シイタケのブログ -4ページ目

法案修正がひどすぎる

 いわゆる「ねじれ国会」が原因で、与党民主党が野党の要求をのんで法案の修正に応じることが多くなっている。

 例えば、労働者派遣法改正については、改正の目玉であった製造業派遣・登録型派遣の「原則禁止」の削除、みなし雇用の3年先送りなどの修正があった。

 地方自治法改正法では、以前からその不明朗さが問題となっていた「政務調査費」の名称を「政務活動費」に改め、使途範囲をぼやかすという修正があった。

 高年齢者雇用安定法の改正においては、定年後継続雇用をしなくてもよい場合があることを認める修正があった。

 何より消費税法改正においては、高額所得者への増税・相続税増税といった累進性強化部分が見事に削除された。(ここはもっとマスコミが取り上げるべきではないのか。)

 また、これはまだ成立していないが、労働者安全衛生法の改正では、全面禁煙の努力義務も課さないようにするなどの修正が行われていようとしている。

 こんなに安易に、場合によっては法改正の趣旨まで損なうような修正を、認めてよいものなのだろうか。政府=民主党側の、法改正についての強い意志が全く感じられない。

 例えば、消費税法改正においては、民主党は次のように国民に訴えるべきではないのか?「みなさん、民主党は、消費税引上げ法案を提案しました。しかし格差社会と言われる中、高所得者・富裕層の方々からも、能力に応じたご負担をいただかなければなりません。そこで、累進性の強化もあわせて法案に盛り込んでいます。しかし野党自民党は、けしからんことに、この累進制強化に反対しているのです。どっちが正しいと思いますか? 選挙で決着を付けませんか」と…。こういう対立軸・論点を示すのが健全だと思う。不健全にも法案修正にこっそり応じているのは、結局、民主党議員の大半が自民党議員と同じ頭脳であることを物語っている。

 法案修正のために、かえって改正前より理念が「後退」してしまう場合もある。要注意である。

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法化社会 議論の脱線?

 朝日新聞紙上で、「法化社会のゆくえ―法ですべてを解決できるか」という記事が出ていた。書いてある中身について、私は論評するつもりもその力量もない。その通り、と思う。しかし、なんだか違和感を覚える。その違和感の正体は何なのだろうか。

 私の不確かな記憶(と若干の偏見)によれば、90年代からアメリカの対日要求として、市場開放・規制緩和、つまり、アメリカ企業を日本でもっと活動させろ、という圧力があったと思う。正確には、「アメリカの対日要求」というより、アメリカ巨大企業の声を代弁するアメリカ政治家による対日要求、ということになろうか。もちろん、規制緩和は日本の企業にとっても有利な側面があるから、その圧力を後押しすることになる。

 しかし、規制緩和規制緩和と言い続けるだけでは、国民の反発を招くことは目に見えている。そこで、規制緩和要求のいわば「いいわけ」として、「規制緩和の代わりに、それによって頻発する法的紛争の解決についても法整備しましょう」ということがうたわれる。そこから始まったのが、日本の一連の「司法制度改革」である。これからは規制緩和で紛争が増えるので、法律によって紛争を解決することが大事になります!法化社会の到来です!と宣伝されることになる。

 さてそうして、「司法制度改革」「法化社会」というキーワードに、多くの人が群がることになる。紛争が多発して儲かるのは弁護士だから、法化社会を喧伝する。学生集めに懸命の大学は、競って法科大学院を乱立させる。法学者は法学者で、「法治主義の時代が来た」と満足げである…。

 そのような「法化社会」の肯定的イメージに、注意を喚起するのが、冒頭で掲げた朝日新聞の記事である。その要点は、私なりに解釈すれば、法化社会はよいことばかりではない、紛争当事者の心労は大きいし、本来、紛争はお互いの納得によって解決するのが望ましい…というわけである。

 しかし!ここでちょっと待ってほしいと私は思う。もともとの規制緩和論の「いいわけ=紛争解決制度の整備=法化社会論」が、勝手に一人歩きしてしまってはいないか。つまり、もともと「いいわけ」発祥の議論が、次の議論を生み、その議論に参加して得のある人たちが群がり、さらにそれに反論する人が群がる…なんだか、議論が脱線しているように見えてならないのである。「法化社会」に異を唱える前に、その源泉の議論に遡らないと、受け手は混乱するばかりではないか。「いいわけ」の土俵に乗ってはいけない。

