糸球体腎炎にたいしての薬剤 治療方針は ゆっくりだろうが確実に進んでいってはいるのだろう。

腎臓病学会でも その成果は発表されているのだと思う。


だが一患者として

好成績をあげた治療方針は その後どうやって一般地方病院のほうへと普及して行っているのだろう?。


IN時代である。

各大学病院等であげた治療結果等を 派閥をこえ何処か一括・集約 その後まとめる。そのまとめた情報を 全国の内科医等に公開、そんなシステムになっていないものか!。そう強く感した記憶があった。

ネフローゼ症侯群。

 微小変化群 Iga腎症 巣状糸球体硬化云々

 性別 年齢 就労(強 中 軽) 

 症状=詳細にクラス分け 

 薬剤( ステロイドと免疫抑制剤の投薬量)

その後の経過等 記された情報があれば 地方の病院にあっても 全国レベルの最大公約数的治療方針の組み立てができるのでは そして1月でも早い社会復帰が可能になるのではと感じた次第であった。


仕事用のかばんが壊れた。買いに行こうと思う。PC量販店である。プリンターのインクも購入しなければならないのだ。

これが昔だったら行き先は 同じアーケード内にあった個店のかばん屋であった。

だが 今はシャッターは閉じたまである。

引っ越した今は 住宅街だが アーケイド街は懐かしい。

12月ともなれば 向かいの店が隠れるほど 人の往来があった。






眩暈のため AM 耳鼻科に行った。それに対しての一般的な薬が処方された。


後 1人でモスバーガーへ行った。昼前なので店内はがらんとしていた。

そういえば 家族4人で近くの公園へモスバーガーを買って時折出かけていた。

姉弟は タマネギを口腔から 「ぷー」「ぷー」と吐き出しながらも 懸命に食べていた。


息子が 中学校の頃だったか 家族で行ったときのこと

4人分の注文がテーブルに置かれたころには 息子は もう既に自分のハンバーガーを食べ終えて

カウンターへ 走っていっていた。


この息子 小学校の頃だったか

「コンビニで ハンバーガーを買ったら ビスケットみたいになった。」と首を傾げていた。

レンジで温めようとしたらしかった。だが レンジをトースターと間違ったらしい。

5分ほどレンジで温めたようだった。水分はとびカリカリなったようだった。


その息子が先日 真顔でとってきた。

「ノーマルをスタッドレスに交換するのは いつ頃がいい?」

「早目がいい。」成長したものだと思わず笑ってしまった。


親が子どもに抱く思いの1つに「大きくなっても 子は子。」そんな思いがあるが 先日はそう実感できた。

そしてそんな思いは リュウマチと脳梗塞で体の不自由な81歳の母親が ネフローゼ腎と目下 眩暈で

本調子ではない57歳の中年息子に抱く思いと同じであろうかとも感じた。


アルコールの摂取量を 減らしてまでもResume等に注力した結果の1つが これでは少々情けないが

これが 現象とならば やむなしといったところであろうか。



数日後

起床時 酷いめまいに襲われた。

仕事を休んだ。

上体を動かせば 壁は回り、横臥すれば 天井はまわり吐き気がきた。


数年前 救急車にお世話になって以来の強烈なめまいだった。

3連休を含め計 5日間 安静を強いられた。

疲れが蓄積していたのだろう、夜も眠りこけたが 仮眠も15~6回はしたと思う。

先週どうしても 2日間だけは勤務したが なんとか 職場で倒れることなく乗り越えることができた。

自己管理といっておきながらこの体である。

そういえばここ6か月ほど 意図的に安静を保ち 疲労の度合いをチェックすること怠っていたように思う。新たな職務内容を覚えていくのに 休日も必死であった。


今これを記しながら 印象に残っていることがある。

それは めまいに襲われる 数日まえから 歯を磨いても 磨いても 歯垢が付着し 口腔内が粘り すっきりしなかったことである。

因果関係を 別にして 何かおこる前には 必ず 予兆めいたものがあるということである。


歯で思い出したが、

友人A子。

日ごろから憎々しい姑の 入れ歯を 自身の飼い犬が 興味半分で噛んだという。

気分爽快 だが なにか文句を言い出すかと 様子を伺ったが 姑は いつもと同じだった。

飼い犬をしっかり褒めてやったという。