『息子』って、何で「息」の「子」って書くんでしょうか?
私は『「自分」の「心」を宿している「子供」だから?』って思ったのですが、そうではないんだそうです。
『息子』の「息」は、元々は「生す(産す)」と書きました。
日本国歌『君が代』の「苔のむすまで」の「むす」と同じです。
「むす」には、草や苔が「はえる」という意味があり、それは、天地の初めに現れた造化三神の2神「タカミムスヒ」と「カミムスヒ」の「ムス」に由来します。
この2神は「生成神」という神様で「農耕」や「生産」に関係している神様です。
「産霊(ムスヒ)」は神道における観念で、天地・万物を「生成」「発展」「完成」させる霊的な働きのことを意味する言葉となります。そのため、「むす」は「生産」や「生成」の意味し、「むす」を『生す(産す)』と漢字で表すようになりました。
そのため、「生す」は「子供を養い育てる」と言う意味を持つようになり、男を表す「子(男性の尊称・自称)」と女を表す「女」が合わさり、「生す子(むすこ)」「生す女(むすめ)」となりました。(「生す彦」「生す姫」。『古事記伝』には「男は牟須古(むすこ)、女は牟須売(むすめ)と訓むべし」ともあります。)
また『息』には「生きる」という意味がもともとありました。
『息』は「生きる」の「やまと言葉」で、「鼻」を表す「自」と「胸の内」を表す「心」が合わさった漢字です。
「命」の語源は「息の内(いきのうち)」 という説もあるくらい、日本語では「息をしていること」は「生きていること」を意味します。
そのため「生す子(むすこ)」は『息子』と表すようになり、現在に至るというわけです。
さて、「生す女(むすめ)」は『息女』とは書きません。『娘』と書きます。
『娘』は元々「お嬢さん」にも使われている「孃(嬢)」と書きました。
「孃(嬢)」は「女」と「襄」からできていています。
「襄」には「あわせに綿を詰め込む、入れ込む、割り込ませる、柔らかい」という意味があり、「孃(嬢)」→「柔らかい女性」→「むすめ(簡略化し『娘』)」を意味するようになったというわけです。
人間の歴史は「生成」「発展」「完成」の繰り返しであり、その意味が『息子』や『娘』にもあると考えると、「子供」の存在は人間の未来創生には欠かせないことなんだなぁと思います。未来ある「子供」達のためにも大人がしっかりしなければいけませんね。
参考URL:
https://ameblo.jp/qiph/entry-12485514939.html (『どら息子』の「どら」って何!?)
http://gogen-allguide.com/mu/musuko.html
https://www.weblio.jp/content/むす
https://kokopelli-hopi.com/japanese-anthem/
https://ja.wikipedia.org/wiki/むすひ
https://mobility-8074.at.webry.info/201312/article_11.html
https://blog.goo.ne.jp/tudukimituo1028/e/3a3aeb7bbb9d8581c26c76ecfffce780
https://ichigoichina.jp/kanji/3/子
https://kotobank.jp/word/息-431101
http://www.ishinomaki.jrc.or.jp/img/hohoemi08.pdf
http://gogen-allguide.com/mu/musume.html
https://blog.goo.ne.jp/tudukimituo1028/e/395dc0797a1abda9ae9e71ea31e80500