惨劇の目撃者
昨日のエントリーで、あの伝説のカンフーキックから
15周年ということを話題にしましたが、
スペインMARCA紙は、本件をきっかけに『悪党』に
この写真はあまりに有名な1枚ですが、
カントナのキックを受けたマシュー・シモンズさんから1列後方で
このシーンを目撃したのが、ステファニー・グズマンさん。
MARCA紙は、当時は11歳であったこの少女との接触に成功。
あの1995年1月25日を振り返りました。
こちらが現在のステファニー(25歳)さん。
彼女は当時マンチェスター・ユナイテッドのサポーターで、
当日は父と姉の三人で観戦に出掛けたのでした。
『あれは、私にとって初めてのサッカー観戦でした。
しかしながら、あのカントナとの出来事は鮮明に覚えています。
自分のいくつか前の人たちが叫んでいたこともね。
サポーター達は、カントナに向けていた執拗な野次を
彼が聞いてしまったの。
あの選手が立ち止まり、その言葉を確かめるようにしていたら、
サポーターが彼に向かって行ったのよ。
カントナは素早く駆けつけた警備員に制止に入られたけど、
サポーター達は屈することなく、罵声を飛ばしたの。』
生々しい情景を描写する彼女は言葉を続けます。
『彼の態度は常に攻撃的だった。全てのきっかけは彼の責任であったし、
暴力的に振舞ったのもカントナでした。
私は、あんな乱闘の場に立ち会ったのは初めてだったし、
私の人生でこれ以上にないくらい恐ろしい経験です。
それにあの態度に怒り狂ったパレスのサポーターは、
恐怖以外の何者でもなかったわ。
当時、カントナが受けた制裁は厳しいものであったけれども、
すべて正当なものであるというのが私の意見です。
確かにサポーターの口は悪かったけれども、
カントナはプロフェッショナル。いかなることがあっても
敵対するサポーターへの攻撃は許されないこと。』
初のサッカー観戦でとんでもない場面に出くわした彼女は、
その後、サッカー観戦をためらいますが、
その8ヵ月後、ウェンブリースタジアムで行われた
イングランド×コロンビアの国際試合を観戦。
こちらも伝説とされるコロンビア代表のGKレネ・イギータによる
”スコルピオン(蠍)セービング”
を目撃したそうです。
なんとも濃厚な観戦歴だこと(・Θ・;)
伝説のファインセーブ
先日のテネリフェ戦の大活躍で英雄的扱いをされているのが
我らがセサル・サンチェス。
彼のファインセーブの数は、3~5回で、新聞によって異なりますが、
チームを敗戦から救ったことに違いはありません。
バレンシア地元紙も、この扱い。
こんなヒーロー扱いは、バジャドリ時代以来か??
"SUPER"はもちろん彼を賞賛する記事を組んでいました。
詳しくは、下記を参照ください。
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あの試合は、バレンシアのユニホームを着たセサルがにとって
最高の試合だったのではないだろうか?
誰もがそう思ったに違いないが、彼は違っているようだ。
カセレス生まれの彼は、テネリフェで見せた5つの信じられない
ファインセーブを含む自身の仕事が、義務付けられていた
最低限でのノルマである勝ち点1をバレンシアに持ち帰ることが出来たことに
満足感を漲らせた。しかしながら、彼自身は、試合終了後
テネリフェの地を勝利して立ち去りたかったと内心を明かしている。
『俺にとって最高の試合とは、試合に勝ったときだ。
自分自身は良い仕事をしたが、もっと重要なのは、
個人の達成度を越える結果を勝ち取ることなんだ。』
この試合結果により、エメリー率いるバレンシアは、
歴史に残る前半戦を終えることにはならなかったが、
もしも、このクラブの歴史に何かを刻むとするならば、
それはベテランGKの献身的な活躍だろう。
”歴史的な5つのファインセーブ”
膨大な数の奇跡をセアルは成し遂げたのだ。
セサル祭りはすぐさま始まった。
試合開始2分のこと。テネリフェの選手およびサポーター達の
イライラ加減は始まったのだ。
セサルは、ニノの完璧なヘディングを右手一本で弾き出した。
(中略)
途中、右肘を痛めたセサル。モジャが緊急的にアップを始める騒ぎもあったが、
そのままプレーを続行した。
英語で表現するならば´The show must go on´とでも言おうか。
まるでハリウッドのスーパーヒーローのような活躍は、
後半戦も続いた。
(略)
試合時間残りわずかとなっても得点できないテネリフェ。
もはや得点は不可能とも思えるほどだった。
セサルは彼らに苦い夜を与えたに違いない。
彼のリーガ前半戦は、ラシン戦でのファインセーブに始まり、
ラシン、バルサ、アルメリア、マラガ、デポル・・・5試合も間
無失点を続けて見せた。
そして、テネリフェ戦での完封で前半を締めくくったセサルには
脱帽である。
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『どんなに活躍しても、引き分けでは意味がない』
そう言いたげの彼には、もはや個人的なパフォーマンスなど興味はなく、
選手として最高のシーズンを送っている現在のチームで、
「より良い順位を結果として残したい」という意識だけが働いているのでしょう。
こんな意識を共通認識する組織は、強靭ですよ~。
セサルと出会った14年前。
レアル・バジャドリードで、まさにこのテネリフェ戦のように、
ひとりゴールを死守し続け、
バジソレターノ達に"monstruo(モンスター)"と呼ばれていた
彼を思い出す今日この頃です。
カンフーキック
1995年1月25日・・・
そう今から遡ること15年前。
『伝説のカンフーキック』は生まれました![]()
レッドカードを受け、退場するカントナに対し、
「カントナ!お前は出て行け。シャワーを浴びて帰れ!」
と野次を飛ばしたクリスタル・パレスのサポーター
マシュー・シモンズさんに対して、見事なまでの飛び蹴りを放ったのでした。
(関連エントリー『カンフーキック 』参照)
普段は温厚な僕ですが、
本日夕方。
そんなカントナ先生のような「鬼の形相」になりかけたのでした。
その事件は、講義終了後のレポート回収をしている最中に
勃発しました。
レポートは、2週間前に講義中に見たDVDの感想です。
ある女子留学生がふらふらと近寄ってくると
『先生。私は~このレポートのこと、知りません。
明日までに書くので良いですか。』
まるで”私が知らないのはキミせい”と言わんばかりの口ぶり・・・
しかし、僕はこれまで2週に渡ってこのレポートについての告知をしてます。
要するに、聞いていないなどありえない。
学籍番号を聞き、出席簿を見ると、なんと!
