恢復を心に決してから 真の恢復基調までの月数。

その月数は 今後ご自分が 生きていく上に於いて 困難に遭遇した時の指針になりうると思います。

凹んでも あと何月 辛抱と頑張りを発揮すれば 好転していくか 転換点が おおよその想像がつくからです。


人生に於いて自分独自の「ものさし」が出来あがってくると思います。

無形の資産となり得ると思います。


腎臓への配慮です。

足は冷やさないように ソックスをはいてください。


塩分の多いいものは ごく少量。

薄味のものは 適量摂取ですよ。

今日は休日 眼が覚めた後も 直ぐには動かず 疲労がたまっているか否かの自己チェック。

母が入院するので 洗濯物は私が干した。

先日が雨だったためと部活をやっている息子のユニフォーム等 干す量は半端ではなかった。

手すりにまで洗濯物を干した。

傍らを ちょうちんトンボが一匹 忙しそうに飛んでいた。


今 治療を継続しても好転せず 心落ち込んでいる人 自宅療養にて 就労を止められ気持ち淀んでいる人

様々だとお察しします。


自身を振り返っても 吐息と劣等感に苛まれていた年数は半端ではありませんでした。

されど 粘りづよい治療 生活管理 年数という薬や若さという生命力等が 完全寛解ではありませんが

寛解というものを もたらしたようにも感じます  (ステロイド離脱24年 検査結果は別の日を参照)。


たとえば 紫陽花が今を盛りに咲いています。雨の中の その花のブルー 心洗われるほど綺麗です。

されど 咲くまでには 強い雨風 冬の雪をくぐり抜けて 今やっと咲き誇っているのです。


「恢復するためには 根気よい治療 粘りづよい生活管理をくぐり抜けることだ 不可避」ではないのでしょうか。


PS 病状不安定の月日のなかにであっても 自愛することのできる人= 賢人または 勇気ある人だと思います。

  「大丈夫。病状好転する日は必ずくるから!」


今宵の我が家は 塩焼きそばだった。 それを食べながら ふっと思い出したことがある。

今は知らないが 慢性腎炎のネフローゼは 腎ⅡB  腎ⅢBだった。

Bになると 時折外のものを食べていた。


小児科病棟の南に焼きそばやがあった。関西なまりの夫婦が鉄板を前に忙しくしていた。

この店で「腎臓の焼きそば」 というと主人が こてを鳴らしながら焼いてくれた。

味付けはソースではなく 薄口醤油だった。

その色は 今宵食べた 塩焼きそばと同じ 色白焼きそばである。


焼きあがった焼きそばが へぎに入ると 後は 奥さんが新聞紙にくるみ渡してくれる。

新聞紙から伝わってくる 焼きそばの温かさが なぜか懐かしい。


病室に戻りベッドの上で それぞれ新聞紙を広げ食べる。美味しかったし 楽しみの一つでもあった。


退院後 その店で「腎臓の焼きそば」を食べたが 美味しいとは感じなかった。

  お好み焼きも食べてはみたが 鰹節の粉がおおくて やはり美味しいとは感じなかった。


 ネフローゼも治癒しきったと感じ普通の焼きそばも食べてはみたが 味が濃すぎて自分には合わなかった。

その店の場所は 今は 居酒屋になっている。むろん 店名も変わっている。