私は西洋医学のほうである。

入院中 医師には内緒で漢方薬を呑んでいたことがあったが そのうち止めていった。


なかには 漢方 宗教 民間療法等へと替わっていった人もいた。

「よくなった!。」と病床に報告に来た人もいた。

退院の目途もなく 入院の日数がただ々 長引く自分には 眩しくも羨ましくも映えていた。

「現状の治療方向ままでいいのだろうか・・・?!。」と本気で悩んでいた日々もあった。

「もっと 他にいい治療法はないものなのか!」、と医師に対しての疑念も抱いていた時もあったと記憶する。


振りかえって 思うに

治療方法をどんな方向に変えようとも 食事 生活 薬剤すべてが 現状より緩和されうることは少ないのではなかろうか!。

どの部分かは 窮屈になったり 厳しくなったりする部分が出てくるのではなかろうか?!。


治療は自己選択だが そういった部分もよくチェックしてからの方向転換がいいと考える。

「よくなった!。」

唯 そのひと言のみでの方向転換は 不安と後悔のみになってしまうこともありうるのだ。

「よくなった。」その言葉の下面深部で その人は 従来よりも 厳しい自己管理と制限を強いられていたのかもしれないのである。そのあたり看破する必要あるのではないか。

方向転換 深い納得と強い自覚が 必要となったりするのである。


                                         以上 私見。


バイクの後方に籠をつけた。格好はいまいちなのだが必要なのである。

母の足の再手術があったり

配偶者の叔父がなくなったり ここ10日ばかり 忙しかった。

実弟が 飼っている犬を 母に見せたいと言うので 病室から車椅子で 病院玄関まで 今昼 連れて出た。

50日ぐらいの再開であった。お互い 嬉しそうにしていた。

このワンちゃん 近く 獣医学部で手術の予定である。


夕刻 川沿いに散歩に行った。

日曜日の夕方 父子が釣りをしていた。

成果が上がらないからだろう。子どものほうは退屈して 釣竿を川の中に突っ込んだまま

泥遊びをしている。


川辺を鴨の親子がおよいでいた。

近所の人が一眼レフをもってきて 盛んにシャッターを押している。

母親の後につづく6羽ほどの小鴨は 本当に愛らしい。

心 救われるようだった。


上空は 羽田行きのB787が飛んでいた。

北からは 関空行きのB747が 高度を捨てていた。

何度 再発して寛解への往復をしたのか 回数は忘れた。それほどそれは多い。

若い頃の夏場の 再発の一因は アルコール過多だった。

暑い。ストレスがたまる云々 アルコールを煽る。

一時の開放感 人生を制覇できたような 昂揚感。

呑みすぎが続いて 今宵は呑むまいと思いながらも 思った瞬間にはボトルにもう手が伸びていた。

酩酊中は現実から開放されて天国ようだった。


そのうち 就労と重なり 蛋白の試験紙は 陽性の色へ

だが 「まあ 量を減らせば 大丈夫、来月は暇な月だ。」と自分に言い聞かせた。さらに

「自分に限っては・・・!。」と弱い人間に限って そんな身勝手なことを願ってみるものなのだ。


だが現実は はめを外したぶんの咎めは 必ず来る。

過労も重なり受診。「一過性かな・・・?」と問われても、不摂生の極みであった。

それを思うと そう願いたいが そんな筈はないことは、 経験上 本当は自身が一番よく知っていた。

今さら 安静にしても 節塩しても スイカを食べても ステロイドはかわせなかった。       ネフローゼ=そんな甘い病いではないことは自身が一番よく知っていた。

すべて自己責任だった。


ステロイドの投与開始は 淀みもなければ躊躇いもなかった。

逆に 離脱は ティッシュを1枚ずつはがす様に慎重であった。


梅雨時をふくめ 体を必要以上に冷やさないようにしてください。