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善峯寺の松に萌える♪

善峯寺の薬師堂が出世薬師と呼ばれるようになったのは、
徳川綱吉の生母 桂昌院の由緒によります。
お寺のパンフには
「本庄氏は薬師如来に一女子を得ることを願い
女子が生まれ、将軍の生母桂昌院となる」
とあります。
けれど、文殊堂ではまた別の説明がありました。
桂昌院こと玉は、西陣の商家で生まれ、
母が二条家の家司をしている本庄家の後妻となり、
玉はその関係で二条家に仕え、
二条家ゆかりのお万の方が徳川家光の側室のなったとき
江戸城に入り、家光に見初められ、将軍の生母となる。
ドラマで悪いイメージがあるが、
寺社を整備することで、公共事業を推進したともいえる。

平たく言えば、お玉は八百屋の娘に生まれたけれど、
公家とかかわりのある本庄家の養女になったおかげで、
公家に仕えることになり、
江戸に行くことになり、将軍の母になった。
本庄家は玉が出世したおかげで
家が栄えたってことですね。
これが玉の輿の語源になったわけでして、
氏神である今宮神社も整備し、顕彰碑があり
玉の輿守りが女性の間で人気です。


こちらの文殊堂には、文殊菩薩はじめ寺宝が展示されていました。
琳派400年ということで、神坂雪佳の作品が11点公開されています。(今週末まで)

紅白梅 
つくしやわらび、すみれなども描かれ、かわいらしいです。
タッチや名前から雪佳って女性かと思いますよね。
この他
桂昌院や実家である本庄家から奉納されたものがたくさんありました。
中でも興味深かったのは、綱吉の筆による書や仏画でした。
いろいろな説のある桂昌院、綱吉親子ですが、
こういう作品を見ていると、
とても才ある信仰深い人だという印象を受けました。

多宝塔(国重文)


このあたりの紫陽花もきれい


で、タイトルの松ですが、
このお寺には日本一 国天然記念物 遊龍松があります。
形が確かに美しいのですが。。。



この松
ホントに龍のように
長~い!

現在全長37メートル
(別のものには、北へ22メートル西に24メートルとありますが、
どうも虫食いのために切られたようです。)

とてもとてもカメラにおさまりきりません!



トンネル状になっています!

松に萌えてしまいました(*゚ー゚)ゞ

紅葉もきっと美しいでしょう。


近所の寺社を回ろうと思っていましたが、
もうここだけで、大満足でした。

善峯寺

洛西にある善峯寺です。
西国三十三番札所のお寺はどこもりっぱです。
1092年源算上人が小堂を結び、
自作の十一面観音をお祀りしたのが始まりです。


皇室の信仰も厚く、中世には西山の宮と称される門跡寺院になりました。

応仁の乱で焼かれた後、現在のお堂は桂昌院により再建されました。
桂昌院は将軍綱吉の母ですね。

三門のしゃちほこがりっぱ。
屋根だけでもワンフロアの高さはあります。



本堂


源算上人が賀茂社の近くの田地に苗を植えると、
一夜にして欅の大木になり、夜毎 光明を放ち、
千手陀羅経を唱えたそうです。
その木からこの千手観音が彫りだされました。
千手観音のお姿は拝見できませんでした。



開山堂後ろから。


開山堂と幸福地蔵



お稲荷さん



歴代住職を勤められた青蓮院の宮御廟のあたりは
ひんやりして、気持ちよかったです。

ここ、紅葉もきれいだと思います。

モリアオガエルの卵をみつけました。


青蓮の滝
手をかざすと、水が冷たくて気持ちいい。
下の池には魚もいます。


不動明王がおられますね。


出世薬師如来ですって!


