新星が抱えた罪悪感
MARCA紙が、来期マドリーの一員となることが内定している
ラシング・サンタンデールのセルヒオ・カナレスの
独占インタビューを行い、
紙面一面で取り上げたのは3月2日↓
彼が公の場で初めてマドリーの白を纏ったのですが、
これに激怒したのがラシングサポーター達。
ネット上では、カナレスに対する厳しい批判が飛び交いました。
仮にも現在はラシンの選手。
満面の笑みで他クラブのユニホームを着るなどもっての外。
さすがにこの失態に危機感を感じたのか、
カナレスは公式コメントでこれに謝罪しました。
『一部のランギスタに不快な思いをさせたことに謝罪します。
ここで明らかにしたいことは、私自身ここにいるのは、
ラシングの力になるためなのです。』
この他、自分がやらかしたことに対し、失敗を真摯に受け止め
失敗から学びたいという姿勢を見せていますが、
カナレス側には、この写真は来シーズンまで
使用されないと認識されていたなど、
ドタバタ劇の裏側には、彼を取り巻く環境の変化が
影響していることを窺えます。
これまでは、彼の代理人を担っていたのが、
彼の父であるアンヘル・カナレス。
扱う案件も、金額も激変する最中で、未だプロの代理人との
契約に至っておらず、『勝手を知らない世界』で生じた
ミスであったようで。
彼にとっては経験や学習の積み重ねとなる一件ですが、
ネット上で公開されたインタビューの中で、
マドリーの白を纏いながら、満面の笑みで
『マドリーと契約した日は、世界で最も幸福な少年だった』
と語る姿は、現在降格の危機にある
ラシング・サンタンデールを見守るサシンギスタ達には、
謝罪では済まされない「裏切り」に感じられたことでしょう。
カナレス君。
「若さ」という言い訳は許されない、この失敗の埋め合わせは、
残留に繋がる活躍をするしかありませんね。
不景気中の太っ腹
大地震が起こって5日が経過したチリ。
救援物資が届かず、略奪が続発し、
街中で1万人の兵士が防衛に当たるコンセプシオン 。
治安が安定せず、各国の救援隊の受け入れもできない状況で
国際社会がなす術とは??
スペインの通信会社Telefonicaは、
本日3日から来週月曜までの6日間限定にて国内に設置された
およそ6万台の公衆電話からのチリ向けの通話を全て無料と
することを発表しました。
チリにはスペインからの移民が多いことや、
スペイン国内にもチリ人が多く就労していることへの
配慮なのは分かりますが、実に思い切った救済手段です。
(チリにはおよそ3万5千人のスペイン人が、
スペイン人には6万8千人のチリ人が住んでいます)
しかも、通話時間に限定はなし。
やるな~テレフォニカ![]()
![]()
スペイン在住時、電話回線を止めたはずなのに
「処理が遅れている」という理由でその後4ヶ月に渡って
基本料金を請求されたことも忘れてあげるとしよう。
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プレーすることの醍醐味は?
当ブログ一推しのセサル・サンチェス君。
バレンシアの最年長選手として話題提供も多くなった
彼ですが、今回は、スペインの主要紙EL PAISの
特集記事となっています!!
すごいじゃないかセサル( ´艸`)
セサル・サンチェス(カセレス出身、1971年生)の躍進の秘密は、
まるで「数週間・・・いや数年間エリート選手達と
彼は、トッテナムでの僅か5ヶ月(3試合)の苦い経験を抱えて、
2009年12月にバレンシアに辿りついた。
しかし、いつしか彼は、バジャドリードの選手として1992年クライフ率いる
バルサ相手に(0-6)で敗れたデビュー戦のような無邪気さを
取り戻したのだった。
それから18年間のプロ生活。マドリーで5年、サラゴサでの3年、
常に向上を続けた彼の技術は、先日のアトレティコ戦で見せたような
賞賛に値するレベルへと到達したのだった。
皮肉にも彼のパフォーマンスは、マルチェナとミゲルの退場により、
4-1の敗戦を招いたが、彼の奮闘振りは見事だったといえる。
むしろセサルの活躍に影を落としたのが、
ペレス主審のお粗末なレフリングであり、アトレティコの選手に
張り手を受けた後に第4審判から指導を受けた有様であった。
ペレス氏は昨日、審判委員会のメフト・ゴンザレスにより、
次節(日曜日)に予定されていたオサスナ×ヘタフェのレフリングを
回避されている。
セサルは年俸60万ユーロ(約7千2百万円)という
決して高額とはいえないで金額で契約をしているが、
29試合の出場におけるその活躍ぶりは目を見張るものがある。
先日の欧州リーグでは、モジャから先発の座を奪い、
なかなかのパフォーマンスを見せてくれている。
モジャとは、昨年の末にバレンシアが最も高額な資金を注ぎ込んだ
選手であり、マジョルカには500万ユーロ(6億円)が支払われている。
本来、彼こそがウナイ・エメリ監督が推したかった選手であるはずだ。
