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正社員の解雇を金銭で解決するか、正社員を限定正社員に格下げするか

 最近の安倍首相と自民党議員の動きは度を越していると思う。事故を起こしたら国際紛争にも発展しかねない原発セールス、教科書会社の社長を呼び出して編集方針に圧力をかけるなど。外には「売国」しつつ、内では排外思想を煽るこのような手口は許しがたい。

 「アベノミクス」で一部の資産家が儲けただけだというのに、世論の醸成というのはいとも簡単なもののようで、安倍内閣の支持率は高水準のようだ。やっぱり、「世の中は金持ちが動かしているんだなあ」と実感する。2000年代、「いざなぎ越え」好景気でも賃金は下がり続けたというのに、未だ国民の多くは、「景気が良くなるとウチらにもおこぼれが回ってくるはずありがたや」と信じているのだろうか。

 「アベノミクス」に国民がだまされている間に、政府内では国民生活に打撃を与える大事なことが、着々と議論されているようだ。「なんとか会議」が色々あってややこしいのだが、安倍政権の主要な「会議」としては下記の3つがある。

 産業競争力会議と、経済財政諮問会議と、規制改革会議である。

 産業競争力会議の議員は下記の通り。
 山本一太 内閣府特命担当大臣(科学技術政策)
 稲田朋美 内閣府特命担当大臣(規制改革)
 秋山咲恵 株式会社サキコーポレーション代表取締役社長
 岡 素之 住友商事株式会社 相談役
 榊原定征 東レ株式会社代表取締役 取締役会長
 坂根正弘 コマツ取締役会長
 佐藤康博 株式会社みずほフィナンシャルグループ取締役社長 グループCEO
 竹中平蔵 慶應義塾大学総合政策学部教授
 新浪剛史 株式会社ローソン代表取締役社長CEO
 橋本和仁 東京大学大学院工学系研究科教授
 長谷川閑史 武田薬品工業株式会社代表取締役社長
 三木谷浩史 楽天株式会社代表取締役会長兼社長

 経済財政諮問会議の議員は下記の通り。
 麻生太郎 副総理 兼 財務大臣
 菅 義偉 内閣官
 甘利 明 内閣府特命担当大臣(経済財政策)兼 経済再生担当大臣
 新藤義孝 総務大臣
 茂木敏充 経済産業大臣
 黒田東彦 日本銀行総裁
 伊藤元重 東京大学院経済研究科教授
 小林喜光 三菱ケミカルホーディングス代表取締役社長
 佐々木則夫 株式会社 東芝取締役、代表執行社長
 高橋 進 日本総合研究所理事長

 規制改革会議の委員は下記の通り。
 岡 素之 住友商事株式会社相談役
 大田弘子 政策研究大学院大学教授
 安念潤司 中央大学法科大学院教授
 浦野光人 株式会社ニチレイ代表取締役会長
 大崎貞和 株式会社野村総合研究所主席研究員
 翁 百合 株式会社日本総合研究所理事
 金丸恭文 フューチャーアーキテクト株式会社代表取締役会長兼社長
 佐久間総一郎 新日鐵住金株式会社常務取締役
 佐々木かをり 株式会社イー・ウーマン代表取締役社長
 滝 久雄 株式会社ぐるなび代表取締役会長
 鶴 光太郎 慶応義塾大学大学院商学研究科教授
 長谷川幸洋 東京新聞・中日新聞論説副主幹
 林いづみ 永代総合法律事務所弁護士
 松村敏弘 東京大学社会科学研究所教授
 森下竜一 大阪大学大学院医学系研究科教授

 いったいどの会議にどんな人が参画しているのか頭の中がごちゃごちゃしていたので、上記のようにまとめてみた。大学教授が入っているのは珍しくないが、企業役員もずいぶん多く参加している。何か自分の企業・経済団体に利益になることを引き出したい、という思惑をもって参加しているのだろう。そうでなければ役員としての任務を果たしていることにならないからだ。もし何か公益を考えて参加しているのであれば、よほど役員の仕事はヒマだということなのだろうか。

 話題の「解雇の金銭解決」が議題に上がったのは産業競争力会議と、規制改革会議のようであり、「限定正社員」が議題に上がったのは規制改革会議のようである。これら2つの考え方については、もうすでにあちこちで話題になっており、新聞等の媒体で取り上げられたり、専門家の人々もあれこれ意見を表明しているようなので、それらを整理したりはしないことにする。

