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がんこ 六三園

養翠園を後にして、昼食はがんこ 六三園です。
北浜の今太閤と呼ばれた松井伊助が63歳の祝いに
竣工したと言われる別邸です。
1920年の着工から大正末期にかけて築造されたそうです。
戦後一時米軍に接収されたのち、
1952年和歌山銀行オーナーの尾藤家の住居となり
1953年以来長く料亭「六三園」として親しまれてきましたが
2005年がんこに経営が引き継がれました。
がんこは各地にある和食チェーンですが、
京都なら角倉了以邸跡のがんこ 二条苑
京都府亀岡市楽々荘などの旧家をレストランにしています。
六三園

左手が鶴島亀島のある池と表門

 

アップで撮ればよかったのですが、

向うがわにライオン像が見えています。

北浜の難波橋にかかるライオン像と同じだそうです。

(もしかして、難波橋のライオンは松本伊助の寄付なのかと思い

ググったらちがいました。)

 

右が鶴島、左が亀島

 

特別おいしいというわけではないのですが、

(ふつうにおいしい)

がんこはコスパはよいと思います。

配膳ロボットが動いていて、廊下を自走
ちゃんと曲がり角も曲っていました。
食事がすんだらお庭に出ましょう。
ここからだとわかりませんが、向うの雪見灯籠がデカかった!
全体的には良いお庭ですが、成金趣味?っていうところが垣間見える。
 
主屋からはお庭が見えます。
奥の建物に奈良のお寺のような 鴟尾(しび) がついていますね。
大阪城の鉄砲狭間石を手水鉢にしたものです。
十三重塔の右手に見えている渋い建物は
なんと厠でした!
中は見られませんでしたが、離れにお風呂もありました。
やっぱり大邸宅でもトイレやお風呂は外なんでしょうかね?
門、厠、風呂も含めほとんどの建物は国の登録文有形化財になっています。
お金持ちの家は茶室がセットなんですね。
もちのろん、お茶室も登録文化財でした。
 
まだまだ和歌山のお庭めぐりは続きます。

 

名勝 養翠園

海水を引いてきた庭園が3つあるそうですが、

浜離宮公園の他は和歌山にあります。

養翠園は紀伊徳川家十代藩主徳川治宝はるとみ公が

文政元年から(1818年)8年にわたり、造営されました。

さすが徳川御三家

治宝公は茶道は表千家に学び、書画、音楽にもたしなまれ、

楽吉左エ門や永楽善五郎を招き、陶器を作らせました。

御座所から眺める庭

蓬莱山水にして、池泉回遊、舟遊回遊庭園です。

松が多く、お手入れも行き届いています。

天神山、章魚頭姿(または高津子山たこずし)山を借景とする大名庭園です。

金閣寺は衣笠山のふもとに家があっても全然視界に入りませんが

ここはいっぱい入ってきます。

その横には丘があったそうですが、昭和30年代に土砂をとるため

なくなってしまったようです。

中国は西湖の蘇堤を模したものが大名庭園には多くつくられます。

海水ですから、鯉はいません。

ときどき魚が跳ねるのですが、ボラなどだそうです。

護岸は和歌山特産の青石

そして、見えますか?

牡蠣がたくさんいました。

この丸い窓のあるところが藩主が座る御座所ですが、

玄関から段々と高いところに上がってきます。

廊下を見ていただくと、傾斜があるのがわかりますね。

 

この手水鉢は友ヶ島からということでしたが

古座の虫食い岩では?

驚いたことにこの養翠園は会社組織にはなっているものの

個人所有だそうです。

現オーナーのお父様が紀州公から昭和初期に譲りうけたそうです。

 

今水がありませんが、かつて藩主はここに舟で着かれました。

残念ながら昔の海岸線は港の整備のため埋め立てられています。

 

お隣には市の施設 湊御殿があります。

ここから離れたところにあった紀州藩別邸ですが

天保年間の建物で、和歌山市の指定文化財に指定されています。

ここのパンフレットに紀伊徳川家の家系図がありましたが、

いっぱい将軍が出ていますね!

