耳鼻科受診へ

医師の指示で看護師が椅子を左回転 次に右回転。

その際 少々眩暈が来た。

「まだ きますか?」医師の言葉を聞きながら 思い出したことがあった。


友人が突発性軟調で入院した。入院していた男たち 別嬪の看護士がくると 皆決まって眩暈がきたと

その彼女に倒れこもとしたという。男たちは皆正直者である。


が、 脆い。 口では大きいことを言っても 検査結果が悪いと すぐふてて びり口三太郎になる。

男は 結果がよくなって初めて 病に立ち向かう勇気が湧いてくる、そんなところがある。

客観的事実先行型なのかもしれない。


翻って 女性たち 検査結果が横ばいでも 悪化でも まずは化粧をして 髪をとぐ。どこか受容的で

男性のように じたばたしない。笑みさえ宿していた。

それは やはり 生命を宿し 育み 産み出すという性からきているものなのだろうか、、、?。


ネフローゼの私と肝臓病の友人と らーめんを食べに行ったことがあった。

私は 塩分が気になり 店の人に判らないように コップの水で味を薄めた。

一方 肝炎の彼は 箸でもちあげた麺についているスープの脂肪分が気になるのだろう、箸を左右に振り

スープを振り落としていた。

腎臓 肝臓を病んでいる人なら 思わず納得できるかもしれない。


寒くなってきます。


風邪など引かないように!。


とりあえず このネフローゼというもの


悪化するのは早いのですが


恢復基調に達するまででも 時間を多く要します。


再発~恢復へ


たったこの4文字の間にあっても


何度も落ち込み 何度も投げやりになり 何度も 周囲からここのない言葉を受けたかと思います。


されど 決して1人ではありません。時期は 医師ではないので 言い切ることは出来ませんが


かならず 答えが出てくる時期が訪れます。


では これから 入浴と行きましょう。

そう!。国公立 私立等の壁を乗り越え バリアフリー。総合力を望む。

ついでに ips細胞で 腎臓の糸球体の合成も 京都大学 yや大日本住友製薬等にも頼みたい。


バッグを買いにいった。配偶者は 隣の棟のスーパーに駆け込んでいった。

タイムバーゲンが始まるらしかった。


店内はクリスマスソングが流れていた。軽快なリズムのものだった。自身の胸中との乖離を感じた。

店内で 腎臓病の彼と会った。家族と一緒だった。彼は家族から離れると聞いて来た。

「最近は?」「疲労から眩暈がきた。」直近の病状を話した。

「そっちのほうは?」の問いに「調子はばっちり。」の言葉が返ってきたが 顔色の土気色が気になった。

以前にも記したかもしれないが

彼は 蛋白尿陽性 クレアチニンは1以上等である。だが 特にしんどくもないという。

彼は 蛋白尿(-) その他血液の数値もまあ及第点 そんな私に繰り返していた。

「完全寛解だろが。なのにいつまで ネフローゼを引きずって生きているんだ。制約ばっかりだと

生き方狭くなってしまうだろ。同じ病の 俺までうっとうしくなってくる。」


同じネフローゼ微小変化群であっても

私のそれは 酷かった。ネフローゼ 牙をむけば本当にきつい症状を示す。情けもなければ 妥協もなかった。夜も昼も 腹痛に泣かされ続けていた。腕と足は筋肉を失い細くなった。それらにひきかえ 顔はチャウチャウ犬のようになり 腹は腹水で満杯だった。

だが 彼のそれは 入院数ヶ月 退院後は復職 再発3度程度だったか?。


同じ病でも その病状等によって 生き方 人生のとらまえ方 感じ方が それぞれに名前があるように

本当にそれぞれである。