バンブーのお父さんが亡くなられ、1週間ほどたった後、わざわざバンブーが挨拶のために私の部署まで来てくれた。
思いのほか元気だったので少し安心した。
その際、お父さんが亡くなられたのが日曜日だったので、宇治川マラソンのある日(日曜日)に法事などがあるのではないかと思い、出走できるか否かを聞いてみた。
「もちろん出ますよ。ありがとうございます。」
と、元気な返事が返ってきた。
さらにホッとした。
悲しいことではあるが、いつまでも悲しんではいられない。
前に、前に、そう生きていかねばならない。
お父さんの思いをバンブーはしっかりと受け止めていると、そう感じた。
そんな中、バンブーからこんなメールが届いた。
「なんと、タイムリーなことにウチの父親が京都シティハーフにエントリーしていました。このまま走らないとエントリー代がもったいないので、出場を狙われていたキャップにどうかなと思い、メールさせていただきました。ご検討いただければと思います。以上よろしくお願いします。」
非常にうれしいことではあるが、正直とまどった。
お父さんの代わりに走るなんぞ、良いのだろうか?
返事には、正直に私なんぞで良いのか。もっと適任と思う人があるのではないかと、返した。
その後、バンブーから、下記のメールがあった。
「ご丁寧にありがとうございます。私が適任と判断するのは非常におこがましいのですが、出場をされたい方にバトンタッチするのが、一番、望んでいることかと思います。ぜひぜひ出走してください。」
ありがたかった。
ここまで言ってもらえるのなら、微力ではあるが、お父さんの代わりにぜひ走らせて頂こうと思い、快諾させて頂いた。
大切なお父さんのエントリー枠。そして息子と一緒に走ることを心から楽しみにされていたに違いない。
そう思うと、みっともない走りだけはできない。
何とも言えない大きな大きなプレッシャーがのしかかってきた。