烏丸ママのブログ -61ページ目

”グンゼ”

御池の地下街にGUNZEのショップがあり、

ワゴンで靴下とか、ストッキングを安く売っていたので、

購入しました。

家に帰ってみると、

あれ⁉️

ストッキングも靴下もたくさんあった!

それもストッキングは同じものをしまむらで

もっと安い値で買ってました💦

そもそも最近ストッキングはほとんどはきません😅

普段着はほぼパンツだし、

夏はワンピース着ても裸足が多いし…

しばらくは靴下もストッキングで買わないようにしなくては…

 

そのGUNZEですが(漢字で書くと郡是)、

京都北部をルーツとするアパレル企業です。

綾部の街を通ると嫌でも目に入ります。

なかなか状況は厳しいもので、

会社の中心はもはやアパレルではなく、

工場閉鎖、拠点整理のニュースを見ました。

店内のものほとんど中国製でした。

 

 

その創業地の綾部にはGUNZE博物苑があり、

バラ園があります。

地元の方がお世話されているそうで

とてもきれいでした。

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綾部出身の大学生と話をしていて、

「卒業したら、郷里に帰るの?」

と、尋ねたら

「就職先があれば、帰りたいけれど、

ないので、たぶん帰らない」

とのことでした。

息子の同級生は舞鶴だったか

やはり北部出身で卒業後帰郷しましたが、

介護関係に就職したそうです。

地方はどこもそんな感じで、

若者は離れていきますよね。

誰が次の自民党総裁になったとしても

そういうことも考えていただきたいです。

 

高麗美術館

上賀茂神社からの帰り道、ほど近い高麗美術館の前を 
たまたま通りました。
高麗美術館は在日朝鮮人1世の実業家が開館しました。
初めて白磁の壺を買って、
自分の国の文化のすばらしさを知ってから
コレクションを始めたそうです。

二代目館長は上田正昭氏

現在は井上満郎氏です。

初代研究所長は有光教一氏

 

 

 

拡大してみます。

この字は司馬遼太郎氏のものです。

 この日は閉館日でした。

今の展示も面白そうです。



 

 交通の便もよくない住宅街の小さい美術館。

維持も大変だなあと思いながら、

通り過ぎました。

 

大聖寺の萩

尼門跡第一位大聖寺です。
目の前にある相国寺派のお寺です。
後ろに同志社大学寒梅館が見えています。

この場所はかつて室町幕府の花の御所がありました。

 

前庭まで入れます。

萩が咲き始めていました。

 

白いのは少し。

こちらのお寺はふだん非公開ですが、
京都古文化保存協会の秋の特別公開で久々に公開されます。

 

西本願寺の書院や飛雲閣も公開ですね。

私的には京都府北部のお寺に興味津々です。

 

関東地域、その他の皆様

洪水被害は大丈夫ですか?

息子Bに問い合わせたところ、

駅が冠水して、息子が帰るころには引いていたらしいですが、

駐輪機が浸かって壊れて、今日の駐輪代は無料だったそうです。

よいのか、悪いのか。。。

駅にとっては大打撃なので、やっぱり悪いですね。

竜巻とか、どこで何がおこるかわからない。

温暖化のせいでしょうか。

何から始めたらいいんでしょうね?

