で行こうと思った。


いよいよスタート1分前。思いのほか緊張はなかった。

やはり私は、個人プレーのスポーツにはプレッシャーを感じない。

野球でも、これくらい平常心でプレーできればよいのだが・・・・・でも、それができていたら、今ここにはいない。

マラソンなんて出場しなくてもよかったであろう。

あの東京でボロボロになり、その思いを忘れないように自己鍛錬に励み、その結果このようにマラソンに出場することになった。

怪我の功名というか、今となっては非常に良いもの(習慣など)を得たと思う。

これでよかったんだ・・・・・。そう自分に言い聞かせた。


「位置について、よーい。」・・・・・・パァ~ン!!


いよいよ始まった。

もう、逃げない、やるからにはとことんやってやる!

目標としては、1kmを4分で走る。このペースを守ると40分台で帰ってこれるはずである。

団子状態から、徐々にばらけていく、残されてはなるまいと、必死について行く。

風が冷たく、曇りだったので思いのほか、体が温まるのが遅い。
その上、先の見えないコースというのは非常に長く感じる。

1キロごとに表示があるが、「えっ!まだ2キロ?」ってな状態である。


私の少し前に盲目のランナーがおられ、誘導の方と一緒に走っておられた。

この方は、周りの景色が動くことはない。考えてみると暗闇の中を走っておられる様なものだ。

周りのランナーも見えないので競い合いもないかと思う。


楽しいのだろうか?


そんなことを考えながら、しばらくその人のペースにあわせて走っていた。

しかし、徐々に差が広がっていく。

そう感じた頃、右脇腹にピリッと痛みを感じた。

その痛みは徐々に広がり、気がつけば呼吸をする度に痛みが走った。

「やばっ、オーバーペースだ。」そう気づいたときには遅かった。

その後、徐々にペースが落ちる。みるみる抜かれていく・・・・・・。あわわ。。。

落ち着け、まずはペースを整えて、脇腹を治すことだ。

そう考え、大きく呼吸をしながらできるだけ酸素を多く体に送り込んだ。

まだ、4kmをこえたところである。10kmってこんなに長かったっけ?

予想以上に長い。いつも11kmくらい走っているはずなのに。。。いったい、どうなってんだ!

記録どころか、完走できるのだろうか?

不安が一気に押し寄せてきた。

今日はくみやまマラソンの日だ。

生まれて初めてレースに出る。


足の方は・・・・・、強い痛みはないが、何とも言えない張りというか足の体勢によっては微痛が走る。

しかし、出場すると決めたからにはできる限りのことはしてやろう、リタイヤしてでも走れるところまで走ってやろう。そう思っていた。

さて、出場はするが、今日は私には応援団がいない・・・・・。

と、言うのも次男が音楽教室の体験に行くということで、家族は全員そっちに行っている。

すべて1人でしなければならない。

会場に着くとまずは受付を行い、ゼッケンとRCチップをもらった。

このRCチップを靴につけて走ると正確に記録を計ってくれる。すごいものだ。

すべてが初めてだったし、だれ1人相談相手にもなってくれないのでオロオロしてしまった。

受付をすませ、控え室に入り、時計を見た。

レースまで2時間ほどある。


そんな中、長男の同級生のお父さんが参加しておられ、奥様から聞いたのか、私が足を痛めていることを知っておられた。

そして、1階でファイテンの即売会をしており、その横で無料ケアコーナーがあると教えてくださった。

時間があったし、私としては痛みを取ってくれるのなら、何でもしたいという気持ちであったので、さっそく無料ケアコーナーに行き、相談に乗ってもらった。

その結果、私は学生時代にスノーボードで左膝を痛めている。どうも走っている中、その左膝を無意識にかばい、その影響が下の足首に行き、そして左足全体をかばおうと右膝にいったのではないかとのことであった。

そういわれればそうかも?と、思ってしまった。

ついては、マッサージのあと、テーピングをしてもらった。

その結果、気持ちの持ち方もあったであろうが、左足首と右膝の痛みはほとんどなくなっていた。

正直驚いた。

「いける!」自分の中で何かパチンとはじけたような気がした。

同時に念のため痛み止めを飲んだ。

走っている途中に痛くなったら最悪だ。とにかくゴールまで足が持ってくれればよい。

外では次々とレースがスタートしていった。

10kmレースは最後のスタートである。期待と不安が交錯する。