 「金銭解決」「限定正社員」については様々な意見があるが、いずれにしてもいえるのは、とにかく経営側は「いつでも労働者をクビ切りできるようになることを望んでいる」ということである。この執念は驚くべきことだ。「金銭解決・限定社員は労働者にとってもメリットがある」などという意見は聞くに値しない。「高給取りの年配労働者をクビにすれば若者の雇用が増えますよ」もウソ。「雇用流動化を進めれば=クビ切り自由にすれば成長産業に人材がシフトして経済成長します」もウソ。団塊の世代が大量退職しても若年層の非正規率は高いし、そもそも解雇自由にしなくても成長産業がよりよい労働条件を出せば人はそこへ流れる。というか、日本で「解雇規制が厳しい」というのがそもそものウソ。中小企業の多くは解雇規制など気にしていないところが多いし、大企業でもリストラが次々行われているのは見ての通りである。

 結局は、解雇規制の緩和を唱えるというのは、経営層が自らの能力不足を棚に上げて、「働いているヤツが悪い」と責任転嫁している姿だ。自分の報酬や退職金や株価など目先の利益だけを考えているだけだ。就労支援や社会保障も乏しく、失業すれば一気に人生転落、子を大学にやるのも難しくなるという危うい社会で、クビ切り自由が蔓延すれば、社会不安が一気に増大して、景気回復どころではなくなる。

 「限定正社員」は、いまはやりの「ジョブ型」の働き方であり、転勤・残業など一方的な人事権に従わなくてもよい理想的な考えだ、と評価する向きもあるようだ。その代わり事業所閉鎖などの場合に解雇されるなど、雇用保障は弱まる、と。つまり、雇用保障が弱まることを覚悟すれば強力な人事権に対抗できるという働き方は「アリ」ということなのだろうが、冷静に考えればそんなに都合よく物事は回らない。雇用保障だけが弱まって、解雇をチラつかせてより厳しい労働条件が労働者に突きつけられるのがオチである。

 また、「限定正社員」は、先般改正のあった労働契約法により、有期雇用労働者が無期雇用労働者に転換した場合のひとつの姿だとして肯定的な評価をする向きもある。「限定正社員」は、雇用不安定な有期雇用労働者よりまだマシだろう、というわけである。しかし企業は、いかに改正労働契約法を潜脱して、無期転換をしなくて済むようになるかということを必死で考えている。したがって、有期雇用労働者が限定正社員になることはめったにない。実際、6月5日の規制改革会議答申を見ると、「同一企業で無限定正社員がジョブ型正社員に転換する場合は、労働条件決定の合意原則を踏まえる必要がある」とだけ書かれていて、旧来の正社員を(雇用保障)限定正社員に転換する想定(発想)しか書かれていないのである。

 つまり解雇の金銭解決も、限定正社員も、実質的に解雇規制は厳しくない中で、解雇したときに起こる紛争をできるだけ抑えたい・たとえ紛争が起きても短期間で処理したい、という思惑の表れといえるのではないか。訴訟コストを下げたいということなのだろうが、労働契約も契約のひとつであり、一方的にそれを解約しようとすれば紛争は避けられない。それは覚悟すべきことではないか。

 あらためて考えてみれば、「解雇規制」といわれているのは、労働契約法の下記の条文である。

(解雇)
第16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

 これに加えて、よく知られているように整理解雇の4要件(要素)が判例法理として定着しているということである。判例は個々の紛争を(その時々の事情に応じて)解決しているので、「判例法理を変えろ」といくら政府の会議で主張しても決めてみても無駄なことである。そうすると法律を変えるしかないということになるが、現行の上記条文をどう変えるというのだろうか。削除してみたって、そもそも上記条文は判例法理を明文化したと言われているのであるから、何も変わらない(もちろん、条文を削除したということは立法府のそれなりのメッセージであるから、解雇権濫用判断において労働者に不利な傾向が出るかもしれないが…)。削除しても判例法理を動かすことができないのであれば、明文で現在の解雇規制を緩めるしかない。

(解雇)
新第16条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠いていても、社会通念上相当であると認められない場合でも、その権利を濫用したものではなく、有効とする。

