シイタケのブログ -18ページ目

ユルい労働法制

 どのような分野の法制度にも強行規定や義務規定や努力規定などがあり、政策に応じて使い分けられているようだが、労働法制においても、まず努力規定を置いて周知を図ってから、義務規定に転換するというように、それぞれの規定の「強さ」をコントロールしながら、一定の目的を達成しようとしているようである。

 しかし、上記のような目的達成のための経過としての「努力規定」であればまだしも、労使間の妥協の産物として(その多くは「労」の意見が後退する形で)「努力規定」が置かれることも少なくない。そしてそのような規定は形骸化し、そのうち何ら実効性のない規定として忘れ去られていくのである。このような妥協規定は努力規定にとどまらない。一見もっともらしくみえるが実は実効性がない規定も数多く見受けられる。

 例えば、2007年に成立した労働契約法17条2項は、「使用者は、期間の定めのある労働契約について、その労働契約により労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。」と定めるが、はたしてこの規定に対応して、有期雇用者の契約期間が伸びたという実態があるだろうか。短期契約を何度も更新するような有期雇用は「偽装有期雇用」であり、本来なら当該労働者は正社員として登用されなければならないはずであるのに、依然として短期契約が濫用され、有期契約労働者はいつ雇止めになるか分からない不安定な状況に置かれているのである。

 また、労働者派遣法では、原則として、派遣期間を1年から3年に延長する際は、派遣先の会社は、その会社の労働組合か過半数代表者の意見を聴かなければならないことになっている(40条の2第4項)。これは、派遣労働者が正社員にとってかわること(いわゆる常用代替)を防止するための規定である。しかし、この規定が有効に生かされているという話を、私は不勉強からかこれまで聞いたことがない。意見聴取が実際行われているとしても、形式化・形骸化しており、正社員だけの御用組合は何の異論もなく従っているのが実態ではなかろうか。

 さらに、パート労働法においては、2007年の改正で、「通常の労働者と同視すべき短時間労働者に対する差別的取扱いの禁止」という規定が設けられた(8条)。この規定の文言自体は均等待遇を定めた画期的なもののようにみえるが、国会審議の段階で指摘されていたように、実態として「通常の労働者と同視すべき短時間労働者」は全パート労働者の数パーセントに過ぎず(要するにハードルが高すぎ)、さらに「同視」できるかどうかは実質的に経営者の判断に任されているので、この規定の恩恵を受けるパート労働者は皆無に近いのが実態である。その言い訳のように、13条は「事業主は、その雇用する短時間労働者から求めがあったときは、第6条から第11条まで及び前条第1項の規定により措置を講ずべきこととされている事項に関する決定をするに当たって考慮した事項について、当該短時間労働者に説明しなければならない。」と定めている。つまり、パート労働者が「正社員と同じ仕事をしているのにどうして給料は正社員の半分なんですか!」と抗議したときに初めて、経営者は正社員と「同視」しなかった理由を説明しなければならないということになっている。しかし、まずこのような規定はパート労働者にほとんど知られていない。次に、立場の弱いパート労働者がこのような説明を求めることは考えられないし、経営者が誠実に対応するとは考えにくい。さらに、経営者は「説明」すればよいだけであって、「同視」しなければならない義務も何もないのである。この説明義務規定も、私は不勉強からか実際生かされたという話を聞いたことがない。

 以上のように、労働法制には妥協の産物としてのユルユルな規定があちこちにあり、最近それらは特に多くなってきたように見受けられる。もちろんこれらの規定は裁判時に労働者に有利な規定として用いられることがあるかも知れないが、紛争になってからでは遅すぎるし、ほとんどの労働者は救済されない。ユルい法律を作って満足するのではなく、日常労働者が使える有効な規定に転換すべきであるし、その広報も必要であるし、行政機関による取締りができるような規定を設けて制度を下支えすべきであると私は考える。

