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フォトブック

長男が週末から海外研修旅行に行きます。
(修学旅行のかわりです。)
ホストファミリーのお土産には「話のネタになるものがいい」とのことでしたので、
初めてフォトブックをネットで注文してみました。
題して《Four Seasons in Kyoto》
けちって表紙を安いのにしたので、ちょっとチープな仕上がり

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うーん。ブログのためにファイルを圧縮しすぎたのもあり、
結構写真の出来にばらつきがありました。
また字数も制限が多かったし、
表紙のセンタリングもうまくできなくて、左に字が寄りました。

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でもまあ、どこにもない私だけの写真集で
自己満足

初めて家を長期(2週間)はなれる長男。
この人も緊張が体調につながりやすいので、
ちょっと親もドキドキ。
緊張を乗り越えて、自立の一歩を踏み出して欲しいです。

次男も春休みでお迎えに行ったり、
ちょっとペタ、コメ遅れます。

妙蓮寺 長谷川等伯の襖絵

堀川寺の内の妙蓮寺です。
先日、寒あやめと御会式桜を見に行きましたら、
「予約していただくと等伯の襖絵が見られます」と、
言っていただいたので、予約して拝観してきました。
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御会式桜は日蓮上人が入滅された10月から咲き始め、
お釈迦様が誕生された花祭りのころに満開になるそうです。
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十六羅漢の庭
桂離宮の造園を指図した★妙蓮寺の僧 玉淵坊日首の作
(って、パンフには載っていますが、小堀遠州という説が多い)
この中央の大きな石は、豊臣秀吉より伏見城より移された臥牛石ですが、
お釈迦様に見立てられています。
確かに左を頭に横たわっているように見えます。
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方丈の書院にはには幸野豊一氏による四季の襖絵が描かれています。
普段 檀家さん以外は本堂にお参りできないそうですが、
たまたま本堂が修復中で、方丈に日蓮上人像や仏様が安置されていたので、
お参りさせていただきました。
やっぱり綿帽子を被っておれらます。

そして私たちだけのために収蔵庫を開けて、
長谷川等伯の襖絵をみせていただきました。

上から鉾杉
柳の図
松桜図
(重要文化財)
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智積院の画より保存がよかったです。
この画像は小さいのですが、
実際拝見すると、襖絵なので、かなりの迫力です。
こちらの襖絵は秀吉公からいただいて、もってきたものなので、
オリジナルの画よりカットされているそうです。
それが智積院より劣るところです。
全部で42面あるそうですが、一部は国立博物館に預託
一部はお寺の収蔵庫にあるそうですが、傷みの激しいものもあるとのこと。

2番目の柳はめずらしく銀箔なのです。
なので、バックが少し黒ずんでいます。
またもう一つ展示されていたのは、まったくタッチの違った画
それは長谷川等伯の息子 宗宅のものでした。
吉野の桜を描いたとても繊細な美しい画です。
桜が点描のように描かれています。

ビックリマーク等伯は他にも息子がいたのですね。
等伯は後継者としていた息子久蔵に先立たれ、
かなりの衝撃を受けます。
そして涅槃図(本法寺蔵)を完成させます。
でも宗宅を後継者とは思わなかったのですね。
宗宅の画は父や兄のタッチとはかなり違うものでしたし、
等伯のあとを追うように江戸でなくなられたそうです。

直木賞受賞された 安倍龍太郎氏の『等伯』には
宗宅はひとことも出てこないそうですね?

安倍氏は生誕400年の展覧会で初めて等伯を知ったそうです。
その3年でいっきに小説を書き上げるところがすごいと思います。
連載中にとびとび読んだだけなので、
またちゃんと単行本で読んでみたいと思います。

高麗美術館

京都検定の特典を使ってまわっています。
マンガミュージアム→島津記念館(2割引)
今回は高麗美術館です。
現在 《書画と白磁そして民画の世界》を開催中です。
日本と同じで、三筆にあたるような方いらっしゃるようです。
その1人が今見てる《王女の男》にも出てきた安平大君でした。

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この表札は司馬遼太郎書

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高麗美術館は鄭詔文(1918-1989)の寄贈を受けて1988年に開館。
鄭氏は6歳のときに来日し、両親と死別してからは苦労されたそうです。
そして、骨董品店で白磁の壺に出会い、
母国の文化のすばらしさを知ります。