 このような「脱線議論」、ほかのテーマにおいてもいろいろありそうだ。

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雇止めの大量発生の心配

 「労働契約法の一部を改正する法律案」が、衆議院本会議で可決された。政局の関係で今後参議院で可決成立に至るかは不透明だが、民主・自民ともこの法案については対立していないので、日程さえ確保されれば成立しそうである。

 厚生労働省が出している、「労働契約法の一部を改正する法律案」のポイント下記のようである。ポイントごとに感想を付けたい。

1 有期労働契約の期間の定めのない労働契約への転換
 有期労働契約が5年を超えて反復更新された場合(注1)は、労働者の申込みにより、無期労働契約(注2)に転換させる仕組みを導入する。
 (注1)原則として、6か月以上の空白期間(クーリング期間)があるときは、前の契約期間を通算しない。
 (注2)別段の定めがない限り、従前と同一の労働条件。

 非正規社員をずっと非正規のままにしておくのではなく、正社員化しなさい、というメッセージに受け取られてしまいがちだがそうではないようだ。有期契約が無期契約になっても、賃金その他労働条件は同じでよいということらしい。正社員のように定期昇給やボーナスがなくてもよいということである。

 しかも、有期契約のままにしたいのなら、クーリング期間をおけばよいということである。派遣労働の期間規制逃れのために、よく「クーリング期間」が問題になったが、この法案では、クーリング期間をおくこと親切に教えてくれているので、使用者は堂々とクーリング期間をおいて、有期契約を続けてよいということになりそうだ。クーリング期間は、上には6ヶ月とあるが、1年以下の契約の場合は、だいたいその半分の期間を厚生労働省が定めるということになっているので、3ヶ月契約を繰り返している労働者の場合、1か月半、クーリング期間をおけばよいということになる。そのクーリング期間の間、労働者はどのように生活すればよいのだろうか。失業手当をもらいに行くか。あるいは、使用者としては1か月半でも労働者がいなくなると困るので、元労働者と請負契約などを結んでクーリング期間をしのぐということになるだろう。

 しかし上記のような規制逃れそのものを、面倒と感じる使用者も多いことだろう。そこで、直接契約はやはりやめて、派遣に切り替える使用者も増えることだろう。派遣業界はこのところ伸び悩んでいるようなので、この法改正は仕事の増えるチャンスともなる。…しかし、その場合、今度は派遣元と労働者の間で、有期雇用に関する上記の制約がかかるということだから、派遣元の会社がクーリング期間をおいたり、あるいは派遣元の会社を便宜上別にしたりするなどの工作が必要になるだろう。

 結局、有期と無期の労働者の賃金格差は縮まらないことになる。

 ただ、上記のような懸念は、まださほど深刻でもない。なぜなら、有期雇用がそのまま継続するということは、雇用の継続や賃金はそのまま維持されるということだからである。問題は、この法改正によって、「5年以上有期雇用を使い続けると正社員にしなければならなくなる」という誤った情報が広まってしまうことである。そんな誤解はあり得ないと思われるかもしれない。しかし例えば、有期雇用の(1回の)契約期間は3年が上限とされているが、これは長期拘束を防ぐ労働者のための規制であるにもかかわらず、使用者の多くは、3年以上続けて契約するとその後の更新もできないと誤解して、3年に達する直前に更新拒絶をしている例も見られるのである。このように、法改正については、その結果誤解を生じて思わぬ方向に流れる可能性があることも意識すべきだと思う。使用者の多くが、5年以上経ったら正社員化しなければならない、と誤解した場合、この改正法の施行後、通算契約期間5年の直前で、有期雇用労働者の一斉解雇(雇止め)が起きるかもしれない。製造業派遣の契約期間制限で生じた「2009年問題」が、直接雇用の有期雇用労働者にも起きかねない。使用者は今ごろ、就業規則か労働契約に、「通算5年以上契約更新はしない」という文言を入れることを考えているだろう。有期雇用・低賃金でも何とか契約更新されればありがたいと願っている労働者にとっては、悲劇の法改正になってしまう。