”今日はまったり”ではなく悲しい知らせ

昨年の今ごろ訪れた飛騨高山の山荘。

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義母の親友の持ち物で

子どもが小さいころから、春夏秋冬訪れていました。

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庭でつくしを取ったり。

すごいアクだった。

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それをオーナーが処分するというので、

昨年10年ぶりに訪れました。

その前に豊橋のオーナー宅に鍵を借りに行きました。

90歳とは思えない声と顔のつや。

ただ体力が落ちて、おでかけがなかなかできないとのことでした。

気になりながら、すっかりご無沙汰していたので、

一昨日電話をしてみました。

「おかけになった電話番号は現在使われておりません。」

携帯電話も同じ音声が流れましたΣ( ̄ロ ̄lll)ガーン

実は昨年我々が訪れた直後、

オーナーの甥にあたる方から電話をいただきました。

「処分を頼まれたのですが、

行ったことがないので、ごく最近行かれたとかで、

何がどれだけあるのか、お聞きしたくて。。。」

すみません。

数えたら私たち10年間に50回行ってました。。。

行ったこともない甥御さんに処分させるのは申し訳ない💦


その時の携帯番号を控えていたので、

この方にショートメッセージを送ったら

今日折り返しお電話があり、

「お察しかと思いますが。。。」

4月にお亡くなりになったとのことでした(ノД`)シクシク

「誰にも迷惑かけずに逝かれたのですね。」

と申し上げると、

「いえいえ、元気だったので、

まだ財産の処分が残っていて、大変なんです!

くららさん含め、だれにどう連絡すべきなのか

いまだわからないのです。」

「あ、でもあの山荘は1円で引き取ってくれる先がみつかりました。」

びっくりするような値段ですが、

各地の別荘がそういう状態だそうです。

そういう別荘をリフォームするというYouTubeとか

上がっていますね。

維持管理にとてもお金がかかるから、

引き取り手がなかなかみつからず

手放したくても手放せない人も多いそうです。

 

浜松の離れに住んでいたこともあるそうで

(夫が子供の頃なので私は知らない。)

家族同然だったオーナーさんは

私にとっては第二の姑、

息子たちにとっては第三の祖母のような存在でした。

私は昨年会ったのが最後でしたが、

その前の年の年末、家族と食事に出かけました。

就職したばかりの息子に

「逃げたい時は逃げてもいいんやで」

と、言ってくれました。 

顔見て、何か感じたのでしょうね。

発達心理学の研究者で、

息子たちをいろいろ見守ってくださいました。

「みんなええ(いい)子や」

と、可愛がってもらいました。


甥御さんに我々の関係をお話すると、

「あ、私子供のころ浜松に家に行ったことがあります。

伯母が浜松から豊橋に引っ越しするときに

手伝いに行きました。」

喪失感大きいですか、

去年あのとき連絡いただいたおかげで、

こうして安否を確認することができました。

今頃空の上で義母とワイワイおしゃべりしていることでしょう。

上賀茂神社 重陽の節句

今日九月九日は重陽の節句でした。

一番大きい陽の数九が重なるということで、縁起の良い日です。

各地で重陽の行事が行われましたが、

一番有名なのは上賀茂神社の重陽行事。

ここの萩はピークを過ぎた感じでした。

 

神事を終えた神職と子供たちが橋殿の前で一礼

日本相撲協会から奉納された廻しをつけた

地元小学校3年生から6年生の子供たち

子どもたちは禰宜方と祝(はふり)方に分かれます。

権禰宜と祝は差符を擬音奏上します。

(口の中でもごもごするだけで聞こえません。)

(漢字があってるかどうかもわかりません。)

禰宜と祝はふりがそれぞれの出場者の名前を書いた差符を

斎王代に渡します。

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確かめる今年の斎王代

 

三三九と解説していました。

三回跳んでを三回

それぞれ弓、刀、円座を立砂に置きます。

カアカアカアと、三回烏の鳴きまねをします。



これはご祭神の父賀茂建角命がヤタガラスになって

神武天皇の道案内をしたという伝説にちなみます。

 

行司が率いて、立砂を三回まわります。

子どもたちの顔はSNSにアップしてはいけないそうですが、

新聞に載ってますねwww

 

土俵を整える重陽社の方々

そして取組が始まりました。

 

 

今日の京都は36.7度まで上がったそうです。

お疲れさまでした。

 

ところで、今週の朝ドラ。

蘭子が戦争体験者の話を取材して記事にするとか。

たかしの母が

「それならぜひ聞いていただきたい人がいる。

旅立つ兵士たちにお茶を点てた人の話」

それって、先日お亡くなりになった千玄室さんのことやん!?

おそらく撮影は亡くなられる前のことで、

すごいタイミングだなと思いました。

脚本家の中園ミホさんも玄室さんのお話に

心動かされたおひとりなのだろうなとお察しします。