烏丸ママのブログ -269ページ目

朝鮮通信使ゆかりの宿坊 西山寺

こちらが対馬でのお宿です。

鶴翼山 西山寺(せいざんじ)

臨済宗のお寺です。

 

左手から行くと本堂が正面にみえます。

高台にあり、チラッと海が見えています。

 

本堂です。

見ての通り、どこを切り取ってもきれいに整えられています。

 

古くは聖武天皇の建立した国分寺が始まりです。

大日寺を経て、永正9年(1512年)西山寺と改め

対馬臨済宗の中本山となりました。(公式サイトより)

また明治になるまでは、朝鮮通信使の接待や外交の窓口でした。

(京都市のサイトより)

対馬の厳原(いずはら,長崎県対馬市)にあった朝鮮との外交事務を管掌する以酊庵(いていあん,現西山寺)には,寛永年度から京都の碩学の僧が輪番僧として派遣されていて,慶応2(1866)年の廃止まで,天龍寺から37人,東福寺から33人,建仁寺から32人,相国寺から24人(いずれものべ人数)が赴任しています。

 

 

宿坊というより旅館のようなお部屋。

浴室、トイレ、洗面所はありませんが、

トイレやスリッパはお部屋の番号が書いてあり

コロナ対策がとられています。

チープな絵ではなく、南禅寺の僧侶の書かれたお軸と、

さりげなく警策(座禅の時に叩く棒)が飾られています。

高台の傾斜地にあるため、建物が段々にあるようです。

坪庭もきれい。

 

この石垣の上も建物です。

 

見覚えのあるお札。。。大徳寺僧堂

火廻要慎ひのようじんのお札もありました。

こちらのご住職は京都で10年くらい修行されていたそうです。

絶対うちの近く通られていますよ!

対馬や壱岐は、日本で一番多い浄土真宗が布教に行かなかったようで、(司馬さん)

だいたいが禅宗か真言宗のお寺だそうです。

今度すれ違う雲水さんも壱岐対馬の方かもしれませんね~

 

そこかしこにセンスの良さが光ります。

希望者は座禅体験もできます。

朝ご飯がとても良かったです。

コーヒーもセルフサービスでいただけます。

コロナ前は韓国人宿泊客も多かったんでしょうね。

朝鮮通信使がきたお寺に、現代の韓国人が泊まる。

なんか面白いです。

 

朝鮮通信使は狭義には江戸時代に李氏朝鮮から来た外交団をさします。

秀吉の朝鮮出兵で断絶した外交ですが、

貿易で稼いでいた対馬の宗氏にとっては死活問題。

なりふりかまわず和睦交渉に成功し、朝鮮から外交団がくることになります。

その対馬藩に仕えたのが

滋賀県出身の朱子学者の雨森芳洲です。

(この方、京滋ローカル紙京都新聞に時々とりあげられます。)

新井白石と同門で、中国語と朝鮮語がペラペラで
李氏朝鮮との外交を担いました。
対馬で外交団を迎え、江戸まで随行します。
対馬藩は和睦の功績により、10万石の家格を得ます。
朝鮮通信使はおもに将軍が代わるタイミングで
江戸時代には計12回訪れています。

対馬の1日が終了して夕食に。。。

司馬遼太郎の街道をゆく13

を半分読んで行き、今また残りを読んでいますが、

行ってから読むと、とても面白いです。

司馬さんが京都で記者をしていたころの知り合いに

対馬出身の方がいらっしゃいました。

戦前は、対馬から映画を見に行くというと、

(日本統治下の)釜山に行ったそうです。

50キロしか離れていませんからね。。。

また、今では対馬の方曰く

長崎県対馬市ですが、気持ちの上では福岡県に近いそうです。

 

この日の予定では

海神神社、和多都美神社の後、対馬野生生物保護センターでヤマネコを見るつもりでした。

しかし飛行機から、船になったため2時間半遅れ。

対馬の移動距離は意外と遠い。

海神神社から野生動物保護センターまで、

まだ40分以上もかかる!

16時の受付終了時間には間に合わない!