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偽装有期という言葉

 いわゆる非正規雇用(非典型雇用)の待遇が、いわゆる正社員と比べて劣悪なことはすでによく知られていることである。もちろん正社員といっても長時間労働に耐え(しかも残業代不払い)、リストラにおびえながら働いている労働者も多いことは重々承知しているが、それでも全体としてみれば、非正規雇用労働者の待遇が正社員よりひどいことは歴然とした事実であり、彼らは低賃金で、いつでも契約を打ち切られるという不安定な状態にある。もちろん、非正規雇用という契約形態自体は以前からあったものだが、それは主婦パートのような家計補助的なものが多く、以前はその待遇がそれほど問題にはならなかった。今日において非正規雇用問題が大きく取り上げられるようになったのは、労働者に占める非正規雇用の割合が3割を超え(若年層ではさらに多い)、家計を支える者が非正規雇用となったり、あるいは非正規雇用の職しかなく、家族を養い生計を立てようと思っても不可能な現実が広がってきたからである。

 非正規雇用の対義語は正規雇用であり、これは「期間の定めのない雇用契約」である。期間の定めがないのだからいつでも契約解消(解雇)できそうなものだが(実際、民法上ではいつでも契約解消できることとなっているのだが)、これについてはよく知られているように「解雇権濫用禁止の法理」があり、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は」解雇は認められないことになっている。もともと判例法理であったが、現在では労働契約法16条に明文化されている。この法理により、正規雇用労働者(正社員)の雇用契約上の地位は、ある程度保護されているのである。最近、この正社員の保護が強すぎるとする批判がみられるが、それは労働者の生活の安定と、雇用安定がもたらす高生産性を顧みない愚かな意見であると片付けておく。

 他方、非正規雇用と一口にいっても様々の形態があり、パートタイマー(擬似パートを含む)、アルバイト、契約社員、嘱託社員と、様々な形態と通称がある。そして派遣労働者も登録型の社員は非正規雇用の一類型であろう。さらに、昨今問題となっている偽装請負(雇用契約上の責任逃れをするため、実態は雇用関係であるにもかかわらず請負契約を結ぶこと)も、実態としては非正規雇用の一類型といえる。これら非正規雇用は、正規雇用と比べて何が決定的に異なるか。それは、いうまでもなく「期間の定めがあるかないか」であろう。非正規雇用労働者は、その契約期間があらかじめ決められているのである。一般的には、半年から1年単位の契約をしているのではなかろうか。このような期間の定めのある労働契約を結んでいる労働者は、有期雇用労働者とも呼ばれる。

 契約期間が決められているといっても、実際半年契約だからといって、ちょうど半年で労働者が職場を去ることはむしろ珍しいほうである。たいていの場合は、3ヶ月契約なら3ヶ月、半年契約なら半年、1年契約なら1年ごとに契約の更新を繰り返し、実質的には契約期間の定めのない労働契約になっていることのほうが、実態としては多いと考えられる。期限ごとにきちんと契約書を交わしていないことも珍しくない。労働者も次の契約更新はあるものと期待して生活を営んでいることが多い。そうすると、労働者としては期限が来たからといって、突然契約更新を拒否されるのは困るのである。このような実態を考慮して、判例で確立されたのが「雇止め法理」である。これは、契約更新を繰り返し、実質的に期限の定めのない労働契約になっている場合、上記の「解雇権濫用法理」を類推し、合理的な理由がなければ契約更新を拒否できないとする法理である。合理性の判断は、正社員の解雇の場合より緩やかに判断される可能性がないではないが、それでもこの雇止め法理は、有期雇用労働者にとって大きな武器であり、不当な契約更新拒否を受けた場合は、この法理で使用者に戦いを挑むべきである。

 しかしながら、この「雇止め法理」は、経営者も労働者自身も知らないことが多い。たとえ知っていても、労働相談窓口や司法に訴えるということはなかなかないであろう。経営者や労働者の多くは、有期雇用労働なのだから契約打ち切りがいつでも可能なのは当然、と考えていると思われる。とくに経営者にとってみれば、有期雇用という形態にして正社員並みに働かせ、必要に応じて契約更新を繰り返し、要らなくなったら契約更新を拒否してポイ、とするのが誠に好都合である(そのような会社に未来がないのはさておくとして)。このような実態は、いわば「契約期間の定めのある労働契約」の濫用とみることができる。実際は有期雇用ではないのに、契約打ち切りの場面でのみ有期雇用を口実としているのである。これを、「偽装請負」という言葉にならって「偽装有期」「偽装有期雇用」と呼ぶことにしたい。この呼び方は、つい最近、とある文献で見つけたものであり、なるほど、と感心した。今後、この呼び方が世間に拡がることを期待している。

