「消費しない世帯」の成立
野田政権になって、いよいよ民主党が「自民党化」してきた、という印象がある。自民党と民主党、いずれのほうが財界にすり寄った政策をとるか、競争しているようなものである。
民主党は労組が背後にあるといっても、その労組は正規職員が主であるから、財界にすり寄った政策をとられても当面当人たちは困らないのであろう。東京電力の経営者が自民党を支持し、労組が民主党を支持する結果、いずれにしても政権が東京電力を擁護する構造が象徴的である。そこで犠牲になるのは東電およびその関連会社で働く非正規労働者ということか。
民主党政権になって数年経過するにもかかわらず、派遣法改正法案など労働者に関わる法改正が一向に進まないのはどういうことか。自公政権時代に、解雇権濫用禁止が明文化され、非正規労働者の均衡待遇義務が明文化されたにもかかわらず、民主党政権下では何も立法化されていないというのは皮肉なものだ。もちろん自公政権下での労働立法が、実質的に非正規労働者を救済しているかといえば全然そんなことはないのだが。
自民党は自由主義国家を推進する側、民主党は福祉国家を推進する側、と何となくうすぼんやりイメージしていたのに、おそらく有権者もそのようなイメージを持って投票していただろうに、民主党も自民党と同じ政策の方向性というのでは、もはや二大政党の選択肢がない。政党助成交付金を受け取れるようになって、共産党を除く各政党は国民と向き合う必要がなくなってきたということが、じわじわ影響しているのかもしれない。唯一共産党は、社会的弱者の声を代弁しているにもかかわらず、印象の悪い政党名を変えないと意地を張っているものだから、勢力が伸びない。
もう私は政策に関してはやけくそな気持ちであり、TPPでも「税と社会保障の一体改革」(うまくネーミングしたものだ)でも好きなようにやってくれ、という思いでいる。それで国民のためになるというのであればやって見せろということ。
他方で私は個人的には、ますます暮らしが破壊されないよう「生活防衛体制」をとることになる。将来の生活に不安を感じるのだから仕方がない。ここに一つ、景気の足を引っ張る「消費しない世帯」が成立する。
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民主党は労組が背後にあるといっても、その労組は正規職員が主であるから、財界にすり寄った政策をとられても当面当人たちは困らないのであろう。東京電力の経営者が自民党を支持し、労組が民主党を支持する結果、いずれにしても政権が東京電力を擁護する構造が象徴的である。そこで犠牲になるのは東電およびその関連会社で働く非正規労働者ということか。
民主党政権になって数年経過するにもかかわらず、派遣法改正法案など労働者に関わる法改正が一向に進まないのはどういうことか。自公政権時代に、解雇権濫用禁止が明文化され、非正規労働者の均衡待遇義務が明文化されたにもかかわらず、民主党政権下では何も立法化されていないというのは皮肉なものだ。もちろん自公政権下での労働立法が、実質的に非正規労働者を救済しているかといえば全然そんなことはないのだが。
自民党は自由主義国家を推進する側、民主党は福祉国家を推進する側、と何となくうすぼんやりイメージしていたのに、おそらく有権者もそのようなイメージを持って投票していただろうに、民主党も自民党と同じ政策の方向性というのでは、もはや二大政党の選択肢がない。政党助成交付金を受け取れるようになって、共産党を除く各政党は国民と向き合う必要がなくなってきたということが、じわじわ影響しているのかもしれない。唯一共産党は、社会的弱者の声を代弁しているにもかかわらず、印象の悪い政党名を変えないと意地を張っているものだから、勢力が伸びない。
もう私は政策に関してはやけくそな気持ちであり、TPPでも「税と社会保障の一体改革」(うまくネーミングしたものだ)でも好きなようにやってくれ、という思いでいる。それで国民のためになるというのであればやって見せろということ。
他方で私は個人的には、ますます暮らしが破壊されないよう「生活防衛体制」をとることになる。将来の生活に不安を感じるのだから仕方がない。ここに一つ、景気の足を引っ張る「消費しない世帯」が成立する。
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震災の陰に隠れて悪法が
大震災の陰に隠れて注目されないが、5月2日には「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」が公布されている。もともとこの法案は鳩山首相のときに提出され、「地域主権改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」という題名であったが、「地域主権」という言葉は憲法にもなく、不適切だという理由で削除された。しかしその他の内容の修正は一部だけで、共産党を除く党は賛成し、成立した。社民党は賛成に回ったようで、派遣法改悪のときと同様、社民主義を掲げているくせに肝心な時に役に立たない政党である。