『セサルは、不安を抱えてプレーしたりしない。
楽しむことを第一に、大志を抱いている。』
と話すのは、バレンシアのスポーツディレクターのフェルナンド・ゴメス氏。
昨年の12月当時は、スタメンGKでありながら
故障したブラジル人レナン(現在はヘレスにレンタル移籍中)
の代役であったはずのセサルの貢献には驚きを隠せないが、
仲間たちの感覚は違っているようだ。
例えば、アルベルダは、
『決して驚くことではない。
彼は、カシージャスをベンチに追いやった唯一の選手なんだから。
恐らく彼は様々な経験を通して、最終的に”楽しむこと”に
心を開いたのだろう。勝利も大切だが、
仮に負けてしまっても楽しむことだ。』
と語る。
セサルは、サラゴサ時代の最後のシーズン、2部降格という悲惨な
経験をしているし、マドリーを離れた時には、
カシージャスの陰に隠れ話題にも上らなかった。
現在彼は、携帯電話を自分の体の一部のように持ち歩いている。
会話を楽しみ、映画を見たり・・・バレンシアでの親友はジキッチである。
彼は決してビジャやアルベルダ、マルチェナのようなリーダーではないが、
常にロッカールームにポジティブな環境を作り出そうとしている。
『選手としての晩年を迎えるとき、加工を辿る者と、
向上する者がある。セサルは後者の筆頭である。』
と話すのは、バレンシアのフィジカルコーチのパコ氏。
『選手が辞める際のポイントには3つある。
まずは、熱意が衰える。これが自身の調整を悪化させる。
それから、怪我と体力の衰えだ。
セサルは熱意だけでなく、全てを備えたままプレーしている。』
パコ氏によると、彼はフィジカルコーチの通常の仕事を
超越した要求をしてくるといいます。
そんな彼が出会った相手がバレンシアおよび代表のGKコーチ
を担当するホセ・マヌエルであるのだとか。
ホセ・マヌエルが備えていたノウハウは、
セサルの経験との相乗効果で能力を増したのだろうと推測されています。
最も顕著なのが”一対一”。
マヌエルコーチは、
『彼は一対一を受け止めるのではなく、
向かっていく姿勢を見せるようになった。
プレーに絡まない際のポジショニングや、
日頃の練習、自省の姿勢も然ることながら、
まるで20歳の若手選手のような情熱に長けているんだ。』
と目を細めている。
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俊輔の『惜別の言葉』
現地紙SPORTの記事にもなっていました。
SPORTに掲載された俊輔の文章による退団後のコメントは
以下の通りです。
『この度、私が故郷に戻るのは、
自身のフットボールへの情熱を発展させようとするものです。
この退団が想像以上に前倒しとなったこと、
真の中村を浮浪できなかったことを申し訳なく
思っています。
私は、自分で思い描くような姿を実践できず、
チームへの順応も期待されたものには満たなかった。
それらが、私が目指したような主役でいることを妨げてしまったのです。
サッカーとは、必ずしも考え通りにはいかないもの。
努力はしたけれども叶うことはありませんでした。
最後に残された2つの選択肢があったけれども、
最良の選択をしたと思っています。
エスパニョールを取り囲むSocioや関係者の皆さんの温かさには
心から感謝しています。
中村俊輔』

なんだかんだで俊輔の存在は、SPORTには良い話題提供だったのかな。
TV番組でもシリーズ化されていたコントは、
我々日本人にとっては腹立たしいものも含んでいますが、
それだけ注目されていた証拠でしょう。
「俊輔の旅立ち」は、そのシリーズでも中村の旅立ちを祝っていますよ。
このシリーズの中で、常に中村と共に登場していた
タムード(中央白ジャージ)が、自分と同じような辛い境遇を
分かち合ってきた中村の退団を複雑な心境で見守る姿を
描写しています。
要所要所にちりばめられている台詞
「SHINCHAN」(クレヨンしんちゃん)、
「TAMAGOCHI」(たまごっち)は、
過去、スペイン人を虜にした流行語の一例ですが、
果たして「NAKAMURA」は、そんなひとつになれたのでしょうか?
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『真の気合』
必死の努力がされている南米チリ。
そんなチリに力を与えてくれるのは、やはり”彼ら”でしょう。

イバン・サモラノ擁するチリ代表(98年フランスW杯)
この国歌、チリの日本人学校の音楽の時間で覚えました。
当時の自分も気合を入れて歌っていた覚えがありますが、
サモラノには適わない(;´▽`A``
彼の気合は素晴らし過ぎますわ。
被災者のストレスが爆発する被災地コンセプシオンに
こんな元気が授かりますように。
¡Fuerza, Chile!
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