 

 

 

「ヤマネコ~」

 

対馬野生生物保護センター提供

と、未練たらしくつぶやく次男と

(京都市動物園にもいるんだけど)

もときた道を引き返しました。 

野生生物保護センターから対馬の中心街 厳原(いずはら)までは

69km。

東京駅から成田空港までとほぼ同じ距離ですが、

高速道路はなく、くねくねした国道で、2時間かかります。

なので、行けたとしても、しんどかったかと思います。

対馬は意外に広い。。。

そのせいか、対馬の人はものすごく車を飛ばします。

司馬遼太郎氏も

タクシーの運転がめちゃくちゃ荒っぽい

と、書かれています。

私たちみたいに、ちんたら走っているのは大概

「わ」のレンタカーです。

 

車走らせていたら、看板をよく見かけました。

「ヤマネコ注意」(交通事故に遭います。)

「ヤマネコを目撃した方はお知らせください。」

なので、対馬の人に聞いてみた。

「ヤマネコ、よくいるんですか?」

「いるよ~、推測されている数より、もっといると思う。」

「見たことありますか?」

「ない!」

 

万関橋で休憩しました。

 

車道に飛び出すなと書いてあります。

 

ここは日露戦争の時代、日本軍がスエズ運河のように

掘削して水路を造りました。

日本海海戦の際はここから水雷艇が出撃したそうです。

 

休憩所の東屋

風が強いので、対馬では石屋根の小屋が見られます。

 

島に渡る前は、ペットボトルとか離島価格じゃないかと

思っていましたが、普通の値段。

この日の宿泊先は夕食がついていないので、

宿が薦めてくれた居酒屋で食べました。

やっぱり対馬はお魚。

アナゴの刺身初めて。

 

対馬のソウルフード とんちゃん

スーパーでタレも売っています。

 

串焼き

 

豚足

 

アナゴ雑炊おいしかった。

少し韓国の影響も感じられるメニューでした。

 

 

鷹も飛ぶ海神神社への道

何年か前に京都大学の建築科で学ぶフランス人留学生が

対馬で古民家の再生をしていると、

時々対馬に通っていました。

海神神社に向かう途中の集落を見て、

どんな古民家を再生したのかな。。。と思いだしました。

石垣に囲まれた家

 

(息子撮影)

半分くらい空き家のような気がしました。

対馬では1960年代をピークに人口が半分になっています。

image

海岸のところどころに石で積んだ塔があります。

男児の成長を石塔に祈願するヤクマ祭りだそうです。

旧暦6月の初午の日に祈願する太陽信仰に由来するそうです。

 

 
この場所では8月31日海神神社大祭で神事が行われました。
とにかく漂流物が多く(外国のようです)嘆いておられます。
Facebookより

 

奥に石積みの建物があり、漂流した藻を肥料にするため

保存した藻小屋だそうです。左手の東屋でなくその上。

 

あれ~ワシ?鷹?

調べたら、ワシも鷹も同じだそうで、

飛び方がちょっと違ったり、大きさで呼び方が違うそうです。

 

このあたりに巣があるようです。

ぐるぐる回っていました。

 

対馬国 一之宮 海神神社

海神神社と書いて、わだつみじんじゃかと思っていたら、

和多都美神社の社務所の御朱印にかいじんじんじゃと書いてありました。

さらに、Facebookのぞくと、このように書いてあります。

 

 

海神神社(わたつみじんじゃ)

当神社は登記上、正式には「だ」、「づ」などの濁音をつけず「わたつみ」と読みます

豊玉町仁位の和多都美神社と区別するため、通称「かいじんじんじゃ」と呼ばれています

對馬國一之宮ですが、島内では厳原の八幡宮神社、豊玉の和多都美神社が共に一之宮を主張しておりかつてから論争があります

これについては未だに決着していません。豊玉町仁位の和多都美神社の阿曇氏が和多都美神を対馬各地に祀って、その土地の人を宮守にして、遷座を繰り返した為ではないかとの見方もあります