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コレクションはすべて日本で収集されたものだそうですが、
こんなデカイものもあるんですね。
望郷の念から収集されたそうですが、
分断された祖国には帰りたくなかったそうです。

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先日 日本から韓国に渡られた(帰国?)からコメントをいただきましたが、
日本に対する郷愁あふれるものでした。
在日2世3世の方になると、日本と母国のはざまで揺れることもあるでしょう。
留学しても、結局日本生まれの学生ばかりで集まってしまうと聞きます。

私の父のいとこはアメリカの日系人ですが、
「俺アメリカ人お前日本人」
と、父に言ったそうです。
でも徴兵に行って「ジャップジャップ」と言われ
日本人のアイデンティティに目覚めたらしいです。
アメリカって移民の国のはずなのに、結構差別ありますよね?
ユダヤ人強制収容所を日系二世部隊が解放していたことも
最近まで隠していたくらいですから。

二つの祖国というと、
「バイリンガルでかっこいい」と思いますが、
なかなかむずかしい部分もあります。

希望

置かれた場所で咲きなさい/幻冬舎
¥1,000
Amazon.co.jp
ベストセラーの本なので、読まれた方もいらっしゃるかと思います。
私としては、わりとさらっと読んでしまったので、
もう誰かに差し上げるか、古本屋にもって行こうかと思い
また手に取ってみました。

『つらい夜でも朝は必ず来る』という項で、
オーストリアの精神科医 ヴィクター・フランクルのことが書かれていました。
フランクルはユダヤ人であったため、強制収容所に入れられ、
九死に一生をえました。
収容所の中には
「クリスマスまでには自由になれる」と、期待していた人たちがいました。
しかし、クリスマスになっても戦争は終わらず、
クリスマスの後、彼らの多数は死にました。
二人だけが生き残りました。
クリスマスと限定せず、
「いつかきっと自由になる」と、永続的な希望をいだいていた二人です。
戦争はその数ヵ月後終わりました。
そのときまで生きた人は体が丈夫な人ではなく、
最後まで希望を捨てなかった人だと、フランクルは書いているそうです。

うちの息子が学校を休み始めてしばらくは、
年が明けたら、学校に行ける
進級したら、学校に行ける。
私はそんな期待を抱いていました。
そして、そのたび期待は裏切られ、落ち込みました。
この話を聞いて
期限付きの希望は生きる力をなくすのだなと思いました。
だからこそ永続的な希望を持たなくてはいけない。
今はもう3年もたちましたからね。
xxになったら行けるなど思いません。
一歩ずつ前に進めばいいわ。
三歩進んで二歩下がってもいいわ。
そんな気持ちです。

ほとんど「書く」という行為をしなかった息子ですが、
少しずつ書けるようになってきました。
休む前の字はホントにひどかった。
しんどいと字を書いたりできなくなるそうです。
そのしんどさに気づいてやれなかったのが悔やまれますが、
今は字がきれいになってきたので嬉しく思います。

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本能寺

本能寺の変で有名な本能寺です。
法華宗の一派の本山で
豊臣秀吉の都市改革で移転し、寺町通にあります。

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江戸期になってからも、たびたび火災に遭い、ヒを忌避し、
能のヒの部分が去るになっています。

加藤清正公 寄進 臥牛石
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加藤清正公は石好き?
これももしかして、朝鮮伝来なんでしょうか。
ご存知の方あれば、教えて下さい。
京都のお寺 そこらじゅうに「加藤清正公が朝鮮より持ち帰った」という
手水鉢や灯篭やら鐘があります。
兵士が死んだため、船の喫水を下げるためとも聞いたことがあります。

いつも本能寺では寺宝展をやっていますが、今回はパスして、本堂にお参り。
本堂撮るの忘れました。
この提灯の向こうが本堂になっています。
中は格天井になっていて、日蓮上人像が中央に座しておられます。
あまり日蓮宗系のお寺は一般の人を本堂に入れないそうですが、
こちらは自由に参拝できます。
この時期日蓮上人(坐像)は綿を被っておられます。
なんでも冬は額の刀傷が痛むからだそうです。

寺紋が左右で違います。
こちら鶴
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こっちは何かしらと思って、検索したら、雁なんだそうです。
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信長公廟には織田家の木瓜紋がかかっています。
この日はスペイン料理→島津記念館→本能寺としゃべりながら来たので、
あまり写真を撮りませんでした。
そのわりに引き伸ばしたので、ネタがたまってきました。
追々アップします。