新島襄旧宅
関西では同志社大学の創始者として知られる新島襄ですが、
全国的に知られるようになったのは「八重の桜」からでしょうか。
中には入れなくて、外から中を見るだけ
もし中に入りたかったら、10月に来てくださいということでした。
見た目は洋館ですが、和洋折衷というかんじ。
和に洋を取り入れた、と、パンフレットにはあります。
応接間
「寂中庵」
裏千家の茶道をしていた八重夫人は
ここでお茶会もしたそうです。
書斎
蔵書の多くは洋書で、生徒たちの図書館にもなっていたそうです。
食堂
左手にダクトがみえていますが、セントラルヒーティングです。
京の夏の旅 湯本家旧宅
正直、このくらいの町家ならきっと他にもあるはず。。。
ですが、湯本先生を顕彰する。。。といった意味合いもあるのでしょう。
羅城門の場所や平安京の場所を特定された方なのだそうです。
今年の即位の礼は10月22日ですが、
この日は毎年時代祭りが行われます。(今年は10月26日)
桓武天皇が平安京の内裏に入られたのが、10月22日なのだそうです。
それを書物から割り出したのも湯本先生だそうです。
一番のみどころは、大徳寺真珠庵の茶室 庭玉軒を模した茶室
(と私は思う。)
内部は撮影禁止で、外のみ撮影OK
玄古庵
真珠庵の庭玉軒は庇で覆った内露地が有名ですが、
ここはふつうの躙り口
中は確かに窓が多い金森宗和風で、似ていました。
庭玉軒のうつしだとすると、床柱も栗なのだと思います。
金森宗和は侘茶に対して、明るい感じなので 姫宗和と呼ばれ
公家に門人が多かったようです。
金閣寺の夕佳亭が宗和の茶室では有名です。
そのお隣の部屋が先生の書斎
墨囚窟
(文人はみんな部屋に名前をつけるんですね。)
襖の引手が墨を作る型に入れて作られています。
床柱は浄瑠璃寺の古材を使ったもので、
太くて存在感がありました。
爪痕
折れた枝が落ちてこないよう
いまだに大木の下は立ち入り禁止。
松の木かな
倒木のまま放置され、枯れています。
倒木がカメの甲羅干しに利用されている九条池
御所と、同志社大学は通りをはさんで向かい合わせ
校舎の解体工事現場
穴に人がいました。
京都は掘れば何か出てきますからね、
発掘しているのかもしれません。
故宮博物院
荷物をロッカーに入れ
一番に目指したのはコレ
ヒスイの白菜
勝手に等身大だと思っていましたが、
意外に小さかった。
そりゃそうですよね。ヒスイだもん。
この中には虫が隠れています。
これ実は写真を撮ったものです。
実物はこれ
虫が見えるように撮っています。
虫はみつかりましたか?
国民軍が本土から持ってきたので小さいものが多いです。
小さくても香木はとても高価です。
香木にほどこされた彫刻も精巧です。
焼き物は清の時代の華やかなものが多かったですが、
なんとなく馴染みがある宋時代のが好きかな
これもデジャブ感があります。
こちらが去年京都国立博物館で見た像
似ていますよね~
日本のものと似ているかと思うと微妙に違う鏡。
横から見ると縁はほぼ直角です。
やはり三角縁というのは日本独特なのですね。
大黒様ですって?
大黒様ってもともとインドの神様だった
って、よくわかる雰囲気ですね。
彫刻がすごかったです。
あまり詳しくないけど
このような観音様の印相は少ないのでは?































