広島で被爆伝承者の話を聞く
これからしばらく広島記事になります。
広島は川が海に流れ込んで、デルタを形成していました。
そこに毛利輝元が堤を築き、地面を固め、広島城が築城されました。
備忘録代わりですが、
研修ツアーだったので、
翌日にはアメンバー記事にします。
(アメンバーは募集していません。)
何度も広島には行ってますが、
今まで何を見てきたのかな
と、感じました。
震災でも被災地の人と、その他の人では
温度差がありますが、
被爆地とそうでない地域は温度差があるということでした。
岡山人「広島では8時15分に鐘が鳴るんですね」
広島人「え、岡山では鳴らないのですか?」
初めて知りました。
まず向かったのは被爆伝承者のお話。
被爆者が高齢化していることから、
被爆者からお話を聞いて、それを被爆者に代わって
被爆体験の話をされます。
私は、新井俊一郎さんの被爆体験を
被爆伝承者の方から伺いました。
新井さんは学徒動員で、農村に行っており、直接被爆していないので、
しばらく口を閉ざしていたそうです。
被爆者の高齢化が進み、被爆体験を話すようになりました。
中学生になると、建物疎開などの作業に駆り出されましたが、
俊ちゃんの学校の先生は、市内はいつ空襲があるかわからないと、
働き手のいなくなった農家に行くことに決めたそうです。
作業を頑張ったご褒美に、5人が選ばれ、伝令として学校に戻ることになりました。
電車に乗り遅れた5人。
駅で閃光を見ます。
前に進むことしか考えていないので、
着いた電車に乗ると、次の駅で停車し、下ろされました。
5人で相談して、家族がいるし、
連絡係という使命があるので、市内へと先に進むことを決めます。
そして彼らの見たものは。。。
(予定通りに出発していたら、8時11分に広島駅に着いていたそうです。)
こちらはそれをまとめたもの
新井さんは今でもお元気だそうです。
3年前に生徒に体験を語る新井さんの動画。
中国放送に勤務されていたことからお話も上手です。