DVDを鑑賞した日に欠席しているではありませんか(°д°;)
普通の学生ならば、休んだことを認め「DVDを貸して下さい」と
お願いしてくるわけですよ。
それが、この留学生は・・・
僕:「DVDを観てないのに、どうやって書く気?」
『ハイ。書きます。』
僕:「いやいや。内容もわからないのに書けないでしょ?」
『私、わかります。』
そんなやりとりをしているうちに、
彼女は逆ギレし、退散していきました(((( ;°Д°))))
僕は何かおかしいことを言ったかな?σ(^_^;)
その後のショック大きさといえば、
まるで自分がカンフーキックを受けたくらいに
重たいものでございました。
R・マドリー、”9”への惜別
ルート・ファン・ニステルローイがレアル・マドリーの選手となったのは
2006-07シーズンのことでした。
以来、マドリーの”9”(点取り屋)としてゴールを量産。
ストライカー不足に悩んでいたマドリーの中心選手となりました。
そんな彼も、故障に悩まされた昨シーズンから出場機会も激減・・・
噂されていた通り『ハンブルガーへの移籍』と至ったわけです。
昨日、マドリ-×マラガが行われたベルナベウには
そんな彼の姿がありました。
惜しみない拍手で別れを噛み締めました。
全てはW杯でオランダ代表として戦うため・・・
こうして大きな決断を下したニステルロイのインタビューが
AS紙の記事となっていました。
『この数年ではどんな思い出がありますか?』
ここで過ごした3年半はとても鮮烈なものだった。
『ベルナベウでの最後の夜をどんな気持ちで過ごしたのでしょう?』
全て携帯に録音したよ。
試合終了10分くらいからウルトラが歌っていたのを聞いた。
その時はすでにロッカールームで、別れの挨拶をしていたんだが、
みんな僕に『(グランドへ)出て行けよ。行かないとみんな帰ってしまうぞ』
なんて言われたよ。
最後に皆と別れができたんだ。忘れられないよ。
『オランダはW杯に優勝できますか?』
まずは、自分もプレーできたら良いよね。
これからはそれに辿りつき、プレーできるように努力するよ。
『この移籍を決心したのはいつですか?』
僕が最後に受けた怪我は状況を大きく変えてしまった。
すでにリーガではプレーできる見込みはなかったんだ。
チームには質の高い4人のFWがおり、
僕は待つことしかできなくなったわけだ。
僕自身はこのような形でチームを離れることを許してくれた
クラブに感謝している。
『なぜハンブルガーだったのでしょう?』
ファンデルファールトと話して決めたことだ。
ドイツでは新しいリーグを経験することになる。
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『僕の心残りは、チャンピオンズリーグで勝てなかったことだ』
と無念を語りながらも、新たな道を歩むこととなったニステルローイ。
白いユニホームを纏った彼を見られないのは悲しいことですが、
ベンチにも入れないなど言語道断。
日本代表が、W杯で危険極まりない選手を敵に回すリスクは
増大しますが、ここは拍手で彼を送りたいと思います。
GRACIAS POR TODO RUUD !!
mucha suerte en el Hamburgo
y haber si te vemos jugando en el mundial!
ベテラン守護神の意地
昨晩行われたリーガの試合は観ていませんが、
朝になりMARCAの見出しを見て
『今週も頑張ろう』という気持ちにさせられています。
César rescata un punto del Heliodro.
(セサルが、テネリフェでの勝ち点1を救った)
Oltra: "César nos ha privado de la victoria"
(テネリフェのオルトラ会長「セサルが我々から勝ち点3を奪った」)
今シーズン、アウェーの試合で絶対的な強さを見せていたバレンシアでしたが、
このテネリフェ戦では、自慢の攻撃陣も不発だったようで…。
現地紙は、とりわけビジャの不調にたいする不甲斐無さに
不満を漏らしているようですが、このチームの窮地を救ったのが
セサル・サンチェス君だったようですね。
長いシーズン、どのチームでも”組織がかみ合わない”こんな試合は付きもの。
しかし、誰もが「危うい…」と思える試合で踏みとどまることが、
不必要な雑音を回避すると共に、
次の試合への流れを断ち切らない手段なのです。
3度の決定機を見事に防いで見せた”abuelo(おじいちゃん)”。
良く頑張りました!(・∀・)
「もうダメぽ (*´Д`)=з」
なんて顔つきだが大丈夫か??(笑)



