その為、和多都美神社の社家は、江戸末期まで木坂八幡宮と府内八幡宮の社家でもあり、対馬藩主の朱印状によって世襲して神事に関わるというしきたりがありました

木坂八幡宮や八幡宮神社の式次第には、その土地の社家に混じって、阿曇氏の末裔である仁位の長岡家(和多都美宮司)と庶子家、平山家(天神宮司)と庶子家の名がみえます

これは、八幡宮に祀られる和多都美神に、阿曇氏に伝わるアワビの貝殻に盛る特殊神饌「海宮御饗(りゅうぐうみあえ)」(龍宮御饗)を供するためであったと考えられます

不思議なご縁を感じつつ、海神神社の復活のために引き続き下座奉仕致します

 

対馬国一之宮 海神神社です。

ご祭神が豊玉姫と鸕鶿草葺不合尊、神功皇后と応神天皇の二組の母子の神様を祀ります。

 

奥の階段へと進みます。

 

さざれ石でしょうか。

結構ミンミンゼミが多いです。

ここからさらに石段を上がります。

 

300段近くあるらしいです。

 

ほらね、、、

でも雨がやんでいるだけよかったです。

 

ブラタモリ的にはおもしろそうな石

 

拝殿です。

さすがに一之宮という立派な社殿です。

 

 

奥に本殿、摂社末社もあります。

 

拝殿から斎館?にかけて何となく仏教建築のような感じもしました。

拝殿には書置きの御朱印はなく、もう一度鳥居のところまで下ります。

こちら宝物殿の工事をされています。

この建物の隣に社務所があり、書置きの御朱印がいただけました。

で、ですね。。。

検索していますと、やはりこちらも昔は神仏習合で仏像があったそうです。

その仏像が韓国窃盗団に盗まれていました。

国指定重要文化財のその如来像は新羅時代の8世紀作の秀作です。

裁判が続いて戻っていないものもありますが、

こちらのものは返還されたということですので、

この宝物殿で公開があるのかもしれませんね。

対馬仏像盗難事件 - Wikipedia

こちらのお祭りは8月31日
地元の子供たちによる舞も行われたようです。
和多都美神社のお祭りも8月27日で
ちょっと惜しいことをしました。
和多都美神社の氏子さんが
「今年は壱岐神楽がくるんだよ」と嬉しそうにおっしゃっていました。

対馬一のインスタスポット 和多都美神社

対馬、壱岐 一之宮御朱印の旅

弾丸ツアーって書きましたが、正確には対馬1泊

壱岐1泊なんですが、気持ちの上でって感じです。

やはり第一目的地は一之宮 海神神社。

なんですが、港から一之宮の中間点に

インスタで人気の和多都美わだつみ神社があり、

海神神社の御朱印もそちらでいただけるそうです。

対馬って、淡路島より大きく結構どこに行くにも遠いんです。

当初の出発点の対馬空港より30分遠い港からスタート。

南北に国道が一本通っていて、だいたいその道を使います。

 

2時間遅れの出発なので、とりあえず中間点の和多津都美社に。

対馬一の人気スポットなので、道路の拡幅工事中。 

上の画面雨が降っているんですよ?

着いたら、雨がやみました。

和多都美神社は彦火火見尊ひこほほでのみこと、と豊玉姫命をお祀りしています。

 

手水鉢が面白い石。

 

蟹もたくさんいます。

 

数年前の台風で破損した鳥居の一部

 

磯良恵比須

三角鳥居の中に石があります。

阿曇磯良のご神体だそうです。

磯良というのは神功皇后とともに朝鮮半島に渡ったとか。。。

どうして三角鳥居なのか、わかりません。

 

この地が人気なのは、厳島神社のように海に鳥居があることから

インスタスポットとして有名です。

コロナ前は韓国人観光客がたくさん訪れたため

マナーの悪さに神職さんが体調を壊されたとか。。。

 

ちょうど干潮だったため、二の鳥居のところまで歩けました。

 

私たちはそれで喜んでいたけれど、

満潮のときのほうが絵になるそうです。

 

二の鳥居から三の鳥居を望む

社殿の奥に森があり、そこに豊玉姫の墳墓とも

古代の祭祀場とも言われる場所があります。

参拝料300円を払って入るのですが、

ロスした時間を取り戻すべく、急いでいたので、

本来の目的地である海神神社に向かいました。

海神神社の参拝はまだでしたので、御朱印はいただけず。

現地で書置きをいただくことにしました。

今こうして書いていると、急ぐ旅はいけないなあと思います。