2 「雇止め法理」の法定化
 雇止め法理(判例法理)(注)を制定法化する。
 (注) 有期労働契約の反復更新により無期労働契約と実質的に異ならない状態で存在している場合、または有期労働契約の期間満了後の雇用継続につき、合理的期待が認められる場合には、解雇権濫用法理を類推して、雇止めを制限する法理。

 上に書いたように、この法律の施行の結果、5年前に雇止めが頻発しそうになっても、あるいは、「通算5年以上更新しない」という文言(不更新条項)が就業規則か労働契約に入っていたとしても、以前から「雇止め法理」はあるし、今回このようにその法理が法定化されたというのだから、あまり心配ないのでは、と思われることもあるだろう。しかし、実際の影響と、本当に救済されるかどうかということを考えなければならない。雇止めに遭って、「雇止め法理のために無効だ!」と紛争に持ち込める労働者がどれだけあるだろうか。通常の労働者は、そんな時間も気力もないことだろう。これまでなら契約更新を重ねて働けたはずの労働者が、使用者の悲しい誤解のために、雇止めが世の中で頻発しかねないのは悲しいことだ。

3 期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止
 有期契約労働者の労働条件が、期間の定めがあることにより無期契約労働者の労働条件と相違する場合、その相違は、職務の内容や配置の変更の範囲等を考慮して、不合理と認められるものであってはならないものとする。

 かつてパートタイム労働法で、「均等・均衡待遇」の努力義務が入ったが、私は、この改正の結果、何か実際に待遇が変わったという話を聞いたことがない。今回の上記改正も、スローガンにとどまることが予想される。非正規従業員のことを考えている労働組合なら、この条項を材料にして交渉する余地があるが、立場の弱い非正規労働者自身がこの条項を使えることはないだろう。あるとすれば、紛争になった場合くらいである。そもそも、5年未満で雇止めを食らうかもしれないのに、条件の交渉などできるはずもない。

 …と、批判はしてみたものの、さて、この正規・非正規の処遇格差はどうしたら法的に矯正できるのだろうか。どうにもよい案が浮かばない、あるいは、浮かんでそれを実現しようとしても、反対勢力のために撤回せざるを得ないのが現実だろうか。私も、よい案は浮かばない。あまりにも働き方は多様化しているため、もはや、個々の労働契約に法が介入するのは無理なのかもしれない。どうやったって使用者側はそれを逃れようとするからだ。結局、高所得者から税を多く取り、低所得者に分配するしかないというところに行き着いてしまう。たとえ非正規でも、たとえ急に雇止めに遭っても、住居・食事・教育・医療は等しく無償で提供される社会であってほしい。今の世の中では、非正規イコール、結婚するな、子を作るな、向上心を持つな、といっているに等しいからだ。

 今回の法改正については、通算5年直前で雇止めが頻発するという悪影響を考えると、悲しいかな、無期雇用への転換は導入すべきでなかったといえるかもしれない。法改正のアナウンスメント効果だけを考えれば、雇止め法理の法定化だけにすればよかったと、私は思う。

 なお、衆議院厚生労働委員会にて、社民党の阿部知子議員の質問に対し、「不更新条項さえ入れれば雇止め法理の適用が排除されるといった誤解を招くことのないよう周知する」という答弁があった。一見前向き答弁のようなのだが、上記悪影響を取り除くことはできない。無期への転換は、労働者の申し出がないといけないので、使用者はあらかじめ「ゆめゆめ無期に転換できると期待するな、申し出するつもりならクビな」と労働者に言っておけばよい。

 また、厚生労働委員会で、共産党の修正案はあっさり否決となった。マスコミはこういう争点こそ取り上げるべきなのに、やれオザワだセンカクだオリンピックだと騒いでいてとても悲しい。同委員会で共産党議員は、7月6日付の「国家戦略会議フロンティア分科会」の報告書の中に、「有期の雇用契約を通じた労働移転の円滑化をはかる」と、有期雇用を原則とすべきという提案があることを批判していた。労働契約法改正と真逆の方向性なのだから当然だ。この戦略会議の議長は野田総理大臣である。もういったい民主党がどこを向いているのやらわからない。

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