今夕の我が家は お好み焼きだった。


当然 私はそれに 直接 ソースはかけない。


小皿にソースを注ぎ つけて食べる。


醤油5cc=塩1gソースは10cc=塩1gぐらいと私は自己判断しているので だされてある小皿に適量入れる。

されどソースだけでは 量に欠くのでマヨネーズで増量する。

そして 塩分を考慮し白飯を食べる。


傍らでは息子は 皿まで食べる勢いで焼かれてくるお好み焼きを仇のように食べている。

ソースたっぷりのお好み焼きを 横からたべてみるとやはり美味である。

私のものより はるかに美味である。


長い年月 食事管理をしているため制限解除をしてしまおうというような想いは さらさらならない。


されど やはり美味しいものは 塩分・蛋白質・脂肪が適度の絡み合って 旨味を醸し出すということは

言うまでもない。事実のことの様である。






今日の夕食は チャーハンとから揚げ等が並んでいる。


19歳と17歳のの子ども2人、やはり蛋白質(Protein)は動物性に向かっていくのはやむなしの部分あり。


私はチャーハンに白飯で塩分Control.


汁ものとして ニラの卵つりを食べているが、私はニラのみにしてもらっている。

Cholesterolを考えているからである。


明日から6日まで また忙しいのだ。



この文章を読んでいる人の中には 同病の人々が少なからづいる様に感じる。


私の場合 ネフローゼ43年。ステロイド離脱23年。


とこの病気は 自身とほぼ同化している。 私=ネフローゼ。ネフローゼ=私である。


よって 56歳という 今の私の年齢のせいもあるのだろう。


この病気を完全に治し切ってやるという、そんな真っ向上段からのスタンスは 正直今はない。


だが かっての私にも「 この病気を治し切ってやる。自身の全知全能をかけて健常レベルにもどってやる。」


そう 決して生きていた年月はあったように記憶している。


それにしても 私は 一体どんな心的スタンスで この病いとともにいきてきたのだろうか?。


健常者への羨望(envy)。嘆き。諦観。 克己心。


決して一定ではなかったように思う。


恋愛成否、社会的肩書の高低、なにより病状の良い・悪し等によってブレまくっていたように思う。

もう少し毅然たる方向性を堅持して生きてくればよかった。

自業自得かとも今の年齢になって溜息が出てくる。