 とすれば、いまの経営側は納得なのだろうか。解雇規制を緩めてほしいというのなら、批判を受けることを覚悟してこのように正直に主張すればよい。

 このようにみると、解雇規制の緩和も限定正社員も、何か法律で明文化できるものではなさそうだ。法律で明文化しようとすると、その意図が明らかになり、とても成立されられない代物になるのである。客観的に合理的な解雇は、今でも認められているし、勤務地限定の契約を結ぶことも決して禁じられていない。それを、何かお上に面倒をみてもらえると思って「なんとか会議」に集合するのは見苦しい。人材の流出や紛争多発を覚悟したうえで、解雇制度でも限定正社員でもそのしくみを各企業に作ればよいのだ。要するに解雇規制の緩和も限定正社員も、法律の問題ではなく、人事管理・労務管理の問題ということになる。

 私は決して、一度人を雇ったら、いくら不出来な人材でも定年まで面倒を見てやらなければならないなどと言いたいのではない。今の労働契約法と判例法理で、個別に紛争を解決すればよいと思う。裁判以外にも、紛争解決の道は今やたくさんある。衰退産業が出てくるのは避けられないだろうから、激変緩和・救済のための特別な立法もあり得ると思う。労働契約に細かく法律が介入しすぎるのも変だ。労働基準監督官を増やすなどして労基法違反の取り締まりを強くすること、労使委員会を組織させて労使対等に近付けること、失業しても生活に困らないだけの給付・就労支援をすること(とりわけ失業者の子が困窮しないようにすること)など、いわば労働契約の側面を支援するような政策が肝心だと思う。このようなことを議論するためには、特定の業界の代表者を入れるなどしてはいけないだろう。特定の業界から支援を受けた政治家を参加させることもいけないだろう。

 やや話は変わるが、先日、現在議論されている民法(債権法)改正に関して、経団連から、「『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』に対する提言」が発表された。私的自治・合意原則を口実に、社会的弱者の保護を図る改正にことごとく反対するひどい内容だが、そこで共通しているのは、「暴利行為の明文化や、約款規制の明文化はやめて民法の一般条項たる公序良俗違反の解釈に委ねるべきだ」という主張である。解雇規制については、「濫用と判断されないために明文化してくれ」といい、都合の悪い債権法の明文化には反対する、けしからんご都合主義と言うほかない。

 アベノミクスの「規制改革」について、「参院選を意識して今一歩踏み込めなかった」というような批評をするマスコミが多い。何となくそれに乗せられて「もっと規制改革を!」という世論が盛り上がってしまいそうだが、「今一歩」ということは、より踏み込めということなのであり、それはつまり、雇用政策についていえば、もっと解雇自由な世の中にせよ、ということなのである。こういうマスコミの報じ方はいかがなものか。

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「解雇規制の緩和」がやってきた

 「解雇規制の緩和」を求める動きが活発化してきた。そしてその要求は、いよいよ法改正を求める動きへと具体化してきたようである。報道によると、安倍首相が議長の産業競争力会議で、民間議員が、解雇を原則自由にするよう、法改正を求めたという。「民法にある解雇自由の原則を労契法にも明記すべきだ」と求めたというのだから、究極的には、労働契約法16条の解雇権濫用禁止条項を改正して、整理解雇を容易にしようというのであろう。

 おさらいのようなことになるが、現在の労働契約法にある解雇権乱用禁止規定は、長年積み上げられてきた判例法理を2003年に明文化したものである(当時は労基法に加えられたが、その後労働契約法に移植)。明文化されて喜んでいたら、今度はその明文をいじることによって、解雇規制の強さを(判例法理ではなく)立法で上げ下げできるようになってしまった、というのは皮肉なものだ。

 解雇規制を緩やかに、そして最終的には民法上の解雇「自由」を法改正で実現しようとするには、労働契約法16条を削除するのが最もお手軽そうだが、削除して解雇規制の明文がないということなら、2003年以前と同じ状況なのであり、解雇権乱用禁止の判例法理は生き続けるかのようにも思われる。しかし立法府があえて「削除」したということなら、立法意思は解雇自由にかじを切ったということだから、司法はその意思を尊重して、その後の紛争において解雇権乱用と認定されることは、ぐっと少なくなるかもしれない。かつての「ホワイトカラーエグゼンプション=残業代ゼロ法案」のような騒ぎになって面倒だから、労働契約法16条の削除、というようなあからさまな手段はとらないかもしれない。しかしいずれにしても、労働契約法を解雇規制緩和の方向に改正するというのは、世の中にとって大きなインパクトになる。