八代将軍吉宗

その吉宗の子供が九代、孫が十代

吉宗の四男から始まる一橋家から十一代家斉、十二代家慶、十三代家茂

 

海水庭園の水、ちょっとなめてみましたが、

汽水のようでした。

たくさん雨が降ると、池の水があふれることもあるそうです。

牡蠣がいたり、ボラが跳ねたりおもしろかったです。

和歌山の庭園ダイジェスト

今日は和歌山の庭園に足を伸ばしました。

海水を引いた庭園は3つあるそうですが、

浜離宮公園の他、和歌山の大名庭園 養翠園と温山荘園

名勝 養翠園

 

温山荘園

 

他にも和食のがんこが展開する邸宅レストラン

最後は根来寺


 和歌山は意外と奥が深かった!

下鴨神社 みたらし祭

今日は土用の丑の日
久々にウナギを買いました。(私は食べないので、食べましたとは書きません。)
最近ウナギが高いから久々に食べたという人が多いみたいです。
そもそもウナギを食べるようになったのは
エレキテルを再現した平賀源内だと聞いたことがありますが、
検索していたら、もっと古く大伴家持が万葉集で詠んでいて
そのころからあった風習なのかと思いました。
石麻呂(いしまろ)に我れ物申(ものまを)す夏痩せによしといふものぞ鰻(むなぎ)捕(と)り喫(め)せ

大伴家持『万葉集』

下神神社では土用の丑の日をはさんで数日間足つけ神事が行われます。
御手洗池に御燈明をお供えして、
無病息災を祈ります。
最近の下鴨神社ときたら、いつもすごい人で
並ぶのが嫌なので、26日9時の閉門ぎりぎりに行きました。
それでも結構人が多かったです。

 

太鼓橋の上の銀杏の木にたくさん青いギンナンがなっていました。

 

人が多いときはともす場所もなかなかないのですが

意外とありました。

 

水から上がるとご神水をいただきます。

 

閉門されたのか、人が減ってきて

カメラマンがたくさん写真を撮っていました。

 

水が地下水なので、とっても冷たいのですが

だんだん慣れてきます。

 

9時になると閉門

image

水から上がると逆に足がほかほかしてきました。

華のある演奏家

知り合いの。。。。

みたいな話ばかりなんですけれど、

今度は友人が

「知り合いのお嬢さんのコンサートがあるので

どうですか?」

と、言われ、行ってきました。

石上真由子さんという名前を聞いたことがあったからです。

京都府立医科大学を卒業して

研修医に行こうとしていたけれど、

やはり音楽の道に進もう!

と、プロの演奏家になられたそうです。

 

この日はヴァイオリン 石上真由子さん

ヴィオラ 野澤匠さん

チェロ 山根風仁さん

の弦楽三重奏でした。

三人は佐渡裕さんが主宰する

スーパーキッズオーケストラのメンバーだったそうで

息もぴったり。

最後はお茶とお菓子もでる

質問コーナーもある

という家庭的なコンサートでした。

演奏者自らMCを務め、お菓子をふるまってくれました。

石上さんはすこしおねえさんで、

野澤さんと山根さんはうちの息子と同じような年で、

普段の顔はかわいいと思ってしまうのですが、

音楽の話をする顔つきは、プロの演奏家で

我が息子たちとは全然違いました。

一方石上さんは演奏もご本人もオーラがあります。

以前華のあるスターさんの話をしましたが、

石上さんは華のある演奏家さんです。

これから海外にも進出されるでしょうし、人気が出ると思います。

CDも出ました。

あまりヤナーチェクは知らないのですが、よかったです。

 

動画です。

 

一方で改めて指揮者の佐渡裕さんの偉大さを感じました。

佐渡さんは京都市出身で

震災後開館した兵庫県立芸術センターの芸術監督をされています。

ベルリンフィルで師匠の小澤征爾氏以来の指揮をするなど

活躍する一方、後進の指導にもあたられます。

母校の京都市立音楽高校の後輩を指導したり、

芸術センターを拠点とする子供たちのオーケストラ

スーパーキッズオーケストラを主宰されています。

そのメンバーだったのが、上の挙げた三人です。

佐渡さんのまいた種が確実に成長しているんですね!