この法律はいわゆる地方分権改革の一環の法律だが、この法律の問題点で象徴的なのが、保育所の面積基準の緩和である。すなわち、児童福祉法を改正し、国で一律に決めるのではなく、都道府県で独自に決めてよいとするのである。現状でさえ詰め込み保育といわれているのに、都道府県任せになれば、さらに詰め込みになり、事故などの問題が起きることは目に見えている。このような無責任な地方任せが、この法律には散りばめられている。いわゆるナショナル・ミニマム(国が保障すべき最低限度の基準)を放棄するものであり、この法律は日本国憲法の精神にそぐわないものといえよう。
この法律で興味深いのが、災害対策基本法の改正の部分である。災害対策においても地方任せが取り入れられており、都道府県防災会議の作成する都道府県地域防災計画については、従来、その作成や変更について事前に国と協議しなければならなかったところ、事後報告でよい、とされることになったのである。今回の東日本大震災を経て、複数の県にまたがっておきる災害を防ぐことがとても重要だということが再認識されたのに、災害対策までも地方分権されるとはどういうことなのか。いくら震災前に練られた法案だとはいえ、この部分をスルーして法案を成立させるのは問題だろう。
震災の陰に隠れて、マスコミに取り上げられることもなく、悪法が成立していくことには注意が必要だ。
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この法律はいわゆる地方分権改革の一環の法律だが、この法律の問題点で象徴的なのが、保育所の面積基準の緩和である。すなわち、児童福祉法を改正し、国で一律に決めるのではなく、都道府県で独自に決めてよいとするのである。現状でさえ詰め込み保育といわれているのに、都道府県任せになれば、さらに詰め込みになり、事故などの問題が起きることは目に見えている。このような無責任な地方任せが、この法律には散りばめられている。いわゆるナショナル・ミニマム(国が保障すべき最低限度の基準)を放棄するものであり、この法律は日本国憲法の精神にそぐわないものといえよう。
この法律で興味深いのが、災害対策基本法の改正の部分である。災害対策においても地方任せが取り入れられており、都道府県防災会議の作成する都道府県地域防災計画については、従来、その作成や変更について事前に国と協議しなければならなかったところ、事後報告でよい、とされることになったのである。今回の東日本大震災を経て、複数の県にまたがっておきる災害を防ぐことがとても重要だということが再認識されたのに、災害対策までも地方分権されるとはどういうことなのか。いくら震災前に練られた法案だとはいえ、この部分をスルーして法案を成立させるのは問題だろう。
震災の陰に隠れて、マスコミに取り上げられることもなく、悪法が成立していくことには注意が必要だ。
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NHKBizスポの体たらく
先日NHKを見ていたらBizスポという番組だったか、東京電力の副社長が出演していて、今回の3.11地震・津波に伴う福島原発事故についてお詫びなどを語っていた。
今回の東日本大震災において、津波被害については、「想定外の天災」といえるところがあるとしても、原発事故については「人災」であることが、徐々に明らかにされつつあると思う。私がこれまで見聞きしたことの記憶の範囲内だが、全電源喪失の危険性については、少なくとも1年前から共産党の吉井英勝議員から、JNES(ジェイネス)の調査などをもとに指摘されていたことであり、原発に関わる責任者が「予見できなかった」と弁解はできない。また、原子炉への海水注入を東京電力が躊躇して処置が遅れたこと、管直人首相がヘリ現地視察というパフォーマンスを行ったために指揮命令の空白が生じたことなども指摘されている。そもそも、地震大国日本の、しかも活断層の上にも原発を作るという原子力政策自体の責任が問われているところである。そしてこれらの背景には、東京電力役員からの自民党への政治献金、原発推進官庁の経済産業省から東京電力への天下り、原子力安全・保安院の独立性の欠如などがあるということは、もう最近では各メディアでよく語られ始めていることである。悲しいことだが、このように事故があって初めて、これまでの原子力政策を見直そうという機運が生まれ始めているところなのである。
