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旧広島陸軍被服支廠

原爆のターゲットになったのは、

新型爆弾の威力を確かめるため、

軍の設備があり、

5km²の広い土地、

今まで空襲被害を受けていない都市でした。

広島は日清戦争時、西の終着駅で

陸軍がやってきました。

軍需産業が栄え、兵站拠点となりました。

三菱重工やIHI、東洋工業がありました。

現存する被爆した建物です。

旧広島陸軍被服支廠

鉄筋のレンガがかぶせてあります。

 

軍服や軍靴を作っていました。

今は修理中で入ることができませんでしたが、

見学できるようです。

レンガ造りの建物がL字型に4棟並んでいます。

爆風で鉄製の窓が内側に曲がっています。

このあたり、回りは蓮畑で

湿地帯だったそうです。

蓮の葉っぱをあてると冷たいので、

被災してやけどを負った人が寝かされていたそうです。

 

広島で被爆伝承者の話を聞く

これからしばらく広島記事になります。

広島は川が海に流れ込んで、デルタを形成していました。

そこに毛利輝元が堤を築き、地面を固め、広島城が築城されました。

 

 

備忘録代わりですが、

研修ツアーだったので、

翌日にはアメンバー記事にします。

(アメンバーは募集していません。) 

何度も広島には行ってますが、

今まで何を見てきたのかな

と、感じました。

震災でも被災地の人と、その他の人では

温度差がありますが、

被爆地とそうでない地域は温度差があるということでした。

岡山人「広島では8時15分に鐘が鳴るんですね」

広島人「え、岡山では鳴らないのですか?」

初めて知りました。

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まず向かったのは被爆伝承者のお話。

被爆者が高齢化していることから、

被爆者からお話を聞いて、それを被爆者に代わって

被爆体験の話をされます。

私は、新井俊一郎さんの被爆体験を

被爆伝承者の方から伺いました。

 

新井さんは学徒動員で、農村に行っており、直接被爆していないので、

しばらく口を閉ざしていたそうです。

被爆者の高齢化が進み、被爆体験を話すようになりました。

 

中学生になると、建物疎開などの作業に駆り出されましたが、

俊ちゃんの学校の先生は、市内はいつ空襲があるかわからないと、

働き手のいなくなった農家に行くことに決めたそうです。

作業を頑張ったご褒美に、5人が選ばれ、伝令として学校に戻ることになりました。

電車に乗り遅れた5人。

駅で閃光を見ます。

前に進むことしか考えていないので、

着いた電車に乗ると、次の駅で停車し、下ろされました。

5人で相談して、家族がいるし、

連絡係という使命があるので、市内へと先に進むことを決めます。

そして彼らの見たものは。。。

(予定通りに出発していたら、8時11分に広島駅に着いていたそうです。)

こちらはそれをまとめたもの

 

新井さんは今でもお元気だそうです。

3年前に生徒に体験を語る新井さんの動画。

中国放送に勤務されていたことからお話も上手です。

 

奈良吉城園

去年の奈良の記事がまだ残ってます。

依水園のお隣の吉城園です。

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左が依水園で右が吉城園の入口。

依水園は有料ですが、吉城園は奈良県の管理で無料です。

もとはどちらも興福寺の子院摩尼珠院跡地で、

明治以降分割され、それぞれ民間の所有になりました。

昭和の終わりにこちらは奈良県の所有となり、

1989年から吉城園として公開されています。

 

3つのパートからなり、こちら池の庭

東屋がアクセントですね。

 

建物は中に入れませんが、旧正法院家があります。

記憶が遠くなってますが、

ここも昔ガラスがすごいって、撮ったのかも。

 

 

お茶室の入口で蹲があります。

表千家か裏千家で役石の置き方も違うそうです。

 

ここも大きな手水鉢
思いっきり手を伸ばさないと届きません。

 

こちらにも蹲。

おそらく敷石は伽藍石かと。

 

子の沓脱石には矢穴があったので

撮った気がします。

(やっぱりすぐに書かないと忘れてしまいます。)

 

二つ目の庭は離れ茶室のある苔の庭

地下水が流れているので、コケがきれいです。

 

これこそ伽藍石ですね。

 

宝篋印塔の一部。

四隅が垂直に立っているのは南北朝時代のものですって。

 

平成22年に吹き替えられたという茅葺は

思った以上に傷んでいます。

茅葺は10年待ちらしいです。

 

生垣で露地とその他に分けています。

 

日本庭園にしては広がりのある空間で、

ところどころアクセントに灯篭が置かれています。

 

塀には古瓦が埋め込まれています。

 

流し雛@下鴨神社

昨日の大河ドラマは、胸キュンからのせつない終わり方でしたね。
ただ鳥山検校は数年後に捕まって、瀬川は再婚するとか?
もしかしてその相手は。。。?
小芝風花ちゃんが好きなので、また登場してほしいな。
 
今日はひな祭りでしたが、午前中は雨。
上賀茂神社と迷いましたが、下鴨神社です。
梅の開花も遅れています。

雨にもかかわらず、さすがの下鴨神社は人が多い。

雨のため

ふだんの御手洗池から場所は橋殿に変更しての流しびな。

舞妓さんは1人だけ。

過去にはたわわちゃん(京都タワーのゆるきゃら)とか

いたんだけど。。。

 

神事が終わってインタビューを受ける2人。

 

川もにごっています。

1年間家に置いて、邪気を吸ってもらって

流すようです。

 

細殿に移動してきた2人。

早めに行くと着付けも見られるのですが、

いつも行くのが遅いので見たことない。。。

携帯の容量がいっぱいになってきたせいか、

この頃アメブロに投稿がすんなりできません。

動画はアップできなくて、動画を撮ったものです。

檜皮葺きの屋根の間に金属の板が挟まっています。

水がたまると檜皮が傷むので、水を切るためのものです。

確かに板からぽたぽた水滴が落ちて、よくわかりました。

 

帰りに和菓子組合の宣伝カーとすれ違い

「ひな祭りには桜餅、菱餅を」と呼びかけていたので、

桜餅と鶯餅を買いました。

鶯餅は食べてしまって画像なし。。。

晴れていたときの記事はこちら。

 

 

運転手さんの神対応

浜松駅でお寿司(おまかせ)を食べました。

カウンターの隣に若い女の子が座り、

「中トロ、生エビ、いくらニ貫ずつ」

と、注文したので 、ツウだなと思いました。

私も見習いたい。

 

遠鉄バスが遠鉄のICカードしか使えないので、

小銭を得るため、浜松のお酒 「花の舞」飲み比べ@¥500カウンターに。

花の舞大吟醸美味しかった。

(バスはクレカのタッチ決済ができるようになっていた。)

その後のバスでの出来事。

車椅子ユーザーの方が乗ろうとしていました。

「今セットしますからね」

と、バスの♿️座席を作る運転手さん。

「どこで降りますか?」

言葉も不自由な♿️の方で

意思疎通が難しい。

運転手さん路線図を持ってきて、

順番に読み上げ、表情から読み取ろうとする。

「あー最後まで行くのね!」

バスは遅れて出発しましたが、

運転手さんの神対応に感心しました。

(追記)

コメントくださった車いすユーザーの方の経験によると、

電車の職員さんは親切だけど、

バスの運転手さんには嫌な思いしか

したことがないとのこと。

次第にバスに乗らなくなったそうです。

心のバリアフリーな社会になってほしいですね。

 

おまけ

見慣れない飛行機

レーダーを背中に背負ってます。

浜松基地があるのでね、戦闘機も飛んでます。