そう!。国公立 私立等の壁を乗り越え バリアフリー。総合力を望む。
ついでに ips細胞で 腎臓の糸球体の合成も 京都大学 yや大日本住友製薬等にも頼みたい。
バッグを買いにいった。配偶者は 隣の棟のスーパーに駆け込んでいった。
タイムバーゲンが始まるらしかった。
店内はクリスマスソングが流れていた。軽快なリズムのものだった。自身の胸中との乖離を感じた。
店内で 腎臓病の彼と会った。家族と一緒だった。彼は家族から離れると聞いて来た。
「最近は?」「疲労から眩暈がきた。」直近の病状を話した。
「そっちのほうは?」の問いに「調子はばっちり。」の言葉が返ってきたが 顔色の土気色が気になった。
以前にも記したかもしれないが
彼は 蛋白尿陽性 クレアチニンは1以上等である。だが 特にしんどくもないという。
彼は 蛋白尿(-) その他血液の数値もまあ及第点 そんな私に繰り返していた。
「完全寛解だろが。なのにいつまで ネフローゼを引きずって生きているんだ。制約ばっかりだと
生き方狭くなってしまうだろ。同じ病の 俺までうっとうしくなってくる。」
同じネフローゼ微小変化群であっても
私のそれは 酷かった。ネフローゼ 牙をむけば本当にきつい症状を示す。情けもなければ 妥協もなかった。夜も昼も 腹痛に泣かされ続けていた。腕と足は筋肉を失い細くなった。それらにひきかえ 顔はチャウチャウ犬のようになり 腹は腹水で満杯だった。
だが 彼のそれは 入院数ヶ月 退院後は復職 再発3度程度だったか?。
同じ病でも その病状等によって 生き方 人生のとらまえ方 感じ方が それぞれに名前があるように
本当にそれぞれである。