年度初め 今日も大変だった。

手馴れた者はいなくなり 教育係は ひっきりなしに鳴るTELの対応をしながら 必死に仕事の手順を新人に教えていた。

当方も 来客の対応に注力した。


やっと落ち着きを取り戻した就業後 ボスが話しかけてきた。

「実はA氏が 辞めたいと言っている。忙しいうえに 客に怒鳴られ TELで怒鳴られ やってられないといっている。なんとかならんかな・・・・・・。」 

「はあー」である。昨日 みんなの前で 「頑張ります。」と明言した嘱託の彼である。

嘱託といっても10数人のなかから1人だけ選ばれた彼である。

それが  1日後には もう これである。

それにしても 桜の花が咲いて散っていくより 判断が早い。

まあ 自身に合わないのなら 早い見切りも一法かも知れないと思った。

ボスの表情は冴えなかった。愚痴は暫し続いた。


そういえば 前の会社でもあった。無断欠勤がつづく B。家に迎えに行ったら 「今朝も弁当を持って会社に出かけた。」と 母親は怪訝な表情。

「ならば ハローワークあたりか!」と思い 行くと 案の状。

「あいつとは気が合わない。」と繰り返す。「皆 そうだ。」とうなづき 職探しを手伝ってやった。

その彼 年末に某所に内定。

その翌年の秋 私も離職した。


土曜・日曜といっても年度末。明日からの新年度の準備もある。

AMで 準備を終えようと思っていたのだが やればやるほど その範囲が広がってきて やめた。

気分転換に なくなりかけていた万年筆のインクを商店街に買いに行った。

買い物は 2分。だが 開いた店主の口元はよく動いた。

「この商売も 店を開ければ客が入ってくる時代があった。今の状況では息子に後を継げとはいえない。」 頷きながら 店内を改めて見回した。

以前は Mont blanc. Pelikan. Parker. Cross Water man等々 世界の名品が所狭しとおいてあった。眼の保養ができていたが 今はそれらの数も減っていた。


店を後にすると 食器屋の主人に会った。

「お久し振り 今日は?」

「万年筆のインクを買いに来ました。やはりこういったものは専門店ですから」

「ありがたいお言葉です。昨今 聞いていない言葉です。そういえば 以前はよくご利用いただきました。」

私は 珈琲をサイホンで呑んでいた。上部のロートや下部のフラスコを壊すたび フィルターを交換するたび訪なっていた。

店内に入り 「ここらあたりが 珈琲コーナーで 豆を挽くものやら 様々なコーヒーカップ置いてましたね。見ごたえがあった記憶があります。」

活気のあった頃を懐かしむかのような笑顔が 主人から折り返されてきた。


自転車で帰っていると 桜は満開に近かった。

故父が店をやっていたところにある枝垂桜も満開に近かった。こんなに 早く咲くのはなん年ぶりのことなのだろうか?。

いつ頃だったか?。3月に満開になった年があった。

家族や知人達と花見に行き 宴を開いた。

そのときの人たちの何人かは 今はもう既にいない。対岸から この3月の満開の桜を見ているのかもしれない。








朝 用事で市街地へ行った。

帰路 姉弟が通っていた 保育園の卒園式に出会った。

卒園して 早12年以上がたつ。入園した年度は 穏やかだった我が家庭。

翌年度から 弟が卒園年の夏までは 大変だった。

その後なんとか 反転させてきたが 青空天井と言うわけにはいかないままである。


そういえば 卒園式の後 担任を父母と子ども達の打ち上げに呼ぶか呼ばないかで クラスは2分した。

担任と子どもとではなく。担任と自身の反りがどうしても合わないママギャルがいたのだ。扱いに難儀をした記憶がある

結局 担任を呼ぶことにした。 「謝恩会」というタイトルで 近くのホテルで打ち上げを開いた記憶がある。

今となっては 懐かしい記憶である。

どこまでいっても 人間関係は続くのである。


見上げると 桜の蕾が膨らんでいた。

例年より早く咲いても 遅く咲いても 何かの天候異変に引っ掛けられるのがこの花の宿命のようである。すべてが話題になる。


気温の急上昇により 梅やもくれんの花が 例年よりも早く 満開になろうとも大半の人々達は それらには触れない。大きく話題にも取り上げられことはない。


笑いは 副作用のない薬、と言っていたネフローゼ友がいた。

ステロイドも それがなくなれば いいと思っていた記憶がある。遠い昔のことである。