烏丸ママのブログ -743ページ目

圓光寺の紅葉

修学院近くの圓光寺です。
紅葉の時期はたくさんの人でにぎわいます。
前を何度か通りましたが、初めて訪問しました。



まず奔龍庭ほんりゅうてい
うずを巻いているのは雲海
石組みは龍を表しています。
右手の石は稲妻だそうです。 


こちらでは寺宝を展示されています。



迎えてくれるのは水琴窟
とてもいい音でした。


手水鉢型はめずらしく、圓光寺型の水琴窟





十牛の庭


本堂にもお茶室がありましたが、むこうにも見えています。


この建物は書院かな?
悟りの窓みたいです。









お庭へとつづく。

鷺森神社

修学院離宮にほどちかい鷺森神社です。
え、ここから入るの?



こんな道です。


この石橋は修学院から移築され、
後水尾、霊元天皇も通られた由緒正しい石橋だそうです。
御幸橋


この狛犬さん歯が目立ちます。


ご祭神はスサノオノミコト

社殿の後ろにそびえるように立つ木々
天と地をつないでいるようにも思えます。

横から入りましたが、
表参道は両脇が紅葉です。


ちょうど見ごろかも。



落ち葉もいろんな色があってきれい


上賀茂神社 紅葉

フリーで動ける日はイマイチお天気にめぐまれません。
でもまあ上賀茂神社に紅葉を見に行きました。



ならの小川


雨がパラパラしていたかと思うと、
日が差してきました。







日が差すと、紅葉の見え方が全然違います。






段々日暮れが早くなります。

今年の冬至は12月22日らしい。
まだまだ日暮れが早くなるんですかい!?


近所の農家ではすぐきを漬けています。

すぐき食べたーい!



アール・ブリュット

アール・ブリュットとは、フランスの画家ジャン・デユビュッフェが
考案した言葉で、
美術の専門的な教育を受けていない人が、
伝統や流行などに左右されずに
自身の内側から湧きあがる衝動のまま表現した芸術
昨日の朝のNHKニュースの関西ローカルでやっていました。
滋賀県ではアール・ブリュトの推進を行っているそうです。

中でも知的障害を持つ人の作品がすばらしく
紹介されていました。
もともと滋賀県では、知的障碍者の授産所で
信楽焼を作っていたそうです。
知的障碍者施設の寮長もしていた吉永さんの指導のもと
多くの人が作品に取り組む様子が紹介されていました。
その作品に取り組む様子は、
とても知的障碍者だとは思えず、
一心不乱に作品に打ちこむ芸術家の姿です。
それをニコニコみつめる吉永先生は
まるで仏様のようです。
その中から生まれてくる作品は岡本太郎のようです。



知的障碍者と呼ばれる人たちと岡本太郎の
共通点を見るような気がしました。
邪気がない。
土の中から何かを取り出すかのように
作品を作り上げるようすがわかります。

吉永先生を検索していたら、
対談が出てきました。http://www.igaku-shoin.co.jp/nwsppr/n2006dir/n2671dir/n2671_01.htm
これまた興味深いことでした。
戦後間もない頃
15歳以上が対象の知的障碍者施設が開設されると
類似施設がないため全国から若者が集まってきました。
しかし、集団生活に慣れず、暴れる子が多い。
その中に泥に飛び込む子がいて、
体に泥を塗りたくると落ち着くのだそうです。
土には落ち着かせる力があるのでしょうか。
そう思った施設側はすぐに粘土室を作りました。
当時の指導というのは、いかに健常者に近づくよう
訓練することでしたが、
そのやり方に疑問を持っていたこの施設では
自由にやらせてみたそうです。

粘土は子どもたちの力を引き出すための非常によい媒体でした。彼らは自発的な力を発揮しうる,能力が劣っているのではなく,何かわれわれとは違う世界を持っているということに,気づかせてくれたのです。
たしかに当時としては画期的なことで,子どもから出てくるものを待つという指導姿勢は,まわりからはげしい非難を浴びたものです。そして,ずいぶん長い 間,理解されずにきました。ただ,一麦寮へよく来ていた陶芸家の八木一夫先生は「干渉しない,誘導しない,すべてを子どもに委ねる」という方針に同感し, 関心を持ち続けてくださいました。 」


一般の子どもたちの教育に通じるところがありますね。
(できていないけど)

機会があれば、アール・ブリュットの展覧会に参りたいと思います。
滋賀県では常設展もあるそうです。





大徳寺塔頭 高桐院 その2

大徳寺塔頭 高桐院のつづきです。
高桐院は細川忠興が父 幽斎の菩提を弔うために
玉甫和尚を開祖として建てられました。
玉甫は幽斎の弟だそうです。
こちら細川家の墓所


あまりお墓を撮るのは好きではありませんが、
ここは別。
この日はまた傾きかけた日が格別美しかったのです。



ここの竹薮がまた外国人受けします。





右手の灯篭が細川忠興、ガラシャの墓石
利休から賜った春日灯篭です。
秀吉から譲ってほしいといわれましたが、
わざと欠けさせて、「疵物ですから」と断わったといわれます。
それをさらに忠興は後ろを欠けさせたそうです。


茶人としても、利休七哲に数えられる忠興の茶室 松向軒








おりしも12月2日は忠興公のご命日だったようです。