検査結果によって 今後のステロイドの服用量が決まっていく。

主治医に胸中の悩みを聞いてもらいたいのは患者心の一端である。

されど医師は 回診・外来と忙しい。それゆえ 聞いても今一つ反応が鈍いときがある。

ならば 医師の興味心を刺激してみるのも一法ではないか・・・?。


「糸球体基底膜はマイナスに荷電。体内でアルブミンもマイナスに荷電。糸球体基底膜をマイナスに荷電するような新薬の開発はされてないのですか?」

大きな病院に通院しているのなら 「Glomerular basement membrane」=糸球体基底膜。

横文字発音で問いかけるのもいいかもしれない。

腎臓内科の医師なら かならず 反応してくるはず。

興味心を刺激して それに乗じて 胸中の思いを聞いてもらう。アッピールは大切なのである。

医師も患者も お互い人間である。


今日は休日

入浴後 ベランダに出てみる。涼風あり。夕刻の空の青は どこか柔らかくやさしいタッチだった。

上空をB747が西進していた。

「平凡でも日常の生活が 滞りなく送ることができる」 人はそれこそが幸福だと気付かなければならないと改めて感じた。

配偶者は残業。姉弟はTVを観ながら 何か語り合っている。

俵萌子という作家がいる。乳がんになり乳房切除。


温泉等に入る時 同性であっても その視線が気になったという。(乙女心であろう。)


それならと 知名度を生かして乳がんの人を集め  みんなで温泉へ。そして みんなで湯船にドブン。


お互い視線を気にせず 病歴のこと等 話し合ったと聞く。


大きな病院だと同じ病気の人いると思う。


待ち時間 その時でもいい。 同じ病気の人と会話するだけでも 気持ちは柔らかくもなってくる。


同病異夢だが 日常生活にあっての悩みには共通項もあるはず。


自己管理は自己責任だが 悩みは決して自分だけに抱え込まないでほしい。

糸球体とボーマン嚢を腎小体。腎小体と尿細管をネフロンという.


一個の腎臓にはネフロンが100万個あるという。そして100万個のうち 実際機能しているネフロンは10万個程度という。不測の事態が起きた時の予備だという。


「ならば 何故 私の予備のネフロンは正常に機能しないのか?。ネフローゼを患った腎臓はすべてのネフロンが 透過異常となるのか?」と医師の聞いたことがある。 答えはなかった。

まあ 死の一歩手前まで行っていた自分の腎臓、全体的にダメージが及んでいることは自覚はしていても

たまには こんな意地の悪い屁理屈も並べたくもなっていたのだ。


膜性腎症の中には 自然治癒という文字が出ていたように思う。

だが 私は医師ではないので そうなる人の割合は知らない。

私は自分のネフローゼを介してしか 語ることができない部分がある。

また同時に 語りつくせる程簡単な病気だともおもってはいない、そうも実感している。


心理カウンセラーや心療内科受診も一法かもしれない。

どんな自己形成したらよいか どんな風に物事の捉えたのがよいか・・・・。

自己決心は自分だが 決して一人でひっかぶってはいけないとも思う。