なんで出世なのか、また次回につづく

善峯寺の紫陽花

昨日は明け方に落雷で目を覚ましましたが、
予想に外れて、昼間は晴れました。
(夕方また降りました。)

神坂雪佳の襖絵が展示されていると聞いて
三十三番札所でもある洛西の善峯寺に参りました。
ウンチクは後回しで、
美しい紫陽花をごらんください。


紫陽花いっぱい


上の写真はここから撮っています。
















自分はえらくないけど、
どうだ~!?
と、久々に思った景色でした。

正面に山が比叡山

あと2回くらいつづく。



10年目の自閉っ子

以前図書館で借りた本
高機能自閉症の人の感覚が定型発達の人とはちょっと違う
ということを知りました。
この本はどうも10年くらい前のものだったようで、
その10年後にどうしているかという本が出ていて
借りました。
10年目の自閉っ子、こういう風にできてます!―「幸せになる力」発見の日々/花風社
¥1,944
Amazon.co.jp
前回と同じく、出版社の社長さん、
アスペルガーの藤家さんとニキリンコさんの対談です。
二次障害で解離性障害もあった藤家さん
毎日のように発熱していたニキさんは
10年たって
希望の持てる情報が多くなり、
長所を伸ばし、能力を身につけて
確実によくなっていました。
藤家さんは就労して、
一番感じよい店員さんと言われ、
ニキさんも翻訳者として活躍中です。

でもやっぱり支援は必要だったそうで、
藤家さんが自閉症と診断され
おかあさんが「私が至らない母親だった」
と言ったときに、愛情表現だと捉えられず、
藤家さんは
「あ、そうなんだ。うちのお母さんは
使えない女なんだ」と思ったそうです。
世界は自分中心にまわっていて、
妹は備品で、
朝起きたら、ごはんが用意されているのは
巨人が置いていったものだと思っていたそうです。
それを支援センターの人がスケジュール表を貼って、
家族の1日を視覚化できるようにした。
そこで初めて、家族にはそれぞれの生活があり
おかあさんが家族のためにごはんを作ってくれたのだと
初めてわかったのだそうです。

小学校の先生の集まりなどで
お話をすることもあるそうですが、
よく聞かれるのが
「どのように接してもらいたかったですか」
なのだそうですが、
それはやさしい気持ちから生まれる質問なのでしょうが、
その子その子によって違うので、
人によっては逆効果になり、
その子を見極めることからはじめよう
ということでした。

でも正直のところ
元になった本のほうがおもしろかったです。

同じシリーズの本をもう1冊借りましたので、
またそれについて後日
備忘録代わりに書きたいと思います。

並河靖之七宝記念館

4月1日友人を案内して
並河靖之七宝記念館に参りました。

並河靖之は明治時代の七宝の第一人者です。
現在「超絶技巧!明治工芸の粋」と題して
清水三年坂美術館のコレクションの中から
全国を巡回中の展覧会でもその作品が見られます。
門跡寺院の青蓮院で近侍として仕えてましたが、
明治に入り、七宝制作を始めます。
明治政府は外貨を獲得するために
欧米の万博に工芸品を出品し、高い評価を得ました。
この七宝の壷はこちらの記念館にあるものですが、
(ネットから画像拝借)
手のひらに乗るほど小さいのです。
この模様がどれだけ細かいか想像できるでしょうか。


七宝記念館は並河靖之の邸宅跡で、
平安神宮の近くにあります。
七宝作品だけでもすばらしいのですが、
ここの庭は琵琶湖疏水を使った
小川治兵衛の庭のひとつです。
個人宅としては、初めて疎水を引き入れたもので、
京都市の指定名勝です。
(植治さんとはお隣同士です。)



植治(小川治兵衛)の庭は石のリサイクルが特徴です。
膳所城などいろんなところから、運ばれています。


建物は国の登録有形文化財です。


池の石が建物を支えています。


左手が琵琶湖疏水からの取水口か。


この日は付近の桜がみごろにもかかわらず、
他の人には会わず。
維持管理は大変なことでしょう。
7月12日まで春季特別展を開催中

ちなみにこの日の疎水の桜はこんなふうでした。
ちょうど岡崎界隈は国の重要景観に指定されると、
報道がありました。

並河はぎりぎりはいっているのか
外れているのか発表された地図ではわかりませんが、
ここは私のおすすめスポットの一つです。
ぜひどうぞ!

尚、《超絶技巧!明治工芸の粋》の巡回展覧会は
6月26日から8月16日 富山県水墨美術館
9月12日から12月6日 岐阜県現代陶芸美術館