楽しけれども神経摩滅…大塔川遡上の旅【14】~中小屋谷橋(仮)(和歌山県田辺市本宮町静川) | 穴と橋とあれやらこれやら

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初めまして。ヤフーブログ出身、隧道や橋といった土木構造物などを訪ねた記録を、時系列無視で記事にしています。古い情報にご注意を。その他、雑多なネタを展開中。

【13】より続く。

 

 

大塔線4号隧道を後に進軍再開…した直後。

大きめの橋が行く手に見えた。大塔川でなく支流に架かる橋で、普通の桁橋がここでは逆に新鮮。

 

 

 

 

すぐに橋に到達し、正対。時刻は15時53分。

親柱がない(失われた?)、欄干の低い橋。現在地こちら

 

 

 

 

その先、正面には、

いやでも目に入る、次なる隧道!

 

6本の隧道を追いかけてきたが、この5本目の隧道を肉眼に捉えたことで、残すは1本となった。そしてそれは、地図読みではもうわずかな距離。

 

ずっとパンクの危険に怯えながら遡上してきたこの林道は、【1】の冒頭で書いたとおり、弘法杉分岐より先は通行止めとなっていて、当時はその地点がどこなのかさえわからず突入しており、6本の隧道をすべて拾えるのか、それも危惧しながらの進軍だった。

が、ここへ至ってそれがどうやら叶いそう、ということが実感でき、二重苦の片方が解消されたことで、ずっと感じていた緊張感が少し緩んだ。

 

案外、それによって気持ちにいくらかの余裕が生まれたことが、この後の発見につながった…のかもしれない。

 

わたくし的にここから一連の流れが、この「大塔川遡上の旅」のクライマックスだった。

 

 

 

 

橋上から望む、上流側。

すぐそこに、古びた砂防堰堤があった。

 

 

 

 

こちら下流側。

こちら間もなく、大塔川に注ぐ。

 

 

 

 

橋上からこの写真を撮った時には、まだ気づいてなかった。

単に対岸、古い石積み護岸がイイ感じだな、と思っただけで。

 

てか、渡った先の広場然としたあたりとか、この林道に入ってからここまでで、もっと穏やかな一画だ、ここは。

 

 

 

 

渡りきって振り返り。

両側ともに親柱がなく、一切の情報不明。

 

なので、帰ってからの調べで判明した谷の名前を拝借し、「中小屋谷橋」との仮称をつけた。お誕生日は…ここまでの流れでいえば、昭和30年代前半かな?

 

 

 

 

さて、改めて2枚上の写真をご覧いただきたい。続いて目前の隧道を…という流れだが、あるものがわたくしの足を右方向に向けさせた。

 

古い石積み護岸がイイ感じ…

だけじゃなく、この感じは…ヤバくないか?

 

 

 

 

逸る気持ちを抑え、振り返っての中小屋谷橋(仮)。

こちらに向かって石積護岸が伸びてきていて、

 

 

 

 

それは明白に、

誘っている…。

 

これは間違いなく、何かがある局面だ、あの先に。

 

 

何がある?

 

 

 

【15】に続く。