ところが冒頭に挙げた「Bizスポ」は、単に東電副社長の弁解を、貴重な放送時間を取って語らせているだけのようなものであった。そしてあきれるのが、堀潤・飯田香織という無個性なキャスターが、口調や表情で当の副社長を責めているような仕草をして見せていることであった。そのキャスター質問は「来年には電力供給が回復しますかっ?約束できますかっ」というような表層的で内容のないものばかりであり、「お前の家が停電することを気にしてるだけなんじゃないのか」と突っ込みを入れたくなるところであった。NHKは貴重な放送時間帯に、どうしてこのような無味無臭のキャスターを据えているのだろうか。番組内容が「ビジネスニュース」「スポーツニュース」を合体したものだから、深くなくても結構という判断なのだろうか。それとも、統一地方選挙を意識して、政治的内容に踏み込むことを遠慮したのか。民放ならともかく、NHKは東電から少なくとも広告料は受け取っていないし、東電の株主でもないのだから、すでに他のマスコミで報道されつつある東電の責任について、もっと切り込むべきではないか。見ていてこちらが恥ずかしい。
それに引きかえ、先日テレビ朝日で放送していた番組は(番組名は忘れたが)まだ健全であった。前述の吉井英勝議員の国会質問と、対する原子力安全・保安院長の答弁を取り上げ、またインタビューでは、「安全対策の徹底はコストがかかる」という、監督官庁として最悪の発言を見事に放送した。この発言は「事故を予見していた」「事故を回避できたのにしなかった」という法的責任の肯定に結びつく、重大な証言である。NHKのように出演を依頼するのではなく、嫌がる相手にこちらから出向いてインタビューを取るというやりかたは、今の状況に合っているし、好感が持てた。
一体世の中は今回の原発事故を経て、どのような方向に向かっていくのだろうか。今、どの方向を向いているのだろうか。統一地方選挙の結果を見ていると、何か大きな流れが変わったとはとても見受けられない。「原発は危ないけどしかたないよね、東電は腹が立つけどね」という意識が大半なのではなかろうか。最近では、東電幹部を「悪者」に仕立て、原発推進をしてきた政治家や省庁が何とか責任逃れをしようとしているという姿が見えてくる。のみならず、地方自治体の長が「東電にだまされた」というような被害者面をしていることすらある。東電の言うことを鵜呑みにせず、独自に原発の安全性を調査したり、法令上の権限を最大限活用して安全性を高める努力をするべきだった。「だまされた」では済まされない。
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ところが冒頭に挙げた「Bizスポ」は、単に東電副社長の弁解を、貴重な放送時間を取って語らせているだけのようなものであった。そしてあきれるのが、堀潤・飯田香織という無個性なキャスターが、口調や表情で当の副社長を責めているような仕草をして見せていることであった。そのキャスター質問は「来年には電力供給が回復しますかっ?約束できますかっ」というような表層的で内容のないものばかりであり、「お前の家が停電することを気にしてるだけなんじゃないのか」と突っ込みを入れたくなるところであった。NHKは貴重な放送時間帯に、どうしてこのような無味無臭のキャスターを据えているのだろうか。番組内容が「ビジネスニュース」「スポーツニュース」を合体したものだから、深くなくても結構という判断なのだろうか。それとも、統一地方選挙を意識して、政治的内容に踏み込むことを遠慮したのか。民放ならともかく、NHKは東電から少なくとも広告料は受け取っていないし、東電の株主でもないのだから、すでに他のマスコミで報道されつつある東電の責任について、もっと切り込むべきではないか。見ていてこちらが恥ずかしい。
それに引きかえ、先日テレビ朝日で放送していた番組は(番組名は忘れたが)まだ健全であった。前述の吉井英勝議員の国会質問と、対する原子力安全・保安院長の答弁を取り上げ、またインタビューでは、「安全対策の徹底はコストがかかる」という、監督官庁として最悪の発言を見事に放送した。この発言は「事故を予見していた」「事故を回避できたのにしなかった」という法的責任の肯定に結びつく、重大な証言である。NHKのように出演を依頼するのではなく、嫌がる相手にこちらから出向いてインタビューを取るというやりかたは、今の状況に合っているし、好感が持てた。
一体世の中は今回の原発事故を経て、どのような方向に向かっていくのだろうか。今、どの方向を向いているのだろうか。統一地方選挙の結果を見ていると、何か大きな流れが変わったとはとても見受けられない。「原発は危ないけどしかたないよね、東電は腹が立つけどね」という意識が大半なのではなかろうか。最近では、東電幹部を「悪者」に仕立て、原発推進をしてきた政治家や省庁が何とか責任逃れをしようとしているという姿が見えてくる。のみならず、地方自治体の長が「東電にだまされた」というような被害者面をしていることすらある。東電の言うことを鵜呑みにせず、独自に原発の安全性を調査したり、法令上の権限を最大限活用して安全性を高める努力をするべきだった。「だまされた」では済まされない。
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