 一部には、このような規制緩和について、「気に入らないからクビ」「女だからクビ」というような濫用はダメだが整理解雇のハードルを下げるなら賛成、とか、金銭解決制度と引き替えなら賛成、といったものわかりのよい人々もいるようだが、整理解雇のハードルを下げて、とくに経営悪化などがなくても解雇自由になるのなら、「気に入らないからクビ」「女だからクビ」とどうやって区別するというのだろうか。また、これはすでによく言われているように、あえて解雇規制を緩和しなくても、「リストラ」「追い出し部屋」という言葉に象徴されるように、すでに解雇はあちこちで普通に行われているのであって、さらに規制緩和すれば、そのアナウンスメント効果で濫用的解雇がまかり通る危険性がある。社会保障が脆弱な日本で解雇が自由になって失業者が増えれば、世の中どうなるか。

 このような危険なことが議論されていても、国民は「アベノミクス!」と喜んで支持し続けるのだろうか。

 ついこの前まで政権を握っていた民主党の支持率は公明党にも負け始めているらしい。民主党政権下では、その実効性はともかくとしても、派遣労働の規制や、有期雇用労働者の保護強化など、一連の法改正が行われた。民主党政権に対しては、かつて相当のネガティブキャンペーンが張られたが、少なくとも労働法制に関しては、保護強化政策がとられたのであり、このことはもっと国民に知られるべきだ。真相は、民主党主導で保護強化しようとしたというより、厚労省などの志のある人々が立案した政策が民主党政権下で通りやすかったということかもしれないが…しかし保護強化に傾いたのは事実なのである。自民党政権が復活して、逆方向へ進み出したようである。

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復興予算に群がる人々

 東日本大震災の復興予算が、復興に関係ないところに流用されていることが問題になっている。マスコミではその流用の例があれこれ報道されているが、その中でももっともひどい「流用」は、赤旗が最近伝えた「復興予算 大企業にばらまき 野村総研が選考・配分 立地補助金3千億円」という事件であろう。

 この事件、別に秘密裏に行われているわけでもなく、経済産業省のウェブサイトを見れば、「平成23年度第3次補正予算『国内立地推進事業費補助金』の二次公募採択事業が決定しました」という記事が出ているので、だいたいの詳細がわかる。

 経済産業省は、「補助額の約6倍に及ぶ設備投資(約5879億円)の呼び水」「すそ野産業に対し、毎年約1.8兆円の需要創出」などと高らかにうたっているが、このような効果をどのように実証するというのだろうか。そもそも、これを実証する具体的予定があるのだろうか。

  『国内立地推進事業費補助金』の目的はすばらしい。「震災を契機に、産業の空洞化が加速するおそれがあることに鑑み、供給網(サプライチェーン)の中核となる代替が効かない部品・素材分野と我が国の雇用を支える高付加価値の成長分野における生産拠点に対し、国内立地補助金を措置することにより、企業の我が国における立地環境の改善を図りつつ、国内への新たな投資を促進し、雇用を維持・創出することを目的とする」のだそうだ。

 むなしいのは、経産省のウェブサイトでも公表されている補助金交付対象企業の一覧である。海外にも生産拠点を持つような大企業がずらずら並んでいるのである。これらの企業に補助金を与えるだけで、国内にとどまってくれるなどとは誰も考えていないだろう。大企業は補助金をもらうだけもらって、今後いつでも海外生産が得だと考えれば海外へ出る。それだけのことである。

 エコカー補助金にしても、エコポイントにしても、そしてこの国内立地推進にしても、税の無駄な使い方は目に余る。国民全員に何らかの利益があるのならまだよい。しかし実質は、特定の企業に対する補助金ではないか。しかも単なる「甘やかし」であるため、将来のための「投資」にもならない。

 このような税の使われ方が許されていいのか。あまりにも自由裁量が広すぎるのではないか。自治体なら違法な公金支出を住民訴訟で止めることができるが、国の場合どのようなコントロール方法があるのだろうか。そもそも抑止する手段はないのか。

 「お金の出るところに人が群がる」。当たり前ではあるがその現実をまざまざと見せつけられた。

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