Harunから蛋白がとめどなくでるように 胸中不安がとめどなく溢れ出てしまう夜 多々ありましたよ。

人間 生きているだけで崇高なのだろうが 

屈託なく学校に通う友人達、 残業しても翌日 平気で早朝出勤してくる同僚達、

 自身にとり付いた病気の質とその日の体調をベースに比較していたからでしょう、 その日の病状によって 落ち込んだり 僻んだりの自分でしたよ。

ネフローゼに対しての 心的スタンス?。 どんな意識レベル?。

世界1 日本1 明確に意識し それを目指す 毅然たるスタンスとレベルならいいのですが凡人クラスの自身にとってはなかなかです。

毅然たる覚悟を持とうとするのですが 先日の検査結果が思わしくないと知ると 舌の根も乾かないうちに その覚悟は 悲観に様変わりをしていましたよ。

どうにかならないのか このひびのはいった我が腎臓。

そして どうしたものか 我が心 そんな日々も多くありました。

PS 広島カープの選手だった小早川氏確か ネフローゼ症侯群だったと思います。

  同病でも 完全復帰の好例と思っています。こんな例を知った時 思い返した時 人の心というもの 生きる勇気がわいてきます。正しい方向に 心が向いている証拠でしょう。


明日からの研修に向けて また資料を作成といきましょうか。

さて今日はどうかな?。

夕刻 ドーハからのカタール航空 B777、直ぐ後アラブ首長国連邦ドバイからのエミレーツ航空B777 その後 チンタオからのANA B737観えるかな?






親戚の人と病気の話になった。

「ネフローゼ症侯群、いまも 対症療法でステロイド服用が中心だ。」

「今もか!」 彼の言葉はつづいた。

「腎臓に針を刺して細胞を採る。正常な部分を培養して腎臓に戻す。そんな画期的な開発は出来んのか。」

出来たらいいと思う。思うというより 腎臓病で長く患っている人のとっては願いそのものである。


小児科を 「こじか」。

整形外科を 「せいけいがいか」

高校時代 本気でそう言ってた友人がいた。

うらやましい限りである。


そう いかんせん プレゼントは交換できても 人間は 心も体も交換することが出来ない。


今月だったか、 ある高名な医師の講演会のことが出ていた。

「蛋白尿は腎臓の涙」

思わず 大きく頷くことが出来た。

昨日の友人が別れ際言った。

「お前 スロットルが777になったとき 居眠りしてたときあったろ。コインが床に落ちていた。」

別添2月12日の記事同様 私にはまったく記憶がない。


今朝は食欲(Appetite)がなく 起床時から眼がしょうぼついていた。散歩に出たが すぐ戻ってきた。

研修の疲れが 眠気を伴って出てきた。2度の仮眠ができたが眠気は抜けきっていない。

今夕は3日に1度のアルコール摂取日だが のみたくても止めなくてはならないと決している。

この英断 NHKのNewsに出るかもしれない。まあ それは

Jokeだが こんな ささやかな自己管理ができるか否かが これからの自分の自立の度合いを決していくのだと思っている。


食生活 社会生活 治療 心的スタンス等は ネフローゼ症候群のものにとって 管理は「イロハのイ」である。

そして 自分の腎臓がどのくらい上下左右の融通に耐えうるか、この部分は 各自が日々の管理の中で 嗅ぎ分けていかなくてはならない部分。つまり 応用部分と言うか 個別展開部分ともいえようか。

ネフローゼ腎に 取り組んでいるのが主治医なら

ネフローゼ腎に 心底から取り組まなくてはならないのは あなた自身なのである。

言葉は妙だが 慢性腎炎患者としての「患者学」。 持っていて損はないと感じる。