サッカー史で『最も酷い大怪我』
『サッカー史の中で
最もインパクトのある大怪我』
という特集が。
怖いもの見たさで開いてみると・・・(((゜д゜;)))
"痛いのが苦手な方"、どうか見ないで下さい(@Д@;
エドガル・アンドラーデ(クルス・アスール<メキシコ>)
足首がぁ(°Д°;≡°Д°;)
彼は数ヶ月の療養の末、現役のサッカー選手に戻るも
現在22歳の彼は、当時の輝きは取り戻せていないのだとか。
ヘンリク・ラーション
99/00シーズン、リヨンで起こった惨事も
8ヶ月の療養を耐え、奇跡の復調。
すごい。
エヴァルト・リーネン
恐らく、これこそがサッカー史に残る『最悪の怪我』。
傷口が完全に…(((( ;°Д°))))
サッカーは格闘技。
こんな映像を見ると、人々を魅了するフットボールの激しさを
改めて感じるのでした。
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王者の不覚
歓喜に揺れるマドリーとは対照的に・・・
うな垂れる王者バルセロナ。
主審による厳しい処分を受けたのは彼だけではありません。
メッシへのPKを見逃されるなど
多くの疑惑の判定に我慢ならなかったのが
ペップ・グアルディオラ監督。
”ベンチから張り上げる声では主審への抗議が足りない”
と感じたのでしょう。
27分。彼は、テクニカルエリアを飛び出して
ラインズマン目掛けて飛んで行き、
審判同士がコミュニケーションに使うマイクに向かって
『お前は全て逆のチームに笛を鳴らしている!
何を考えているんだ!』
と叫んだそうで。
グアルディオラはこれで退場処分。
監督となってからは5度目の退場となりました。
思い返すと、彼は選手時代も
バルサ時代だけで計8回の退場処分を受けていた熱い男。
この記録に及ぶ猛者はあの悪名高きストイチコフしか
ベルナベウでのクラシコで、退場処分となった
ストイコの憮然とした態度は、もはや伝説の域ですからね。
MARCA紙は、この試合の主審Clos Gómezを酷評、
10点満点中で0点という有様です。
とんだレフリングの影響もあって
2-2のドローを食わされたバルサですが、
そんな不運と呼べる試合が、
よりによってマドリーのセビージャ撃破と重なるとは。
”人間グアルディオラ”を垣間見たこの試合が、
リーガ制覇の流れを変えてしまうことにならなければ
良いのですが…
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『こんなR・マドリーは見たことがない』
『歴史的な逆転、そして首位へ』
マドリーが強敵セビージャ相手に、
0-2のビハインドから3-2の逆転勝利。
バルサがアルメリア相手に不覚を取り引き分けたことで、
マドリーが98日ぶりの首位に踊り出ました。
対戦相手セビージャの指揮官マノロ・イメネス監督は
試合後の会見に応じると
と絶賛。選手達の鉛直性、スピード、潜在能力を認め
ライバルの躍進に脱帽しています。
久々の途中出場となり、逆転劇に貢献したグティーは、
『長い間戦列を離れていただけに、この結果には満足している。
後半はとても良い展開を披露できたし、チャンスを演じることができた。
力・信念、勝つことへの執念を維持するのはとても重要なこと。
バルサの途中経過は耳にしていたし、リーガの戦線から脱落する
わけにはいかないことは十分に理解していた。
0-2となった際、観客が後押ししてくれたしね。
重要なのは水曜日。観客が今日のようなバックアップを
してくれることが重要だろう。』
と語りました。
そうです。水曜日にはチャンピオンズリーグの2ndレグ。
この試合で見せたような『強さ』を維持し、劣勢を覆さない限り
彼らの『念願』が叶うことはありません。
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サッカー界のトラック野郎!!
デポル、エスパニョールなどの名門を渡り歩き
記憶に残るゴールを積み重ねている
熱い男・パンディアーニ!!
元ウルグアイ代表の彼は、
現在オサスナのオフィシャルスポンサーである
自動車会社の広告塔を担っています。
その広告が↓↓
高級車と並んでも遜色ない(?)ベテランFWさん素敵 (^▽^;)
この広告が、かなりのお気に入りだったのでしょう。
なんと、バルセロナにある自宅を、自身の愛車バージョンで
塗り固めたというから驚きです(((( ;°Д°))))
彼の自宅の写真がこれ(笑)
これは・・・??
愛車のフェラーリはともかく、トラックが!?(゜д゜;)
このトラックこそ、知る人ぞ知る彼の愛車なのです(笑)
このパンディアーニこそ、ラ・コルーニャ時代、
ある日突然にトラックで練習場に登場し、
周囲を仰天させたことで知られる猛者なのです。
リーガ・エスパニョーラのトラック野郎は、
”重戦車の如く”オサスナを牽引するのでした( ´艸`)
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古豪復活に向けて
エウセビオがセルタ 監督に就任したのが2009年3月3日。
それまでは、ライカールトの右腕としてバルサのテクニカルコーチを
歴任していたエウセビオでしたが、セルタでの監督就任は、
彼にとって初めての監督業となりました。
『1年はあっという間に過ぎ去ったが、
僕にとってはとんでもなく厳しいものだった。
特に昨シーズン後半は、危険と隣合わせの試合の中で
残留を果たしたんだ。
今シーズンは、チームとしての哲学を確立しようと試みていたが、
それが少しずつ現実となりつつある。
なかなか結果は付いて来ないけどね。
相変わらず厳しいシーズンだけど、明るい未来が見え始める
土台はできているはずだ。』
バルサでのコーチ時代、ライカールト(当時監督)が絶賛した
エウセビオの戦術眼ですが、ビーゴでの監督生活でさら多くを学び、
監督としてあるべき自分の姿に磨きをかけられたといいます。
クラブとの契約が切れる今シーズン、周囲からは様々な噂が
漂っていますが、本人の気持ちは明白のようです。
『理想を言えば、ここで続けたいということだ。
昨年立ち上げた計画の実行を続けたい。
実際、僕の頭はこのクラブのために働き、
チームを強靭に育て上げ、誰もが目指している場所に辿りつく
ことだけを考えているんだ。』
僕が直接触れ合ったサッカー選手は数多いわけですが、
彼ほど『プロフェッショナル』とう言葉が似合う選手は居ませんでした。
バルサ黄金時代にはクライフから絶大の信頼を受けるなど、
歴代2位となるリーグ戦出場試合543試合を果たしたエウセビオ。
引退の前日、僕にくれたユニホームには
サインと共にこう書かれていました。
『僕はサッカーをこよなく愛する選手であった。
この世界からどうして離れられるものか。
僕は、必ず監督としてこの世界に舞い戻る。』
スペインサッカー界随一の温厚な監督は、
財政難に潰れかかったガリシアの古豪を、
再度、プリメラという桧舞台に向けて仕事をし続けます。
就任以来、U-21スペイン代表に選出されたFWのホセルなど
多くのカンテラを発掘・成長させているエウセビオの手腕は、
どこかのビッグクラブができずにいる、
スペインサッカー界の底上げを成し遂げいるような
気がしてなりません。
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