【13】より続く。
大塔線4号隧道を後に進軍再開…した直後。
大きめの橋が行く手に見えた。大塔川でなく支流に架かる橋で、普通の桁橋がここでは逆に新鮮。
すぐに橋に到達し、正対。時刻は15時53分。
親柱がない(失われた?)、欄干の低い橋。現在地こちら。
その先、正面には、
いやでも目に入る、次なる隧道!
6本の隧道を追いかけてきたが、この5本目の隧道を肉眼に捉えたことで、残すは1本となった。そしてそれは、地図読みではもうわずかな距離。
ずっとパンクの危険に怯えながら遡上してきたこの林道は、【1】の冒頭で書いたとおり、弘法杉分岐より先は通行止めとなっていて、当時はその地点がどこなのかさえわからず突入しており、6本の隧道をすべて拾えるのか、それも危惧しながらの進軍だった。
が、ここへ至ってそれがどうやら叶いそう、ということが実感でき、二重苦の片方が解消されたことで、ずっと感じていた緊張感が少し緩んだ。
案外、それによって気持ちにいくらかの余裕が生まれたことが、この後の発見につながった…のかもしれない。
わたくし的にここから一連の流れが、この「大塔川遡上の旅」のクライマックスだった。
橋上から望む、上流側。
すぐそこに、古びた砂防堰堤があった。
こちら下流側。
こちら間もなく、大塔川に注ぐ。
橋上からこの写真を撮った時には、まだ気づいてなかった。
単に対岸、古い石積み護岸がイイ感じだな、と思っただけで。
てか、渡った先の広場然としたあたりとか、この林道に入ってからここまでで、もっと穏やかな一画だ、ここは。
渡りきって振り返り。
両側ともに親柱がなく、一切の情報不明。
なので、帰ってからの調べで判明した谷の名前を拝借し、「中小屋谷橋」との仮称をつけた。お誕生日は…ここまでの流れでいえば、昭和30年代前半かな?
さて、改めて2枚上の写真をご覧いただきたい。続いて目前の隧道を…という流れだが、あるものがわたくしの足を右方向に向けさせた。
古い石積み護岸がイイ感じ…
だけじゃなく、この感じは…ヤバくないか?
逸る気持ちを抑え、振り返っての中小屋谷橋(仮)。
こちらに向かって石積護岸が伸びてきていて、
それは明白に、
誘っている…。
これは間違いなく、何かがある局面だ、あの先に。
何がある?
【15】に続く。









