幸福論の中に映画の割引券が張り付けられている。

観に行って感動したのかもしれない。


映画といえば「追憶」という作品があった。

原題もよかった。「The way We were」

①「私達がともにしていた暮らし」  ならば 省略されているのは関係代名詞?。

②「私達がともに暮らしていた時の お互いの距離」 ならば 省略されているのは関係副詞?。

どちらにせよ 余韻 溢れる タイトルである。


邦画にあっては「東京物語」

齢を重ねていく人間のあり様が 淡々とかつ鋭く描かれていた。

尾道の町並みもよかった。


この作品の弟子にあたる監督が「家族」という名作を産んでいる。

ある一家が九州から北海道へ開拓へ向かう。その途上の出来事を映像化していたと思う。

 齢を重ねていくことへの 人間のわびしさ・無力さ。

一家を支える主じの 微力さ等を 正面からとらえていたと思う。


PS 私は これら邦画2本はビデオでしか見たことはありません。

   弟は息子の試合観戦に 妻と出かけ。

   後 母の入院先へ見舞の予定。

   娘は 朝からアルバイト

   本当にゆったりとした 本日である。



そう もう一つ読んでいた分野があった。

「幸福論」の本である。

病状不安定は 心もそうする。不安定さから抜け出て 少しでも心安定になりたかったのだろう。

退院後も読み返していたのが バートランド・ラッセルの「幸福論」だった。

「幸福論」と記されてあるが 原文とタイトルは「the conquest of happiness」=幸福とは征服するもの。

彼はそう言いたかったのではないか とこの本を取り出すと 想起できるのである。


そして この本のところどころに 昭和62年(32歳時)の再発時のメモ書きが残っていた。

6月29日より 安静

7月6日より  ステロイド4錠

8月14日   ステロイド2錠

   22日  蛋白尿(-)もステロイド2錠 減量にならず 。

        コレステロール 282mg?/dl 改善しないため。

9月10日  コレステロール改善しないためステロイド2錠のまま。 

       蛋白尿(-)

 そのあといつ完全離脱できたか メモはないが 最後は 半錠を 3日服用。4日休み。それを繰り返し 完全離脱となった。その後 24年間ステロイドの服用はない。


PS いますこし 「建前」で生きていこうと思っていたのに 「本音」=「愚痴」がこぼれてしまった。

   注意である。





コレステロールはどんな構造式をしているのか?。

ブドウ糖は どんな構造式をしているのか?。もっと知りたくて短1のとき 4大再受験をしようと勉強は始めた。

頑張りすぎて再発1年以上のの入院 結果2年の休学と相成った。

この入院中 私は本をむさぼり読んだ。


ジャンルは 難病に罹っている人が書いた自叙伝・その他箴言集が主だった。

死に向かう病気にもかかわらず 何故この人はこんなに強い自己形成ができるのか?

自身の病状を何故こんなに 赤裸々に書き綴ることができるのか?。

彼らの文章から ネフローゼという自身の病気に対しての立ち向かい方を必死に学びとろうとしていたのだ。


箴言集だったか 名言辞典だった「病める貝殻のみに真珠はできる」そんな言葉に出会い

精神的にずいぶん助けられた思いがある。

 わたしも同じ病める貝殻なのだが 努力不足なのか 注力すべき方向やタイミングが悪かったのか 真珠はできなかった。


人の心とは不思議なものである。

同じ言葉でも その時の心のあり方ひとつで 大きく価値を発揮する時もあるし 全く価値をはらまず ただ通リ過ぎていくだけの物と化す時もある

 明日からまた少々きつい日がある。

 乗り越えなくてはならないのだ。