 そもそも、このような偽装有期雇用を許している労働法制が悪いのである。有期雇用というのは、経営者にとって、労働者を必要とする期間が本当に限定的で、一時的・臨時的な場合のみに認められるべきである。例えばとあるプロジェクト、とあるイベントが半年、または1年で終わる予定で、その期間だけどうしても労働者を必要とする場合にのみ認められるべきである。ヨーロッパ諸国では、有期雇用契約の締結時に厳格な規制をしいていることが多いという。日本も偽装有期雇用をなくすため、このようなヨーロッパの制度にならい、有期雇用契約締結においては合理的理由を要するとする法規制を行うべきである。クビ切りをしやすいよう形式上の有期雇用契約を結ぶことは禁止すべきで、本来の「期間の定めのない契約」とすべきである。真の均等待遇と、労働者の全体的な地位の向上は、ここから生まれるに違いない。

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スポーツ省とか厚労省分割とか先制攻撃とか

 ニュースを見聞きしてあきれていることを論理立てて書くことは不可能なので、ぼやきの言葉を並べることとする。

 ひとつめ、麻生太郎が会長を務める自民党スポーツ立国調査会(笑)が、五輪でのメダル量産に向け、文部科学、厚生労働両省に分かれているスポーツ行政を一元的に担う「スポーツ省(庁)」の新設などを政府に提言する中間報告案を示した、とのこと。総選挙前のアピールにしては幼稚で、国民を馬鹿にしすぎではないか。郵政を民営化し、年金事業を放り投げ、大学を独立行政法人化し、職業紹介を民間に開放し、……このように、国が責任を持って引き受けなければならない事柄をこれまで散々放棄してきておいて、これからはスポーツについて国が税金を使って面倒を見ます!とはよくも堂々といえたものだ。もちろん政策として国民がスポーツに励む環境作りは必要であろう。それは国民の健康増進にもつながるであろう。しかしこんなことは今の行政の仕組みでも十分可能である。また、スポーツはもともと娯楽であるから、教育や福祉などの生活基盤を国が支えることにより、スポーツは自然発生的に盛んになるのであり、国は積極的に介入する必要はない。こんなことで自民党の票がゲットできると思ったら大間違いである。

 ふたつめ、麻生首相が厚生労働省の分割再編を指示したという。今頃。だったらなぜ先般の省庁再編時に厚生省と労働省を統合したのか。自民党による社会福祉政策の軽視が厚生省と労働省の統合に結びつき、今なおその軽視路線は堅持しているのであるから、今頃になって分割する必要もなかろう。大臣がもっと必要なら複数の大臣を立てればすむのではないか。厚生省と労働省の統合により、国会運営においても衆参それぞれの「厚生労働委員会」が厚生労働省関係の法案を審査することになっているが、なにぶん法案の数・量とも多いので、審査が不十分、あるいは審査が遅々として進まず、審査できなかった法案がお流れ(廃案または継続)になることが多い。年金関係の法案審査が長引けば労働関係の法案審査が滞り、労働関係の法案審査が紛糾すれば医療関係の法案審査が進まない、といった具合である。この際、委員会を法案数に応じて分割するとよい。

 みっつめ、麻生首相が、北朝鮮のミサイル発射基地への先制攻撃について、法的には可能との認識を示したという。防衛の名を借りて交戦をしかける気か。そのためにはまず日本国憲法の戦争放棄条項を破棄しなければならないはずだ。自民党のみならず民主党にもこの種の「威勢のよい」発言をする政治家がいるようだ。格好をつけたがる気持ちがあるのであろう。自尊心の満足かもしれない。しかし、先制攻撃をすれば北朝鮮の罪のない国民が大勢死ぬ。誤爆の恐れもある。北朝鮮政府も別の基地からミサイルを日本に発射する。核兵器を積んでいるかも知れぬ。迎撃できる可能性は少ない。そして日本国民の多くも死ぬ。……このような当然の成り行きについて、「威勢のよい」政治家は想像を及ぼしているのであろうか。それぞれの国で人々が暮らしを営んでいることを無視して、国と国の戦争ごっこを夢想してもらっては困る。夢想家は目を覚ますため、自ら北朝鮮へ赴いて「先制攻撃するぞ」と発言してくればよい。自分は安全地帯にいながら両国民の命を危険にさらす発言をするのは許しがたい。

 ……自民党の数々の総選挙対策キャンペーンに、私もついつい反応してしまった。

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